いじめの予感
その日一日彼女は格好の話題の種となった。
「小田さんと沢ってどういう関係?」
あからさまに恵ちゃんに聞く同僚もいた。そのたびに彼女はただ、昔家が近所だった、とだけ返していた。
僕はそれをきいてすごく寂しくなった。だってあの時の約束がまだ果たされないまま。
「小田さんて少しかわいいからって調子乗りすぎじゃない?」
昼食が終わり、部屋に戻ったときに、そういった女子社員の声が聞こえてきた。
「本当。沢さんの幼馴染だか何だか知らないけど、自己紹介の後も肩なんか叩いちゃってさ」
「有香なんか小田さんの後だったから、だれも有香のこと覚えてないよ」
背の小さい女性がそう文句を言う。本当に女性って怖いよな。けれど僕も彼女の名前を憶えていなかったから何とも言えず……。
その日の終業後、僕は恵ちゃんに声をかけた。
「この後時間ある?……恵ちゃん」
最後の一言は本人にだけ聞こえるくらい小さく。それでもまわりからはヒューヒュー囃し立てられた。女子からの視線が怖い。
「新入社員をいびるなんてマジありえないんだけど」
「これがパワハラってやつ?」
女性をおこらせてはいけないとどうやら僕が悟った頃には、恵ちゃんは上気した顔で僕のことを見ていた。
それを見た女性陣は何かを察したらしい。攻撃対象を僕から恵ちゃんに切り替える。
「幼馴染だか何だか知らないけどさー。沢部長にいいよるのやめてくんない?」
それを聞いた恵ちゃんはその声の主に向かってきっぱりといった。
「言い寄ってるつもりはありませんよ。先輩こそ、沢部長が自分のことを見てくれないからって私をいびるのやめてくれません?」
その女性は、何も言えずに黙ってしまった。そのすきに恵ちゃんは颯爽と部屋を出ていく。僕も慌ててそのあとを追いかけた。