表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/18

復讐鬼


 巨大な何かの降臨や、軋む世界。そんな事実を知らず、ホワルとその場の全てが戦い続けていた。


「うわっ、っと!」


 自分に向かって飛んできた大きめの魔物を蹴り飛ばすと、剣で地面近くを這っていた魔物を叩き、同じ様に突き飛ばす。

 全身に加わった肉体強化の魔力が少年に数倍、数十倍の働きを与えている。それが無ければ逃げ惑うしかあるまいが、現実の彼は見事に傷一つも無く、無事そのものだ。


「やれやれ、これも鍛錬の一つだと思えばっ……でも目的無しで魔物を斬るのは何だかなぁ」


 誰にも聞かれないくらい小さく呟き、自分を殺そうと口を開けて魔力を溜めた鳥型の魔物を斬る。命は取らず、羽を落とした。

 その場では誰にも気取られてはいないが、ホワルもまた魔物の端くれだ。流石に敵でも目的達成の道具でもない同胞を斬る趣味は無い。

 そういう意味では、少し離れた場所で戦い……虐殺を行う男の精神力と強さは、ある種尊敬せねばならないだろう。


「おいおいおいおいおいっっ!? こんな塵以下の灰が俺に何が出来るんだよ、死んでもう一回魔物になって、また俺に殺されたら許してやるからとりあえず潰れろ、な、痛いだろ? どうだよどうだよ、苦しいよな? 止めて欲しいか、だろうな。でも死ね、だが死ね、お前が俺の家族でも死ね、魔物は存在する事が、害悪! 俺は処刑官、正義の処刑官だ!」


 無茶苦茶な事を言いながらモーニングスターで次々と魔物の頭や急所を破壊し、散々に痛めつけている。暴力的かつ恐ろしすぎて、支配されている筈の魔物ですら逃げ出したそうだ。

 魔物の血によって男の姿は見えなくなるくらい紫色に染め上げられていて、人間としての肌色など感じられない。まるで彼が魔物になってしまったかの様だ。いや、魔物にとっては極悪かつ残虐非道の化け物である事には間違いない。

 その身から流れる魔力は次々と魔物を捉え、引き裂く。時折ホワルまで巻き込まれそうになるが、少年は魔力によってその効果を相殺していた。

 ホワルはその受けた魔力の性質を見て取り、方向性を静かに判断する。

 

「風、か」

「その通り! よく知っているな、俺の魔力の方向性は風、吹き飛ばし、引き裂く力! 魔物のゴミみたいに頑丈な身体を潰すには重宝するな、自分に風を纏わせれば特に!」


 小さく呟かれた筈の言葉を耳敏く聞き取って男は得意げに説明を口にした。彼の腕から溢れた魔力は次々に殺傷力の極めて高い風の塊となり、可視化寸前にまで高められた極限的かつ圧倒的な暴風が森全体を揺らしていて、地面をめくり上げる。

 とてつもない光景に魔物ですら目を奪われた。土が壁となり、木の葉が一本の大木の様に集合し、木の枝は一つの家屋らしき物となっていて、それらは全て風が行った事だった。

 何という制御力だろうか、自らの力の全てを把握し、完璧かつ完全に使いこなしている。モーニングスターの周辺が常に歪んで見えていて、それが防御と攻撃の性能を引き上げていた。

 例え、魔物が後数倍の数を揃えていたとしても、彼を殺すのは無理だろう。


「絶望的だな、最初から勝てない勝負じゃないか。でも弱い者虐めは大好きだ、涙ながらに命乞いをされると幸せな気分になって仕方がない。ほらほら、もっと泣いてくれ、もっと死んでくれ。人間と違って、魔物を殺しても俺の良心は微塵の微塵も傷つかないからな、楽な話だ」


 山ほどの魔物を相手にした事でテンションが振り切れているのだろうか、口振りが饒舌すぎて不気味だ。そのまま男は軽く手を振っていて、発生した風の刃が数対の魔物を粉々にしてしまった。

 圧倒的に強い。長年魔物を殺してきた男の力はとてつもなく、軽く聞こえる言葉にも重みという物が宿っていた。


「何という……化け物め」


 凄絶とも呼べる強さに、魔物達を支配していたザックウォーエも平静では居られない。全身から汗を吹き出し、顔は尋常ではないくらい歪んでいる。

 また一撃も受けていないが、この場で一番に必死だ。肉体的には最も弱いのだから、当然だが。


「化け物? 違うね、化け物を殺すのが俺だ。俺は俺だからこそ化け物を殺す。魔物は化け物だ」


 心外だと言わんばかりにモーニングスターを振り、数体の魔物が一瞬で潰れて滅び去る。外見を抜きにすれば、どう見ても男の方が化け物だった。


「ぐっ……貴様!」


 しかし、そんな化け物を相手にザックは一歩も引かなかった。むしろ一歩前へ出ると、その身から魔力を発生させる。

 魔王級の魔力は単純に放出するだけで破壊力を伴っていた。ザックでは制御出来ないそれは、まさしく暴走して周囲の魔物まで滅ぼしてしまう。

 味方を巻き込んででも男を滅ぼそうというのだ。

 自らの命に関わる程に魔力を使う、決死の一撃と呼ぶべき物。受ければ男とて無事では済まない筈だが、彼が見せるのは嘲笑だ。


「なあ、俺に何の恨みが有る? いやいや魔物の恨みなんて知った事でもないけどな、けどな、そういう奴を痛めつける時はもっと工夫が必要なんだよ。で、お前はどうして俺を殺そうとしているんだ? それを種にして、お前を殺す方法を決めるから教えてくれ。潰してやるから、な?」


 空気が凍った。少なくとも離れた場所で聞いていたホワルが関知出来る程に大きな変化だった。


「私の、恨み、だと……本気で言っているのか!?」

「本気で言っているが? 大体、お前みたいな家畜以下の価値の無い魔物が俺に感情を向ける権利なんて有ると思うのか? 無いよな、そんな傲慢じゃない筈だ」


 ザックが肩を震わせながら、地の底より響く様な暗く重い声を発する。が、男にはやはり通じていない。鼻で笑われている。

 ぞっとする気配が魔力に乗せられた。制御出来ていないにも関わらず、意志だけは強いのだ。


「貴様が……!」


 言葉にもならない声を発し、ついにザックがその身に宿す魔力を暴走させる。

 木々が一瞬で消し飛び、魔物は身体を支えられずに倒れる。ホワルは逃げ出そうと動くが、余りに凄まじい重圧に身体を押さえつけられていた。

 その場で立っているのは、ザックと男だけだ。


「死ね、私の、私の最悪の敵!」

「いいや死なないね、お前を地獄へ叩き落として落として落として落とし続けてやる」


 熱く恐ろしい声と、冷たく恐ろしい声。両方が交差しながら、魔力という暴風が吹き荒れる。

 男の身から発せられた魔力が巨大な風となって、ザックの魔力と衝突しているのだ。圧倒的な力の差で押されてはいるが、完璧な制御によって勝負を可能としていた。

 風と純粋な魔力の爆発が互いの勢いを殺し合いながら、森を浸食していく。力の無い者は早々に遙か彼方へと飛ばされて、特に強力な魔物とホワルだけが残っていた。


「う、あっ……くそっ! こんな所で、死ねるかっ……!」


 ホワルは最も魔力の衝突から近い所に居て、余波によって体中に傷を負っては身体強化で無理矢理補強し、修復を繰り返している。

 修練によって強化された魔力の制御でホワルの身体は砕けては元に戻っている。それはもはや狂気と呼ぶべき連鎖であり、端から見ればおぞましく目を背けたくなる光景と言えた。

 そこからもホワルは何とか脱出の道を探しているが、魔力の暴風に巻き込まれる形となった彼は身動きが取れず、命を維持する方に集中している。

 やがて一つの魔力は一つの力に収束されて行き、もう一つは世界を埋め尽くすばかりに巨大さを増していく。風の方向性を持つ魔力は使用者を守り、純粋な魔力の塊は滅びを与えていた。

 どちらも恐るべき力で、それらは少しずつ、少しずつだが接近している。より衝突の度合いが強くなっていき、純粋な量の関係で男の持つ魔力の方が押され始めていく。

 だが、男は笑う。笑い続けたまま、魔力を更に収束させ、効率と威力を上昇させていく。魔王の様な超巨大魔力を得ている訳でもない人間が、それに対抗しうる数少ない可能性の一つだった。

 収束され続けた魔力はやがて一つの点となり、巨大な力に対して確実な抵抗と攻めを見せつけていく。

 それでも、ザックから発せられる魔力は止まらずに巨大化し、対にはこの異界を全て包む程となった。






 そして、世界に衝撃が訪れた。





+



 世界に落ちてきた衝撃、それはザックの物でなければ、男の物でも無かった。両者の魔力は一瞬にして四散、いや『無』となり、完全に消え失せる。


「バカな!」


 目を見開いた男がそう叫び、身体を硬直させていた。

 絶好の隙が生まれている。が、ザックもまた同じく驚きに包まれていて、そんな余裕は無かった。

 この二人は動揺の余り状況を認識出来ていない。当事者達には理解が及ばないのだ。


「……何だ、これ」


 呟いているのは、ホワルだ。彼は状況を外側から見ていた為に、あの瞬間に何が起きたのかを目撃していたのだ。

 衝突した二つの魔力が大きな滅びとなりかけたその時、森の反対側から城を突き破って何かが飛んできたのである。

 飛んできた『それ』が魔力に触れると、力という力が消えてしまった。つまり、そういう事が起きていたのだ。

 自らを押しつけていた重圧が見事に消えた事で、ホワルは立ち上がる。視線は飛んできた『何か』が着弾した場所に向けられている。


「……あ」


 それを見たホワルの口から声が漏れた。

 そこにあるのは何とか生き残っていた一本の樹木と、そこに背中を張り付けて立つ、女――ニヴィーの姿だった。

 彼女は俯き、呼吸音の一つも出していない。生きているのか死んでいるのかは殆ど判別も出来ず、ただその場に立っているという事実だけで生死を判断するしか無い。


「お、おい。ニヴィー、おい、どうしたんだよ」


 そこでようやく彼女の存在に気づいて、男は目を見開いていた。

 魔物達と相対している時とは全く違い、男の声は微妙に震えている。仕方がない、先程までの重圧や魔力、殺意や熱気などを忘れさせる程に、ニヴィーの雰囲気は恐ろしかったのだ。


「な、なあ。何処に行って、というか何をしていたんだお前……」

「あ、ははっ……くくく、うふふふははははっ!! あはははははっ!!!」


 男の質問に対して、返ってきたのは唐突かつ強烈な笑い声だった。

 それを聞いた男が顔を強ばらせ、止まっていた身体の動きを更に止める。

 他の者達は彼女の事を殆ど知らないが故に、疑問を抱かないだろう。だが、男は違う。ニヴィーはそれなりに長く付き合いの有る相手であり、この様に大きく口を開けて笑う事がどれほど異常であるかが理解できてしまう。

 そうでなくとも、彼女の外見や纏う雰囲気と笑い声は全く一致していない。普通の人間であれば少し違和感が有る、程度だろうが、ニヴィーがやれば恐怖に繋がる程の不自然さだ。


「あふ、くくくっ。ああ、幸せだ。私は今、人生の絶頂期に居る。そう確信出来る、幸せだ。幸せだ。本当に幸せだ」


 笑いが止まらない。そんな態度のまま、そこで、彼女は顔を静かに上げた。


「ひっ……」


 誰の喉からか、怯えが出た。

 彼女が見せた顔面には、本来有るべき頭の右半分の下から首までが無かったのだ。それだけではなく、よく見れば片腕の上半分から肩の辺りまで皮を剥かれた様に抉れている事も分かる。

 しかし、それだけでは動揺しない。ただ出血が酷く赤黒いなら、この場の全員が見慣れているのだ。

 彼らを真に恐怖させた光景とは、その傷口で見え隠れする『わけのわからないなにか』だった。

 目では捉えられず、ただその存在のみが様々な感覚で見えてくる物である。少なくともこの世の物質から生まれた現象ではなく、彼女が持つ魔力の方向性によって発生した物である事は明らかだった。

 誰も、動けない。その尋常ならざる女の全てが心と身体と存在を縛り上げる。

 そこへ、一つの声と共に一人の男が降りてきた。


「ああー……こんな所まで飛ばしたか。失敗したな、邪魔をする気は無かったんだが、悪いな」


 空から降りてくる様に落ちてきたのは、見るからに危険そうな態度を纏う男、いや、カイムだった。

 その格好に変化は無く、微塵の損傷も疲労も見て取れない。全くの化け物だ。この場で化け物について語っていた者達が馬鹿に見えるくらいに、化け物だ。


「か、カイムさん? は? え、何を……」

「よう、ホワルか。まあ今はお前と話している暇が無いんだ、悪いな」


 彼を知る者、特にホワルが隠しきれない動揺を見せている間にカイムはニヴィーの側へと歩み寄り、顔を近づける。

 すると、そっと彼女の顎を手で持ち上げて、少しずつ元に戻りつつある顔の一部分を見つめ、僅かに心配そうな表情となった。


「俺がやり過ぎたのか?」

「……いいやぁ……大好きだ、やりすぎじゃない。もっと、もっと本気で行こう……!」


 強く強く凄まじい喜びを現して、酷い損傷を受けてもニヴィーは笑っていた。

 その姿は何よりも深く強く、誰よりも幸せを受け入れている。相応の苦痛も有るだろうに、それすら幸せと喜びで埋め尽くされている。それこそ、この場に居る『処刑人』が魔物を殺している時の喜びすら吹き飛ぶ程に強固で異常で最上の物だ。


「だが、大丈夫なのか。かなり酷いぞ」

「ははっ、この程度では死なない。心配するだけ損をするから止めておけっ」


 微妙に心配そうなカイムの両頬に手を置き、彼女は自分の健在をアピールをする。

 瞳が感情の幅が振り切れた事から来る涙で潤み、呼吸は興奮で荒く艶やかになっている。無くなった右頬もこの時には殆ど元通りになり、紅潮を見せていた。

 他のどんな事でも、彼女はここまで感情を動かさない。しかし、カイムとの殺し合いはまさしく今までの彼女の全てを幸せと楽しさに染め、見る人をどうにも魅了させ、魂まで引き込ませる美しき狂気に満ち溢れていたのだ。


「さ、て。身体も戻った。そろそろ続きを……っっと」


 ただし、どれほど言っても身体の傷害は隠せなかったらしく、彼女の足下はおぼつかない。

 それを素早く支えると、カイムは楽しそうに彼女の頬を小突いた。


「俺の目にはお前が酷く消耗している様に見えるがな」

「そう、思うか?」

「そう思うね。残念ながら」

「残念ながら、私はそうは思わない」


 二人は最早自分達の世界に入っている。カイムもニヴィーも互い以外を眼中に入れていない。

 先程までの殺気に満ちた空気など微塵も残ってはいない。全て彼女らに消されてしまい、呆然とした男の「あいつ等、結婚でもしたのか」という言葉だけが虚しく響いていた。

 だが、ニヴィーが思いついた様に呟いた言葉と共に、空気が変わる。


「『無』は消えない。なぜなら、『無』いのだから。であれば、私は戦える。何故なら、終わらないのだから」


 それを耳元で囁かれて、カイムの表情が驚きに変わる。


「……おい、その言葉は……」


 目を見開いた彼が何事かを尋ねようとしている。

 その時、カイムの言葉を隠す様に、轟雷の如き音と共に二つの気配がその場へ舞い降りた。


「遅かったか……!」

「ああ、畜生!」


 シルエットだけなら立派な騎兵にでも見えるだろう。しかし、実際の姿はそれとは程遠く、むしろおぞましき怪物と形容したくなる物だ。

 地面に立った『不乱した馬の魔物』と、その背に乗る『中身の無い鎧の魔物』。その二つは一気に周囲を見回す事で状況を飲み込み、硬直していたザックウォーエを見つける。

 彼らの雰囲気はそこで怒りと憎悪、そして『哀れみ』に変わり、全身から強い圧力を放った。


「ザックウォーエ、私怨で魔物を支配してこんな無謀を起こす、救えない野郎だ」

「話は、この鎧から聞いたぞ。まさかお前が、こんな事をするとはな」


 二つの魔物から放たれる視線は、とてつもなく冷たい。それだけで魂まで凍り付きそうだ。それほどまでに強い感情に支配される程、彼らはザックの『目的』に意識を向けていた。

 しかし、やはりと言うべきかザックウォーエは彼らに対しては平静を貫き、口を噤んでいる。ニヴィーという存在の乱入、というより落下によって空気を乱されてしまったが故に、その全身から出る殺気は弱まっていた。


「……」

「自分で言う気が無いなら言ってやろうか?」


 二つの魔物は一瞬も目を逸らさずにザックを睨み続けて、そして、『それ』を口にした。




「白の魔王の敵討ち、お前の様な三流の魔物にそれを唆したのは、誰だ?」




 鎧の魔物が言葉として吐き出した瞬間、ザックが再び恐ろしい殺気を放ち出す。どうしようもなく我慢が出来なかったのだろう。

 しかし、その気配も『もう一つ』に比べれば劣っていた。


「……今、何て?」


 それまでの狂気が全て嘘に思えるくらいに強烈で、とてつもない感情を堪えた声。それは確かに森の中へ響き、カイム達を除く全ての息を止める。

 声の主は、少し離れた場所で話を聞いていた……


 ホワル、だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ