六月と精花節
この国には精花節という日がある。
元々は、花を司る神に捧げものをした日とされているが、それが年月を経て、親しい人へ贈り物をする日へと変化したとかなんとか。
そして今日はその精花節なのだ。
わたしはこの日のためにクッションカバーを作った。以前にマフラーの染みを隠すのに使った毛糸のモチーフ。あれと同じものを沢山作って、それを繋ぎ合わせたのだ。
「クルト、よかったらこれ、受け取って貰えませんか?」
カバーをつけたクッションを差し出すと、クルトは怪訝そうな顔をした。今日が何の日か忘れているみたいだ。
「ほら、今日は精花節ですよ」
教えると、そこで彼は初めて気付いたようだった。もしかすると、彼の生まれ育った地域では、精花節というものにあまり馴染みが無かったのかも。
「なんだかんだでクルトにはお世話になっているので、お礼のつもりというか……ほら、前にマフラーを褒めてくれましたよね。あの時はほとんどヴェルナーさんが作ってくれましたけど、わたしが作ったのも少しだけ混ざってたんですよ。せっかくだから、あの時に得た編み物テクニックを活用しようと思って」
「ふうん。お前にしては珍しく殊勝な心がけだな」
「まるでいつものわたしが厚かましい人間みたいに言うのはやめてください」
「自覚が無いのか」
「そんな事言うなら、受け取って貰わなくて結構です」
手を引っ込めようとしたが、その前にクルトにクッションを奪われてしまう。
「せっかくだから貰っておく。ちょうどクッションが欲しいと思っていたんだ」
涼しい顔でそう言うと、さっさと寝室へ持ち込んでしまった。
まったく、素直じゃないなあ……
けれど、受け取って貰えたことに安堵したのも事実だ。彼のことだから、いつかのように美意識が云々だとか言われて受け取り拒否されないかと、少し心配していたのだから。
安心したと同時になんだかお腹が空いてきた。何か食べよう。
お菓子の置いてある棚を引っ掻きまわしていると、寝室からクルトが出てきた。そのままソファの横を通って、部屋の外に出ようとドアを開けたところで
「なんだこれ」
と、声を上げた。
見れば、片手に小さな箱のようなものを手にしている。
「ドアノブにリボンが引っ掛けてあった。この見た目、まるで誰かへのプレゼントみたいだな」
確かにそれは丁寧に包装され、ブルーのリボンが掛けられている。
それを見てぴんときた。
「わかりました。それはきっと精花節の贈り物に違いありません」
「これが? ……ああ、よく見ればカードがついてる。驚いた事にお前宛だ。けど、妙だな。差出人の名前が見当たらない」
「きっとわたしのファンからの贈り物ですよ。わたしの愛らしさに魅了されたこの学校のだれかが贈ってくれたんです。ドアノブに引っ掛けてあったのも、カードに差出人の名前がないのも、恥ずかしくて直接渡したり、名乗り出ることができないからです。照れ屋さんなんですね」
「……そういうところが厚かましい」
「何か言いました?」
「いいや」
「……まあいいです。ともかくその包みを開けて中を確かめてみましょう」
そうして包みを解くと、中から出てきたのは――
「……なにこれ? 虫……?」
そこにあったのは、陶器でできた小さな置物だった。大きな頭に二枚の羽。頭は深緑、目と羽は水色にと、若干メルヘンな風合いに色づけされているが、どこからどう見ても虫の形をしている。
「お前って、虫を集める趣味があったっけ?」
「そんな事を公言した覚えはありませんけど……これって何の虫なんだろう……」
まさかゴキブ……いや、まさかね。大きいハエ……とも少し違うような気がする。
というか、なんで虫? 幸運の象徴であるテントウムシならまだ理解できるけれど、こんな見た事もない虫の小物をわざわざプレゼントに……? 何か謂れがあるのかな……
それともまさか、アルベルトがいつかのカブトムシの幼虫のお返しのつもりで置いていったとか?
首を傾げていると、隣でやはり考え込むように腕組みをしていたクルトが口を開く。
「この虫と似たようなのをどこかで見たような気がする。本物じゃなくて、この置物みたいに簡略化されたものだが」
「えっ、どこでですか?」
「……それがよく思い出せないんだ。ずっと昔に見たのかもしれない」
ずっと昔というと、子供の頃だろうか? クルトはその時に同じようなものを見る機会があった?
それとも、わたしが知らないだけで、実はこの虫の知名度は高いんだろうか。こうやって小物にされるほどに。
そこまで考えてはっとした。
「この虫って、もしかしてセミじゃありませんか?」
「セミ? これが?」
「わたしも実物を見た事がないし、この国にもいないので馴染みは無いですけど、ヨーロッパではフランスの一部地域に生息すると聞いた事があります。そこでは縁起物として扱われていて、セミをモチーフとした色々な製品が作られているとか。きっと、これもそのセミを模したものなんじゃないかと思うんです。ほら、クルトの母親はフランス人だって言ってましたよね。もしかして、セミに関する何かを所持していて、クルトはそれを見た事があるんじゃないですか?」
その言葉にクルトは何かを思い出したようにこちらを見る。
「そうだ。確かに俺の母が、これによく似た虫の描かれた入れ物を持っていた。なるほど、あれはセミだったのか」
「ということは、このプレゼントの贈り主は、セミという生き物を身近に感じているフランス出身の人物……」
「ミエット先生か」
「きっとそうだと思います。いやー、先生がわたしのファンだなんて知らなかったなー。今度お茶にでも誘ったら喜んで貰えるかなあ」
「先生をおかしな妄想に巻き込むのはやめろ。とりあえず、本人に確かめて、お礼を言ってきた方が良いんじゃないのか? 違ってたら、また振り出しに戻る事になる」
「そうですね。このまま差出人不明でもすっきりしませんしね」
そうして、先生を訪ねてひとり温室に向かうと、はたして、あのセミの置物をドアノブにぶらさげたのは彼だった。
「あれ? 差出人の箇所を書き忘れちゃったかなあ。ごめんよ、わざわざ確かめにきて貰ったりして。あの時ちょっと急いでたから、ドアノブに引っ掛けておいたんだ」
先生は申し訳なさそうに頭をかく。その拍子に彼の髪に土が付着したが、気にも留めないようだ。
「ユーニはたまに手伝いをしてくれるからね。そのお礼のつもり。それに今日は精花節だし。せっかくだから、この国の行事に便乗しようと思ってね。よかったら受け取っておいてよ。あのセミの置物」
……うん。差出人が先生だと予想した時に、うすうす感づいてはいた。先生が自分のファンなんじゃないか、なんて、ちらっと考えただけでも恥ずかしい。
クルトの言うとおり、わたしって厚かましいのかな……気をつけよう。
そのまま先生の作業を手伝う事にして、温室に生えていた雑草を抜く。
それを終えて部屋へ戻ると、クルトの姿はなかった。
どこに行ったんだろう。もうすぐ夕食の時間なのに。それに、例の贈り物の差出人の件についても報告したいし。
そわそわしているうちに、夕食を知らせる鐘が鳴ってしまった。
クルトは帰ってこない。食堂へは直行するつもりでどこかに行っているんだろうか?
そんな事を考えながら食堂へ向かうも、そこにもクルトの姿は見えない。
そのうち食事が始まっても彼の席はぽっかりと空いたままだ。それを不審に思ったのか、級長のマリウスがわたしに声を掛けてきた。
「ねえユーニ、クルトはどうしたの?」
「ええと……」
そんな事、わたしだって知らない。でも、ここまで姿を現さないというのも心配だ。もしかしたらどこかで事故にあって動けないとか……? だとしたら早くなんらかの対策を取らねばならないのでは。
「実は……」
言いかけたその時、クルトが食堂に姿を現した。息を切らして近づいてきた彼は、マリウスに事情を尋ねられると
「うっかり眠り込んでしまって」
と答えた。
クルトでもそんな事あるんだな。珍しい。でも、一体どこで寝てたんだろう。外は寒くて昼寝に向きそうにないし。この季節に昼寝に最適な場所があるんだろうか。
夕食後に自室に戻って尋ねようとしたとき、クルトが何かを差し出してきた。
「なんですか、これ」
受け取ると、それは細長い箱のようだ。綺麗な包装紙に包まれ、リボンがかけられている。
「精花節のうちにと思って。俺だけ貰いっ放しってわけにもいかないからな。外で買ってきた」
「学校の外に出たんですか!? まさか、夕食に遅れてきたのはそのせい……?」
「街に行ったものの、何が良いのかわからなくて手間取ったんだ」
「でも、梯子がないと戻ってこられませんよね? また別荘で借りたんですか? ロザリンデさんに叱られますよ」
「次に会うときは覚悟してる」
そこまでして手に入れてくれたものって一体なんだろう。
リボンを解いて、包みを開くと肌触りの良い布張りの箱が出てきた。蓋をあけると、中から姿を表したのはペンダントだった。繊細な銀色の鎖の先には、白いガラスを金属で縁取った小さな花のモチーフが付いている。
「きれい…… 」
わたしは思わず溜息を漏らすも、慌てて我に返る。
「 あの、まさか、これをわたしに……?」
「そうだ。気に入らなかったか?」
「い、いえ、逆です。こんな素敵なもの、貰ってしまって良いのかと思って……わたしにとっては宝の持ち腐れというか」
「そんなことないと思うが……試しにつけてみればいい」
言われた通り、マフラーを首から外してペンダントを首に付けようとする。が、首の後ろで留め具がうまく噛み合わない。
四苦八苦していると、クルトが目の前に立った。
「へたくそ」
そう言ってペンダントを取り上げると、鎖の両端を持って、わたしの頭の後ろに手をまわし、覗き込むように顔を寄せる。
不器用なわたしに呆れたのか、以前にリボンを結んでくれたように手際よく金具を繋げる。
しばらくしてクルトが一歩離れた。
首元に触れると細い鎖の感触がある。
「うん、まあまあだな」
まあまあと言う割には、クルトはなんだか満足げだ。
「あ、あの、ありがとうごさいます……! まさかこんな綺麗なものを貰えるとは思ってなくて、その、嬉しいです。いつもは男の子として過ごしているから、こういうものを身につける機会もなかったし。ええと、つまり、何が言いたいかというと、その、大切にしますね」
正直なところ、クルトからこんなものを貰えるとは思ってもみなかった。包みを開けるまでは食べ物でも入っているのかと思っていたのだ。それがこんな、女の子が身につけるようなものだったとは。いつかのドレス以来だ。
はー、なんだかクルトといると、女の子らしいものが増えてゆく。
それに、よくよく考えてみれば、クッションカバーの対価としては不釣り合いな気もする。とはいえそれを理由に受け取れないとも言えなかった。だって、せっかくクルトが学校を抜け出してまで手に入れてきてくれたんだから。
これくらいならマフラーを巻いていれば見えないし、普段から身につけていても大丈夫だよね……
そんな事を考えていると、こちらを見ていたクルトが何故か溜息をついた。
「お前、またリボンが曲がってる。まだ一人で結べないんだな」
その言葉に、慌ててマフラーを巻いて隠した。




