六月と慌ただしい日曜日 3
屋敷を出て少し歩くと、顔に冷たいものがぽつりと当たった。かと思うとあっという間にぱらぱらと雨が降り出した。
けれど、どこかで雨宿りしている時間は無い。濡れて黒く染まりつつある地面を踏みながらわたしは走り出す。
暫くすると目的地であるヴェルナーさんの家が見えた。強くなる雨脚から逃れるように急いで屋根の下に駆け込む。
ほっと一息ついて足元に目をやると、ドアの前に黒い塊があった。
猫だ。
黒い猫がドアの前に座り込んでいる。雨宿りしているんだろうか。わたしが近くにいても逃げ出す様子も無い。
もしかしてヴェルナーさんが飼い始めたんだろうか? でも、アトリエで猫なんて飼ったら、大事な画材だとかをひっくり返してしまいそうだ。
そんな事を考えながら、濡れた衣服を軽くハンカチで拭っていると、隣の家のドアが開くのが視界の端に入り、わたしは反射的にそちらを向く。
隣の家からはひとりの女性が出てくるところだったが、ふとこちらに顔を向けたかと思うと小さく悲鳴を上げた。
わたしが反応する間も無く、次の瞬間勢い良くドアが閉まり、女性は再び家の中へと姿を消してしまった。
「え……?」
わけもわからず少しの間呆然として閉まったドアを眺めていたが、はっと我に返る。
なんだろう? わたしの顔に何か付いてるとか……?
そう思って自分の顔を擦ってみるが、ハンカチを見ても特に汚れてはいない。
不思議に思っていると、今度はアトリエのドアが開いてヴェルナーさんが顔を覗かせた。
それには流石に猫も驚いたらしく、ぱっと駆け出して雨の中どこかへ行ってしまった。どうやらヴェルナーさんの飼い猫ではなかったみたいだ。
その後ろ姿を見送った後、ヴェルナーさんに挨拶しようと振り返るが、その途端、喉まで出掛かった言葉が引っ込む。
ヴェルナーさんもまた、驚いたように目を瞠ってわたしを見ていた。
その様子にこちらが戸惑ってしまった。
普段の彼はほとんど表情を変えることは無い。ごくたまに僅かに微笑むような事はあるけれど、こんなにはっきりと感情を表に出すのはひどく珍しい。
その彼がこんな表情を浮かべるほどに、わたしの見た目に何かおかしなところがあるんだろうか……?
「あ、あの……」
おそるおそる声を掛けると、ヴェルナーさんは何度か瞬きする。
「……鈴の音が聞こえたような気がしたから、もしかしてと思って。中に入るといい。タオルを貸そう」
そう言う彼は、いつものように感情の読み取れない顔に戻っていた。
借りたタオルで髪を拭きながら、洗面所を使わせてもらう。
自分で見えないところに何かくっついているんじゃないかと鏡で確認したかったのだが、ぴかぴかの鏡面を覗き込んでみても、変わりばえしない自分の顔があるだけだった。
念のため背中を向けて後姿も映してみるが、そちらも別におかしなところは無い。
一体なんだったんだろう。それとも驚いているように見えたのも自分の勘違いだったんだろうか。
首を捻りながら洗面所を出る。一瞬ヴェルナーさんがこちらを見たが、その表情に変化はない。
……まあ良いか。特に何も言われないし。それに、今日はそれよりも優先すべき事があるのだ。
「ヴェルナーさん。今日は絵を描く前に、ちょっとご相談したいことがあって……」
言いながらわたしは巻いていたマフラーを首から外す。
その途端ヴェルナーさんがわたしの首元に目を留める。
「その包帯は……?」
「ええと、これはその、学校の猫にちょっとだけ引っかかれてしまって……」
あらかじめマフラーを外すつもりだった為に、首には包帯を巻いていたのだが、やっぱり目立つみたいだ。
「そ、それよりも、これを見てもらえませんか?」
それ以上掘り下げられないように、わたしはマフラーを指差し話を進める。
「コーヒーをこぼしたら、こんなふうに染みが残ってしまったんですが……もしかして、ヴェルナーさんなら、絵の具の汚れを落とすみたいにコーヒーの汚れを落とす方法も知ってるんじゃないかと思って……」
そこは前にイザークにコーヒーを掛けられた箇所だった。綺麗に洗い流したと思ったはずなのだが、暫くするといつのまにか茶色っぽい染みがまだらに浮き出した。しかも、すっかり色素が定着してしまったのか、いくら洗っても落ちなくなってしまったのだ。
クルトに謝ると「気にするな」と言われたのだが、やっぱりそういう訳にはいかない。大切に使うと約束したのに。
それでヴェルナーさんの持つ美術の知識の中になら何とかする方法があるのでは、と思って相談を持ちかけたのだが、話を聞いた彼は首を横に振る。
「……力になりたいのは山々だが、生憎と俺はそちらの方面には詳しくなくて……絵の具とは勝手が違う」
「そ、そうですよね。変な相談してしまってすみません……」
考えてみれば当然だ。いくらヴェルナーさんでも染色みたいな事に関しては専門外だろう。我ながら随分と無茶を言ってしまった。
でも、どうしてもマフラーの染みをどうにかしたかったのだ。
わたしの落ち込んだ雰囲気を感じ取ったのか
「だが、そうだな――」
ヴェルナーさんは頬に手を当てて暫し何かを考え込む。
「……コーヒーの染みを目立たなくしたいのなら、いっその事マフラー全体をコーヒーで染めてしまうというのは?」
「あ……ええと、できればそれは避けたいんです。すみません、勝手なことばっかり言って……」
それだと染みが全体に広がってしまうようで、なんだかイザークに負けたみたいな気分なのだ。
「……それなら、染みになっている部分を隠すという方法もあるだろうな。たとえば、似たような色の毛糸で上から刺繍を施すとか、ブローチのようなものを付けるだとか……そうだ、レースのように毛糸で四角だとか丸だとかの形に編むやり方があるだろう? それで作ったものを縫い付けるというのはどうだろう」
「ああ、モチーフ編みですね! それ、良いかもしれません! ……ちなみにヴェルナーさん、作り方を知ってたりとか……しませんよね。さすがに」
念のため聞いてみるが、ヴェルナーさんは首を振る。
うーん、やっぱりそうだろうな……
「専門店になら指南書があるだろうし、必要な道具や毛糸もそこで揃えれば良い。少し待っててくれ。上着を取ってくる」
「……まさか、今から行くんですか?」
「ああ。早くその染みを何とかしたいんだろう? それに、俺も編み物に興味が湧いたんだ」
相談に乗ってもらうだけで、そこまで手伝って貰うつもりは無かったのだが、なんだか予想外の事になってしまった。
外に出ると、雨はすっかり上がり、雲の合間から青空が見える。通り雨だったみたいだ。
「……綺麗だな」
ふとヴェルナーさんが呟いたので、彼の視線の先を追うと、虹が出ていた。
うん。今日はこれから良いことがあるかもしれない。
ヴェルナーさんと共に、街にある手芸用品を扱う店に行く。
毛糸を選んでいると、男の二人連れというのが珍しかったのか、店番の女性に用途を尋ねられたので説明する。
こちらが未経験者だと知ると、彼女は基本的な編み方を丁寧に教えてくれた上に、毛糸や編み針についても熱心に助言してくれた。主にヴェルナーさんに対して。
「ヴェルナーさん。アトリエに戻る前に少し寄り道しても良いですか?」
必要なものを買って店を出てた後に、そう切り出して、商店の並ぶ通りを目指す。
そのうちの一軒、いつもお菓子を買っている雑貨屋の前まで来ると、ガラス越しに店内の様子を伺う。店番が女性だと確認して、財布を取り出してヴェルナーさんを見上げる。
「あの、図々しいお願いだと思いますが、わたしの代わりにお菓子を買ってきてもらえませんか? 自分で買おうとすると、いつも目移りして、つい買いすぎてしまうんです。あ、勿論お金は渡しますから」
そうして彼がチョコレートを選んで代金を支払う様子を、店内の棚の陰から伺う。
すると、店番の女性が心なしか顔を赤らめながら
「これ、おまけです」
と言って、小さなキャンディの箱をヴェルナーさんに手渡した。
うーん……自分が「女の子と見紛うばかりに愛らしい男の子」に分類されるんじゃないかなんて、勘違いも甚だしかった。真の美形というのはこういうものなのか……
さっきのお店での事もそうだが、わたしは彼みたいな扱いを受けたことなんて無い。
なんだか感心してしまった。もしかして、ヴェルナーさんが本気を出したら、この世界を支配できるんじゃないだろうか。なんて、それは大袈裟だとしても、働かなくても暮らしていけるような気がする。
「本当はこれが目当てだったのか? 」
店の外でキャンディの箱を渡される。
「あ、わかりました? あはは……」
頬を掻いて誤魔化すと、ヴェルナーさんは静かに溜息をつく。
「こういう事は今回だけにして貰えないか。今後は余計なものは受け取らないつもりだ」
「どうしてですか? お菓子なら高価でも無いし、貰えるものは貰っておいたら良いのに……」
「……些細な事でも、積み重なると後が怖い」
怖いってどういう事だろう? 何か嫌な思い出でもあるんだろうか? パンを買ったら勝手にバターを塗られたとか……?
わたしにはわからないが、美形には美形の悩みがあるのかもしれない。彼の態度からして、女性にああいう対応をされるのはよくある事のようだし。
しかし、上手く行ったらまたお菓子を買うのをお願いしようと思っていたが当てが外れてしまった。
今度はクルトに頼んでみようかな……
アトリエに戻ると、早速買ってきた指南書をテーブルに広げ、二人で試行錯誤しながら毛糸を編み始める。
せっかくなので見栄えの良いものを……ということで、明らかに複雑そうな花のモチーフを選んだのだが、予想通り難しいし、最初から上手く編めるわけも無い。
途中まで編んでは躓き、その度に解いてはまた最初から編みなおす。
それを繰り返していると、いつの間にか随分と時間が経ってしまった。
戻ってくる途中で買ってきたサンドイッチを昼食に、少しの休憩を挟んでから再び編み針を動かす。
そうしているうちに、わたしはなんとか白い花のモチーフをひとつ編み上げることが出来たが、贔屓目に見ても美しいとはいえない。花びらの大きさはばらばらだし、なんだか歪んでいる。
でも、初めてだからこんなものだろう。むしろこれでも上出来なんじゃないだろうか。
そっとヴェルナーさんの様子を伺うと、彼もまた自分の編みかけのモチーフをじっと見つめていた。
同じ初心者のはずなのに、わたしより上手だ。
だが、彼は完成間近だったそれから編み針を引き抜くと、するすると毛糸を解いてしまった。
「えっ?」
思わず声を上げると、ヴェルナーさんがこちらを見る。
「す、すみません。盗み見するつもりは無かったんですが……でも、今のモチーフ、上手にできていたのにと思って……」
「……いや、この程度ではとても見れたものじゃない。中々難しいな……すまないが、時間を貰えないだろうか。何日か練習すればもう少しまともなものが出来るかもしれない」
その申し出にわたしは焦ってしまった。
「そ、そんなに完成度の高いものじゃなくても良いんです……! なんだったら最低限染みを隠すことが出来れば、それで構わないので……」
「だが、折角なら君だって、きちんとしたものを身につけたいだろう? ……それに、これは肖像画とは違う」
その言葉にわたしははっとした。
「時間と努力を惜しまなければ、それだけ上達するし、良い物が作れるようになるはずだ。その可能性を試さないのは惜しいだろう? だから、もう少し……」
そう言ってヴェルナーさんは再び手元の毛糸に目を落とした。
その姿を見てふと思う。
もしかしてこの人は、二度と描く事の出来ない肖像画から離れて、何か別の事に自分の存在意義を見出そうとしているんじゃないだろうか。
だから、この小さな毛糸のモチーフを作るのにも、こんなに真剣に向き合っているのでは?
でも、一体いつから……? 肖像画が描けなくなってから? それとも、絵を描くのを止めると口にしたあの日から?
いずれにせよ常にそんな事を考えながら生きていくのは、灯りの無い道を手探りで進むようなもので、ひどく危うくて消耗する事なんじゃないだろうか。
それに、もしも――もしもその道の先に何も無かったら? そして、もしもその事にヴェルナーさんが気が付いたら?
その時彼はどうなってしまうんだろう。深く絶望してしまうんじゃないだろうか。そうしたら――
わたしは胸がざわめくのを感じたと同時に、そんな考えに至った自分に動揺した。
どうかしている。ヴェルナーさんがそんなふうになるなんて限らない。いつか別の生き甲斐を見つけたり、もしかすると、肖像画で無いにせよ再び絵を描く可能性だってあるはずなのに。何故そんな事を考えてしまったんだろう。
不意に、何かの匂いがした。
なんだろう? 火薬みたいな匂い……
それと同時に頭の中にぼんやりとしたイメージが浮かび上がりそうになる。
それは煙が漂っているように不鮮明で、それでいて、ひどく不安を掻き立てる。
それでも必死にその煙の向こう側を探ろうと集中する。
その時、床に何かが当たる音がして、わたしの意識は引き戻される。いつのまにか手から滑り落ちた編み針が床に転がっていた。
反射的にそれを拾い上げて、部屋の中を見回す。
あれ? 今、何を考えていたんだっけ……?
ぼんやりとテーブルの上に視線を移すと、先ほど作った花のモチーフが目に入った。
手にとってまじまじと眺めると、さっきよりも不恰好で歪んでいるように見えた。
こんなのを少しでも上出来だなんて思った事が恥ずかしい。ヴェルナーさんの言うとおり、わたしだって努力次第でもっと良いものが作れるんじゃないだろうか。
それに、彼は自分のものでもないマフラーのためにあれこれ考えたり、真剣になってくれているのに、当の持ち主であるわたしが適当で良いわけが無い。マフラーをくれたクルトにだって申し訳が立たない。
「ヴェルナーさん。わたしももっと練習します。そして、次までにもっとちゃんとしたものを作ってみせます」
不恰好な毛糸の花を隠すように握り締めて宣言する。
その後で目を逸らしながら、若干小さな声で続けた。
「……だから、今日のところはこのくらいにしませんか? わたし、もうこれ以上編み目を数えるのはうんざりなんです……」
ヴェルナーさんがコーヒーを入れてくれたので、お皿を借りて先ほど買ったチョコレートを並べる。
それをヴェルナーさんに勧めると、彼はその中から一つ摘み上げた。
「子供の頃はこういうものは滅多に口に出来なかった。大人になったら飽きるほど食べてやろうだなんて思っていたな」
「わかります! わたしもそうだったんですよ!」
わたしはコーヒーの入ったカップを傾けながら同意する。
「クラウス学園に入学するまでは、お菓子なんてほとんど味のしないばさばさのケーキ――なんて呼ぶのもおぞましい何かだとか、石みたいに硬くて甘くないビスケットとか、そんなものばっかり。今思えばそれがまた信じられないくらいまずかったんですけど、でも他に食べるものもなかったし、それすら食べられない事も多くて……お腹が減って仕方がない時は、よく野ゲーキを作って気を紛らわせてました」
「野ゲーキ?」
「そうです。まるい形に盛った土をケーキの土台に見立てて、それに花とか葉っぱで飾りつけするんです。それをわたしの家では『野ゲーキ』って呼んでたんですよ。土と植物があればどこでもできるので、いい暇つぶしにもなりました」
「……面白そうな遊びだな」
「あ、興味ありますか?」
「ああ。差し支えなければ、やり方を教えて貰えないか?」
「いいですよ。と言っても、そんなに複雑なものじゃありませんけど」
「それなら、家の裏に行こう。良い場所がある」
そう言ってヴェルナーさんが立ち上がった。
その様子に少し慌ててしまった。確かに教えるのを了承したが、まさか今すぐにという意味だとは思わなかった。
だが、ヴェルナーさんは既に入り口のドアに手をかけようとしている。どうやら本気らしい。
わたしは急いでコーヒーを飲み干してその後に続いた。
建物の裏手にまわると、そこはちょっとした庭になっていて、いくつかの種類の花や、実をつけた背の低い木なんかが植えられていた。
この分なら、かなり豪華な野ゲーキが作れそうだ。
手分けして使えそうな花や葉っぱを集め始める。
わたしは赤い実を付けた木の枝に手を伸ばして、ふと、葉の隙間から白いものが覗いているのに気がついた。
反対側にまわってみると、白いハンカチが一枚、木の枝に引っかかっていた。隅に小さなてんとう虫の刺繍がある。
「ヴェルナーさん」
わたしが呼ぶと、ヴェルナーさんが地面から目を離してこちらを見る。
「このハンカチ、木に引っかかっていたんですけど、ヴェルナーさんのものですか?」
ハンカチを広げて見せるとヴェルナーさんは首を振る。
「……たぶん、隣の家の洗濯物が飛んできたんだろう。前にも同じような事があった。その時は子供のものらしい小さな靴下だったが、そのハンカチと同じようにてんとう虫の刺繍がしてあった」
そう言って、隣の建物に目を向ける。
今朝、わたしを見て驚いていたあの女性。彼女が出てきた家だ。
「あの、隣の家って、どんな人が住んでいるんですか?」
「……家族連れが住んでいるらしいが、俺も詳しくは知らない。少し前に越してきたばかりだとかで……洗濯物を返すときに、その家の女性と少し話したくらいだな」
それならあの女性がなぜわたしに驚いたのかを彼に聞いてもわからないだろう。
ヴェルナーさんが地面に視線を戻したので、釣られてそちらに目を向ける。
「あれ?」
そこには赤いゼラニウムが植えてあったが、何本かの茎の中ほどから上がごっそりと無くなっていた。
「今見たらこうなっていた」
「近所の子供の悪戯とか……? でも、切り口が鋭いですね。何か道具を使って切ったみたいに。子供だったら普通に手で折ると思いますけど……」
「これが初めてじゃないんだ。今までにも何度かこの花が切り取られていた事がある」
「この花だけですか?」
「ああ」
わたしは辺りを見回す。庭の中には他にもいくつかの花が咲いており、時折その花冠を揺らしている。確かにそれらには切り取られた形跡は無い。
この花だけ……? 何か理由があったんだろうか?
「……花は別に構わないが、知らない間に何度も庭に入られるのはあまり気持ちの良いものじゃないな」
「もしかして……」
「……何か、心当たりがあるのか?」
「ああ、いえ、ええと……」
わたしは言いよどむ。
「確信は無いんですが……それが理由だとしたら、あまりにもその……くだらないというか」
「くだらない……?」
「ええ。だけど、花を切る理由なんてそんなものかもしれないし……それに、わたしの予想の通りなら、また同じような事が起こると思うんですよね。うーん、どうしよう……」
そこまで言って、わたしは自分がハンカチを手にしていたままだったのを思い出す。
「とりあえず、この落し物をお隣に届けたいんですが、ヴェルナーさんも一緒に来てもらえませんか? わたしはこの家の人間じゃないし、もしかしたら相手に怪しまれてしまうかもしれないので」
「それなら俺ひとりで……」
「あ、いえ、わたしもちょっと確かめたいことがあるんです。なので隣の家に行ってみたくて。お願いします」
わたしの様子に何かを感じ取ったのか、ヴェルナーさんは
「わかった」
と言って頷いた。




