海辺の街へ
ルルを家に置いていくわけにはいかないのでとりあえず、キャリーバックの中へ。
キャットフードを少し袋に入れていっしょに持った。
「ルル、着いてきてくれる?」
「ミャー。」
ルルも出かけられると思ってか嬉しそうだ。
夫がいる海辺の街までここから2時間あまり。
大きな駅から私鉄に乗り換えて電車に揺られている間に少しずつ潮の香りがしてきた。
「ルル、海が見えてきたよ。」
松林の向こうに青い海が広がっていた。
海…。
自分が書いている小説の舞台にも似ていた。
絢香の頭の中に小説の続きが思い浮かぶ。
主人公の美奈代は旅館の娘。
いずれは旅館の女将として働くことを期待されていた。
一方、美奈代の相手の和樹は街で一番大きな病院の跡取り息子。
和樹は知人の紹介で美奈代の家庭教師をしていた。
高校2年生の美奈代と医学部の3年になる和樹。
付き合ってもいずれは家のために別れなければならなかった。
和樹は茶々丸の散歩を口実によく美奈代に会いに行った。
このままずっとみーちゃんと一緒にいたいけれどどうしたものか……若い和樹には美奈代の家に何か申し入れに行くこともできずにいた。
みーちゃんには旅館がある。僕と一緒になるのはやっぱり無理なのか……。
可愛らしい美奈代の横顔をそっと見てはため息をつく和樹だった。
この後の二人の結末はどうしようか?
絢香は小説のストーリーを考えている自分に気がつきはっとした。
こんな時にも小説のことを考えている自分。
完全に職業病である。
ルルを見るとキャリーバックの中でよく寝ていた。
電車の振動が心地好いのかもしれない。
そろそろ目的地に着く頃だ。
ガタンッ。
駅のホームに電車が着き、扉が開いた。
もう、日差しは傾きかけプラットフォームは夕暮れに染まっていた。
「着いたよ、ルル。」
そっとルルに話しかける。
ルルは薄目を開け、周りを見回した。
初めての場所のはずなのに何だか知ったところのように悠々としている。
「ルル、ここを知っているの?」
ルルを見ながら不思議な気持ちにとらわれた絢香だった。