10話:鬼
地面に降り立った鬼が吠える。
「ぉおおおおおおおおおぉぉぉ!」
大気を震わせる大音量に体が震える。
「っく…………ぉお!」
今までの戦場でも感じたことのない重圧だ。自然と足が竦む。
「逃げてはいけません。胸を張って。自信を持って」
スペードが俺に語りかけてくる。
「気持ちで勝てなければ、魔法少女は敗北します。」
言って、一歩前へ進む。
「見ていてください。」
無警戒に鬼へと近づいていく。
「なっ!」
俺はいまだに竦んでいる足の所為で動けなかった。
鬼がスペードを見下ろす。瞬間に巨体とは思えぬほどの速度でスペードに肉薄する。
拳を振り上げ、そのまま――――
「っ!!!!」
俺は跳ねるように駆け出した。このままではあの少女は――――
無慈悲に降り下ろされる拳。あんなもので殴られれば少女は――――!!
「っぐ!」
その絶対的な死の暴力を、スペードは片手で受け止めた。
「な!?」
そして、反撃を加えることなく、俺のところまでスペードは後退してきた。
「どうですか? 流石に少し、しんどいです。だけど! 私達はあの程度の化け物には負けません」
この少女は、足が竦む俺にただ見せる為だけに、あんな無茶なことをしたのだ。
負けない。その気持ちが大切だと伝えるために。
「………………そうだな。すまない。少し弱気になっていた。」
素直に謝る。あんな化け物に勝てるわけがないと逃げる方法ばかりを模索していた。
ここは俺の常識では測れない場所なのだ。
もう無様は見せられない。俺の為に体をはった少女がいるのだ。年上として、男としての矜持。
「俺は、負けない」
嗤う。戦場で嗤うのは俺の流儀。
気持ちを切り替える。戦場において、最強は俺だ。
『あ。それ、殺さないでね?』
戦闘態勢に入っていた意識が引き戻される。
「あ? 何故だ。あんな化け物をどうするつもりだ」
『失敗作はもう駄目だけど、成功例はまだなんとかなる。かもしれない。』
「あ?」
『あんな姿だけど、実験に使われた地底人だったり、元々地上の人間だったりなんだよ』
「なん……だと?」
あれが……人?
『そう。たまに天然で魔法と繋がる人がいるんだけど、そうゆう人を改造っていうか、『魔女化』って僕らは呼んでるんだけど、そうゆう感じの元人間』
元人間……。
『君の知る常識の枠にもいるんじゃない? 特別が。例えば―――『百発百中』とか。』
「!!!!」
『まあそうゆう事。だから犯人はそいつらの可能性があるかもってね』
はは。つまり。俺の妻は、ここのやつらに。
実験動物にされているかもしれないのか―――――
一気に頭が沸騰する。同時に歓喜する。ようやく見つけた。怒りの矛先。
「わかった。目標を捕縛する。」
スペードも前に出る。
「すまない。俺にやらせてくれないか?」
スペードに言う。俺がしなくてはならないという気持ちになっていた。
「ですが……」
『やらせてあげて。データも必要だよ。』
「……わかりました。ですが危険と判断したら……」
「ああ。その時はフォローを頼む」
天凶院の言い方は腹がたつが、今は感謝しよう。今のこの未知の魔法を使って俺に何が出来るのか。試してみたい。あいつの言うとおり、データは必要だ。
『ようやくやる気になったみたいで嬉しいよ。じゃあ武器について解説するね。』
「……」
天凶院の言葉を聞きながら、俺は走り、鬼に接近する。まずは接近戦。やつは遠距離武器はなさそうだ。やつの距離でどこまでできるか。身体能力を試す。
『その杖は、君の特性を読み取って様々な形状に姿を変える。一応、今は諸事情で、一部封印してるけど、Ⅰ〜XIIIまで変形可能になる。今、使えるのはⅠ〜Xまで。トランプの数字に合わせてるんだ。』
鬼が振りかぶって殴りつけてくる。
避ける。速い。
体が風圧でよろめきそうになる。
鬼が再び殴りつけてくる。
避けて、風圧に体を慣らしていく。
大した体だ。イメージ通りの動きをする。キレが違う。体が軽い。ウェイトがないのも善し悪しだが。
当たれば必殺の一撃。経験を生かして、避け続ける。
『ジャック、クイーン、キングにあたる数字は封印。ちょっと特殊でね。今のそのマグナムリボルバーの形状が君の手に馴染みやすいであろうと、最適化されたエース。つまりナンバーⅠ』
避けて、ためしに鬼を殴りつける。想像以上の威力が出る。
が、鬼も巨体で強靭だ。効いているようにはみえない。
なかなか抉る手応えがあったのだが。やはり相手に対して軽いのかもしれない。
ならばと腕を潜り、殴りつけてきた相手の力を利用した一本背負い。
体格差を完全に無視して、綺麗にきまる。
起き上がる前に少し距離を開く。
怯えたことが馬鹿馬鹿しくなる。
弱い。
いや。この体が強いのか。
海原光明の体ではこうはならないだろう。
『流石。いい動きするね』
身体能力は大体把握した。次は武器の性能だ。
『魔法の威力の強弱は試したみたいだけど、もう一段階上があるんだ。』
銃を構えて引き金を引く。弾が当たるが大して効いている気配がない。
『急所をはずしてやってみてほしいんだけど。』
言葉通りに標準を急所からはずす。狙うは肩。
『決め台詞と技の名前を言うと威力が跳ね上がる』
あ?決め台詞と技の名前……いちいち突っ込んでも返ってこないのはわかっているが……。
「なんでそんな面倒な仕様にするのだ。兵器は簡潔にあるべきだ。」
『「必殺技は声に出していうものですー!」』
天凶院とスペードの声が重なる。
あいつらは仲がいいのか、悪いのか判断に困る。
『掛け声はねー「俺のマグナムが火を吹くぜ!」。』
下ネタ……だと……?
『でねー、技が「爆破流星」』
……心が折れそうだ。
だが、やる。男がやると決めたのだ。やらねばなるまい。
「……俺のマグナムが……」
『駄目! 声が小さい! もっと心を込めて!!』
クソ。すべて終わったらあいつは必ず殺す。
「俺のマグナムが火を吹くぜ!」
銃を構える。何か吸われていく感覚を味わう。
『はっはー! おっさんがいうとアウトだけど、美少女が言うと決め台詞になる不思議!!これも魔法!!』
「爆破流星!!」
弾というより、球体。ボールのような弾が撃ち出される。銃の口径と合わない。物理法則の理から外れる光景だ。
一直線に鬼の肩に吸い寄せられる。
どぱんっと乾いた音と共に、鬼の肩から先が吹き飛んだ。
一瞬の大打撃を受け、鬼はそのまま昏倒した。
『ありゃりゃ。Ⅱ~Xを試せなかったかー。』
一撃にかかる手応えが桁違いだった。なんという威力だ。
『杖を調整した時に調べたけど、君の特性はわかりやすくて「火」だ。』
ちなみにっと続ける。
『スペードは変わってて「闇」と「誘導」。二つある。まあ人によって違うのさ。スペードの武器は剣だろう?君は銃火器。』
「……まあいい。鬼をどうすればいい。」
『えっとね――――』
「?」
『―――……ん?ちょっと待って。警戒して。まだ警告が止まらない。スペード。』
「はい…………」
スペードが辺りの気配を探る。俺もやってみるが特になにかいそうな気配がない。
「あ。……え?そんな……」
スペードが呆然と呟く。僅かに震えている。
『え? 嘘でしょ……なんであいつが……! 逃げて!!? まだそいつには絶対勝てない!!』
天凶院が取り乱したように叫ぶ。飄々としたあいつが取り乱すとは。
スペードの視線の先を追う。視認するまで気配を感じ取れなかった。
そこにいたのは――――――
胸元を大きく開いた黒いライダースーツに身を包んだ、女。
長い髪をポニーテイルに纏めている。
顔の半分を覆うのは仮面。笑うピエロのような仮面。
なんとも不吉な気配。
両手に持つ獲物が、死を連想させる。
こんな異質には会ったことがない。
ああ。
だが。
俺はこいつを知っている。
こいつは。
俺の探していた、妻だ。
敵方の女幹部との因縁スタイルで進行b
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