夏祭りの銀河超特急 2
おばあちゃんちに帰ってみると、お姉さんと理絵ちゃんがてんとうむしプレイヤーでレコードを聴いていた。
理絵ちゃんがお父さんに買ってもらった新しいレコードを持ってきたんだけど、この家にはステレオがないので帰ってきた真知子お姉ちゃんのプレイヤーを貸してもらうことになったらしい。
なんでも休みあけの合唱コンクールで歌うから練習したい歌なのだとか。
意外なことに僕以外の人間はお姉さんのことを覚えていたようで、お姉さんの存在は当然のように受け入れられている。
「理絵ちゃん髪の毛伸びたねえ」
と真知子お姉ちゃんが言うと、
「うん。伸ばしてんねん」
と理絵ちゃんが笑顔で頷き、
「去年はまだおかっぱやったね」
と、僕の記憶にはないが、去年も真知子お姉ちゃんはここにいたようだった。
去年といっても、真知子お姉ちゃんがいたのはこの夏祭りの時期ではなく、別の機会だったのかも知れない。
理絵ちゃんも恵ちゃんも僕と同じで大阪に住んでいる。
夏休みじゃなくても日曜日におばあちゃんちに遊びに来ることはときどきあるのだ。
「昼ごはんできたよー」
レコードの歌詞カードを見ながら歌っていた真知子お姉ちゃんと理絵ちゃんがいっせいに
「はーい」
と返事をした。
僕たちは『気球にのってどこまでも』をBGMに食卓についた。
「真知子ちゃん体の具合はどうなん?」
おばあちゃんがおじいちゃんのご飯をよそいながら尋ねた。
「真知子お姉ちゃん病気なん?」
食卓にお箸を配っていた恵ちゃんも心配そうに真知子お姉ちゃんの方を見た。
「たいしたことないんよ」
真知子お姉ちゃんはみんなの麦茶を入れながら首を振った。
「ちょっとお腹の調子が悪くてね。お医者さんにかかってんの」
恵ちゃんに笑顔で答える。
「せやけど、しんどいさかいな。みんなあんまり真知子ちゃんをひっぱりまわしたらあかんで」
と、おばあちゃんがちょっと眉間にしわを寄せて恵ちゃんと理絵ちゃんを代わる代わる見た。
僕は隣に正座している理絵ちゃんに小声で尋ねた。
「な。真知子お姉ちゃんって誰のお姉ちゃんやった?」
「誰て」
理絵ちゃんは驚き呆れたように僕を見た。
「誰のお姉ちゃんでもあれへんけど、従姉妹の中で一番年上やさかいにお姉ちゃんって呼んでるんやん」
「…ああ、そうやったっけ」
「そんなこと忘れてたん?」
「うん…。ちょっとな」
言われてみれば確かにそうだったような気がする。
京都の最年長の伯母ちゃん夫婦の娘さんがきっと真知子お姉ちゃんだったのだ。
お正月ぐらいしか交流がないから、忘れてしまっていたけれど…。
僕はとんぼ節の煮付けを食べながらちらちらと真知子お姉ちゃんの方を盗み見た。
こうして改めてみると、なんとなくその面影が記憶に残っているような気がしてきたのだ。
女の人にしてはやや濃い眉毛とはっきりした目元。
白いワンピースを着て女性らしく見えるが、意外に活発そうな顔立ちでもある。
手足も長くすらりとして、こんがりと日焼けすれば少年のように見えるかも知れない。
僕の視線に気づいたのか、真知子お姉ちゃんは少し笑って聞いた。
「ゆうちゃんは明日もお友達と虫捕り行くん?」
独占した扇風機の風を背中に受けて僕はぎくりとした。
話しかけられるとは思わなかったのだ。
簡単な質問なのにちょっと答えられない僕を見て、恵ちゃんも理絵ちゃんも不審そうな顔をしている。
「ま…まだ、決まってへん」
僕は目の前の味噌汁に意識を分散させるようにあわてて口元に持っていきながら繰り返し言った。
「ご飯終わったら、また宏樹くんと虫捕り行くけど。明日は決まってへん」
「そうなんや?な?真知子ちゃんも行っていい?」
「え……?」
思っても見なかった展開に僕の思考は堂々巡りを始めていた。
真知子お姉ちゃんが一緒に虫捕りに行く? いいのか? だめなのか? いいのか? だめなのか? ……。
子供の思考の不思議なところで、何がいいのか何がだめなのか具体的なところはさっぱりわからない。
大人の頭になって詳しく分析してみると、「大人の女の人が来てヘタな虫捕りを見られるのはなんだか照れくさい」とか「行ってはいけない具体的な理由もないし、きれいなお姉さんが一緒にいるのはこそばゆいけど悪くない気分だし」とか、そんな思考になる前の漠然としたもやもやが頭の中で渦巻いているのだが、当時の僕にそれを言葉にして判断する能力はない。
ないので、わからないままにただなんとなくだめな気がしたりいい気がしたりしている。
だから、
「なあに?なんかあかん理由でもあんの?」
と聞かれると、
「ない。ないないっ」
と思わず首を振ってしまい、結果的に「じゃあいいんやね」ということになってしまう。
「真知子ちゃんの方が背ぇ高いしな。高いとこのカブトとってあげれるかも知らんよ」
と無邪気に笑う真知子お姉ちゃんだが、それはどうかと思う。
僕は「クラスで一番のサル」と呼ばれるくらい木登りが得意なのだ。
なまじ背が低くて体が小さいので、木の上にいても腕力と脚力で自在に軽い体を運ぶことができる。
真知子お姉ちゃんよりは、高いところにいるカブトムシを捕れるだろうという自負はあった。
「恵ちゃんたちも行く?」
真知子お姉ちゃんが恵ちゃんと理絵ちゃんを見たが、二人ともぶんぶんと首を振っていた。
「虫キライー」
「気持ち悪い」
と口々に言う。
女子のつまらないところはこれだ。と僕は思う。
ついこの間まで、団地の裏の草の間のダンゴムシを一緒にほじくって遊んでいたのに、あるときから突然虫恐怖症に変貌している。
僕たち男子にとって特に不思議なのは、女子全員が変貌してしまっているというところだ。
男子にも虫ギライはいるけれど(めったにいないけど)、去年まで一緒に虫捕りしていた男子が今年は集団で虫ギライになっているということはない。
秋には一緒にコオロギを捕っていたから、春のモンシロチョウも好きだろうと思っていたら、
「えー。もう、りんぷんつくし、虫いや~」
とか嫌悪感を剥き出しにした表情で言い出して、「せっかく声をかけたのに…」と好意を台無しにされた気持ちになってくる。
10歳になってからというもの女子との間にそんなたくさんの違和感を感じ始めている僕には、虫捕りを心底楽しみにしているように見える真知子お姉ちゃんがとても不思議な人のように感じられた。
「ゆーうちゃん、来たでー!」
玄関の引き戸をガラガラと開けながら叫ぶのはお隣の宏樹くんだ。
虫捕り網を持った僕と水筒を持った真知子お姉ちゃんが並んで現れたのを見て、少しぎょっとしている。
「お姉さんも行くん?」
宏樹くんは女の人と話すのが苦手ではないらしい。
物怖じせずに、初対面に近い真知子お姉ちゃんに尋ねた。
「うん。よろしくね」
白いワンピースから紺色のTシャツとジーパンに着替えた真知子お姉ちゃんがにっこりと笑った。
こういう服装だとやっぱり少しボーイッシュな感じがする。
なんとなく、僕らとおんなじ年のころはおてんばだったんじゃないのかなーという気がしたり。
「よろしくぅ」
宏樹くんはぺこりと頭を下げた。
玄関から外に出ると雲ひとつない文字通りの快晴にますます日差しはきつく、立っているとめまいがしそうな暑さだった。
「あっついのー」
外から来たばかりの宏樹くんが言った。
「暑いねー」
真知子お姉ちゃんも頷いて日傘を開いた。
暑いのに、体大丈夫なんだろうか? 真知子お姉ちゃんは。
「時間あったら水筒のお茶凍らせてきたんやけどねえ」
「うんうん」
凍ったお茶は冷たくていいんだけど、本当に喉が渇いたときには困った飲物だ。
振っても叩いても解凍できないので、ゴクゴクいきたいところをペロペロ舐めてやりすごすしかない。
舐めたお茶を3人で分けるというのも抵抗があるし、頷きあうふたりを尻目に、僕だけは「凍ってへん方がええんや」と密かに思っていた。
神社の森へ向かう途中の道で、わらびもちの移動販売車とすれ違った。
「わ~らび~もち。わ~らび~もち。つめた~くておいしいわらびもちはいかが……」
車の窓の貼り紙をちらりと見ると「かき氷」と書かれており、どちらも夏の風物詩だった。
氷イチゴの冷たい甘さを一瞬思い出したが、それよりこれからは虫捕りに専念しなければならない。
なんとしてもカブトムシを捕まえて帰らなければ……。
森に着くと既に何組かの先客がいて、お盆休みのお父さんと一緒に虫捕りに来た子供や小学生同士らしいグループも一組いた。
負けずにいいポイントへ先回りしなければ、と思っているところにカラスアゲハがひらひらと飛んで来た。
さっきも宏樹くんがアオスジアゲハを捕まえていたところを見ると、この辺りは蝶道なのかも知れない。
蝶のオスはエサの採取やメスの追跡に効率の良いルートを見つけて、通勤路のごとくそこをよく利用するらしい。
もしここが蝶道なら、蝶を捕まえたい人にとっては絶好のポイントということになる。
しかし、今日の僕の狙いはカブトムシまたはオオクワガタなので、とりあえず蝶は無視することにした。
大きめのクヌギの木を中心に上から下まで細かくチェックしていく。
クラス一のサルである僕がするすると木に登って上の方を確認し、宏樹くんと真知子お姉ちゃんが根元から小さな洞までふたりがかりで探している。
クヌギの木は割れやすいので体重の重い大人が登るのは難しい。
虫捕りグループの中では僕たちの組がだんぜん有利なはずだった。虫さえ見つかれば……。
目当ての虫がなかなか見つからないので、僕は悪ふざけを思いついて、宏樹くんの頭上にセミの抜け殻をぽいぽいと投げ落とした。
「うひゃっ」
宏樹くんは最初びっくりしたが、
「なんやセミの抜け殻か~」
と拾った一個もぽいっと放り投げて、再び木の洞を覗き込むようにしてカブトムシを探し始めた。
「ゆうちゃんって、ほんまに木登り上手なったねえ」
真知子お姉ちゃんが僕の方を見上げて言った。
「クラスではサル言われてる」
よく考えたら自慢するようなあだ名でもなかったが、なんでも一番なのはいいことだ、と僕は胸を張った。
「ゆうちゃんに木登りを教えたのは私なんやで」
真知子お姉ちゃんはにやりと笑って言った。
「ほならお姉さんもサルやったん?」
木の根もとの草を分けていた宏樹くんが真知子お姉ちゃんの方に顔を上げて聞いた。
「うん。ものっすごいサルやった」
腰に手を当てて僕以上に自慢げな真知子お姉ちゃんを見て、僕はなんだかおかしくなった。
「ものすごいサル」って……自慢げに話すことではないだろう。
「おない年やったらゆうちゃんに負けへん自信ある」
真知子お姉ちゃんは断言した。
「へえぇ~。すごいなあ」
僕はふたりの会話を聞きながら、より細く、より高くなっている木の幹にしがみつきながら登っていった。
基本的に夜行性のカブトムシやクワガタが昼間にこんな高いところに出現する可能性は低かったのだが、なんとなく木登りの腕前をふたりに披露するのが目的になってしまっている今、できるだけ高いところに登っておいた方がいいだろうという気がしていたのだ。
見つかるのはコガネムシやカナブンばかりで、緑ともオレンジともつかぬその光沢は魅惑的だったが、僕たちにとっては彼らは所詮外道だった。
「夜も来れたらええのに……」
僕は木の上でぼそりとつぶやいた。
「子とろが出る言うて、来さしてもらわれへんねん」
真知子お姉ちゃんも頷いた。
「ああ、おばあちゃんたちそう言うてんねえ」
「お父ちゃんがついてきてくれたらええねんけど」
宏樹くんがいったん帽子を脱いで額の汗を拭いながら言った。
「俺んとこ明日の朝からお墓参りで田舎のおばあちゃんとこ行くねん」
再び帽子をしっかりかぶり直した。
「そうなんや」
「うん。せやさかい、今日はお風呂入ったらすぐ寝なあかんねん」
宏樹くんのせいではないが、なんだかちょっと悔しくなって、宏樹くんの野球帽めがけてカナブンを一匹ぽーんと放ってみた。
カナブンは宏樹くんの頭に当たる直前に羽を開いてぶーんと飛び去っていった。
「明日の朝来ようや。ゆうちゃん」
真知子お姉ちゃんが笑顔で僕を見上げた。
「ええこと考えたんや。今日のうちにワナをしかけといて明日の朝見に来てみよ」
その目がまたいたずらっぽく輝いていた。
晩ご飯が終わって、僕たちとお隣の宏樹くんとおばさんは一緒に銭湯へ行くことになった。
お隣のおじさんはお盆だというのにまだ仕事があるらしく、仕事帰りに直接銭湯に寄って帰ってくるらしい。
これでは夜の虫捕りに付き合ってもらえなくても仕方がない。
風呂敷で包んだ洗面器とタオル、石鹸を持って、僕と宏樹くんは一行の先頭を歩いていた。
僕は銭湯が大好きだった。
家にいるときにはマンションに風呂が備え付けられているので、銭湯に行くことなどめったになかったが、おばあちゃんの家には風呂がないので毎日銭湯だ。
近所の『柳湯』は隣に美容室があって、近くまで来ると銭湯特有の匂いとヘアスプレーのような匂いが混ざり合って、僕にとっては別世界に迷い込んだかのような感覚が味わえる非日常的な空間だった。
大人にとっては気にもとまらない当たり前のことでも、子供にとっては些細なことが異世界への入り口なのだ。
数少ない街灯に照らされた薄暗い道では、昼間あんなに輝いていた花たちもひっそりと静まり返っている。
夜空には夏の大三角がぼんやりと輝き、じめっとした暑さは残るものの、ひりつくような日差しとその照り返しは消えうせている。
「この匂い。懐かしいわ」
真知子お姉ちゃんがつぶやいた。
「なーんか不思議な感じで好きやわ。この匂い」
もう大人に近い真知子お姉ちゃんが僕と同じ気持ちだったので、僕は少し意外な気がした。
毎日このヘアスプレーの匂いがする女の人もいるけど、真知子お姉ちゃんは日向に干した洗濯物みたいな匂いがしていたのだ。
恵ちゃんが真知子お姉ちゃんの横に並んで言った。
「ママが髪の毛巻くときこの匂いやで」
「そうなんや。恵ちゃんは髪の毛巻いたりするん」
「お正月だけな。寝るとき頭ちょっと痛いけど」
そう言いながら恵ちゃんは嬉しそうに笑った。
恵ちゃんはもう既にヘアスプレーの匂いがする女の人に近づきつつあるのかも知れない。
男湯と女湯に別れた僕たちは、下駄箱の板鍵を持って暖簾をくぐり、番台を通って脱衣所に向かった。
奥の方の空いているロッカーまで歩いていくと、素足に脱衣所の床の木目の湿り気が伝わってきたが、不快ではない。
漂う湯気の匂いも、僕にとっては大好きな銭湯の一部でむしろわくわくした気分を掻き立ててくれる。
銭湯のロッカーや下駄箱には漢数字が大字で書いてあるが、壱とか弐とか伍とか拾とか書いてあって、当時の僕には読めない字もあり、これも異世界への扉のひとつだったのかも知れない。
ガラス戸を開けて湯気がもうもうと漂う浴場に入っていくと、既にたくさんのお客たちが体を洗ったり湯に浸かったりしていた。
僕は奥の方の勢いよくシャワーが出ると記憶しているカランが空いているのを発見し、すばやくその場所に陣取った。
当時は一般家庭にもシャワーが導入されていたが、僕の住んでいる団地は旧式でお湯の出る水道はまだついていなかった。
風呂桶で湯船の湯をいちいち汲みながら頭を洗わなければならなかったので、ざばざば湯を浴びながら頭を洗えるシャワーは僕にとって憧れの設備だったのだ。
空いているカランは少なかったので椅子をふたつ持ってきて宏樹くんと半分ずつで使うことにする。
隣のカランに座っている男の子もどうやら小学生のようで、シャンプーハットをかぶってお父さんらしき男性に頭を洗ってもらっている。
僕は優越感を感じながらシャンプーを頭のてっぺんにしぼり出し、ごしごしと泡を立てて頭を洗った。
シャンプーが目にしみるのが嫌でシャンプーハットなしには頭を洗えないというクラスメイトもまだいたが、僕はシャンプーハットのお世話になったことはなかった。
シャンプーが目に入ってもへっちゃらだったのだ。
シャンプーが終わって髪を濯ぎ、体を洗おうと石鹸に手を伸ばすと、不意に隣で体を洗っている宏樹くんと自分の腕の肌の色の違いに気がついた。
昼間見たときにも思ったが、改めてカランの上の鏡に並んでいる僕たちを見ると明らかな違いがわかる。
肌についた石鹸の泡が白く浮き上がって見えるくらい宏樹くんの肌はこんがりと焼けている。
海水パンツを履いていたと思われる部分だけがくっきりと白い。
引き換え僕は、宏樹くんがチョコレートだとするとまるでコーヒー牛乳だ。
いや、むしろフルーツ牛乳かも知れない。
ちらりと隣のシャンプーハットの男の子を見ると、彼もまた日に焼けている。
彼の場合は海水パンツ型に抜けているのではなくて、袖なしのシャツ型に抜けていたけれども。
まったく日焼けの跡がない子供は僕ぐらいで、大阪の都会っ子とはいえ、ここまで日焼けしていないのも少し恥ずかしいような気がしてきた。
「宏樹くん、よう日焼けしてんなあ」
僕はナイロンタオルで体をこすりながら言った。
「うん。先週まで毎日市営プール行ってたから。25メートル泳げるようになりたいねん」
なるほど、と僕は思った。
そういえば今年はまだ泳ぎに行っていなかった。
まさかここで泳げるとは思っていなかったから海水パンツも持ってきていなかったし。
「もう20メートルはいけんねん。あとちょっとや」
宏樹くんはにっと白い歯をみせて笑った。
「すごいなあ」
僕たちは体を濯いで湯に浸かることにした。
『柳湯』には3つの浴槽があって、入り口に近い湯船がやや高温、真ん中がややぬるめで一番深く、一番奥には『電気風呂』と書かれた子供心にはやや近寄りがたい一番小さな浴槽があった。
子供たちは真ん中の浴槽の段差になっている部分に腰掛けて浸かるか、壁際のジェットが出ているところに中腰で浸かるか、たいていそのどちらかだった。
浴室は天井が高いので、椅子や風呂桶を片付けるときにぶつかる小さなカランという音も実によく響いていた。
ときどき天井の水蒸気が落ちてきて、ぴちゃんと顔を濡らしたりする。
また大粒の水滴が落ちてきて、僕の左胸の辺りにぽたりとぶつかったが、湯の熱さで痺れていたのか当たった感触がない。
無意識に左手で水滴の落ちた箇所を払ってみたが、払ったその感触すらなかった。
あれ? と思って、何度か左胸を擦ってみたら、普段と同じ通りの感触が戻っていた。
「どうしたん? 虫でもおったん?」
何度も左胸を払う僕の動作が不思議だったのか、宏樹くんは僕の胸を見ながら聞いた。
「ううん。なんかちょっと変な感じやってん」
まだ少し違和感があるような気がしたが、浸かっているときの水面がちょうど胸の高さだったし、熱さで感覚がおかしくなっていたのだろう。
僕は両手で湯を包み込み、小さく水鉄砲を吹き出させて自分のあごに飛ばせるようにぎゅっと手のひらを閉じてみた。
てんとうむしプレイヤ・・・コンセントでも乾電池でも使える便利でかわいいレコードプレイヤー。レコードにはLPという大きなレコード(いわゆるアルバム)とEPという小さなレコード(いわゆるシングル)があって、聴こうと思ったらそれぞれ違う回転数でレコードを回さねばなりません^^LPをEPの速度の45回転で聴くと、早すぎてどんなレコードでもウッドペッカーが歌ってるみたいな声になります。逆にEPを33回転で聴くと地獄の亡者のうなり声みたいになってしまうのでした……^^;
わらびもちの移動販売・・・これの執筆中にまさに窓の外を通り抜けていって思わず笑ってしまいました。口上は車によって違うみたいですね。今日のはひたすら「わ~~~~らび~~~~~もち」「アイスクリ~~~~~ム」と商品名の連呼でしかも肺活量のアピールとしか思えないような宣伝でした^^
銭湯のロッカー・・・銭湯の下駄箱とかロッカーの錠前って独特でした。わりと大きい木の板が鍵になっている差し込み式?の錠前だったり。薄っぺらい金属の板にゴムがついてたり。『おしどり』というメーカーのものがなじみがありますね。懐かしい^^
フルーツ牛乳・・・銭湯といえば湯上りはフルーツ牛乳でしょう^^
他にも、何十円か入れて髪を乾かすかぶりのドライヤーとかマッサージ機とか、ゴザ?が敷かれた赤ちゃん台とか、青竹踏みとか、体重計とか、鏡には商店街のお店の宣伝!とか。ああ、ノスタルジー。書きたかったなあ。