梅の花
公園の入口には噴水がある。
冬の噴水は少し寒々しいが、水しぶきが日の光に照らされキラキラとしていた。
「ルル、ほら噴水。綺麗でしょ。」
そうルルに呼びかけると、ルルは恐る恐るバックの中から顔を出してキョロキョロと辺りを見回した。
公園の中ほどまで歩いていくと葉ぼたんが植えられた花壇が見えてきた。
花の少ないこの時期、葉ぼたんも明るい色彩を放っている。
ふと頭上を見上げると紅い梅の花が咲いていた。
すぐ隣には白梅も。
今年も梅の花が見られた。そう思うと絢香の胸には温かな感情が込み上げてきた。
ルルが急にバックから飛び出して梅の木に登り始めた。
「待って!ルル!」
するすると枝から枝に移動しながらかなり高い所まで登っていく。
そして白い梅の花びらの中からひょっこりと顔を出してこちらを見ているルル。
「何でそんな所に登ったの?
降りられなくなるわよ。」
ルルは平気だよと言わんばかりに得意げな表情をしている。
あれ?ここ、何だか見覚えがあるなぁ。
ふと周りを見回すと私は不思議な感じがした。
確か2年ほど前、私はここで夫と記念撮影したはず。
二人揃って微笑んでいる写真が目の前に蘇ってきた。
「また、来年梅の花が咲いたらここで一緒に写真を撮ろうね。」
そんなことを言ったことを絢香は思い出した。
でも、その約束が果たされることはなかった。
ルル……。
何で私をここに連れてきたの?
執筆の仕事が忙しくなってからは夫とはすれ違いの多い生活になっていた。
せっかく夫が作ってくれた朝食も徹夜明けの私は食べることができず、布団を被って寝ていた。
「絢香~。
目玉焼きを作ったから、ここに置いておくね。
起きたら食べて。」
リビングから聞こえる夫の声。
仕事に行く夫を見送ることもせず、布団の中で玄関の扉が閉まる音を聞いていたあの頃。
夫の優しさに気付かず大事なものが見えなくなっていったような気がする。
ずっと甘えるだけ甘えて、あなたには何もしてあげられなかったね。
梅の花びらが舞い落ちる中で私はいつの間にか涙をこぼしていた。
さっきまで木の上にいたルルは、今は私の足元に来ていた。
「私を慰めてくれるの?」
思わず、私はルルを抱き上げてその滑らかな毛に顔を埋めた。
ルルの小さな体はとても温かかった。
ルルがいてくれて本当に良かった。
絢香は心の底からそう思い、ルルをギュッと抱き締めた。
ゴロゴロ……とルルの体がまた鳴っていた