ツーラスト襲撃戦
圧倒的な力が過ぎ去ると、山は息吹を取り戻した風に音を立て始めた。生物や草木の揺れる音色が命を感じさせていて、発生していた力がどれほど巨大だったのかを思い知らせている。
雄大な自然は、恐るべき天災の如き現象に対しても再生能力を発揮していた。その力強くも美しい姿は見る人の心を打つ事だろう。
ただし、この場に居る者達は『それどころ』ではなかった。
「随分と、派手にした物だな」
「ああ、山の麓に居ても感じられたぞ。何という恐ろしい魔力だ、魔王百人分……いや、数字で表現する次元ではないな」
「安心しろ、我々の様に力を持った魔物でなければ、アレが魔力だとは思わないだろう。むしろ局地的な災害か何かだと考える筈だ」
「魔力からお前の匂いがしなければ、我々も天災だと感じただろうな」
交互に語りながら、二つの魔物が近づいていく。
それは腐乱して臭いと泥の様な体液を落とす馬と、それに騎乗する中身が無い鎧である。そこから放たれる邪悪な腐臭は自然の偉大さを忘れさせ、気持ちの悪い気配と雰囲気を放っている。
とてもではないが、真っ当な生き物として扱う事は出来ない。どう見ても魔物だ。その為か、カイムが真っ先に拳を持ち上げ、遅れてホワルが剣を握る。
「待て」
何時の間にか立ち上がっていたニヴィーがその二つを両手で制して、魔物達の姿を見ていた。
「……お前達は」
「久しいな、ニームット」
「ヴェンヴィー、非常事態だ。手を貸して欲しいのだ」
声をかけられた二つの魔物は優雅に一礼をして見せた。人間を侮蔑する立場である筈の彼らが彼女に向けるのは敬意であり、友情でもあった。
対して、視線を受ける側のニヴィーに変化は無い。彼女は今まで通り表情を変えず、ただ静かに低めの声で返事を口にするだけだ。
「ニヴィーで良い」
「それで? 非常事態というのは一体何だ?」
言葉数の少ないニヴィーに変わって、カイムが話の続きを促す。
部外者の口出しが気に入らなかったのか、魔物達はあからさまに不快げな様子を見せた。しかし、その顔をじっと見つめた途端に雰囲気を一変させ、驚愕を態度で現してみせる。
「貴様、黒の魔王を消した……!」
「……いや、この際だ。彼も巻き込もう」
腐乱した馬の方は驚きながらも冷静だったらしく、提案を行っていた。
何の話かをカイムは知らなかったが、とりあえず聞いてみる姿勢を作る。ニヴィーはただそれを見守ったまま動かず、直立している。その立ち振る舞いだけで意志がある程度は伝わるのだから、大した物だ。
実際、二つの魔物は彼女がカイムを巻き込む事を承知したと認めたのだろう。放出されていた魔力をその身へ引き下げていた。
「……『黒の魔王』が消された事で、今まで行動を制限されていた魔物共が動いている。あの愚か者め、まだ動いてはならんというのに……」
「大馬鹿者があの世界に住む同胞を操っているんだ。急いで来たからまだ到着はしていない様だが、恐らく後僅かでツーラストに攻撃を仕掛けるだろう」
如何にも不覚だと自分を恥じている声音である。
発声器官など無い鎧から発せられるのは無理矢理喋ろうとしている風な軋む音に聞こえ、腐乱した馬に至っては震える様な気味の悪い声である。だが、そこに宿る意志は強い物だ。
そんな彼らの話を聞き、ニヴィーが小さく首を傾げている。
「お前達では抑えられなかったのか」
「ああ、扇動した馬鹿の魔力は『支配』の方向性を得ている。まあ我々にも殆ど通じなかったのだ。ニヴィーに通用する物ではないがね」
答えたのは、腐乱した馬の方だ。
その口振りからは、彼女の事を自分より遙かに格上の存在として認めている事が強く強く伝わってくる。自分にプライドを持っているであろう高位の魔物がそう感じる程度に、彼女は強いのだろう。
まあ、そんな事くらいカイムは分かっていたので、特に驚いた訳では無かったのだが。
「お前ならあの愚か物ごと魔物を掃滅出来るだろう。が、流石に同胞を虐殺させる気も無いのだよ。どうにかして頭の足りない同胞達を止めて、奴を倒さねば」
決意を秘めて話しているのは鎧の方である。本来ならもっと強く人間を見下す類の魔物なのか、その態度は何処か複雑そうだ。
それでも二つの魔物はひたすらニヴィーの前に向かい、懇願を行う。
「頼む、手を貸してくれ。我々だけでは彼らを助けるのも無理が有るんだ。いや、これは人間を助ける事にもなる」
「悔しいが、今はまだ人間と戦う時ではないんだ。そこのそいつが我らが恐るべき最強の魔王を倒してしまったからな。だから、何としてでも同胞を救い、守らねばならない」
その言葉の中には人間への気持ちなど欠片も無かった。当然の事だ、彼らは魔物であり、人類とは敵対する立場に有るのだから。
分かっていたとしても、魔物を救う為に行動する様な人間はそう居ないだろう。しかしながら、此処に居るのは普通で真っ当で良識の有る人間などではなかった。
「構わない、魔物を逃がせば良いのか」
「俺も良いぞ。どうせ俺は此処に生まれた訳でもないしな」
快く、とは行かなかったが、二人はほぼ同じタイミングで承諾を示した。息がピッタリと有っていて、魔物達を驚かせたらしい。が、彼らは内心の動きなど微塵も見せなかった。
「おお、有り難い。では早速」
「あー……一つ良いか?」
すぐに話を進めようとした魔物、腐乱した馬の声をカイムが遮っている。遠慮がちに発せられた言葉だったが、それでも十分に周囲へと伝わっている。
魔物達はカイムの言葉に頷く事は無かったが、無視もしなかった。黙り込んで、無言の承認を見せている様だ。
それを確認すると、彼は微妙に困った顔となった。
「いや、俺の『弟子』がな、お前等の話を聞いて飛び出してしまったんだが、割と血走った目でな。ああ、あれは殺す奴の目に見えたな」
それを聞いた途端、二つの魔物は強い動揺を見せた。瞬く間に丸太の方向へ視線を向けていたが、カイムが認識していた通りそこには誰も居ない。
「なっ……!?」
「何だ、気づいてなかったのか? ニヴィー、お前さんは?」
「気づいていた、が、止める理由が無い」
軽く首を振ると、ニヴィーは町の有る方角に身体を向けた。
少年が消えたという事など興味も無いらしい。しかし、魔物達は言葉にならない悪態を一つ吐いて、人間であれば『頭を抱える』に相当する様子を見せた。
「殺戮兵器みたいな奴を野放しにはしておけないぞ、どうするんだ……!」
「不味いぞ、奴らが掃滅されるのは、不味い」
彼らが揃って悩んでいる。それを見ていたカイムは肩を竦めて、ホワルが消えていった方へと身体を向けた。
「やれやれ、だな。俺が追いかけるとしよう」
言葉と同時に自分の中から『無』を取り出し、肉体へ回す。これで『無』を扱っている間、彼は全ての影響を受けなくなるのだ。例え存在自体を否定されても、全く無関係に行動が許される。
それくらい出来なければあの概念的な物すら無価値となるエィストとの戦いなど不可能だ。少なくとも、概念に干渉が可能になってからは、そうだった。
「待て、カイム」
ただし、自分の意志で足を止めるのは別の話だ。
ニヴィーの声によって思わず足を止めた彼は、ゆっくりと振り向く。
「何だ?」
「私の……」
何事かを告げようとした様子だが、彼女は思い留まったのか小さく首を振る。
「いや、何でもない」
自分で言おうとした『何か』を飲み込み、瞬く間にニヴィーは山の麓へ消えていった。
少なくとも二つの魔物にはそう見えただろうが、カイムはその姿を追えている。
「まあ、いいか。俺も行くぞ? お前等は?」
「我々は魔物達の退路を造らねばならない」
「追撃で人間に殺させる訳にはいかないからな」
二つの返事を聞き取りながらも、彼はそれらとは別に思考を続けていた。
彼女が何を言おうとして、飲み込んだのか。それは定かではなかったが、彼はその疑問に対する回答の予想を続けたまま、ホワルの居るであろう方向へ歩いていった。
+
魔物達は、既にツーラストの町へと到着していた。
聞こえてくる断末魔、家が燃える音、人の血が飛沫となって広がっている。そこは最早地獄と呼んで相違無い状況となっていた。町には多少の冒険者なども居るのだが、この数では相手にならない。
恐ろしい数の魔物達は人々を囲む様に近づいていき、残虐に殺して肉を喰っている。
食料として摂取していると言えばそこまでだが、魔物の表情は食事とはまた違う喜悦を浮かべていた。
彼らの表情の理由は義務感から来る物だ。人間を襲い殺すという使命を果たす事によって、魔物はその生で最も強い喜びを得られるのである。
当然、それは『逆の場合』も同じなのだが、人間は中々に魔物を殺せてはいなかった。
「俺嬉しい。人間喰う」
「これは、しゅくめいだ」
知能が殆ど無い彼らも、自分の宿命が満たされて喜んでいる。
逃げ惑う人間達に対して、同情を抱く者など居なかった。当然だ、彼らは人類とは違う種族であり、意志疎通が可能だからと言って、気持ちを通わせる者など殆ど居ない――今は亡き『白の魔王』はあらゆる生命を尊んでいたが、それは例外だ。
例外ではない魔物の内、町中を遅う彼らは今、一人の人間を取り囲んでいた。
その人間は潰れた家の前で座り込み、怯えている。おぞましい外見をした魔物達が今にも自分を喰おうとしているのだ。感じられる恐怖は言語にするのも辛い物となるだろう。
「ひっ……」
魔物が一歩近づく。すると、彼は喉から声を出して、壊れた家の方へ退いた。漏らしていないのが奇跡だ。
魔物達は知能の乏しいなりに相手の恐怖を感じ取り、楽しげに互いの顔を見ていた。
「怖がっている」
「よいよーい」
「心が躍る」
「早く喰いたい」
「くわせろ!」
言葉でも相手を怖がらせようと、彼らなりに努力をしている。
間抜けな絵面だが、珍しく効果は覿面だ。男は更に逃げようとした。しかし腰が抜けていて、動かない。
「ひぃっ!?」
「覚悟を決めろぉー」
「喰う喰う」
今にも喰われる。
そんな男の恐怖を楽しみながらも、魔物達は大きな、あるいは小さな口を開く。そうすれば更なる恐怖を感じる事が出来て、更に使命感を果たせるのである。
しかし、男の反応は彼らが期待した物とはほど遠かった。
「思ったんだけどさ」
小さな呟き、しかし、続く言葉は大きな物であった。
「君ら、間抜けだよね」
ニヤリと、楽しげに笑う。
その刹那、嵐が駆け抜けた。
あくまで比喩表現である。しかし、魔物達が体感した物を考えるならば、強ち間違いとも言えなかった。実際に吹き荒れる様な風が吹き、衝撃が襲いかかったのだから。
魔物達の声は一つも聞こえなくなった。ただ、何かが死に絶えていく音と、命が散っていく空気だけが吹いている。
「……悪は、去った」
風が聞こえなくなると、風の中央に立っていた男の声が響く。その時は既に、そこに居た魔物は『一つを除き』、全て死に絶えていた。
生き残った一体は男の足下で踏みつけられていて、今にも死にそうだ。呻く者の息になど全く気にせず、彼は座り込んだ人間へ顔を向ける。
「大丈夫か?」
「は、はい。ありがとうございます。で、ではっ!」
立ち上がった男――商人だろうか。彼は礼を告げると、すぐに壊された家の中へと飛び込んでいく。その表情が一瞬だけ楽しげに歪んだとは誰も気づかなかっただろう。
男は手に持っている物、鋭すぎる棘が先端部に付けられた槌、つまりモーニングスターを構える。紫の血で彩られた物々しいそれが鈍く光ったその時、轟音と共に何体もの魔物が近づいてくる。
「なにがあった!」
「すげえことか!」
「やばい死ぬきっとやばい死ぬ死ぬ」
騒ぎを聞きつけた他の魔物が駆けつけた様だ。どれも人型ではなく、他の何らかの動物を模した者や、どんな生物とも違う造形をした化け物に思える。
視認するだけで精神に影響の有りそうな存在を、男は鼻で笑った。
「悪と屑は消えねばならない。それが幼子であったとしても、どれほどの善人だったとしても、悪は滅ぼす。存在する事自体が罪なんだからな」
言いながら、その足で魔物の手を潰す。痛みでのたうち回っているが、気にしない。他の魔物達が怒りと、何より恐怖に歪んでいる点を喜んでいる風ですら有る。
これも、人間としては正しい姿である。
「喜べ、お前等は俺に殺される事で、正義に手を貸した者達となった」
周囲の魔物達が見ている間に、男は足踏みをして見せる。残酷で最低な痛みを与える努力である、それは魔物が人間を苦しめる姿とよく似ていた。
男は魔物を何度か踏み、踏み、踏み続けていく。
やがて、何かが潰れた音が響いた。
思い切ったのか、それとも飽きたのか、彼は笑ったまま頭を潰したのだ。
自分の足が紫色の血飛沫で塗れたと確認すると、彼は「最低だ、汚らわしい」と呟き、生きた魔物達を嘲笑した。
「おい、お前等。こいつみたいに苦しんで死にたく無いなら、その場で自害しろ」
酷すぎる提案であった。だが、どこまでも本気である事は明らかで、醜く見えるくらいに強い殺意が伴っていた。
自害しなければ、殺される。それが確定事項にすら感じられるだろう。魔物の死体をゴミの様に扱う姿がとてつもない存在感を与えている。
「くるって、る?」
「悪い奴だ」
「ゲスだ」
魔物達をして、男は狂気の存在に感じられた。
人を殺す魔物と戦うのは、人間の責務だ。責務を果たせば悦楽を得られる。しかし、この男はそれを越える程におかしい。その性質は非常に残忍で、『悪を殺す』という行為に快感を見出している様だ。それも一面としては正しいが、此処まで『行き着いている』者はそう居ない。
「五つ待とう。それまでに死ね」
そう言うと、片手を開いて指を一本ずつ閉じていく。完全に握られた時、そこには魔物の無惨な死体だけが残されるのだろう。
だが、誰が自害などするだろうか。魔物達は雄叫びを放ち、男を逆に殺そうと仕掛ける。全方位からの隙間無き攻撃だ、一つ一つはそれほど強くなくとも、当たりさえすれば必殺となりえる。
男の指は既に二本となっていた。いや、たった今一本を閉じて、残り一本になった所だ。空いている手には槌が握られていて、鋼の棘が不気味に光っている。
最後に残った指が、体感的には少しずつ閉じられていく。握り拳になるまで、もう一瞬も無い。その指が半分まで閉じられた頃、やっと男を攻撃可能な距離まで魔物の中の数体が接近し――町の彼方まで、吹き飛ばされた。
「な、なに?」
「どういう何?」
「一体何だ畜生化け物かこいつ『ら』」
男に襲いかかろうとしていた魔物達は急速に足を止めて、そこに立っている『髪の長い女』の姿を捉えた。
女閉じかけた男の指を摘み、それ以外の部分は魔物の行動へ注意を払っている。微塵も窺えない隙の無さはそのまま強さの指標となり、彼女の前に立つ者の行動を封じてしまうだろう。
そんな化け物よりも怖い女に向かって、五つ数えられなくなった男は不満げな顔をしていた。
「ったく、何だよ。ニヴィーか、お前、何をしに来たんだよ?」
「奴等を止めろと頼まれた」
簡潔な言葉で意志を伝えると、女ことニヴィーが彼の指から手を離す。魔物達の方へ意識を向ける様子は殆ど無く、むしろ男の行動を制限する方向で動いている。
「そうか、じゃあ死ね」
そんな意志を理解した為か、男は槌を凄まじい勢いで振るい、ニヴィーを叩き潰そうとした。
これぞ神速と呼ぶべきである。早すぎて魔物の目にも入らず、例え相手に棘が及ばなくとも、それ以外の要因で傷害を追わせるのだ。それは例えば巻き込まれて死ぬ者達であったり、速度の余波で生まれた風だったりするのだが。
「通らないのは知っているだろう」
しかし、槌はたった一本の指に止められていた。
棘の一番鋭い部分を指先で押し、勢いを一瞬にして消滅させている。なおかつ、傷一つ入ってすらいない。血の一滴も流れていないのがその証拠だ。
それが技なのかすらも分からずに、観戦に回った魔物達が目を丸くしている。
「悪は殺す。それが俺だ」
「分かっている」
男が静かに頷くニヴィーの顔を見ている。その表情は何ともない風を装っていたが、内心の感情はとても激しく燃え上がっている様だ。
視線だけで対象の命を奪えそうだ。ただし、彼女には意味が無いのだが。
「私は、悪か?」
ただ軽く尋ねるだけの一言がその場に轟いた。それは単なる言葉でありながら平伏したくなる強烈さを内包していて、声の主である彼女の存在を数十倍の大きさに見せている。
欠片の魔力も放出されていないが、その強さは本物だ。かねてより知っていた事を再認識したのか、男は槌を下ろした。
「……いいや、お前は悪でも正義でも中立でもない。どの意味も無い奴だ。それに」
「戦えば、私の圧勝となる」
「その通り。俺は悪しか斬らないんだよ」
もうニヴィーの事は気にしていないのか、男は魔物の方を見る。
薄汚い物を見る目ではあったが、少なくとも殺意は無かった。
「そういう訳だ。さっさと失せろよ雑魚。お前等みたいな塵を虐殺しても気持ち良さはそれほど強くないんだからな」
侮蔑を混ぜながらも、男は撤退を促していた。
魔物達が屈辱に震える。本当で有れば反撃を行いたいのだろう、しかし、何も出来ずに負けてしまう事くらいは知能が足りなくとも理解しているのだ。
「おぼえとけー!」
「覚えるなよ殺しに来るなよ!」
捨て台詞を吐きながらも、魔物達は撤退する。
それに対して邪魔が入る事は無い。ただ、ニヴィーと……潰れた家の中に潜む商人だけが、逃げ去る彼らの背を見守っているのみだった。
「……で、俺はどうしろと?」
魔物を逃がしてしまった事で怒りが沸いたのか、男は不機嫌そうだ。殴りかからないだけまだ冷静さを保っていると言えるかもしれないが、相手がニヴィーでなければ殺していただろう。
つまり、実力の差を考慮する程度にしか理性が働いていないという事だ。
余り待たせるのは得策ではないと判断したらしく、ニヴィーは静かに口を開いた。
「奴らを支配する者が居る」
「そいつをぶっ殺せってか?」
男の質問に、彼女が肯定を表す頷きで答える。体よく利用しようという考えがあからさま過ぎたからか、周囲の空気が氷結し始めた。
しかし、男はもうモーニングスターを使う事は無く、一度だけ頷いて彼女から背を向けた。
「分かった、殺してやる」
言い終えると、男はすぐに走り出した。口元は恐らく、まだ見ぬ悪を殺す期待で歪みきっているのだろう。到底真っ当とは呼べない『正義の味方』である。
「……」
とはいえ、ニヴィーには男への思う所など何一つ無い。興味が無いのだ。
しかし、男の背中が見えなくなると、彼女は軽く手を持ち上げて、僅かな落胆を顔に現していた。
「……少し、残念だな」
手を握り、その中から何らかの力を放出させていく。それはただ一瞬だけの出来事で、存在を認識したのは彼女自身だけだった筈だ。
しかし、それを見た者は驚くしか無いだろう。
そう、その手に有ったのは紛れも無く『魔力』で……