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血により出会うもの




 山の麓に作られた町『ツーラスト』。

 そこはとても平和で、荒事とは無縁に見える。道を行く人々の顔は明るく、悪戯をしては逃げる子供も、それを追いかける人々も、怒っていても暗くは無い。

 かつては凶悪な魔物達が山ほどに押し寄せてくる時期も有ったのだが、そんな物は忘却の彼方である。むしろ、そこから漏れ出した財宝などを目当てにする冒険者や商人などの行き来が多くなり、おぞましき異界も最近では単なる観光名所だ。

 さて、それほど平和で豊かな町であっても争いの一つや二つは起きる物だ。


「お前! 俺の宝を盗んだだろう!」


 声が響いているのは、一軒の質屋の中だった。

 そこに飾られた財宝の数々は異界から冒険者達が持ち帰った物で、どれも一見して価値の有る物だという事が分かる。

 中に居るのは店主と、二人の客だった。

 騒いでいるのは片方の客で、もう片方の客へ食ってかかっていた。かなり品質の悪い武装で身を固めているが、その剣幕と殺気は優れた物を感じさせる。

 とはいえ、もう片方の客には一切通用していないのだが。


「ああ、これを売りたい」

「おい! 話を聞け、それは俺のだ!」


 騒ぐ男を放置して、もう片方の客、カイムは自分が拾ってきた財宝を店主へ手渡す。

 金品に興味が無い為か、扱いは非常に雑だ。


「おお……これは……また、異界の深くまで潜ったのですね?」

「おい、店主! 俺のだと言っているだろう!」


 店主は感嘆の声を上げて賞賛し、すぐに紙へ何事かを記す。

 物品の名前や価値を記入していたらしく、書き終えた店主は大きく書かれた数字の部分をカイムへと見せつけた。


「かなりの価値が有ります……これくらいでどうでしょう?」

「ほう」


 商人の表情の僅かな変化から嘘を見て取ったカイムだったが、彼は物の価値や金に興味が無かった。例え相場の半分だとしても、寝る場所が確保出来ればそれで良かったのだ。

 その気になれば宿泊も食事も必要とは言えない事なので、尚更興味が無かった。


「……まあいい、それで売るとしよう」

「おい、それは俺のだ。大体、売値が酷すぎる! それの倍値は付く筈だぞ!」


 納得が行かないと食いついてくる男をカイムは一瞥する。

 その視線を受けてしまった為か、男は怯んで一歩退いた。


「言いがかりだ。これは森で拾った装飾品だし、幾らで売ろうと俺の自由だ」

「ぐっ……それを落としたのが、俺なんだ! 正気じゃないぞ、そんな安値で売るなんてよぉ!」

「と、言われてもな。困った物だ、真偽が分からない」


 そんな事を言いつつも、カイムは相手の嘘を理解している。

 大方、言いがかりで相手の金品を奪い取る類の、手口としては三流に『ド』か『超』が付く悪党だ。武に関してはそれなりの腕は有る様だが、カイムにとっては興味も無い相手である。

 ただ、そこには妙な違和感も有った。わざわざ適正価格を教えようとする言動などから、単なる間抜けか、悪党の演技をしている『何か』とも取れるのだ。

 とはいえ邪魔は邪魔なので、カイムは少し身を揺らし、全身から恐るべき力の流れを放出する。


「っ」

「一つアドバイスだ、相手は選べ」


 軽く手を振って追い払う素振りを見せると、男は反射的に剣を握る。しかし、抜刀する気力は見られず、僅かな間で男の敵意は四散した。

 そんな姿を楽しげに見守っている店主が、どこか不気味な空気を醸し出していたが、男は逃げの姿勢に入っていて気づかない。


「く、クソっ……!」


 負け惜しみを言う事も無く、男はただ逃げ出した。

 カイムはその背中を見つめるだけで追い打ちを仕掛けたりはせず、男が見えなくなるとすぐに店主の方へと向き直った。


「店主」

「は、はい?」

「あんなのが捕まえられないとは、この町の防犯体勢は一体どうなっているんだ?」


 全く分からないと言いたげなカイムの言葉を聞いて、店主は困った様に頬を掻く。


「それが、その。あいつは本国の偉い奴から気に入られているそうで……我々も下手に反撃が出来ないのです。基本は無視ですよ無視。いえ、さっきの一撃は痛快でしたよ、あ、これ買い取り金です」


 事情を説明しながらも、店主は麻袋に入った貨幣の山を渡す。それは明らかに提示された金額よりも多いと分かる重さで、貨幣価値になど関心を持たないカイムでも思わず疑問に感じてしまう程だ。

 黙って受け取るのも少し悪い気がして、カイムはとりあえず金額の理由を聞いてみる事にした。


「さっき言ったより多いな」

「良い物を見せてくれたお礼ですよ」


 老人になりかけの中年の男が似合わぬウインクをして見せる。

 不自然だった。いや、外見に似合わぬ行動が、ではない。その存在自体が不自然でたまらないのだ。

 そう感じている自分を認識した瞬間、カイムの思考に電流が走る。途端に相手の正体を飲み込んだカイムは、即座に店主の首へ拳を走らせていた。

 この世界に生きる者では到底避けられない一撃の筈だ。それを、店主は腕で防いでいた。


「で、お前は俺に何をさせたいんだ。エィスト?」

「……楽しんで欲しいだけだよ、楽しんで、幸福な気持ちで百一回目に挑んで欲しい」


 店主の顔に享楽的な笑顔が宿る。その質は少し前までカイムを圧倒的な力で叩き潰していた存在と同じ笑顔で相違無かった。

 間違いなくエィストの端末だ。力は殆ど感じられないが、その気持ち悪くも幸せそうな笑みはそうそう間違えられる物ではない。


「あ、あ……?」


 だが、その一言だけを告げると店主は表情を変えて、何時の間にか自分の首筋に突きつけられた手刀に怯え出す。

 どうやら、店主は自分がエィストの顔をしていた事に気づいていない様だ。


「あ、あの、私が何か?」

「……何でもないさ、気にするな。これで失礼させて貰う」


 一瞬だけ現れたエィストの存在に思わず出そうになる舌打ちを抑えつつ、カイムは出来る限り朗らかに、穏やかに店から退出しようとする。


「おっと、忘れる所だった。この近くの宿は何処だ?」

「この二つ隣ですよ」


 少しだけ足を止めたカイムに店主の返答が届く。それは明らかにエィストの声とは違っていて、友好的で真っ当な言葉である。

 それでも、店主の中にはエィストの意志が潜んでいる気がしてならなかった。ただ、分かっていてもカイムは進む。もし罠だとしても、真っ向から挑むつもりだった。



+





 質屋の二つ隣には潰れかけた宿屋が有った。

 恐らくは建ててから半世紀は経過しているのだろう、修理一つしていない上に、掃除も余り行き届いているとは思えない。耳の良い者であればネズミなどの足音すら聞き取れる筈だ。

 余り使いたいと思わせる外観ではない。勿論、内部もそうだ。宿の中に入ったカイムはカウンターに座る老婆の前に立ち、腐って折れかけた柱を見つめていた。


「……これは、また」

「酷い宿だろう? でもお客は来るのさ、金の無い冒険者とかがね。おかげで盛況だよ、そろそろ建て替えも出来るね」


 想像を悪い意味で遙かに越える宿に呆れ果てていたカイムを放置して、老婆は独り言の様に喋っている。いや、カイムの顔を見ていない辺り、本当に独り言なのだろう。

 話に付き合う気の無いカイムは、懐から幾らかの貨幣を取り出してカウンターに置いた。この世界の貨幣価値は片手間の適当とはいえ一応把握している。宿の値段くらいは知っているのだ。

 金銭を置かれた事で老婆はやっと正気に返ったらしく、じっとカイムの顔を見つめた。


「空いているのは四人部屋だよ、後一人しか入れないさね。どうする?」


 どうでも良さそうに老婆が尋ねている。もう客は要らない、そんな様子だった。

 四人部屋と聞いたカイムは少し考えた。だが、結局は使う事に決めて、大きく頷く。


「分かった、使わせて貰う」

「そうか。なら二階に上がってすぐの部屋だよ。ああ鍵は用意していない、荷物が盗まれても文句は言わない事だね」


 とても無責任な発言だが、こんな壊れかけた宿の管理者であればこの程度の物だろう。

 特に怒りを覚えず、すぐに階段を登っていく。急な上に潰れかけていて、一歩進む毎に嫌な音が鳴り響く。何時床が抜けても不思議ではない。

 勿論、今床が落ちてもカイムにとっては驚異でも何でもないのだが、やはりギシギシという危険な音は気持ちのよい物ではなかった。




 小さな階段を登りきると、目の前に小さな廊下が広がった。扉は多くない、老婆の言う通りであれば、目の前の扉が使える部屋だ。

 彼がドアノブを掴んで引くと、扉はあっさりと開いた。本当に鍵は無い様で、あくまで泊まる為だけの場所という印象だ。荷物を保管しておく場すら無いらしい。

 ただ、カイムには部屋から漂う何らかの臭い――いや、大量の血の臭いに気づいていた。

 少なくとも、単に金銭的余裕の無い人間が泊まっているだけの部屋ではない。直感で理解して、彼は開いた扉から一歩進む。

 それだけで部屋の甘く新しい血の臭いが広がり、ただ事ではない気分にさせる。


「成る程な」


 彼はもう一歩進み、室内の状況を理解した。

 部屋には二段のベッドが二つ備え付けられていて、間隔は余り大きくない。全体的には狭く、まるで軍隊か何かの部屋だ。だが、少なくともベッドは掃除されているのか、想像よりは『まだ良い』部類である。

 ただし、今はそんな部屋の大きさやベッドの清潔さに気を配る気分にはなれないだろう。

 何故なら、両端ベッドの間に位置する部屋の中央には、山の様なシーツを敷いた上で座り込む人間の姿が有り、その顔がカイムを見つめていたからだ。


「……お前」


 カイムは人間の姿に目を奪われていた。

 人間の体はまさしく『真っ赤』だった。腰まで届く長髪がすっかり染まり上がる程の血が流れているのだ。

 頭や首筋、脇腹、それに腕や太股から大量の出血が見受けられる。特に首筋から肩にかけて流れる血は酷い物で、即死してもおかしくない傷が出来ている。

 シーツは赤くなりすぎて、元々そんな色だったかの様だ。


 顔も血に塗れていて表情を読む事も難しいが、分かる事が一つ有る。

 その人間は、女だった。かろうじて分かる細い顔立ちや、体つき、胸元など、見れば明らかに女としか思えない部分が多すぎるのだ。恐らくは素晴らしい美貌の持ち主なのだろう。それだけでも、何となく分かる。

 そんな外見などカイムにとってはどうでも良い事だったが、彼は一瞬も女から目を離せなかった。


 何と凄絶で暴悪で頑なで――何と、美しいのだろうか。


 血を流す姿すらも綺麗で、何より強い。その存在感がカイムを捉えて離さず、どうしても惹かれる物を感じさせる。

 そんな風にじっと見つめ続けていて、カイムは気づいた。

 傷口から流れる多量の赤色で分かりにくいが、彼女は上半身に何も身に着けていなかった。横に居る男の存在に気づいているだろうに、隠しすらしない。

 血塗れでもその胸は多少の自己主張をしていて、筋肉質であってもしなやかさや柔らかさを失ってはいない。相当の思考の上で自分を鍛えぬいたのだろう。


「おっ、と……」


 そんな事まで考えている自分に気づいてしまい、流石のカイムも申し訳なさそうな顔をして、目を逸らしながら何も置かれていないベッドへ座った。


「失礼をした」


 カイムが珍しく恥ずかしい気分になって視線を落としている。

 それを見た女は、特に恥ずかしがる訳でも、隣に男が座っているという状況に顔色を変える訳でもなく、ただ通りの良い低めの声を返す。


「構わない。いや、こちらこそ悪かった」

「謝られる様な事をされた記憶は無いんだがな」

「この臭いと傷で気分を悪くする人の方が多いだろう」


 口数は余り多くなかったが、本心から『悪い事をした』と思ってる様だった。

 予想していなかった返答に目を見開いていたカイムだったが、段々と気を取り直し、普段通りの不敵で力強い笑みを作る。


「いや、個人的には良い物を見せて貰ったよ。だが一体、何をやってそんな傷を作った?」


 若干の好奇心を籠めた質問に、女は何ともない様子で答える。


「鍛錬だ、極限に挑戦していた」

「成る程」


 思わず納得してしまう返答だ。夥しい傷が出来た原因は自らの手による物だと言っている訳だが、全く嘘ではないのだろう。

 カイムにはそれが分かった。何故か? 簡単だ、カイム自身も自己鍛錬によって似たような状態になった事が有る為、である。

 彼は女に対して共感を抱いたが、しかし、互いに話を発展させようとはしない。


「……」

「……」


 口数も少ないが、寡黙という訳でもない。ただ相手が初対面の相手で、今までにない気持ちを抱かせるだけに、多少の困惑という物がカイムの内に芽生えているのは確かだった。

 そんな男の態度を気に留めず、女は薬箱と思わしき物を取り出している。

 彼女は軟膏を取り出して傷口に塗り、その度に顔を顰めていた。普通なら気絶する程の痛みだろうに、声一つ漏らさない。

 賞賛に値する心の強さだ。実力としては自身に及ばずとも、一意に向かう姿は自身と並ぶだろう。そんな風にカイムは感じていた。

 勝手に高い評価を受けている間にも女の治療は続く。痛みと戦う姿勢は余りにも美しく、細められた目の輝きはどうしても気持ちを引きつけている。


「あっ……く」


 だが、さしもの彼女とて耐えきれなかったのか、首筋の傷を治療する際には小さな小さな悲鳴を漏らしてしまう。

 それを聞いた途端に何となく気持ちが落ち着かなくなり、彼は軟膏を塗る女の手を掴んでいた。


「それ」


 手を掴まれた女は、僅かに困惑した様子を見せた。


「んっ……?」

「治しても良いか?」


 自分らしくない提案をしている。カイムはそう感じていたが、彼は善人でも無ければ恩を売ろうという気持ちも無く、受けた恩を返す礼儀は有っても、他人に施しをする類の人間ではない。

 ただ、自然と手が伸びてしまったのだ。同類項と表現するべきだろうか、どうにも他人とは思えず、気づけば動いていた。

 突然の申し出に女が目をパチリと見開く。とても綺麗な瞳で、奥には強固で絶対的な意志が見えた。

 一瞬、拒否されるかとカイムは考える。が、女は迷わず首を縦に振った。


「……可能なら、頼みたい。酷く痛む」

「よし、分かった。もう治したぞ」


 返事が来ると同時にカイムは『無』を操作し、彼女の傷をすっかり消し去る。存在を消滅させられた傷は何の影響も与えず、おまけにシーツに染み着いた血液も無い物としておく。


「ありがとう、痛みも消えた様だ。見返りに何をすれば良いだろう?」


 瞬く間に血と傷が消えるという不可思議な現象を目にしても、女は戸惑わずに感謝を告げて、カイムの顔を覗き込んでくる。

 特にリスクの有る行為でも無かったので、彼には見返りを要求する気など無かった。


「良いさ。同部屋の人間がそのザマじゃ、血生臭くて落ち着かないしな」

「いや、それでは私の気持ちが落ち着かない。何か頼んで欲しいんだ」


 意外にしっかりとした人物なのか、それとも自己本意なのか。どちらにせよ女は退かなかった。

 ここで拒否しても堂々巡りになるだけだと思い至って、カイムは考え込む。戦闘であれば思考は尋常ではない速度で進むが、これに関してはゆっくりとした思考が続く。

 一分程考え込んでいたが、女は言葉を待っていて、動かない。

 やはり頑固だ。共感を覚えながらも、カイムは当たり障りのない内容を頼む事を決めた。


「カイム」

「あなたの、名前か?」

「ああ、カイム・アールハンドゥーロだ。カイムで良い。名前で呼んでくれ、それが俺の頼みだ」


 何故かこそばゆい気分になりながらも、頼む。

 すると女は一度小さく頷き、血が消えた事で露わになった地肌を隠そうともせず、不敵な笑みと声を返した。


「分かった、カイム」

「……っ」


 ただ名前を呼ばれただけなのに、胸が締め付けられる様な気持ちにさせられる。心が揺れ動いて、どうしようもなくなってしまう。


――ふざけるな! 俺は思春期のガキか!


 揺れる感情に渇を入れて、カイムは自分を制御する。元々狂人的な一意ばかり見ている男だ。自己統制は楽な物である。

 そんな彼の動揺と制御を余所に、女は自分を指さし、言葉を続けていた。


「私はニームット・ヴェンヴィー。どちらも名前だ、ファミリーネームは無い」

「どう呼べば良いんだ?」

「両方を取って、ニヴィーと呼んでくれ」

「ニム、と言う方が俺は好きだな」

「私はニヴィーと呼ばれる方が好きなんだ。どちらも、名前だから」


 女、ニヴィーは自分の名前に対する誇りを余さず声の中に籠めていた。

 不覚にも圧倒される様な気分になった彼は、顔を思い切り背けて、関係の無い話題を口にする。


「なあ」

「ん?」

「服を着てくれないか。そのままだと、その……アレだ。な」

「なるほど、確かに」


 まだ上半身裸だったニヴィーは自分の状態を認めて頷き、ベッドへ手を伸ばして服を掴み、横に置いてある大きな布を手に取る。

 それは晒だ。一度持つと素早く自分の胸に巻いていく。

 更に持っている服を着込んで、彼女が軽い息を吐く。服は貧しい人々が着る様な傷だらけで素材の悪そうな物だったが、露出を減少させるだけなら十分だろう。


「もう良いぞ」

「ああ、分かってる」


 一応は見ない様に顔を女から背けていたカイムだったが、その布の擦れる音や息遣い、気配の動きでどうしても挙動が理解できてしまう。

 視界情報など意味を持たない戦場に居た人間として極限までに鍛え上げられた感覚の全てが、今だけは鬱陶しかっただろう。

 だからか、女が着替え終えた時のカイムの表情は安堵が含まれていた。


――俺らしくないな、エィストの仕業……ではないだろうし。


 自分の中に生まれた戸惑いに対して、カイムは別の方向から思考を続けていた。

 これまでの物は一見、恋心の様にも思える感情の動きだ。だが、彼自身は自分の感覚が『そういう』物ではない事を理解していた。

 一目惚れにも見える物の正体は、つまり強い『共感』だ。彼女、ニヴィーの姿を捉えているだけで何故か自分を見ている様な気分にさせられるのである。

 その原因に関して彼はエィストを疑ったが、即座に『それは無い』と判断していた。あの存在による変動であれば、それがどんな物であれ問答無用で『無』にしてしまうのだから、少なくとも今現在のカイムには何らかの精神操作を受けている事実は無いのだ。

 では、彼の心を動かす『共感』とは一体何なのか。


「……不思議だな」

「何の事だ?」

「いや……別に、何でもないさ。気にしないでくれよ」


 思わず口を突いて出た発言を消し去ろうと彼が手を振ると、ニヴィーは微かに疑問だと分かる意志を見せる。

 だが、考える必要は無いと判断したのか、彼女は片手をカイムへと差し出した。


「まあ、いい。同じ部屋に居合わせただけだが、よろしく」

「……ああ、よろしく」


 数秒間だけの握手。それが終わると、二人は何も言わず、互いに背を向けた。

 特に気不味くなった訳ではない、互いに自然と別の方向を見ているのだ。

 カイムとニヴィーは同時にベッドへ寝転がる。歪んだ床が軋んだが、二人は何も気にしない。ただ、カイムは「酷い宿だ」という感想だけを胸に抱いている。

 二人共に何も言わず、沈黙が部屋を支配する。カイムがその気になれば町中どころか世界中の気配を探り、沈黙を脱する事も出来るが、あえてそれをする必要も無かった。


 そんな時、階段から何かが上がってくる音が聞こえてきた。


ヒロイン登場です!

『まだ決まっていない話』では存在だけが仄めかされた人物ですが、明確に性格を決めたのはこれを書こうと決めた時ですね。元はもっとニールレッタ寄りの性格だったんですが、幾らなんでも性格を差別化できていないと思ったので、こうなりました。

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