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六月と蒼い月  作者: 金時るるの
六月と兄弟
20/84

六月と兄弟 2

 その日の夕食時、妙なことが起きた。クルトが自分の分のデザートをわたしにくれたのだ。

 フランツがいなくなって以来、部屋から食堂までのかけっこ勝負はしていないから、貰う理由も無いはずなのだが。

 どうしたのかクルトに訪ねると「今日は食べたい気分じゃない」という答えが返ってきたので、そういうことなら、と素直に貰っておいた。


 不思議な事はその日だけではなかった。それ以降、なんだかクルトが優しくなった気がする。

 と、いっても、わたしが教師から言い付かっていた掃除を一緒にしてくれたりだとか、鉛筆を削るのを手伝ってくれたりだとか、そういう些細な事なのだが。

 だから最初は自分の思い過ごしなのではと思った。けれど、やっぱり夕食時にクルトは自分のデザートをわたしにくれた。


 これはおかしい。

 でも、その一方で、この程度の親切ならば普通に考えてよくある事なのでは、とも思う。何かのきっかけで、クルトが人間として当然あるべき思いやりの心に目覚めただけなのかもしれない。今までの彼の態度がちょっとアレだったから、その落差に違和感を覚えているだけで。デザートだって本当に食べたくないだけかも。


 どうにも判別できなかったので、試してみることにした。

 部屋に二人でいるときを見計らって、少し大きめの声で独り言を言う。


「あー、なんだか喉が渇いたなー。お茶でも飲もうかなー」


 少しわざとらしかったかな……

 ちらりとクルトの様子を伺うと、彼はわたしの下手な演技に何か言うこともなく、読んでいた本をテーブルに置いたかと思うと、食器棚からポットを取り出して部屋を出る。

 え? うそ、まさか、ほんとに……?

 信じられない気持ちでいると、暫くしてお湯の入ったポットを持ってクルトが戻ってきた。

 そして、テーブルに手早く二人分のカップを並べると、お茶を注いでわたしの前に置く。

 唖然としていると、クルトが自分のカップを持ち上げながら不思議そうな顔を向ける。


「どうしたんだ? お茶が飲みたかったんだろう?」


 その言葉に我に返り、慌てて頷く。


「そ、そうなんです。ありがとうございます」


 カップに口を付けながら考える。

 今までだって紅茶を淹れてくれる事はあったが、あくまでクルト自身が飲みたい時のついでのようなもので、普段は各自で用意するというのが暗黙の了解となっている。

 だからこんな事はすごく珍しい。

 でも、もしかして、クルトも今ちょうどお茶が飲みたい気分だったのかもしれない。


 わたしは少し考えて、再びわざとらしい独り言を呟く。


「そういえば、さっき売店で見たペパーミントクリーム、おいしそうだったなー。食べてみたいなー」


 この部屋には他に買い置きのお菓子がいくつかあったが、そこには無いはずのお菓子の名前を言ってみた。

 するとクルトは再び部屋を出て行く。そしてまた戻ってきたとき、その手にはペパーミントクリームの箱があった。


 やっぱりおかしい。急に親切になったのもそうだが、ちょっと怖い。何が怖いって、あれをして欲しい、これをして欲しいとはっきり言ったわけでも無いのに、確認もせずに行動に移してしまうところだ。

 もしも真冬に「スノードロップが見たい」だとか呟きでもしたら、彼は躊躇いなく雪深い森に分け入っていくんだろうか。そんなのちょっとどころじゃない。怖すぎる。


 ペパーミントクリームを齧りながらこっそりとクルトの顔を伺う。

 一体どうしたのか聞いてみようか? このままおかしな状態が続いても居心地が悪い。

 一旦はそう考えたものの、もしかして悪いことばかりでは無いのでは、と思い直す。

 たとえば日曜日でもなんでもない日に、学校の外に出たいと言えば連れて行ってくれるかもしれない。

 とりあえず下手なことを言わないように気をつけながら、もう少し様子を見てみよう。






 その日の夜、教師から出された課題を片付けようと寝室の勉強机に向かったわたしだったが、教科書とノートを開いた途端、わけのわからなさですぐに投げ出したくなってしまう。

 暫く真っ白なノートと睨み合うが、それで文字が浮かび上がるわけでもない。

 その時閃いた。

 そうだ。こういう時こそクルトに助けてもらえば良いのでは? 彼は成績も良いみたいだし、これくらいすぐに片付けてくれるんじゃないだろうか。

 わたしは隣の机で黙々と鉛筆を走らせるクルトを意識しながら呟く。


「あーあ。今日の歴史の課題、難しいなー」


 するとクルトが顔を上げ


「貸してみろ」


 と言って、わたしのノートに手を伸ばす。

 やった。と心の中で声を上げるわたしだったが、クルトは手にしたノートを暫く見つめた後、わたしの顔に視線を移す。

 そしてゆっくりと口を開く。


「……まさかとは思うが、お前、俺のこと、良いように利用しようとしてないか?」

「はっ!?」


 突然の事に声が裏返ってしまう。


「な、何言ってるんですか! そ、そんな、そんな事、な、ないです……! ほ、ほんと! ほんとに!」


 それを隠そうとしてますます動揺する。

 どうして急に気付かれたんだろう。

 挙動不審になってしまうわたしをクルトは鋭い眼差しでじっと見つめながら、ノートを指で叩く。


「だったら、どうしてノートが真っ白なんだ? 課題に取り組んだ跡が全く見られないんだが。さすがに少しもわからないなんて事はないだろう? お前、最初から全部俺に押し付けるつもりだったんじゃないのか?」

 「え? ええと、それは、その……」


 焦って上手な言い訳が思い浮かばない。クルトの視線は怖いし、この場から逃げ出したかった。

 クルトは黙ったまま視線を外さない。その沈黙と張り詰めた空気に耐え切れず、わたしはとうとう口を開く。


「すみません……確かにわたし、クルトが代わりに課題をやってくれたら、と思ってました……」

「お前なあ……!」


 怒られる……!

 わたし思わず首を竦めるが、予想に反してクルトはそれ以上声を荒げることはなく、大きく溜息をついたかと思うと、机に突っ伏してしまった。


「あの、クルト……?」


 おそるおそる声を掛けるが、クルトは突っ伏したまま動かない。

 どうしよう。こんな反応されるなんて思ってもみなかった。


「……自分の馬鹿さ加減に呆れる」


 くぐもった声でクルトが呟く。


「……女っていうのはろくでもない生き物なんだな……ねえさま以外」


 どうやらわたしのせいで、クルトの中での一般女性に対する評価が下がってしまったようだ。


「そ、それは誤解ですよ。大抵の女の人はそんな事ありませんし、この件は女だからだとか、そういうのとは別の問題です」

「……それじゃあ、お前という人間がろくでもないのか」


 確かに自分のしようとしていた事を考えると否定できない。


「……ごめんなさい」


 わたしの再びの謝罪に、クルトは溜息で応える。

 どうしたら良いんだろう。これなら怒られたほうがましだったかもしれない。

 気まずさにもじもじしていると、クルトがふらりと立ち上がる。

 わたしがはっとしてその様子を見守っていると、彼は寝室の入口まで歩いてゆき、ドアを開け放つ。

 そのまま二、三歩外に出たところでくるりと振り返り、わたしに向かって手招きする。


「……ちょっとこっちに来い」


 一体なんだろうと思ったが、とても聞ける雰囲気ではなかったので、こわごわとその言葉に従う。


「あの……」


 寝室から出たところで思い切って口を開く。

 そのときクルトがさっとわたしの横をすり抜けたかと思うと、次の瞬間、背後のドアが勢いよく閉まり、がちゃりと鍵の掛けられる音がする。


「えっ、な、なに?」


 慌てて振り返ると寝室のドアは固く閉ざされ、明かり一つ漏れていない。

 ノブに手をかけるが、中途半端に回転する感触があるだけでびくともしない。

 これってもしかして、締め出された……?


「ちょ、ちょっとクルト、開けてください!」


 ドアを叩くが中からは返事は無い。

 これは相当怒っているのかも……

 暫く待って、再びドアをノックしてみるが、やはり反応は無い。

 わたしは仕方なく近くの壁に寄りかかり、膝を抱えて座り込む。

 窓の外に目を向けると、辺りはすっかり暗い。もうすぐ就寝時刻のはずだ。


 とうしよう………


 急に不安になってきた。

 誰にも話してはいないが、あの日――家族だと思っていたものが、実はつくりものだったと気付いたあの日から、わたしは毎晩眠ることが怖くなっていた。あの夜に見た変な夢のせいかもしれない。

 もしかしてこれまでのことも全部夢で、目が覚めたときに周りには誰もいなくて、この世に自分ひとりだけになっているんじゃないか。家族だけじゃなく、何もかもが、ある日突然目の前から消えてしまうんじゃないか。そう考えると怖くて堪らないのだ。

 そんな時、隣のベッドで眠るクルトの姿を目にすると、ひとりじゃないんだと安心できた。

 彼が近くにいるというだけで、わたしは随分救われてきたのだ。勿論、クルト自身はそんな事に気付いてはいないだろうけれど。


 でも――

 わたしは寝室のドアを見上げる。

 このままこのドアが開かなかったら、自分はどうやってこの一夜を過ごせば良いんだろう。

 クラスメイトの部屋を片っ端から回って、一晩泊めてもらえるようお願いしようか……ううん、やっぱり駄目だ。たとえ部屋に入れてくれたとしてもベッドが空いていないだろうし、ソファで寝るよう言われるだろう。そうしたら結局ひとりになってしまう。


 相変わらず寝室の中からは物音一つしない。

 もしかしたら、本当はこのドアの向こうには誰もいなくて、既に自分はこの世界にひとりきりなんじゃないか。

 唐突にそんな考えが浮かび、慌てて頭を振って追い払う。

 なんだか急に周りの温度が下がったような気がして、マフラーを口元まで引き上げる。

 そういえば、クルトにマフラーのお礼をちゃんと言っていない。美意識のためとはいえ、わざわざ学校を抜け出してまで買ってきてくれたのに。

 さっきの事だってそうだ。確かに最近のクルトの様子は少し変だった。けれど、それでも彼はただ親切にしてくれただけなのに、わたしはろくに感謝もせずに、自分が楽をしたいからという理由でそれを利用しようとしたのだ。

 そんなの最低だ。クルトが怒るのも当然だろう。


 この世界が夢じゃなくて、もう一度クルトに逢えたなら、彼に謝りたい。マフラーのお礼を言いたい。


 その時、がちゃりという音が響き、わたしははっとする。

 今のは鍵の開いた音だ。

 じっとドアを凝視すると、ノブがゆっくりと回転し、ドアが開いていく。

 寝室から漏れる明かりの中にクルトの姿が浮かぶ。


「おい、そろそろ……」


 その言葉を最後まで聞く前にわたしは素早く立ち上がり、両手で力いっぱいクルトを寝室に押し込む。

 「うわっ!? 」という声が聞こえたが、構わず自分も部屋の中に入ると、急いでドアを閉め、鍵をかける。

 そしてそのまま入口に立ちふさがると宣言する。


「わたし、今日はもう絶対にこの部屋から出ませんからね! クルトもこの部屋から出しません!」

「な、なんなんだ突然……」

「わかりましたか!? わかったら返事してください!」


 畳み掛けるように迫ると、クルトはその勢いに押されたのか


 「あ、ああ」


 と、気の抜けたような声で応じる。

 強引だとは思うが言質は取った。少なくともこれで今日はひとりにならずに済むはずだ。

 そう考えた途端、先程まで押さえ込んでいた恐怖感が噴出し、その場にゆるゆると座り込んでしまう。

 目に涙が滲んだかと思うと、次々に溢れ出して頬を伝う。


「お、おい、なんで泣くんだよ……!」


 クルトが膝をついて、わたしの顔を覗き込む。その声は焦っているみたいだ。

 黒い髪に白い肌。整った容貌に、紫色の綺麗な瞳。わたしのよく知っているクルトの顔がすぐ近くにあった。

 でも……

 でも、この人は、本当に存在するんだろうか? もしかして、実際は誰もいない世界で、孤独に耐え切れない自分が生み出した幻なんじゃないだろうか?

 彼の姿を目の前にしてなお、そんな事を考えてしまう。

 その真偽を確かめるように、わたしは無意識のうちに手を伸ばし、クルトの頬に触れる。

 クルトはぎくりとしたような顔で身体を強張らせるが、わたしの手を振り払うような事はなかった。

 指先でそっと撫でると、滑らかな感触と共に、血の通った体温を感じる。

 つくりものがこんなに温かいわけがない。幻なんかではなく、彼は確かにここに存在するのだ。

 それに安堵すると同時に、クルトの戸惑ったような瞳に気付いて、はっと我に返る。


「あ、す、すみません……!」


 慌てて引っ込めようとしたわたしの手を、一瞬早くクルトが掴む。


「……お前、一体どうしたんだ? 部屋の外でなにかあったのか?」


 低い声で訪ねられて、わたしは俯く。


「……いえ、そういうわけじゃなくて……その、あのまま外でずっとひとりなんじゃないか、とか、色々考えていたら……わたし、ちょっと怖くなってしまって……」


 微かに震える声で告げると、それを聞いたクルトがつかのま言葉を失ったように黙り込み


「こんな状態で『ちょっと』なわけがないだろ……指だってこんなに冷えてるのに」


 と呟くと、握っている手に少し力を込める。


「……その、俺がやりすぎた。つい頭にきて……でも、まさかお前がそんなに怖がるなんて思っていなかったから……すまなかった」


 その言葉にわたしは首を横に振る。


「……クルトは悪くありません。わたしがひどい事したんです。クルトは怒って当たり前です……ごめんなさい」

「それなら、お互い様だろう? 俺だってお前にひどい事をしたんだから……もう二度とこんな事しない。だから、泣くなよ……」


 わたしは空いているほうの手で慌てて涙を拭う。

 同じようなことが前にもあった。わたしが泣いてしまうと、クルトはいつもの彼らしくない困ったような声で狼狽えるのだ。

 その声を聞くと、なんだか申し訳なくて、これ以上泣いてはいけないという気持ちになる。

 急に涙を止めるのは難しい。けれど、繋いだ指先から伝わってくるクルトの温もりが、わたしの心と涙を落ち着かせていった。







 翌日から、クルトは例のおかしな親切心を発揮する事はなく、以前のような状態に戻った。

 そちらのほうがいちいち言動に気を遣う必要もなくなるので、わたしとしても助かるのだが。

 でも、彼はどうして急にあんな風になってしまったんだろう。そしてどうしてまた何事も無かったように元に戻ったのか。

 それがわからなかった。


「ねえ、クルト、聞きたいことがあるんですけど」


 わたしが声を掛けると、向かい側のソファで本を読んでいたクルトが顔を上げる。


「どうして最近変だった……」


 そこまで言いかけて慌てて言い直す。


「ええと、どうして変に親切にしてくれたんですか?」

「別に、俺はそんな事したつもりはない」


 それだけ答えて再び本に目を落とそうするので、わたしは引き止める。


「うそ。お茶を淹れてくれたり、お菓子を買ってきてくれたり、明らかにおかしかったですよ。それに、わたしが課題を押し付けようとしたのに気付いて、クルトは『自分の馬鹿さ加減に呆れる』って言ってましたよね。それって、親切にしたつもりが、逆にそれを利用されるなんて馬鹿みたいだっていう意味で言ったんじゃないんですか? 親切にしてた自覚があるからこそ、そんな発言をしたし、あんなに怒ったんですよね?」


 そう言うとクルトは持っていた本を閉じ、大きく溜息をつく。


「……そうだよ。お前の言ったとおりだ。そこまでわかってるなら、もう良いだろ」

「わたしが知りたいのは、どうしてクルトが急にそんなことしたのかという事です。もう気になって気になって、夜しか眠れません」

「ねえさまみたいな事を言うのはやめろ」


 うーん、なかなか話してくれない。

 その時、わたしはふと思いついて口を開く。


「……パン」

「うん?」

「教えてくれないのなら、わたし、クルトの目の前で、デッサンに使った後の木炭まみれのパンを食べます」


 それを聞いた途端、クルトの顔が驚愕で歪む。


「お、お前、それはもう食べないって約束しただろう!?」

「約束したのは『パンの耳』です。だから、今度はパンの耳以外を食べます。本気ですよ。わたしは木炭がついてても気にしませんよ」


 クルトは額に手を当て顔を伏せる。


「……わかった、話すから……だから、それは本当にやめてくれ。なんであんなものを平気で口にできるんだ。恐ろしい……」


 思いつきで言ったが、案外効果的だったようだ。

 しかし、話すと言いながら、クルトはなかなか口を開こうとしない。

 それでも辛抱強く待っていると、やがてぽつりと話し出す。


「……この前、お前に言っただろう? 『きょうだいみたいに扱われるのは迷惑だ』って。確かにあれは俺の本心だが、わざわざ口に出す必要はなかった。我ながら酷い事を言ってしまったと思って……」

「え? まさか、それだけで?」


 クルトは腕組みをして首を横に振る。


「それだけじゃない。お前と取引したこと。秘密をばらされたくなければ言う事を聞けだなんて……あの時はねえさまの【お願い】の為に必死だったとはいえ、そんなの、やっぱり卑怯だろう? でも、俺はお前みたいに問題を解決する能力は無いし、もしもお前が困っていたとしても、助けになれる気がしない。だから、せめて別の事で埋め合わせをしたいと思って……」


 それを聞いてふと思った。もしかしてクルトはあの取引の事、ずっと気にしてたのかな。表面上はそんな素振りも無かったけど、心の底ではずっと引っ掛かっていたのかもしれない。行き過ぎた親切は彼なりの贖罪だったんだろうか。


「でも、それならそうと言ってくれたら良かったのに。急に親切にされたらびっくりしますよ」


 わたしの言葉にクルトは眉を顰める。


「それはおかしいだろう。お前がもしも俺の立場だとして『いつぞやは大変申し訳ないことをしたので、お詫びさせてください』とわざわざ宣言してから行動に移すのか?」

「えっ……それは、しませんけど……」

「そうだろう? それなら俺が別に何も言わなくても問題ないはずだ」

「でも、クルトの親切はちょっとやりすぎと言うか、違和感があるというか……」

「おかしいな。ねえさまにはそんなふうに言われた事はないんだが」

「えっ……あの、もしかして、ロザリンデさんにも同じことしてるんですか?」


 おそるおそる尋ねるわたしに、クルトは頷く。

 うそ……ロザリンデさん、あの予測できないクルトの親切にどうやって対処してるんだろう。すごいな。

 そんな事を考えていると、クルトが口を開く。


「でも、お前は結構調子に乗りやすいみたいだし、そういう事をするのはもうやめた」

「えー、でも、それを言うなら、クルトだって結構かっとなりやすいですよね」


 そう言うと、クルトは気まずそうに目を逸らす。


「それも踏まえてやめたんだ」


 その様子からして、あの夜の事をまだ少し気にしているみたいだ。堪え切れなかったとは言え、泣いてしまったのがまずかったのかも。

 わたしは慌てて両手を振る。 


「で、でも、そんな事しなくても大丈夫ですよ。わたし、今までクルトに色々なものを貰いましたし。服とか、お菓子とか。このマフラーだって、前のに比べると暖かいし、軽いし、肌触りだってすごくいいし、気に入ってるんです。美意識のためとはいえ、嬉しかったです。大切に使いますね」


 その言葉に、クルトは小さな声で呟く。


「別に、美意識のためだけじゃ……」


 途中からよく聞こえなかった。わたしが聞き返すより早く、クルトが続ける。


「こうしてよく見ると、そのマフラー、お前に似合ってる」

「え、そうですか? ありがとうございます」


 お礼を言うと、クルトが小さく笑う。


「俺の美意識に従って選んだんだから、似合って当たり前だけどな」

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