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【続編】気味が悪いと婚約破棄されましたが、私の研究が国を救いました!?~変人令嬢と呼ばれた私、今さら王太子に戻ってきてほしいと言われても知りません!~

作者: しろ
掲載日:2026/09/19

 疫病騒動から一月が経った頃、わたしは新しい図面を前に、朝から機嫌よく鼻歌を歌っていた。


「イザベラ嬢、随分と楽しそうですね」


 執務室に顔を出したオーレリオが、眼鏡を押し上げながら苦笑する。


「あら、楽しくないはずがございませんわ。上下水道の整備計画、ようやく王都全域での試算が終わりましたの」


 机の上に広げた図面には、配管の経路と浄化槽の配置が、細かく書き込まれている。


「汚水と生活水を完全に分離できれば、先の疫病のような事態、二度と起こさずに済みますわ」


「素晴らしい計画です。ただ、予算の承認には議会の同意が必要になります。反対派も少なくないでしょう」


「あら、反対する理由がおありですの? 命に関わる話ですのに」


「予算です、単純に。それと」オーレリオは少し声を落とした。「あなたの名前がまだ、一部で"気味の悪い研究令嬢"として扱われている影響も、正直あります」


「まあ、根強いこと」


 思わずため息が漏れた。功績が認められたとはいえ、長年の偏見はそう簡単には消えないらしい。


 その時、扉がノックされた。


「イザベラ嬢、お客様です」


 現れたのは執事だったが、その背後から、聞き覚えのある声が飛び込んできた。


「イザベラ! 話がある!」


「……ジェラルド殿下」


 かつての婚約者――ジェラルドが、なぜか花束を抱えて立っていた。以前とは打って変わって、やけに殊勝な顔をしている。


「先日は、その、色々とすまなかった。お前の功績を知って、私は自分の浅はかさを恥じている」


「あら、殿下がそのようにお認めになるとは、風向きが変わりましたのね」


「その……もう一度、婚約を考え直しては……」


 会場、もとい執務室の空気が一気に凍りついた。オーレリオの眉が、わずかに動く。


「殿下」わたしは静かに立ち上がった。「一つ伺ってもよろしくて?」


「な、なんだ」


「先日、わたくしを"気味が悪い"と断罪なさった時、微生物の説明をした瞬間の殿下のお顔、覚えていらっしゃいます?」


「そ、それは……」


「まるで汚物でも見るような目でしたわ。功績を認めた今でも、心の底では同じ目で見ていらっしゃるのではなくて?」


「そ、そんなことは……!」


「殿下」オーレリオが淡々と割り込んだ。「僭越ながら、彼女の研究を二年前から支援してきた者として、一言よろしいでしょうか」


「な、なんだ」


「あなたが"気味が悪い"と断じたその研究は、命を救うだけでなく、今や国家事業として動き出そうとしています。花束一つで撤回できるほど、軽い過去ではないと思いますが」


 ジェラルドは何も言い返せず、花束を抱えたまま立ち尽くしていた。


「殿下、花束はそちらの侍女様にでも差し上げてくださいまし。きっと喜ばれますわ」


「い、いや、これは……」


「お引き取りを。わたくし、忙しいですの」


 すごすごと退室していくジェラルドの背中を見送りながら、わたしは小さく息をついた。


 ジェラルド殿下が退室してから、しばらくの間、執務室には妙な静けさが残っていた。


 わたしは机の上に置かれたままの花束を眺め、それから小さく息を吐く。


「……まったく。今さら、ですわね」


「お気持ちは分かります」


 オーレリオが、先ほどまで殿下が立っていた場所を一瞥してから、静かに言った。


「ですが、あの方が今になってあなたを惜しむのも、無理はないのでしょう」


「あら。オーレリオ殿まで、殿下を擁護なさいますの?」


「いいえ。むしろ逆です」


 彼は眼鏡を外し、珍しく真っ直ぐにわたしを見つめた。


「あなたがどれほど努力してきたのかを知ろうともせず、理解できないものを『気味が悪い』という一言で切り捨てた。その結果、あなたがどれほどの成果を上げる人間なのか、後になって知っただけです」


「……」


「それは、あなたの価値が今になって生まれたのではありません。あの方が、ようやく気づいただけですよ」


 胸の奥に、じんわりと温かいものが広がった。


「オーレリオ殿……」


「ですから、もう過去の評価など気にする必要はありません」


 彼はそう言うと、机に広げられた図面へ視線を落とした。


「あなたが二年前から書き続けてきたこの計画も、疫病の原因を突き止めるために積み重ねてきた研究も、誰かに認めてもらうために存在するものではないでしょう?」


「ええ。誰かに褒めていただきたいから研究しているわけではありませんもの」


「ならば、それで十分です」


 オーレリオは穏やかに微笑んだ。


「ただし――私は、あなたがどれほど素晴らしい人なのか、これから何度でも伝えるつもりです」


「……まあ」


「研究者としても、一人の女性としても。あなたが自分の価値を疑う暇がないくらいに」


 あまりにも真っ直ぐな言葉に、頬が熱くなる。


「それは……少々、過保護ではありませんこと?」


「そうでしょうか」


「ええ。わたくし、そこまで自信がないわけではございませんわ」


「知っています」


 即答だった。


「あなたは誰よりも自分の研究を信じている。だからこそ、周囲から何を言われても前へ進めたのでしょう」


 そう言ってから、彼は少しだけ目を細める。


「ですが、自分自身のことになると、あなたは驚くほど無頓着です」


「……それは否定できませんわね」


「でしたら、私が補います」


「何を、ですの?」


「あなたがどれだけ価値のある人なのかを、あなた自身が忘れないようにすることです」


 不意に、指先へ彼の手が重なった。


 強く握るわけでもない。ただ、逃がさないように、そっと包み込むだけ。


「イザベラ嬢。あなたを『気味が悪い』と言った人間が、後になってどれほど後悔したとしても、私は知ったことではありません」


「……」


「私が欲しいのは、あなたが過去を振り返って悔やむことではなく、これから先も好きなだけ研究を続けて、嬉しいときには笑っている姿です」


 その言葉に、胸がいっぱいになる。


「……本当に、欲張りな方ですわね」


「ええ。あなたに関してだけは、そのつもりです」


 思わず笑ってしまった。


 かつて、わたしの知識を「不気味だ」と笑った人は、今になってその価値を知り、花束を抱えて戻ってきた。


 けれど、わたしの研究がまだ誰にも評価されなかった頃から、その価値を信じてくれた人は、今もこうして隣にいる。


 ――だからもう、過去を振り返る必要などない。


 わたしは重ねられた手を、今度はこちらからそっと握り返した。


「……それなら、これからもよろしくお願いいたしますわ。わたくしの、欲張りな共同研究者様」


「もちろんです。できれば、一生涯でお願いしたいところですが」


「まあ。それは研究契約書には書けない条件ですわよ?」


「では、別の契約書を用意しましょう」


 その意味を理解した瞬間、わたしの顔はますます熱くなった。


 ――その頃、王宮では。


「……なぜだ」


 誰もいない執務室で、ジェラルドは拳を握りしめていた。


 自分が手放した女性が、今や隣国から講演を依頼されるほどの学者になっている。


 しかも、その隣には、自分よりも彼女を理解し、大切にする男がいる。


 取り戻したいと思ったところで、もう遅い。


 それだけが、ジェラルドに突きつけられた現実だった。


「オーレリオ殿、援護感謝いたしますわ」


「事実を述べただけです」


 その言い回し、以前どこかで聞いた覚えがある気がした。


 数日後、また新たな来客があった。今度は正式な使者――隣国、ラーヴェンシュタイン王国からの手紙を携えていた。


「イザベラ・クロンヴェルト様。貴国の衛生学における研究成果、当国の医学会にて高く評価されております。つきましては、来月開催される国際学会にて、ご講演を賜りたく――」


「まあ、国際学会に、わたくしが?」


「はい。既に、隣国の複数の学者が、あなたの理論を用いた治療法を試験導入しております」


 思わず声が弾んだ。長年、誰にも理解されなかった研究が、ようやく正当な評価を受けている実感が湧いてくる。


「もちろん、お受けいたしますわ」


「イザベラ嬢」使者が退室した後、オーレリオが静かに口を開いた。「講演の準備、私も同行させていただいてよろしいですか」


「あら、オーレリオ殿が? 忙しいのでは?」


「あなたの研究より優先すべき仕事など、私にはありません」


 思いがけない直球の言葉に、思わず頬が熱くなった。


「そ、それは、随分と大胆な発言ですこと」


「事実を述べただけです」


「その言い回し、そろそろ癖になっておりますわよ」


 オーレリオは珍しく、少しだけ照れたように視線を逸らした。


「イザベラ嬢。講演が成功した暁には、一つお願いがあります」


「なんでしょう」


「今後の研究、正式な共同研究者として、私をそばに置いていただけませんか」


「あら、それは研究の話ですの? それとも――」


「両方です」


 その答えに、わたしは思わず吹き出してしまった。


「オーレリオ殿、随分と欲張りな申し出ですこと」


「あなたに感化されたようです」


 窓の外では、上下水道整備計画の第一期工事が、既に静かに始まっていた。かつて「気味が悪い」と嘲笑された知識が、今、国の未来を支えようとしている。


 ――そしてわたしの隣には、その全てを最初から信じてくれた人が、当たり前のように立っていた。


 数ヶ月後、国際学会での講演は大成功を収め、イザベラの理論は複数の国で正式に採用されることになる。だが、その裏でジェラルド元王太子が、まだ密かに未練を燻らせていたことを、彼女はまだ知らない。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


 もし少しでもスカッとしたり、ニヤッとしたりしていただけましたら、評価ポイントとブックマークをいただけると、次の話を書く一番の励みになります!


 感想コメントもお待ちしております!

 

 まだまだ書きたいことがございますので、よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!


 それでは、また次のお話でお会いしましょう!

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