魔力の方向性
「ぎぇっ……ぐふっ……」
山奥の開けた場所で、ホワルの呻きが漏れ出していた。
余りにも弱り過ぎて、死に近づいている事が分かってしまう。見た所、数時間は持たないだろう。特に胸から腹部にかけての殴打さえた様な傷は酷い物で、大量出血を起こしている。軽い防具など既に無く、完全に砕けてしまっている。
それでも剣を持っているのが根性を感じさせている。立っているのは完全に奇跡と言わざるを得ないだろう。
「ふ、げっ……がふぁ……」
「悪い、流石にやりすぎたな。自分の基準で鍛えると危険だという事を失念していた」
死にかけるまで追い詰めてしまった為に、カイムが少々申し訳無さそうな様子となっている。
「不味いな、やりすぎた」
「お、俺はまだまだ……」
「無理をするな。いや、一線を越える為には無理も必要だが、今は関係無い。それに……やりすぎたというのは、この場所の事だ」
カイムの瞳が周囲へと向けられる。そう、彼が見ていたのは瀕死の少年ではなく、この場の惨状だった。
彼らが修練を始めてから、既に一時間近くが経過していた。かなり激しい物だったが為に巨木の丸太がペースト状で吹き飛び、土が潰れていた。
勿論動物の存在は無く、植物すらも消し飛んでいる。この世の終わりはこんな風景かもしれない。
「まあ、とりあえず直しておくか」
何かの合図をするかの様に、足踏みを一つ。すると周辺の風景が一瞬だけ暗転して、世界が元の状態へと修復、いや『無』に取り込まれる。
カイムの目は不可視であっても『無』を捉えられるが、ホワルでは無理だ。本当に世界が黒くなった風にしか感じ取れなかっただろう。
「は、はい……?」
「まあ、こんな感じで良いかな」
「あれって、俺の傷を治した……」
「その通りだ。ついでにお前の傷と体力もだ」
言われて初めて自分の傷が消え去っていると知り、ホワルは身体を何度か叩いた。それでも痛みが全く無いと知ったらしく、深い感謝を告げている。
しかし、カイムは別の事を考えていた。
『無』へ取り込む事で、世界を元の状態へと戻す。概念などの形の無い物へ干渉出来る様になったのは、丁度三十回目の時だった。
――わあ、おめでとう! やっと見えない物にも手を出せる様になったんだね? うふふ、これからはもう少し力を入れて戦えそう!
自らを構成する要素を半分以上『無』にされた事で身体を維持出来なくなり、崩壊しながらの状態で告げられた言葉だった。
滅びかけているのに大喜びと、そのギャップはカイムを困惑させたが何の事も無い。その程度ではエィストという存在に対して指先一本にすら影響を与えられていなかったのだ。
勿論、七十回目で本当に存在の根本から消えてもエィストは笑っていたのだが。
「あのー……」
「……ん、何だ?」
かつてを思い出していたカイムの耳に少年らしい高めの声が捉えられる。記憶と思考の海に沈んでいた彼は、そこで意識を現世に戻した。
「ここからは、どうしましょう? 治して貰ったので、俺はまだまだ」
「駄目だ、さっきも言ったがとりあえず一度休め。精神の方には触っていないんだ、鍛錬もやり過ぎると気が触れるぞ」
まだまだ行けると立ち上がっていたホワルを無理矢理丸太に座らせる。どれほど肉体の損傷を『無』に取り込んだとしても心理的な疲れは残っている為、彼はあっさりと大人しくなった。
それを見届けたカイムは反対方向に有る木の幹へと腰掛けて、暇潰しなのか指先で年輪を一つ一つなぞっている。
「まあ、何だ。お前には凄い才能が有るさ、少なくとも俺よりは強烈だろう」
「そんな」
「事実だ、謙遜するな。剣術なんかは殆ど我流で身につけた様だが、周囲に余程手本となる奴が居たのか? それとも……いや、好奇心だ。答えなくても構わない」
少年が黙り込んで俯いたので、カイムは話を聞かない事にした。そもそも大した興味も無かったので、深追いするつもりも無かった。
お互いに何も口にしない時間が訪れた。勿論、話し相手の類ではないので沈黙を破る必要も無い。ただ、少年は時折カイムの姿を見ては目を逸らしている。
少し気になったのか、彼は少年に向かって尋ねてみる事にした。
「俺に、何か思う所でも有るのか?」
「いや、その。あなたくらい強かったら、きっと色々とやりやすいだろうな、と」
憧憬と羨望の混じった視線である。
だが、カイムにとっては欠片も嬉しい物ではない。確かに少年から見れば強く見えるだろう。が、実際には……
「俺は強くないさ。強い筈が無い」
小さな溜息を混ぜながら呟く。それは不思議と大きな声となって、周辺の木々にまで及んでいる。
また、二人は黙り込んだ。共通の話題も無ければ意志を通わせる相手でもない。友人にはなれないだろう、そんな関係を期待している訳では無いのだが。
「……ん」
ふと、そこでカイムが顔を上げる。
その目は即座に木々の奥へと向かい、そのまま立ち上がる。少年も釣られて腰を上げようとしたが、手で制されていた。
同時に、木々の間に居る存在の正体を理解した彼は、しっかりとした笑みを浮かべながら口を開いた。
「見ていないで出てきたらどうだよ、ニヴィー」
「何だ、気づかれていたのか」
言葉に応える様に木々が揺れて、そこから一人の女、ニヴィーが姿を見せる。部屋から出た時とは服装が異なっていたが、その全身から溢れる圧倒的な力強さは健在の様だ。
こうやって対峙していても欠片の気配すら存在しなかったが、カイムは確かに相手の存在を感じ取っていた。
「最初から隠すつもりなんて無かった癖に良く言うな」
「それでも隠していた。普通は気づかれない、見事だ」
純粋な賞賛を受けて、カイムは「それほど悪い気分ではない」という雰囲気を見せた。いや、照れ隠しだ。実際にはそれなりに喜んでいるのだろう。
「い、何時から」
「途中から、だな。具体的にはお前が三回目に意識を飛ばしかけた時からだ」
目を丸くして驚くホワルに、カイムが機嫌良く答えを告げる。
ホワルはニヴィーの事を欠片も感じ取れなかったのだろう。若干悔しげな顔をしていたが、それ以上は何も言わない。カイムと自分の間に横たわる力の差を知っているからだろう。
そんな様子を見ていたニヴィーがホワルに向けて僅かな関心を現し、カイムに尋ねかけた。
「結局、弟子にしたのか」
「さあ、な。ただ、色々と話を聞いたからな。その礼というのは、有る」
「律儀だ」
「そうでもないさ」
言葉数は少ないが、二人とも良い雰囲気で会話を交わしている。
ぎこちなさは無く、仲の良さを感じさせている。両者の気配は似通っていて、とても近しい人間のそれを思わせるだろう。
何故、そんなにも『近い』のか。カイムにはまだ分からなかった。
「ところで、ニヴィーはどうして此処に居る?」
「此処が私の修練場だ」
何気ない質問にニヴィーは自分の足下を指さす事で答えた。
釣られてカイムが彼女の足下を見る。特に何も無かったが、彼女の履いている靴が長年使い込まれた物だという事だけは理解できた。いや、当然口には出さないが。
「偶然だな、俺はあいつの案内で此処まで来たんだが……」
「この場所は、修練の場としてそれなりに人気が有る」
「そうなのか?」
丸太に座り込んでいるホワルへ話が飛ぶと、彼は今もニヴィーの気配を見つけようと必死になったまま答える。
「あ、はい。その通りです。俺も此処へ来た時に修練の場は無いかって聞いたら、此処に」
「私も同じだ」
ニヴィーが頷き、ホワルの言葉の信憑性を強める。
余程人気の有る場所なのだろうか。そんな風に考えて、カイムは思い留まった。此処は山奥で、確かに人通りは無いに等しい。が、鍛錬の場として選ぶにしては遠過ぎて、万人向けとはお世辞にも言えないだろう。
――平地で、誰にも迷惑がかからない場所は無かったのか。
そんな事を考えて、カイムは微妙に嫌な予感を覚えた。この町には、『アレ』が居るのである。であれば、何らかの目的で人を誘導した可能性は高い。
「ところで、この場所の事は、誰から聞いたんだ?」
「質屋の店主だな」
「俺も、その人から聞きました」
どうやら、正解だった様だ。知りたくも無かった事実にカイムは思わず肩を落としていた。
同時に、あの店主がこの場に人を案内する理由についても彼は考えている。が、『何か企んでいる』という事実と、『それは恐らく自分に関係した者』だ、という身体が重くなる様な推測しか出てこない。
百回の戦いの合間に散々振り回された記憶が肩と心に重く乗ってきて、カイムの口から溜息にも聞こえる声が漏れていた。
「あいつめ……何がしたいんだ」
あからさまに気落ちしたカイムの態度を見たからか、ニヴィーが少し興味を持った様子になる。冷たい印象を抱かせる女だが、それでも他人を見ているのだろう。
「どうした。あの店主には、何か」
「いや、あの店主が特殊という訳じゃない」
「例え、『エィスト』の端末であっても」。そう続く言葉を口にはしなかった。
それは『エィスト』という存在の根幹、人型で虹色がチャームポイントのエィストを語る上では必要無い、だが『エィスト』であれば絶対に必要の有る真実の一つである。
だが、今は関係の無い話だ。話したい事でも無ければ、話すべき事でもない。その為、カイムは話題を変えようとした。わざとらしくはなってしまうが、仕方が無い。
「まあ、それは置いておくとして……修練に来たと言っていたな、どんな事をするんだ?」
「詳細は答えられないか。いや、分かった。今日は……」
彼女は頷いて見せると、全く関係の無い方向を一瞥した。嫌味ではなく、真っ当に配慮する意志を示しているのだ。素っ気ない様にも見えるが、優しさも感じさせる雰囲気である。
「今日は、身体能力を鍛えるつもりだ。が、魔力を鍛える事も有る。私が魔力を放出すると大量に出血するので、人には見せたくない」
「ほう……また、随分と……俺はてっきり、何か危険な生物とでも戦って傷を負ったのかと思っていたぞ」
「危険な生物なら無傷でも倒せる。自分の身体が破裂する方が対応が難しいのは確かだ」
「成る程、成る程」
無理矢理に転換した話題だったが、カイムは思いの外興味をそそられた。
この世界の『魔力』とは、つまり望んだ結果を生み出す為の力だ。何の因果で方向性が決まるのかは定かではないが、何にしても有効な力であるというのは確かである。
それが『エィスト』というか、『有なるもの』に通じるのかどうかは別としても、面白そうだという感情は存在していた。
「ニヴィー、お前さんの魔力の方向性は何処に有るんだ?」
「分からない」
興味本位での質問へ返ってきたのは、『そんな事は私が聞きたい』と言わんばかりの嫌そうな言葉であった。
言葉数は少なく、表情も変わらない。彼女の精神の変化をホワルは気づかなかっただろう。方向性が分からないという発言に困惑しているのみだ。
だが、カイムには手に取る様に分かった。
「あの、方向性が分からないというのは? 発生させて、自由に行使すれば結果は分かるんじゃ……」
「魔力を行使すると、全身が破裂した様に出血する。何かとてつもない方向性だという事は確かだが、何故か分からない」
ホワルの疑問に彼女は微妙な声音で説明を口にした。勿論、カイムにしか分からない変化だ。
そんな変化を捉えつつも、カイムはその説明を聞いて首を傾げていた。
「どうして、そう思うんだ?」
「この魔力によって起きた現象を受けて、この世に残った物は何一つ無い」
簡潔で、あっさりとした返答である。
それが事実だというのは明らかで、しかし、彼女自身は自分の力に納得していないのだろう。今もその正体を探ろうとしているのか、会話の裏で深く思考を続けているのが分かる。
ただ、そんな彼女の疑問や思考に対して、カイムは言うべき事を忘れていた。思わず自分の手を凝視していて、直感で浮かんだ『正解』に戸惑いを隠せなかったのだ。
――まさか、な。
その手から僅かに漏れる『無』の気配。下手をすれば自分という存在すら喰いかねない物を見つめて、彼は自分の頭に有る『正解』を一度保留にする。
傍目にはカイムが俯いている様にも見えただろう。顔を上げた彼は即座にニヴィーの方へと目を向けて、一つの提案を口にした。
「なあ、その魔力の鍛錬とやら……俺にも見せてくれないか? 何か分かるかもしれない」
まさか、という気持ちを抑えつつ、カイムは如何にも興味から来ていると言いたげな声をかけていた。
ニヴィーが自分の『方向性』を知りたがっている以上、必ず了承するだろう。そんな打算から来る発言だったのだ。が、驚くべき事に、それを聞いた彼女は誰が見ても分かる程の困り顔となっていた。
「いや、それは……」
「ん? 別に問題は……そうか。ああ、悪かった。今のは俺の思慮不足だ」
彼女が困っている理由を一瞬で察し、カイムが顔を背けた。
「え、えっと?」
本気で申し訳なさそうな態度を見て、察せなかったホワルが二人の顔を見比べている。
気まずい感覚を味わっていたカイムは、ニヴィーに答えさせるよりは、という気分で少年に向かう。しかし、それより先に彼女が口を開いていた。
「大量出血を伴う。毎回衣服を洗うのは手間がかかるから、基本的には……」
「つまり、脱いでるって事だ」
「普通の鍛錬の時はこの格好だが、な」
カイムによる補足の混じった言葉が、山の開けた部分に響く。
「見られても困らない、しかし、見せる趣味は無い」
「そういう事だ」
「っ……そ、それは、失礼な事を聞いてしまいました」
少し遅れて理解したのかホワルは一気に赤面して、逃げる様に顔を背ける。横顔が恥ずかしさで一杯になっているのが窺えたが、本人の意志を尊重したらしく、カイムとニヴィーはそれ以上の言及を避けていた。
「案外、若いな。お前は強くなる以外には興味の無い類かと思っていたが。女の裸にも興味が有ったとはな」
「そ、それはもう。まだ若いですから。ははっ……」
「……そうだな、お前は若い」
熱せられた鉄の様に赤いホワルの顔を見て、カイムは愉快な気分になると同時に、懐かしさにも似た感覚を得ていた。
外見はどう高く見ても四十代くらいのカイムだが、中身は既にとてつもない時間を生きている。その全ては『力』と『強さ』の為に有ったが、実年齢が低かった頃は、真っ当に少年だった時も有ったのだ。
この道を進む様になってからは、恋の一つも無ければ誰かに惹かれた事も無い人生である。ひたすら一意に専念していたからだが、どうも余裕が無い様にも思われた。
ふと、カイムの視線はニヴィーの方へと向かう。今までにない関心を抱かせる女性だ。
そこまで考えて、カイムは一つ思いついた。
「……いや、待て。俺ならその出血、止められるぞ?」
それを聞いたニヴィーの目が丸くなり、僅かにカイムへ身体を近づける。
「本当か?」
「ああ、概念系に比べれば制御も狙いも簡単だ。何せ体に損傷が入るという状態にならなければ……いや、駄目だな。無は所詮無でしかない。そうだ、出血すると同時に傷を消滅させれば良いと思うんだが、ニヴィー、お前はどう思う?」
独り言の最後に彼女を見ると、彼女は薄い微笑みを浮かべていて、ゆっくりと頷いていた。
「何でも構わない、そちらを信じよう」
「不用心だと思うがな、俺は」
「私は、カイム・アールハンドゥーロが信頼の置ける存在だという確信を持っているよ」
「その、根拠は?」
「無い。だが、直感がそう言っている。それだけで十分だ」
言葉に嘘は見られず、ただ強い信頼だけが感じられる。カイムの独り言の内容など殆ど理解できなかっただろうに、怪しもうとはしていない。
いや、その直感を信じる姿勢には、カイムにとっても頷ける物が有った。何せ、今も彼はニヴィーに対して強い共感を抱いているのだから。
「よし、じゃあそこへ座って……魔力を使ってくれ」
「分かった。接近や、接触の必要は?」
「無い。いや、念の為だ。接触しておいた方が良いかもしれないな」
「なら、こうしよう」
木の幹へと座ったニヴィーが手を伸ばし、カイムの手を取って自分の心臓が有る位置へと当てさせる。
服越しにも肌の暖かさや感触、それに心臓の鼓動が感じ取れるだろうが、カイムは慌てず冷静に自分の中に有る『無』を引き出していった。
「魔力は心臓から出る」
「分かるさ。さあ、一度魔力を使ってみてくれ」
彼が促すと、ニヴィーはそっと目を瞑る。
眠っている様に静かで、心の揺れは見られない。自身の内部へと意識を集中させているのか、その精神は外界からの干渉の及ばない場所へと潜っている様だ。
ホワルも興味を持っているのか、その姿を見つめている。しかし、カイムもまた意識を彼女へと裂いていた為、その存在に対して関心を抱く事は無かった。
やがて完全に準備を終えたのか、ニヴィーが大きく息を吸う。そして吐き、独り言の様に呟く。
「使うぞ」
「ああ」
「その前に一つ、注意しておく」
「何だ」
相槌を打つカイムを認識しているのかすら定かではない。が、彼女はまた大きく息を吸って――
「――吹き飛ばされてくれるな」
――声として、吐き出した。
途端に、山の中に突如として台風が発生したかの様な衝撃が響き渡った。
「が、っええっ!?」
反射的に地面へ剣を突き刺し、ホワルが声を上げつつも恐るべき風に耐えている。潰される程の力に抵抗するのは辛いだろう。しかし先程まで散々に殴られていた為か、少しは抵抗も可能の様である。
修練の成果は有ったらしい。だが、それを単なる感覚から得た情報として処理して、カイムは眼前の女の身が裂ける度に『無』を使って傷を消し去り続けていた。
一番近い距離に居て、誰よりも何よりも巨大で圧倒的な力を受けながらも、彼は一歩たりとも動かない。むしろこれから起きようとする現象を観察する為に、完全に身体を固定している。
それは余りにも膨大で、恐るべき規模だった。魔力と呼ぶべき物なのかすら分からなくなる程の巨大過ぎる力が山の中を疾走し、やがては世界を破壊してその外側にまで広がるのではないか、そう思える。
一つの存在が得るにしては大き過ぎる。本来であれば大量出血によってこれほどの量を放つ前に四散するのだろうが、今はその制限が無くなっているのだ。
台風の目となったニヴィーは、周囲の状況になど全く関心を寄せる姿勢を見せず、ひたすらに自分の中へ進んでいる。目は先程から開かれていない、あらゆる五感の情報も閉ざしているに違いなかった。
「はははっ! ニヴィー、お前凄いな!」
あらゆる力の影響下から解放されているカイムは、尋常ではない集中力を見せる彼女を賞賛し、胸に当てた手に力を籠める。ホワルくらいの眼が有れば見えるだろう。ニヴィーの身体は既に数え切れない程の出血を繰り返していた。本当であれば、何度死んでいただろうか。
「さあ、そろそろ来るかぁ!?」
「……来る」
高揚した気分のカイムに対して、ニヴィーの声は小さく、だがこの台風にも似た力の中でも強く響く。
やがて、広がっていた魔力が彼女の周囲に集まっていった。それらが遂に『何か』の方向性を帯びるかという、その時。
「居たぞ、ヴェンヴィーだ!」
「見つけたぁ!」
何者かの声がその場に届き、魔力が一瞬にして四散する。後一歩あれば間違い無く『方向性』に従って働いた筈だが、生憎とそれは出来なかった様だ。
ゆっくりとニヴィーが目を開き、何とか耐えきったホワルが立ち上がる。
カイムはとても残念そうな顔をしていたが、口を噤んでいた。