ART1: 未完のキャンバス
魔導美術マギュラート
Magurart
世界遺産と世界アート擬人化
ゴッズレガシー
世界の美は魔法になる。
美は世界を守れる。
エントロピーVS魔法アート
雲と月がうっすらと浮かぶ真夜中のこと…。
突然、窓ガラスと空に、同時にひらめく亀裂が走り、ガシャーンと音を立てて引き裂かれた。ボロボロのアーティストレジデンススペース、アトリエ住居がさらに みすぼらしくなった。
その直後だ。バルセロナの夜空に一本の細い灰色の線が現れた。ありえないほど真っ直ぐに。そして、それは広がっていったかと思うと…
街の街灯が明滅しては消えていく。
星々が次々と消えていく。
次に月が消える。
そして周囲のあらゆる色が消えた。
赤が灰色に溶け込み、青が灰色に洗い流され、緑が灰へと褪せていく。
まるで何者かが巨大な乾いたパンを消しゴム代わりに途方もなく大きなキャンバスで拭うように…。
一体何が起こってるの?
しがないレジデントアーティス、ミララロロアは大慌てで自分の荷物をまとめ、住居の外へ走りと出た。荷物と言ってもほとんど何もない、バックひとつで完了だ。
おっと…!
周囲の建物がおもちゃのように崩れていく。
いや、建物は崩壊したのではない。無効化されていった?
石はその輪郭を失い、金属は自分が金属であることを忘れたみたい。舗装の破片が空中に浮き上がり、灰色の塵となって、街の上空で広がり続ける亀裂の中へと吸い込まれていった。
町の人々も大混乱で悲鳴を上げ、逃げ惑っている。
一体何が起こってるの?
ミララロロアはめったにお目にかかれない光景にあっけに取られ、逃げるのを忘れてしまっている。
崩れゆく広場の中央に、彼女はひとり立っていた。混沌とした風の中、長く極彩色の髪が、絵の具のように流れている。
その自然の絵の具のような髪の色はまさに今、目の前で崩壊しようとしている世界で生き残るはずのない色たちだった。
ミララロロアは再び 夜空を見上げた。
何かが通り抜けてこようとしている気配がする。
何かいる なんかいる…
いた!
顔はないが、そのうごめく不定形の質量の上に、何千もの、涙を流すようなノイズまみれのマーブルのような物体がちりばめられている。骨格はないが、虚無の中から巨大で禍々しい四肢が展開され、純粋な腐敗のオーラを放っていた。
ミララロロアは首をかしげ、その鮮やかな瞳を細めた。
「―醜く…。」
灰色の不定形怪物が彼女めがけ、乱雑な動きで襲いかかってくる!
ヴォッ!
彼女の姿はすでにそこにはなかった。マスター・ダンサーのように優雅で淀みのない身のこなしで、彼女はサイドステップでかわしていた。
怪物の直撃を受けた足元の舗装は、一瞬で粉末と化していた。
彼女は、ミララロロアは剣を抜かなかった。その代わりに片手を掲げ、何もない空中にきれいな線を引いた。
絶対的な、眩いほどの白い空間の長方形がそこに築かれた。
「タブラ・ラーサ(白紙の状態)」。無限の可能性を秘めた空白のキャンバス・フィールド。
彼女はその中に手を伸ばし、白いキャンバスの中から重工業用のガスバーナーを引き出した。その金属製のボディは複雑な建築の設計図が鈍く光っている。
怪物は動きを止めた。突如として放たれた、高密度で構造化されたデータの急激な高まりを感じ取ったからだ。
ミララロロアはガスのバルブをひねった。
カチッ。
ノズルの先端に、小さく鋭い青い炎が灯った。
そのほんの一瞬、彼女の周囲の空気が透明な数学的グリッドへと破砕された――放物線、黄金比、石材の密度指数、カタロニアの鉄工職人や彫刻家たちの正確な人数、そして一世紀に及ぶ人間の汗、名前、未完の夢の数々。
《魔法美術最適化。》
ミララロロアは微笑んだ。その眼差しは鋭く、創造的な闘志に満ちていた。
「見つけたわ!」
彼女はトリガーを引いた。
――フォオオオオオムッ!
轟音を立てる鮮烈なサファイアブルーの炎の壁が、広場全体に爆発的に広がった。
エントロピーだ!
無秩序な灰色の魔物の正体!
灰かぶりの魔獣は悲鳴を上げ、ルビ 色のガスバーナーの炎の中へとうねりながら突進した。
だが、燃え尽きるどころか、その混沌とした魔獣の肉体は人間のデザインの厳格な法則と衝突し焼け焦がされるの拒んでいる。
ミララロロアは今週の力で ガスバーナーに自らのエネルギーを注いだ。すると虹彩色の炎が生まれ、それに触れた瞬間、怪物の物理法則が狂い始めた。触手は石造りの柱へと硬化し、目は複雑なステンドグラスの窓へと平たくなり、ノイズは幾何学模様へと変換されていった。
ミララロロアの背後で、大地が震えた。
幾何学の中で鍛造された石化した巨木のように、ねじれた巨大な柱が空を突き破りそびえ立つ。
その直後、舗装路から息が乱れるほど不可能な造形の建築の森が噴き出した。
ステンドグラスが花開き、赤、ゴールド、エメラルドの圧倒的な光の洪水へと屈折させた。
何と、災害の中心に圧倒を象徴したかのようなサグラダ・ファミリアが出現したのだ。
それは人間の想像力から生まれ、決して成長をやめることのなかった大聖堂だった。
聖なる幾何学の格子に囚われた灰色の怪物はその中で悲壮ににもがいている。
ミララロロアは冷静にガスのバルブを閉じ、絶対的な落ち着きをまとって一歩前へ踏み出した。
轟音を立てる炎の中で、彼女の声が響いた。
「¡Hola! ¡Hola! ¡Hola!
オラオラオラー!
エントロピーはすべてを乱雑な無にしたがる!」
彼女はガスバーナーの炎でとある呪文を描いた。
「でも、人間っていうのさ…………幼き頃の破壊衝動にさよならを告げるのが昔から大の苦手なのよ。でもね、強く賢くなればなるほど、新しい美しいルールを作ってく生き物でもあるの。」
彼女は怪物の中心を、再び 灯した炎でスライスした。
その胴体の中央に、完璧な幾何学ラインが走った。
一瞬、世界が完全に静まり返った。
――バキッ!
怪物が粉々に砕け散った。
血ではなく、灰でもなく。
夜空の星のようにきらめく何十億もの小さな光の粒となって、大聖堂の尖塔を囲むように舞い上がった。
ミララロロアはガスバーナーのスイッチを完全に切ると、それが白いキャンバスの中へと消えていくのに任せた。
宗教も文化もカオスをも超えた大聖堂。その場に堂々と居座り、深い夜闇の中でやわらく厳かに太陽の光に合わせ輝く。その瞬間、広場は命を吹き込む光と構造の傑作となっていた。
だが次の瞬間、ミララロロアは見上げた。
彼女の笑みが消えた。
空に最初に走った亀裂は、攻撃などではなかったと気づいたからだ。
あれは、ただの「扉」にすぎなかったの?
大聖堂の尖塔のはるか上空で、夜空のすべてがほどけ始め、灰色の向こう側に広がる、測り知れない無限の深淵が露わになっていた。
ミララロロアは再びゆっくりとタブラ・ラーサを開いた。暗闇の中で何者かの想像を破壊しそうなほどの巨大な気配がうごめく中、彼女の極彩色の髪が眩いばかりの光を放ち始めた。
「せっかく勝利のパエリアを食べようと思ってたのに……最悪ね」
彼女は呟き、その瞳を夜空の水平線に見据えた。
「ポコアポコ…上等よ。もっと美しいものを作ってあげる!」
そして、深い夜の空はさらに大きく開いていく…。
灰は成層圏で停滞し、翌朝、いつもと同じ太陽が昇ることはなかった。
色と光と自由の美を取り戻す 戦いが今始まった…。
タブラ・ラーサ(Tabula rasa)
アリストテレス、約2,300年前の古代ギリシャの哲学者が、人間の心は生まれたときには何も書かれていない「板」のようなもので、経験を通して知識が刻まれると考えました。後世、この「白紙の板」という考えをラテン語で表した言葉。
サグラダファミリア
1882年に始まる。スペイン代表の建築家、自然と数学を建築という芸術に変えた人、アントニ・ガウディ(1852–1926)が夢を描き、戦争で設計を失い、それでも人々が受け継ぎ、140年以上をかけて今なお成長し続ける――「未完」そのものが歴史となった聖堂。




