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麗しきご同類


 爽やかな風と、穏やかな夜空。それは、そういう雰囲気を纏った場所だった。

 草原の上だろうか。草が風に揺られる音だけが響いていて、とても自然な空気が漂っている。よくある風景、あるいは、これもまた美しき世界の一つと言えるだろう。

 その草の上で、一人の少年が手を伸ばしていた。

 仰向けに寝転がり、風を感じながら見ているのは空の先、星の一つ一つだ。

 光源が余り無い為か、輝く星の数はとてつもない。雄大さと強さを兼ね備える世界の姿だった。

 そんな、圧倒的な星空へと手を伸ばして、少年は一つ考えているのだ。




 努力すれば、この掌は星を掴めるかもしれない。




 単なる妄想か、それとも冗談だ。少なくとも言葉にして聞けば誰しもそう感じるだろう。が、本人は至って本気だった。実行する事で現実の物に出来る、そんな強い確信すら抱いていた。

 普通なら、想像力豊かな子供が抱いた一過性の気持ちで終わるだろう。歳を重ねれば人が出来る事には限界が有る事を知るだろう。


 しかし、彼は馬鹿だった。極めつけの馬鹿だった。


 命と人生の全てを賭けて努力に努力を重ねたならば、星に必ず手が届く。その一意に専心し、惑星程の時間を生きて、やっと世界へ、『無』へ手を届かせてしまった。

 今では、もう星どころか宇宙の端から端までを瞬時に消し去り、縦横無尽に走り回り、星を掴む事も容易に出来る。そんな空間上の存在などに負けはしない。

 だからこそ彼は挑む。挑み続ける。足を止めればそれは星を望む少年ではなく、現実を知った男に成り上がってしまう。そんな立派でよろしい人間にはなりたくないのだ。

 馬鹿で、愚かで、一途で、それは確かに狂っていると言って差し支えの無い感情だった。

 だが、それもまた押し通せば一つの形となったのである。

 彼に生まれついての才能は無かった。だが、力を得る為に努力を重ねる狂気という名の才能と、努力を形にする運は強固な物であった。

 あるいは、彼こそ本物の天才と呼ぶべきなのかもしれない。


 本物の、馬鹿でもあるのだが。




+



 魔物の森とは違う、何処かの森の夜。そこでは魔物と獣の声が混ざり合い、動物の死肉を貪る生き物が山ほど死体へと殺到し、我先に肉を喰らっていた。

 肉と骨が潰れ、両手両足は完全に砕けている。明らかに死んでいて、ピクリとも動かない。顔もすでに分からない状態となっている。

 これもまた、自然の摂理の一つかもしれない。しかし、肉と血の音は不気味に響き続けていた。


 それらを静かに聞き取る者が一つ。


 小さな少女だった。

 年齢にして十代にも満たない、幼さしか感じられない子供だ。黒い髪が流れる様な美しさを持っている事や、何処か無表情に近い硬い顔色が人間らしくない気配を見せているが、それを除けば単なる女の子だろう。

 その目の前に広がるのは凄惨とも、必然的な世界とも言える血の海だ。しかし少女の顔に変化は微かにも現れず、ただ血だけが大きく広がり続けていた。

 少女の体中には、大量の血が付着している。それは彼女自身の物であり、転がった死体に着けられた返り血でもある。


 そう、この少女が目の前で喰われている魔物の死体を作ったのだ。


 死体には腹部に巨大で空虚な空洞が有り、それが直接の致命傷になったと思われる。

 だが、それを成したのは武器などではない。腕や顔を潰したのは少女の拳だが、その部分だけは違うのだ。

 死体を作り出したのは、少女の大量出血を引き替えにして動いた魔力の方向性による物で、それは誰も予想が付かない程に異質で、とてつもない方向を帯びている様に思われる。

 人間が抱くには巨大過ぎる、恐るべき魔力。そして方向性、どちらも制御出来る物ではない。


 少女は、その巨大過ぎる力を見つめて、考えていた。


 自分とは、一体何なんだろうか。

 いや、何が出来て、何が出来ないのだろうか。

 この人間とも魔物とも見える死体は、彼女の心に確実な思いを抱かせていた。厳密には、その死体がいとも簡単に殺されてしまった事で、彼女は恐るべき思考へ『自力で気づくより早く』至ろうとしているのだ。


 力とは、世界をねじ伏せる物。条理を覆し、人の限界を吹き飛ばし、より高い所へ存在を移動させる手段であり、意味。力こそが、この世界で最も重要な事なのだ。

 少女としては強すぎた少女は、自らが限界を超えられるという事に、その快感と悦びを理解してしまった。


 そこから出るのは、大いなる高笑いだ。

 高揚の一つも覚えないまま、少女は人生で最も強く長い笑い声をあげていく。

 強くなる事は、より自分を最果てへと寄せる。ならば世界を越えてでも力を得て、そして、必ず自分の身に宿った方向性を制御して見せる。


 明確な目的も、理由も無い。ただ、力を得る。その為だけに生きる。


 それこそ少女が抱いた人生最大の道だった。



 自分の魔力の方向性は、分からないまま。


+



 カイムとニヴィー、その二つが互いを心から知っていく過程が続く。

 その外側に位置する場所に、再びエィスト……虹の魔王は姿を現していた。


「まだ、滅ばないのか……!」

「……鬱陶しい奴め」


 黒の魔王が発する絶望と希望が混ぜ合わされた恐ろしい気配。その中に居るザックやホワルは、復讐の対象を殺す瞬間を探りつつも、未だ消えない虹を警戒している。

 四つ、いや六つの人間と魔物が虹を恐れ、力を燃やす。鎧の魔物と馬の魔物は常識的な精神を持つ為に、虹へ向ける視線は強い恐怖が有った。

 それを見て取ったのか、黒の魔王は配下である魔物達へ声をかける。


「お前達は他の魔物を連れて、離れろ」

「了解」

「分かりました」


 魔物達は安堵を声の中に乗せて、即座に行動を開始した。

 一目散に逃げている風でもあるが、命令を実行する気力はしっかりと存在している。蘇生した魔物達へ指示を出し、彼らは撤退を行っている。

 それを虹の魔王が邪魔する事は無い。今の所、彼らに対しては何の用事も無いのだから。


「ばいばーい、やっぱり二人で一つの魔物って感じだと思わない、黒の魔王さん?」

「知らないな」


 虹の髪をした青年が去って行く魔物達へ手を振っている。陽気な声が高く響くのが特徴的で、普通なら人を明るい気分にさせるだろう。

 勿論、虹の魔王の声だと知っている者にとっては疲労が溜まる声だ。大げさなくらいに大きな声で吐き捨てた黒の魔王の態度が全てを物語っている。

 魔物達がすっかり去っていく。すると、黒の魔王から発せられる力は更に膨大で計測の不可能な物へと変わっていった。

 今までは少し遠慮も有ったのだろうが、もうそれは無い。他の者達の存在感を喰い尽くしても尚、その魂は燃え上がっている。


「私を生き返らせた責任を、取って貰おうか」


 黒の魔王の怒りは、そこに集約されている様だった。

 既に自らの生に飽きて、命を疎んでいた存在だからこそ、復活させられた事がとてつもない怒りに繋がっているのだろう、その燃え上がる殺気の全てが青年に向けられた。


「ふふ。まあ、君達はおまけ程度に考えていたんだけれど、うふふ」


 虹の青年は変わらない。この世界有数の実力者達に囲まれても、微塵の変化も無い。それは実力差が有るとか、そういう問題ではない。ただ、彼の精神性には『その手』の物が殆ど無いのだ。

 怪物的で圧倒的な虹の魔王。その正体不明かつ意味不明の空気に流石の魔物処刑人すら動けずに居る。

 しかし、黒の魔王は違った。彼は怒りと共に虹を睨み、その魔力を巧みに公使する事で幾つもの攻撃を仕掛けている。


「うわお、あっぶないなー。へへ、ちょっと痛かったかな?」


 掠った魔力が青年の脇腹に傷を付ける。それは、毒の様な物だ。そこから生まれた破壊の力が肉体の構成を崩し、更に崩壊を創造しようとしている。

 だが、虹の魔王はただ微笑むだけで浸食をくい止めない。ただ赤く染まった両頬に手を当てて、恥ずかしそうにしていた。


「そんなに殺したいの? ふふ、好かれているみたいで嬉しいな、そうでもないかもしれないけど、ね」

「……うるさいゴミだな、おい!」


 黒の魔王に遅れて動いたのは、悪を討つ為だけに生きる男だった。

 彼もまた虹の恐ろしさに呑まれていたが、それでも足は勝手に動く。恐るべき敵の存在に対して抱くのは怒りと殺意だけだ。それで、十分だ。

 完全に潰れて使えなくなったモーニングスターを用いず。全身に風を纏う事で速度を上げる。


「おっと、もう私のやる事は終わったし、君達には明確に用事が有る訳じゃないんだ。ふふ、困ったな、そんな風に攻撃されると……ちょっと、反撃したくなってしまう」


 特に何もせず、風と拳をその身に受ける青年。しかし、一切の損傷を受けた様子も無い。

 接近していた男の頬を青年が軽く、本当に軽く小突く。


「がっ……!?」


 男は凄まじい勢いで横へ吹き飛ばされて、木に叩きつけられた。反射的に背中を庇う形で風を生み出した為に勢いだけは殺せたが、それだけだ。


「死ね」

「ぶっ殺す」


 思わず呻いた男に向かって二つの復讐鬼達が襲いかかった。彼らにとっては虹の魔王など微塵の興味も無い。彼らの目に写っているのは、男が隙を見せたという事だけだ。

 大きな魔力の乗った剣が男へと迫る。逃げようにも『支配』の方向性によって手足の動きを無理矢理に止められてしまう。

 剣が男の身体を断ち切る、そう思われた瞬間。


「死ぬが良い!」


 黒の魔王がまた虹へ攻撃を仕掛ける。今度は魔力による干渉ではなく近接戦闘だった。一瞬で距離をゼロにした彼は青年の顔に向かって拳による一撃を加える。

 それは見事に青年の顔へと直撃し、吹き飛ばした。


「わあお!」

「なっ!?」


 飛ばされた青年は狙っていたかの様にザックへと追突する。

 集中力を切らされた事で『支配』が甘くなってしまい、それを見破った男が全力で動き、支配を脱して迫り来る剣を避けた。


「虹の屑野郎に助けられる、とはなっ……!」


 巨木が一撃で断たれた光景を目にして、男は悔しそうな声を漏らした。

 そして、当の青年は何時の間にか攻撃の衝撃から復帰して、平気な顔で立っている。微塵のダメージも感じさせず、その足は全く揺らがない。

 やはり不気味な笑い顔が周囲の空間を飲み込み、虹の髪がより輝く。


「うふふ」


 圧倒的、いや言葉では評価できない程に『虹の魔王』は怪物だった。

 いや、虹の魔王自体の力はそれほどでもない。倒すのも簡単だ、先程から黒の魔王が何度も滅ぼしていて、先程から攻撃も殆ど行われていない。仮に行ったとしても、全くの無傷で復帰できる。

 恐るべきはその永続性だ。決して滅ばず、傷害を傷害とも思っていない。痛みも苦しみも楽しさとして受け入れ、あらゆる攻撃を受けても平気な顔をするのだ。

 その不気味で混沌とした気配も人を飲み込むには十分過ぎる物であり、誰しもが魂を座れる心地にさせられている。直接的な力よりも間接的な、あるいはその存在自体が危険な魔王。虹の魔王はそういう物だ。


「さあさあ、頑張ってね。私は頑張らないけど、君達が勝てる様に祈っているから」


 腕を広げて、彼らに向けて応援の言葉を口にする。

 挑発ではない。心の底から面白がり、楽しみ、彼らの殺意を受け止めている。誰も楽しんでいなくとも、青年は楽しむのだ。


「……」


 勝てるとは到底思えないその精神性。滅多な事ではそれと戦うなどという馬鹿らしい真似はしない。

 しかし、直接的な怨みを抱く黒の魔王だけはじっとその姿を見つめていて、例え一瞬であっても視線を外してはいなかった。






+


 一方、少し離れた場所でカイムとニヴィーが立っていた。

 二人は揃って自力で存在の流入をくい止めて、同時に正気へ戻ったのだ。互いに見つめ合いつつ、そこに同類への共感と愛情を籠める。


「……」

「なあお前、ニヴィー」

「……見たのか」

「ああ、見た。見たよ、お前もか」

「そうだ、私もだ」


 言葉数は少ないまま、互いが見た記憶の中を語り合う。

 目的ではなく、力を得る為に力を得る。それに関して自分達が一致した存在だと言うことに二人はすっかりと気づいていた。

 両者共に自分の限界を超え、人間の限界を超え、世界の限界をぶち抜いたのである。その為だけに人生を使って来たのだから、まさしく驚きだ。


「同類か」

「そうだな、俺達は同類だ。初めて出会うが、ああ、頭がおかしいな」

「同感だ。まさか私の様な人間に出会えるとは」


 頷き合う二人の間に漂うのは、初々しさと感動と、何より闘志に満ちた『殺気』、いや『鬼気』だった。

 存在を認め合い、心を通わせたからこそ、彼らは相手に力を見せる。それは敵意ではない。愛情に近く、憎悪に遠い感情だ。説明は難しいが、そういう複雑な気持ちを抱くからこそ彼らは相対し、戦闘の構えとなっている。


「そう、ああ。嬉しいよ、理解者が居るのは祝福すべき事項だろう」

「まあな。だが、俺には理解者ではなく……敵が必要だ。自分の得た力を確認する意味でな」

「だから、あの虹と戦うのか」

「そうだ。まあ、いい加減に縁が腐れてきた感じもするがな」


 背景で行われている大規模な魔力の衝突や轟音など目もくれず、二人は揃って相手との会話を優先している。

 黒の魔王が周囲を巻き込む勢いで放った収束型の膨大な魔力が少しばかり彼らの方にも流れてきたが、もう全く意味は無い。

 魔力による破壊が到達すると同時に、ニヴィーが軽く息を吐く。それだけで魔力は方向性を帯び、ついでとばかりにカイムごと破壊を『無』い物とした。


「随分と強く出たな。いや、これくらいじゃ俺は終わらないんだが」


 カイムの身から漏れた『無』が、ニヴィーの魔力による影響を消し去る。

 だが、同じ性質の物を消失させる事は難しかったらしく、『無』が効果を発揮する速度は今までと比べるなら随分と遅れた物だった。


「やはり、か。カイムの方がずっと巧い」


 全く効果を与えられなかった為か、ニヴィーはその眉を少しだけ落とし、僅かに落ち込んだ姿を見せる。

 それが全て、という訳ではなかったが、本心からくる落胆ではある様だ。


「伊達にアレと百回も戦ってない。それはもう、制御の最適化くらいするさ」


 ニヴィーの肩を軽く叩き、素振りだけでも元気づける。余り真剣な態度ではないのは、彼女自身の精神が助けを必要としない程に強靱だったからだ。

 それでも礼儀として形式的に元気を取り戻した姿を彼女は見せている。

 しかし、口から出た言葉は感謝や謝罪などでは全く無かった。



「もう一度、戦ってくれないだろうか」



 その口から飛び出したのは、再戦の申し込みである。

 体中から溢れる膨大かつ巨大な力が全て『無』に変わり、その虚無的な不気味さを彼女自身という爽やかなくらい狂った精神で魅力とする。

 濡れた瞳と唇が嫌に官能的でありつつも、それらはどちらも恐るべき強さを感じさせた。

 そんな強くも甘い殺し合いへの誘惑に対するカイムの返答は、笑み混じりの悪戯っぽい顔である。


「もう、分かったんだろう? 自分の魔力の方向性に」

「そうだ。これは……『無』だ」


 そう言うと、ニヴィーは片手に自身の魔力を放出させ て、球体状の何かへと整形する。

 視覚的には黒色の塊に見えるそれは、なるほど間違いなく『無』だ。カイムにはそれが分かったのだろう、驚きはしなかったが、軽く面白がる様な息を吐いている。


「確かに『無』だな。真に迫ってはいないが、一応の体裁は整っているか」

「所詮、魔力の方向性だ。カイムの持っている方とは比べられない」


 首を振りつつも、彼女は何処か得意げだ。

 やっと自らの魔力が向かうべき場所を見つけたという達成感と、それを得た事で生まれた安堵と喜びが有り、硬い表情ながらも小さな微笑みが浮かんでいる。

 カイムには新たに得た力への喜びが強く伝わり、共感を与えていた。賞賛する所だろうが、しかし、彼はやはり悪戯っぽい顔のまま、話を続ける事を優先した。


「なら、どうして戦う? お前の目的は、方向性を知る事だと思っていたが」


 虚を突かれたのか、ニヴィーがほんの少し目を見開く。

 その瞳は輝きを増していて、とてつもなく幸せそうなのが印象的だった。


「戦いたいからだ」

「何故?」

「理由は、少し、恥ずかしいのだが。カイム、あなたも分かるだろう」


 やはり微かだが、恥ずかしそうに視線を下げている。

 彼女が言わんとする所はカイムにも当然ながら伝わっていた。


「……俺達は、力だ」

「そうだ」

「ぶつかり合うのもまた一つの表現、だな」

「ああ」


 会話の数は少ないが、意志は完全に完璧に疎通が出来ている。

 刻々と時間が流れる中で、彼らだけは止まった時の中を動いているかの様に静かだ。黒の魔王が放つ魔力の音も聞こえていない。

 それらは全てカイムの中の『無』によって消し去られているのだ。会話の邪魔になる音を無い物として、完全に消している。

 単に『無』を放出して対象を消滅させるだけではなく、完璧に制御する事で様々な状況に対応させる。その方法を、彼は手本としてニヴィーへ見せている。

 その意図は伝わっているらしく、彼女はカイムが制御する力の全てを凝視している。流入した相手の存在はまだ残っているのか、力の使用方も分かりやすく伝わるのだ。

 しかし、ふと、その力が唐突に消える。

 カイムの視線は僅かに彼女から逸れて、攻撃を受けては滅び滅んでは蘇り笑う、という流れを繰り返す虹の青年へ向く。

 余りの異常さに心を病んでしまいそうな光景だが、カイムが抱いたのは馬鹿らしい気持ちと強い呆れ、面倒な気分、それに加えて倦怠感だ。

 この状況下では、ニヴィーとの戦いも楽しめない。そう判断して、カイムは残念そうな顔をする。


「だが、今は少し疲れたんだよ。どうする?」

「確かに、長く眠っていた気分だ。戦いには、良くない」


 同じ物を見ていたニヴィーも同意を示した。それほどまでに、青年の邪気の有る笑顔はやる気を削ぐのだ。


「よし……また、後で逢おうぜ」

「そのつもりだ。全力の戦いを行おう」


 言いつつも、二人は同じタイミングで、同じ方向へ歩き出す。

 向かっているのは宿だ。他でもない虹の魔王に紹介されたという点が実に不気味だが、カイムも、ニヴィーもそれを弾き返すくらいの覚悟は有った。

 再会の約束などしなくとも、同じ場所に行くのだから会えるだろうなどと、そんな事を言ってはならない。二人は素面だが雰囲気に酔っていたし、己の同類項との会話を素直に楽しんでいるのだから。


「……競争でもするか?」

「悪くないな、だが、私ではあなたに、カイムに勝てない」

「……そうなのか?」

「そうだとも」


 歩きながらの会話も朗らかで、戦いの気配など微塵も持っていない。

 そんな背中を滅ぼされながらニヤニヤと見つめるエィストの存在も把握していたが、二人は振り返りもせずに歩みを進めていく。

 並んで歩く姿は背丈、その雰囲気ともよく似合っていた。出会うべくして、出会った。彼らから感じ取れる印象は、まさしくその言葉で表現出来る物だったのだ。

 異界と世界の間に有る空間上の壁を乗り越えて行くまで、エィストの視線は途切れなかった。

 二人の出会いを一番楽しんでいるのは本人達だろう。だが、その次に楽しんでいたのはエィストだったに違いなかった。

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