表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
六月と蒼い月  作者: 金時るるの
六月のそれから
78/84

六月のそれから 3

 入り口の扉が開いた。

 彼が帰ってきたのだ。


「おかえりなさい」


 わたしが駆け寄ると、彼は


「ああ、ただいま」


 と返事して、おもむろにその手を伸ばす。

 彼の指がわたしの頬に触れたのを感じて目を閉じる。

 毎日彼はこうしてわたしの顔を確かめるのだ。わたしはこの時間が好きだ。彼の繊細な指先が瞼を撫で、鼻すじを通り唇に触れる。くすぐったさに思わず首を竦めそうになるのを我慢する。あごから耳にかけてなぞり、最後にゆっくりと髪を撫でると、彼は手を離した。


「次はわたしの番ですよ」


 椅子をふたつ引っ張り出して向かい合わせに置くと、片方を彼に薦め、わたしはもう片方に腰掛ける。

 スケッチブックを抱えると、わたしは彼の似顔絵を描き始める。そうしてできた似顔絵を、彼に講評してもらうのだ。別に画家を目指しているという訳では無い。ただ、納得できる出来栄えになるまで彼の似顔絵を描く事が、わたしの当面の目標なのだ。


「……今日も似ませんでした」


 描き上げた似顔絵を眺めながら、わたしは肩を落とす。そんなわたしを彼は隣からいつも慰めてくれる。


「そんなことはない。ほら、ここの影の付け方なんか、昨日より良くなっている」

「でも、実物はもっとかっこいいのに……」


 すると、彼が固まったようにその動きを止める。耳が少し赤くなっている。こんな可愛らしいところもあるのだ。わたしは思わず笑い声を漏らす。


「こら、からかうな」


 彼がこちらに手を伸ばす。それから逃れるようにわたしは椅子から立ち上がり、笑い声を上げながら遠ざかる。けれど、こじんまりとした部屋の中ではすぐに行き場を失い、わたしは部屋の隅へと追い詰められる。目の前に立った彼がわたしの腕に手をかけ、軽く引っ張ると同時に、わたしは彼の腕の中に飛び込んだ。彼もそれをわかっているからか、優しく抱きしめてくれるのだ。今度はわたしが耳を赤くする番だった。


 こうしてわたしは、わたしだけの家族を手に入れた。

 それまではわからなかった、これこそが本当の家族の温もりなのだろう。甘美な幸せに浸りながらも、その温もりを少しでも逃すまいと、わたしは彼の背中に回した手に力を込めた。



(完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ