表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

思い出話のその後に


「と、まあそんな感じだったかな」


 多少長い思い出話を、この存在は此処で締めくくる。

 最初は充満していた面倒そうな雰囲気も今はすっかりと四散して、青年の形をしたエィストの周りに三人……四人が座っていた。


「あはは、あの後でカイム君とニヴィーさんの二人に沢山怒られたよ。ふふ、仲を取り持つのも楽じゃない」


 話を終えた彼の顔は過去を思い返す物ではなく、未来を見通す物でもなく、ただ現在の事を話す調子を見せている。

 他の者にとっては過去の話でも、彼にとっては今も続く事なのだ。

 そんな怪物が目の前に居る。が、話を聞き終えた彼らは微妙な表情となり、溜息が出ていた。


「……何故でござろうな、どう考えてもエィスト殿が悪い様に思えるのでござる、いやぁ、何とも」

「気のせい、ではないでしょうね。ほら、この人は頭が変ですから」

「君ら、酷くない?」


 刀を持つ二人が揃って口にした言葉に、エィストがあからさまに落ち込んだ様子となる。勿論、本心から気落ちしている筈も無く、口元の笑みは全く歪まない。

 室内に流れる空気は決して暗くない。それはエィストの語る内容など彼らにとっては慣れた物であり、普段通り過ぎて安堵すら覚えさせていた為だ。

 ただ、一人だけ俯いたまま額を押さえている人物が居るのだが。


「……」


 それはニルだった。彼女は平常の不敵な笑みを消して、頭を抱える様にして黙り込んでいたのだ。

 静かすぎる姿を目にした為か、エィストも気になったのだろう。その顔を覗き込んで、小さく首を傾げている。


「さっきから黙ったままだね、どうしたの?」

「……どうしたもこうしたも。自分の両親の馴れ初めなんて聞いていると恥ずかしいだけだと思ってね」


 少し顔を上げて答え、軽く二人の親友の方を見つめる。瞳の奥には強すぎるくらいに強い愛情が存在したが、今はそれ以上に恥ずかしそうだった。

 珍しい事に頬も紅潮していて、言葉には真実味が有る。

 首を傾げたままのエィストが、そんな彼女に空気の読めない発言をした。


「じゃあ最初から聞かなきゃ良かったと思うんだけれど」

「気になっていたのは、確かなんだ。確かなんだが……参ったね、あの二人が、ね。実際に聞くと、少しクる物が有る」


 微妙に落ち込む彼女の肩を、二つの手が叩く。彼女の親友である男女は微かに冗談めかした、しかし穏やかな様子で声をかけている。


「気持ちは分かるでござ……分かるぞ、ニル。拙……俺も、両親の恥ずかしい話はなぁ」

「でも、ニルは御両親の事、何だかんだ言って大好きですよね。ふふ、羨ましいです。私には……」


 何故か、女の方が逆に俯き出す。両親、家族、そういう単語はあまり嬉しくない物として受け止めてしまうらしい。

 自分から地雷を踏み抜いた女の反応を耳にしたのか、ニルはすぐに顔を上げて、親友の肩を抱く。


「分かってる、両親の話はしないさ。可愛い親友を傷つけるなんて出来ないよ」


 女の方が逆に慰められている。

 情緒の安定していない奇矯に比べて、ニルは随分と落ち着いていた。先程の俯きも完全に消し去っていて、とても明るく不敵だ。


「やっぱり私の親友は最高に素晴らしい親友だ。そう思わないかな、エィスト」

「まあね、結婚すれば良いのにって思うくらい」

「無論、拙者も一緒に結婚するでござるよ?」


 深すぎる三人の関係を茶化した言葉に、刀片手に駿我の本気が籠もった声が発せられる。この三人、親友のまま結婚しても不思議とは思えないくらいに仲が良いのだ。


「はは、それは良い。私が旦那で二人は妻だな」

「いや拙者男……」

「わ、私は二人の奥さんですっ」


 そして、誰も否定しない。

 三人が肩を抱き合っている所からエィストは完全に引き離されていて、完全に部外者として扱われている。寸断された空間、それすらも感じさせる。

 しかしながら、エィストの顔に有るのは面白がっている姿でしかなかった。


「ふふふっ……」


 青年、少女、怪物、つまりエィストの口から自然な笑い声が出ている。

 頭に浮かぶのは、ニヴィーの事だろう。あの表情が硬くあまり変わらず、ただ戦いの時と娘に対する時、それに結婚した後のカイムにだけは柔らかな顔を見せた女性。

 彼女には友人など殆ど居なかった。いや、あえて人名を上げるならば『エィスト』だろう。

 あんな出会いを演出されておきながら、彼女はそれなりにエィストと友好を結んでいたのだ――少なくとも、自分で追い出した夫の行方を追わせるくらいには。

 それくらい、彼女には友人が居ない。しかし、今此処に居るニルはどうだろう。愛する親友が二人も居て、この場には居ないが彼女を尊敬し敬愛する女が一人居る。

 驚くほど社交的な部分での違いが見られる。これも、きっと親子の違いなのだろう。

 そんなどうでも良いが楽しい事を考えて、エィストは邪魔にならない程度に声を抑えて笑う。



「ふ、ふふ。ふふっ……ふは……」

「何、気持ち悪い笑い声を出してるんだ、お前」



 笑い声の途中、その頭を掴む拳が一つ。

 それはエィストという存在が何らかの反応を示すより早く頭を地面へ叩きつけ、恐るべきとてつもない力を見せつけた。

 その遙か先に存在する最果ての何か。あらゆる何かの何か。それが時という世界を上回って飛び越えて、『無』となる。

 とっさにエィストが選んだのは、この部屋とニル達を守る事だ。自分など幾らでもどうにでもなるが、他を『無』にされては取り返すのが面倒なのだ。

 しかし、それは不必要だった。動いていたのは彼だけではなく、ニルもまた同じ性質の力、つまり『無』によって親友と自分を巻き込んだ防御を行っていたのだ。


「よう、エィスト」


 声がエィストの頭越しに降ってくる。盛大で膨大で、何よりも深い声だった。

 声の主は素早く『自分の娘』の無事を確認する素振りを見せつつも、やはり完全に無い物となった筈の頭を持ち上げる。

 話に出した百回目の時よりも更に出力は上がり、なおかつ安定し、それらを完璧に操る事が出来ていた。

 更に深い所まで引き出せる様になった『無』は、エィストをして危機感を覚えさせる程だ。『有なるもの』にはまだ遠いにせよ、そこには確実に青年を倒す程度の物が有った。




「『一万回目』だ……今回は、勝つぞ」


 


 恐るべき目をした男は、相変わらずの狂気としか思えぬ熱意を籠めて勝負を挑んだ。

 そしてやはり、返す言葉は一つだろう。一回目から九千九百九十九回目まで、似た様な、同じ様な事を言ったのだから。




「あっは! いいよ、最近じゃ引き分けまで持ち込める様になったもんね、君は!」




 当たり前の様に自分という物を作り直して手を使わずに背中から立ち上がり、快く頷く。嬉しさ全開で吹き飛ぶ姿はとてつもない。

 恐るべき力という力。そこに居る男、つまりカイムとエィストが叩き合い、ぶつかり合う。

 そこから起きる暴風はニルによって消滅させられたが、勢いは止まらなかった。正確に言えば、二つの精神的怪物の思いは止まらなかった。


「さぁあ! おもいっきりいこぉ!」

「上ぉ等!」


 掛け声一つ。それが何より強い闘志となり、彼らの存在を更に高める。

 もう互いの戦いは始まっては終わり、そして始まるループが起きている。もはや、認識する事すらも困難な領域だ。

 彼らはぶつかり合いながら部屋から飛び出していく。止められる者など、居ない。





 己の戦場へ二つが飛び出していく姿を見て、駿我の方が思い出した様に小さな声で呟いていた。


「……そういえば、この話に出ていた他の方々はどうなったのでござるかな」

「確かに、少し気になりますね」


 相槌を打ちつつも、奇矯が無意識的に掴んでいた剣を鞘へと戻す。世界を斬り裂く剣の輝きは誰の目にも触れる事無く、その存在を隠される。

 そして、剣を握っていたのは駿我も同じだ。彼らはニルに守られつつも、防御行動を怠らなかったのである。

 声の中に有る呆れらしき物は、全く止める気配の無いカイムと、それを喜んで受けるエィストへ向けられているのだろうか。

 自らの父親が悪鬼修羅よりもとてつもない道へ歩む姿。しかし、ニルは全く別の事を考えていた。


「……多分、だが……確か、私が小さい頃……」





+



 一方、真に迫る戦いに突入した二つの怪物達は、町中と思わしき空間の広い場所へ立っていた。

 いや、厳密には立っているのではない、存在している訳でもない、とっくに生命体の常識など越えた者達だ。その場に居ながら居ないという矛盾を制御してしまえる。

 こんな事はあの『百回目』の時でも出来た事だ。あの頃以上に凶悪になった彼には、そこより先が見えていた。

 だが、まだ完全にエィストに勝った訳ではない。引き分けに持ち込むまでは何とかなるとしても、完璧な勝利には至れないのだ。

 諦めても良い物に思えるかもしれないが、彼は譲らない。そんな程度で足が止まる程に軟弱な人物ではなく、またそんな程度で心変わりする程に移り気でもない。


「なあ、エィスト」


 普段通り、あくまで普段通りにエィストへと話しかける。

 青年はその声に反応して、微笑みながら首を向けた。


「なあに?」

「今回、一万回目だろ?」

「うんうん、それで?」


 覗き込む様な視線。慣れた物で、今の彼にはエィストの奇妙な言動も自然な物の一つとして受け入れる事が可能だ。

 昔の様に倦怠感を覚える訳でもなく、彼は静かに笑い返した。


「記念だからな、観客が来てる」

「お、誰かな?」

「見れば分かるだろうが、いや、最初から知っているだろう」


 とある方向を指さすと、エィストの顔もそちらへ向く。

 こんな事に意味は無い。『エィスト』という存在はこの場で起きる全ての顛末を把握している筈なのだ。

 だが、あくまで彼らはまるで人間の様に視界で物を捉えていた。

 そして、エィストの視線の先に居るのは一人の女である。


「……私が、どうした?」


 首を傾げながらも、その女の表情は変わらない。とても硬く、しかし友好を表す僅かな微笑みだけが昔との違いを思わせる。

 いや、違いと言うなら他にも沢山の差が有る。


「おやおや。や、ニヴィーさん」

「やあ、エィストさん。私が死んでから……何時ぶりに逢うだろう」


 親しい物にしか分からない程度に懐かしそうな顔をする。

 そんな彼女には、肉体という物が存在しなかった。当然だ、既に人間として、肉体を持つ生命体としての彼女は死に絶えている。

 死んだくらいで終わる程、ニヴィーという人物は弱くなかったというだけの事だ。いや、むしろ……


「何だか、強くなってないかな?」

「生物としての枠組みから外れた事で、際限無く強くなれるんだ」


 簡潔ながらも、彼女は嬉しそうに答えている。やはり、自分が強くなる、力を得られる事は歓喜なのだろう。

 そっくりだ。カイムとニヴィーを直線上に並べると、外見と口調、力の規模以外は対して変わらないと思えるくらいに。

 エィストの口から感嘆とも呆れとも取れる苦笑いが出る。が、誰もそんな事を気にしなかった。


「それに、見に来たのは私だけではない」


 ニヴィーは疑似的に作り上げた身体を自分の後ろへ向ける。

 そこでは、エィストにも聞き覚えのあるやり取りが行われていた。


「殺す! 今日こそ私が殺す!」

「まだ、だ。まだ終わらない、終わらせないぞ、この俺が!」

「ああ! やってみろよ、懲りない塵の塊風情が!」


 剣と魔力、それにモーニングスターと風が飛び交い、明らかに剣呑な戦闘が行われている。この世界では物体に傷が届かないが、彼ら自身の戦いは殺気が溢れていた。

 勿論、それに対するエィストの反応は呆れでしかない。


「まだ復讐をしているのかい、彼らは飽きないなぁ」


 言いつつも、青年の形をしたエィストは髪の虹色を更に強めて、別な方向へと視線を移す。

 そこには、やはり見覚えのある魔物達が居た。


「黒の魔王さんも、どうして此処に?」

「私はもう魔王ではない。引退したよ、虹の……いや、お前はあの魔王ではなかったか」


 隣に居る鎧の魔物と馬の魔物を自分が創造した椅子に座らせながら、黒の魔王はそこに泰然とした態度で直立していた。

 これから起きる、いや今も起きている戦いは、彼ら程度では簡単に滅ぼされてしまう。

 しかし、彼らは余裕を忘れず、幸せと笑顔を忘れていない。虹の魔王への怒りは感じられず、そこにはただ愉快そうな意志だけが有った。


「ふふっ……良い、一万回目だ」


 エィストは心底面白がり、視線という形でカイムに感謝を告げる。


「どういたしまして」

「百回目の時も言っていたね。今でも、楽しい?」

「当たり前だ。楽しくないなら、戦わない」


 本心から、カイムは答えている。

 月日は人を変える。しかし、変わらないという変人も確かに居る。それがまた楽しく、幸せな事実なのだ。


「そっか……そっか……嬉しいな!」


 幸せな気分に浸り、青年は普段よりずっと笑う。自分に挑み続ける『少年』の幸せは、とても深く面白かった。

 その中でもエィストは『無』になり、『有』によって戻る。地獄の連鎖すら楽しく、彼を笑わせ続ける一つの要素でしかなかった。

 お返しとばかりにカイムに干渉して、その身体を潰す。それもまた、『無』へと戻る。



「さ、やろっか!」



 カイムとの戦いに飽きる事も覚えず、この疾走しない享楽主義者は戦闘開始を告げる鐘、声を放った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ