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純情天国  作者: K+
4/10

承  O

 メールの方が良かったかとよぎった。

 他の部員と、(じか)に打ち合わせをしているかもしれない。作品を登録したら終了の読書部とは、イベントの参加の仕方も違うだろう。

 それでも、声だけでも聞きたい気がして、コール音を数えてしまう。

 男子校の門前は人通りが少ない。

 仮想空間だけれど秋らしくなっていて、風もひんやりし始めている。

 去年はリアルでこの辺りから体調を崩し、対策を怠ったら本格的に風邪をひいてしまった。VR機器にログインを却下されまくったのは苦い経験だ。

 首に巻いたストライプのマフラーを軽く顎まで引っ張り上げ、輝臣は白く息を洩らした。

 耳元に寄せたフォンから、コール音が途切れる。

〔ごめんごめん、図書室に居たもんだから〕

 急いだらしい。顔がほころぶのを止められず、輝臣(てるおみ)はマフラーを更に引っ張り上げた。

「邪魔した?」

〔や、用事終わったところだった〕

 電話からは彼女のアルト以外聞こえない。通常は他校に入れないから、アカネが居るのはきっと自分の学校だ。

「明日、公演、何時?」

〔二時から〕

「差し入れ希望ある?」

〔え、何それ、プロでもないのに恥ずかしいよ〕

「初公演なんだから、それっぽい雰囲気を楽しみなよ」

〔いやいや、とちりまくってお花とかぬいぐるみとか貰うなんて、変だし〕

「ミス前提かよ。ていうか、ぬいぐるみぃ?」

〔例えだから。変な藁人形とか持って来ないでネ〕

「何そのチョイス」

〔オミはぬいぐるみのつもりでそういうのを持って来そうだよね〕

 ちょっとムッとした。

 一体、彼女の中の輝臣はどういうセンスの持ち主になっているのか。

 小一時間(ただ)したかったのに、あ、落ちるね、またね、と朱音は明るい声を届けてきた。風呂に入るようにとダイレクト通信が来たのだろう。

 気持ちを切り替えた。

 おやすみ、と輝臣は微笑と共に告げる。

 仮初めの空間で気持ち良く別れるという一点は、秘かに誓っていることだ。

 仮想現実という脆く希薄な世界を、朱音(あかね)は少し怖がっているから。




 一旦ログアウトして入浴を済ませ、午後十一時近く、輝臣は再度ログインした。

 明日は休みだし、たまには勉強以外で夜更かしである。

 午後十一時から一時間は、ゲーム内が夜になる。

 イベント期間中でも、最終日以外、夜時間だけは学校に行けない。そもそも日頃から、寮で駄弁るプレイヤーが増える時間帯だった。

 輝臣は自室を出ると、何人かとすれ違いつつ階段を降りた。

 アカネに写真を送ってもらって知ったのだが、外観は違うものの、女子寮と男子寮の設備はほぼ一緒である。

 階段を降りれば、ざわめきが耳に入り始める。

 団らんできるフロアがあり、正面のボードには朝食と夕食のメニューが書いてある。メニューは男女で違うようだ。男子寮の今晩の献立は、鍋焼きうどん、親子丼、漬け物、汁粉餅、蜜柑。

 汁粉餅に釣られて、輝臣は食堂に入った。結構、寮の食事は美味しい。実際の腹はちっとも膨れないのだが。

 長いテーブルとパイプ椅子が並んだ室内は、人で溢れていた。がやがやと賑やかだ。いい男率が高いが、男ばかりという光景は所詮ムサイ。

 オンラインゲームで遊ぶのなんて男の方が圧倒的に多いから、男子寮は相当の寮生を抱えている。

 今夜の食堂は奥行きが異様にあった。ゲームならではだ。

 入ってすぐ横手のカウンタに料理が並んでいるので、トレーに汁粉の椀を三つと漬け物ひと皿、緑茶の湯呑を乗っける。おかわりは二回と決められているので、汁粉の椀四つ目は梃子でも動かない。

 いい焦げ目のついた餅を見て口元を緩めた輝臣に、テーブルの方から声がかかった。

 窓際の中程に、クローズドβ版からの知り合い達が三人集まっていた。所謂、古参プレイヤーだ。

 社会人らしい0601、大学二年生の虎徹(こてつ)、年齢不詳で自称ネナベのRio。

 外見のグラフィックを弄りまくっている面子が多い中、0601は素朴で目立たない風体だ。しかしながら彼は何気に女子に慕われる傾向があって、アカネとも友達。今日もRioが隣に座っている。

 虎徹がムキムキの腕で軽く横の椅子を引いたので、輝臣はテーブルにトレーを置きつつ、そこへ座り込んだ。

 箸立てからひと組抜き取りつつ、久しぶり、と口にする。米粒が少し残っている丼を二つ重ねて、まったくな、と虎徹が薄い唇を歪めた。

「授業サボってカワイコちゃんといちゃつきやがって、エロオミめ」

 虎徹とRioとは同じ男子校所属だ。アカネと同じ共学校の0601が、虎徹を見て瞬いた。

「今の若い子、〝カワイコちゃん〟なんて使うんだね」

「う……」

 輝臣は言葉に詰まる。男子校の二人がげらげら笑い出した。虎徹がこちらを親指で示して暴露する。

「マジで言っちゃったらしいんだよ、カノジョに。おっさんかって切り返されたんだって」

「ぶは」

「オミったら真顔で、おっさんしか言わないのかってボクらに訊いてくるんだもん」

 ハスキーな声でRioが追撃する。

「僕、おっさんだけど、もうちょい年配の人なら言うかもなぁ」

 生真面目に0601が教えてくれて、輝臣は撃沈した。年齢をカミングアウトしていないものの、十代なのは薄々ばれている。テーブルをばんばん叩いて虎徹が喜んでいた。

 三つ目の蜜柑の皮をむきながら、線の細い美少年のRioは怪しく笑った。

「ねぇ、今年の学祭はどの本、出した? 又カワイコちゃんへの公開告白?」

 気を取り直すべく啜りかけていた小豆(あずき)汁を、危うく噴きそうになった。虎徹が大袈裟に身を乗り出す。

「え、去年のヤツ、そんなんだったっけ」

「そんなんじゃない」

 箸を握って輝臣は口早に応じる。

「えー、百年焦がれた女の子にチューする話だったじゃん。エロオミ、溜まってんだなぁって思ったよ」

 Rioがつらつら言うと、なるほど、と0601がにやりとする。輝臣はたちまち顔が熱くなった。

「名作をはしょり過ぎだろ、それ!」

『夢十夜』の一話目。

 確かに夢と現実の狭間で、作中の女性の向こうにアカネを見ていたけれど。去年はまだ、がっついていなかった。彼女を漠然と特別な友達だと感じていた。それだけだ。他意は無い。

 あぁー思い出したぞ、と虎徹が肘で小突いてくる。

桐臣(きりおみ)特選のエロ本を期待したのに、文豪を出してくるという番狂わせをしてくれたんだったな。今年は、自分を偽らない本を出したか?」

「オレは去年も今年も偽ってない」

 耳が熱いままで、輝臣は椀を持ち直す。やっと扱い慣れてきた箸で、慎重に汁粉を食べ始めた。

 箸の使い方はこれまでも親に煩く言われていたが、真面目に覚える気になったのは朱音と外食するようになってからだ。

 微かな塩っけ混じりの、甘味の染みた餅が柔らかい。小豆の欠片も溶け込んでいて美味かった。

 機嫌良く二杯目を手にしたら、蜜柑を食べ終えたRioがにやけた。

「で、偽ってない今年の本、何」

 一瞬ためらう。悪友に邪推されていたとは思ってもいなかったから、今年も、何やかや悩んだ挙句、願望いっぱいの作品を選んでしまっていた。

 詩集だ。複数作収録されているから、どの一編かは黙秘しておけばいい。

 輝臣は、平静を装って告げた。

「『若菜集』」

「〝アカネ集〟?」

「写真集じゃないし」

 目つきが何だかいやらしかったから、輝臣はテーブルの下で虎徹の足を横蹴りしておく。

 つゆだけが残る土鍋の脇で、0601が頬杖をついた。何処か懐かしそうに目を細める。

「いいね、藤村(とうそん)でしょ。君が偽ってないとすると〝初恋〟で選んだかな」

 まさかの一発。

 僅か十五年半生きてきただけの若造、その浅知恵など実に脆かった。

 あえなく二度目の撃沈に絶句した少年を見て、いやーっ、とRioと虎徹が低音でハモる。気持ち悪くて腹立たしい。

「うっわぁ、何それ、見たい見たい、確かめたいっ」

「エロオミ、お前、童貞だなッ」

 もはや開き直るしかなく。ほてった顔で輝臣は叫んだ。

「悪かったな!」

「悪いものか! 立派な魔法使いになれッ」

 虎徹とRioがいい笑顔で左右の肩を叩いてきて、周囲のテーブルでは身を震わせる面々が続出した。


 後で0601から魔法使いについて教えられ、オレは前衛職一筋だ! と輝臣は虎徹の尻に蹴りを入れたものである。

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