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純情天国  作者: K+
6/10

転  O

 心吸われる碧空だ。

 輝臣(てるおみ)は高い秋の空を仰ぐ。

 イベント時に天候が崩れないのは、ゲームのいいところだと思う。

 午後二時が近づいていた。

 女子校に入り、学ランのボタンを幾つか留める。めかしこんで行って浮いていたら恥ずかしいので、無難に制服にしておいた。フォーマル代わりになるから学校制服は便利だ。

 校舎の奥に見えている体育館へ足を向けつつ、ズボンのポケットから銀のプレートを取り出す。

 図書館系統に入ると電話着信は自動でバイブレーション通知に切り替わるが、学園祭の公演だとどうなるか判らない。念の為に手動で変えておこうと思った。

 フレームの片隅が点滅していた。メールが届いている。

 十五分ほど前に虎徹(こてつ)からだ。写真付き。輝臣はちょっと口を曲げる。奴はろくなモノを送ってこないのだ。

【パンチラ】と来たからどきどきして見てみたらパンダが隅っこに写っていたり、【熱き裸体のぶつかり合い】というのを色々用意して開いたら相撲の千秋楽大一番だったり。

 しかし見てしまうのが男子中学生の(さが)である。

【浮気?】と書いてあるのを見て、今度は何だよ、と半ば呆れつつ写真を選択した。

 凍りついたかのように足が止まる。

 アカネが写っていた。

 今にも顔同士が触れそうな距離で、身を屈めている知らない男も写っていた。

 遠くから写されているが、二人とも、口元が笑んで見える。

(何これ何これ――何こいつ)

 オレのカノジョに何してくれてんの、と言えないところが、輝臣の悲しい現実だった。オレの友達に何してくれてんの、はどうにも弱過ぎる。

 薄いプレートを落っことしそうになりながら、虎徹に電話する。呼び出し音が途切れるなり、訊いた。

「何アレ」

〔あー……さっきさぁ、桜花(おうか)の門のトコで見かけた。ただの友達にしては妙な雰囲気だったから、知らせといた方がいっかなぁと思ってよ〕

 少し歯切れ悪く虎徹が言う。〔ダイって男だったぜー。仲良く門前まで歩いて来て、くねくね密談してたカワイコが校内に入ったら、野郎の方は鼻の下伸ばしてどっか消えた〕

「くねくねって何だよ、気持ち悪い。ホントに朱音(あかね)かよ」

 苛々して言ったが、写真の女の子がアカネに間違いないのは輝臣もよく判っていた。

〔女っていうのは恐ろしい生き物だ。相手によって態度を変えるのなんて朝飯前だ〕

 虎徹の声には実感がこもっている。〔でも俺も、できたら見間違いだといいなと思ってる。これまで見かけてたカワイコちゃんは、お前より男前だったしな〕

 お前よりって余計だ、とツッコミを入れる気力も無かった。

「も、いい。死亡宣言してる男なんて何かのジョーク(joke)

〔……dieか、わはははは〕

 馬鹿笑いの聞こえる通話を切った。

 悪友には強がったものの、その場でへたり込みたくなる。

 β版プレイ時、アカネに携帯電話(ステルスフォン)のアドレスを教えてほしいと、輝臣はなかなか言い出せなかった。

 正式版のプレイを始めてから、カレシになりたいというのも、周りがカレシ扱いしている状況に胡坐をかいて、当人には言えずにいた。

 言ってしまったら友達には戻れない気がしていたから、臆病になっていた。カレシっぽい友達というポジションは、居心地が良かったから尚更だ。

 泣きたくなってきて奥歯を噛み締めた。

 アイテム欄に入れてある、アカネへの差し入れが宙ぶらりんだ。

 林檎を捧ぐ勇気も無くて。

 黄と橙に、朱の混じった綺麗な楓。

(結構、一生懸命、探したんだけど……)

 取り出したら最後、ひらひら散るしかなくなってしまった。

 いつの間にか、二時を過ぎている。

 輝臣は重い足を動かした。

 公演を聴きに行くと約束した。

 彼女にカレシができても、自分は友達をやめたくない。やめられない。女の子という以上に、朱音という人に魅かれているから。



 約束には間に合った。

 けれど、心に響くアルトが〝初恋〟を美しく紡ぎ――

 彼に華やいで。

 彼に林檎を贈り。

 彼と触れ合って。

 彼と並んで遠ざかった。


 アカネの朗読初公演は、輝臣に失恋を知らせた。




 五人しか居ないらしいストーリーテリング部の全員が朗読を終え、公演一回目は終了した。

 舞台上での発表ではなく、館内の中程にスコア台が置かれ、そこの空間を扇状にパイプ椅子が囲んでいた。そうして、スコア台にテキストを開いた部員が、物語や詩を語るというスタイルだった。

 昼間だがカーテンの引かれた体育館は薄暗く、照明は落とし気味。中央付近だけ明るい。プライベートコンサートのような、ささやかで和やかな雰囲気。

 ちんまりと集まっていた、ほぼ身内だらけだろう観客が優しい拍手を送る。隅の席に居た輝臣も手を動かせた。動かせた自分に安堵した。

 最後に並んで頭を下げた五人は、笑顔で客席の方に散らばった。

 アカネが、祖母(ワカ)祖父(マサタカ)でなく、真っ先に輝臣の方へ向かってきたのでうろたえる。

「とちらなかったから、ホッとした」

 顔をほころばせたアカネが眩しくて、輝臣は目を落とし気味に、うん、と応じる。

「お疲れ」

 絞り出したのが明らかな掠れ声になってしまって喉元をさすった。どう誤魔化せばいいのか、頭の中がぐちゃぐちゃで判らない。

「朱音ちゃん、良かったよ」

 横から助け船が入った。ワカが、おっとりしているいつもよりもずっと口早に言う。「私、光景が浮かんできたもの」

「巧く読んだ」

 口数のあまり多くないマサタカも、ニヤリとして添える。

(あぁ、まったく。いつの間にそんな相手が出来たんだって驚愕するくらい)

 正式版では殆ど一緒に過ごしていたつもりだったのに、ぽっと出に横から掻っ攫われた感が強烈だ。

(あんな濃そうな顔が好みだったなんて知らなかったよ。ていうか、友達なんだから、ちらっとぐらい仄めかしておいてくれよ。父さん父さんとは良く聞いてたけど全然傾向が違うじゃないか。背丈ぐらいしか似てないじゃんか――一目惚れしちゃいましたってかぁ? 似合わねぇ)

 実に似合わない。ダイが共学校のブレザーを着ていたのを思い返すと苛立ちが募った。こんなことなら自分も編入するんだった。四六時中へばり付いているんだった。いずれにせよ一目惚れされたら、防ぎようなんて無いけれど。

(オレは何が駄目だったの。ガキだから? チビだから? バカだから? う……駄目なトコロばっかりだな、オレ……)

 絶望に襲われる。

「――ミ、ねぇ」

 ふわりと額に手を当てられ、輝臣はびくりと身を引いた。手を浮かせたアカネが、不安そうな目を真っ直ぐ向けてきていた。「具合悪いんじゃない?」

「あらぁ、そうだね、顔色良くないねぇ」

 ワカも心配そうに覗き込んできて、マサタカが眉を寄せた。

「無理するなよ」

「ヴァーチャル眼鏡(グラス)は無反応?」

 アカネが若干おろおろと問を重ねる。健康具合が悪化するとゲームは強制切断される。かつて、ワカが唐突に消えてしまった時のように。

(オレの具合を悪くしたのは朱音だし)

 思いはするが、流石に八つ当たりだと判るから輝臣は自己嫌悪に肩を落とした。

「何でもない」

「じゃあ、どっかのお店で休もうか。甘い物でも食べる?」

 完全に気をつかわれている。

 朱音は三月の末生まれで、輝臣は四月の初め生まれで。たった一歳違い。だのに、どう頑張っても追い着けない隔たり。こんな時に、また思い知ってしまう。次の誕生日までには、桐臣より、もっといい男になっているつもりだったのに。

 輝臣は素早くアイテム欄を開くと、小さな葉っぱを摘まみ出した。アカネに突き付ける。

「差し入れ。ノーミスだったんだから、受け取れるだろ――オレ、も、ベンキョするから落ちる」

「あ、りがと」

 舞い落ちかけた葉を、アカネは両手で急いで受け止める。キャッチできて嬉しそうな顔になって、またね、と目を細めた。

 その表情を見たら、気持ちを切り替え損ねた。

 唇を噛んで、悔し泣きだけはこらえて、輝臣は何も言葉を返せずに仮想世界から逃げ出した。

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