一本の電話
夫に会いに行くべきか、そっとしておくべきか……絢香は迷っていた。
手には夫からの手紙が握りしめられている。
別れて住むようになって一年も経つのだし、会いに行っても今更と思われるかもしれない。
でも……夫がわざわざ手紙をくれたのは私に会いたいからなのか?
ソファーに座り込んだまま考えがまとまらないでいた。
海辺の街ってどこなんだろう?
考えてみたら場所も知らない。
義妹に聞いてみようかとも思った。
彼女とは気が合った。
夫が黙っていても義妹と一緒によく喋ったものだ。
思い切って義妹に電話しようと立ち上がった瞬間に電話のベルが鳴った。
「もしもし、お姉さん?
祥子です。
急にごめんなさい。
驚かれたでしょう。」
「祥子ちゃん?
今ちょうどあなたにお電話しようと思っていたのよ。まさか、あなたから電話をもらえるとは思ってなかったわ。」
「そうなの?
もしかしてお姉さん、兄からの手紙を読みました?
何て書いてあったかはわかりませんが、兄は病気になってからお姉さんに会いたがっているように見えます。
我慢して本当の気持ちは言わないけれど私にはわかります。
きっとお姉さんが今の兄には必要なんです。
正直なところあまり良い状態じゃなくて……。
お姉さんへの手紙も兄が自分では出せないで置いてあったのを私がポストへ入れたんです。」
義妹の声が少しくぐもって聞こえる。
「わかったわ。祥子ちゃん、病院の場所を教えてちょうだい。」
メモをとる絢香の手は少し奮えていた。
もし、あの人に何かあったら私はどうすればいいんだろう?
もう後悔はしたくない。
すぐに会いに行かなくちゃ。
絢香が必死にメモを書いている足元でルルがじっと絢香を大きな瞳で見上げていた。