夫との再会
小さなひなびた駅だった。駅前の商店街はシーズンオフのため人影も少なく、閑散としていた。
ここから病院まで10分ほどの距離と聞いている。
絢香はどちらに歩けばいいのか分かからず、誰か人に聞こうかと商店街の中を歩き出した。
するとルルがバックの中でゴソゴソと動いている。
「どうしたの、ルル?」
バックから顔を出したルルはそのままはずみをつけて外に飛び出した。
「ルル、危ない!何してるの。」
ルルは商店街をかけ抜けてそのまま坂を登っていく。
絢香はただルルの後を必死に追った。
「ルル、待ってよ。」
ルルは声をかけても振り返りもしない。
幸い車の通りも激しくない田舎道だ。
息を切らして登っていくと高台に出た。
眼下には海が広がっている。
緩やかな曲線を描いた道の先に病院が建っていた。
ルルは絢香の先にたち病院の門をくぐっていった。
絢香はルルの後を追い病院の中庭に着いたが、ルルは庭の中にあるひときわ高い木に登ってしまった。
ルル、私を病院まで連れてきてくれたの?
あなたはそこで待っているってこと?
ルルは絢香を見下ろしてじっと話を聞いている。
病院内には動物は入れないし、ルルにはここで待っていてもらおう。
絢香はそう思ってもう一度ルルに話しかけた。
「ルル、そこで待っていてね。絶対いなくならないでよ。」
ルルは真っすぐに絢香を見て大丈夫だと約束してくれたかのようにミャーと鳴いた。
「ルル、行ってくるね。」
絢香は扉の前に立ち、深呼吸してから病院の中に入っていった。
もうすぐ夫に会える。
何を話そう。
話せる状態なのかもわからないが……。
想像すると怖くなってきた。
受付で病室を聞き、エレベーターで5階に上がる。
扉が開く。
そこからはドキドキして病室までの道のりがひどく遠いものに思えた。
503号室。
ここだ!
そっと扉を開けるとそこに夫が一人で寝ていた。
「久しぶり。
いいお部屋ね。
個室だったの?
私、お見舞いに来ちゃった。
いけなかったかな?」
絢香は一気に話すと夫の姿をじっと見た。
少し痩せてしまっていたが夫は思ったよりも元気そうだった。
「絢香、来てくれたんだね。」
ゆっくりと話す口調が懐かしい。
夫の優しい眼差しに絢香は思わず目が潤んだ。
「色々……ごめんね。私、あなたが病気だなんて知らなくて……。」
「いいよ。病気のことは僕が黙っていてって祥子にも頼んでいたんだ。
君に書いた手紙も出す勇気がなくて、そのまま部屋に置いておいた。
それをいつの間にか祥子が出してしまったらしい。
僕の方こそびっくりさせてごめんよ。」
少し息遣いが荒く、苦しそうだったが、夫は絢香の目を見て話してくれた。
もう言葉は出てこなかった。
涙が次々とこぼれるばかりで絢香は胸がいっぱいになった。
ルル、あなたのお陰で私の大事な人に会えたよ。
ありがとう。
ルルの可愛らしい顔が目に浮かぶ。
もう少し待っていてね。後で迎えに行くから。
そうルルに心の中で呼びかけた。
やっと泣き止んだ絢香は顔を上げ、夫に向き合った。