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第六話



ゴロゴロと雷が遠くの方で鳴っている。

早く帰りたい気持ちもあったのだが、早苗はじっと自分の机の上にある携帯電話を見つめる。

それは自分が休み時間にみつけた物。

三時間目の休み時間か昼休みには取りに来ると思っていたが、

結局この電話は自分の手元にある。

ハァと小さく溜息を吐きその携帯電話の電源を入れた。


(……特に変わりなしか)


電源をつけても映っているのは白い画面。

クリアボタンを押しても通話ボタンを押しても、何も変化なし。

流石にメールを見るわけにもいかない。(むしろそこを押しても変化はないだろう)

再び溜息を吐き外を見た。

黒い雨雲が空を覆い木々が風で揺れている。


「あれ、谷口先生帰らないんですか?」

「え、ええ。もう帰りますよ」


他の先生に指摘され、仕方なく携帯電話を鞄の中に入れた。

もしかしたら誰かが電話をかけてくるかもしれない。

勝手に出てしまってはこの持ち主に咎められてしまうかもしれないが……。


(これは致し方ないことよ。ご家族の方だったら、明日その子に渡せばいいだけ)


そう、壊れているかもしれないが電源はつくのだ。

きっと誰かしらかけてくるだろう。

早苗は自分の中でそう思い込み職員室を出た。



早苗の家は学校を出て、そこから徒歩三十分。

バスにでも乗れば早く帰れるだろうが、生憎この天気のせいでバス停では生徒が行列になっていた。

なんて今日はついていないのだろうとつい嘆きたくなる。

だが嘆いている時間はない。

その間にもポツリポツリと顔に小さな水滴が落ちてきていた。

朝の天気予報では今日は晴天だと言っていたので傘は持ち合わせていなかったのだ。


「もう、なんなのよ今日は!」


ずぶ濡れになる前に家に帰らなくては。

早苗はできるだけ雨に濡れないように鞄を頭の上に乗せ自分のアパートへと急いだ。






ビチャビチャビチャビチャ






彼女の足音だけが響く。

最初こそ大通りに車が走っていたが、アパートに近づくにつれ車の数は減っていく。

雨は先ほどに比べると多少強くなっていた。

早く部屋に戻って暖かいコーヒーが飲みたい。


(あの角を曲がればすぐね)


息が上がる中、最後の角を曲がればすぐにアパートだ。

そう確信した早苗は小走りでその角を曲がる。




「あ、あれ……?」




目の前にはアパートがあるはずだった。

だが、早苗の前にはアパートの姿などなくどこまでも道だけが続いていた。

一瞬道を間違えたのかと考えた。


(そうよ、きっとこの雨で道を間違えただけ)


内心焦っていたが、それは間違いだと誤魔化した。

来た道を戻れば再び身に覚えのある道が広がる。

その間にも雨は徐々に強くなっていった。

軽く息を整え再びアパートの目印を探す前にコンビニに寄ることにした。


「えっと、確かさっきの道にあったわよね」


行き慣れた道だが、強い雨には視界も悪くなる。

早苗の服も水分をたくさん含み、なんだか少し重い鎧のようだ。


早く家に帰りたい。


だが、それよりも傘を手に入れたかった。

コンビニに向かう足取りは先ほどに比べれば遅い。

だがこれ以上雨には濡れたくない。その一心だった。





しかし、何故だろう。


歩いても 歩いても


さっきまであったコンビニがどこにもない。


それだけじゃない、ここは本当に私が知っている道なのだろうか?





どんなに歩いても、目的地は見つからない。

視界が悪いせいでどこか違う道を歩いているのだろうか?

それとも、自分は凄く歩いているつもりでも本当は全然進んではないのではないか?


(そんなわけない)


早苗が右足を出せば、バシャと水が跳ねる音がする。

早苗が左足を出せば、バシャと水が跳ねる音がする。

それを数回繰り返し前へと進む。


ほら、自分はちゃんと歩いているではないか


だが何故か周りの景色は変わらない。

だんだん違和感に気付いていく。

何故、周りの風景が変わらない? いやいや、視界が悪いだけだ。


(そうだ、コンビニがないのならどこかの家の傘を借りればいい)


そんな簡単な事に気づけないなんて、自分はきっと疲れているのだ。

軽く笑いすぐ横にある家のインターフォンを鳴らす。



だが、扉は開くことがなかった。

再度押すが結果は変わらない。

仕方ないと反対側の家のインターフォンを押す。


しかしやはり声は聞こえてこない。

時計を見たかったがこの雨だ。水に濡れて壊れてしまうかもしれない。

上を向けば先ほど見た雲よりも黒さを増し、夜だと気付かされる。


(もしかしたら、ご飯を作ってて気づかないのかも)


少々悪いと思ったがドアを直接叩く。


「あのー、すみません! どなたかいらっしゃいませんかー?」


だが早苗の声はむなしく雨に掻き消される。

となれば頼りになるのはこの扉を叩く音だけ。

今度は先ほどよりも強めに扉を叩く。


「あのー、どなたかいませんかー!?」


声も遠慮がちな声ではなく大きな声で言った。

雨に掻き消されては意味がない。

大きく扉を叩く音に負けないくらい、大きな声を出す。


ああ、手が痛い


でもこの雨の中歩く気力はあまりない


彼女は叩き続けた。

その手は赤みを増していくが、体が冷え切っていたため痛みは感じにくくなっている。



「あの、誰かいないんですか!!?」



半分泣きそうな声をあげると、ガチャリと扉が開き家の中が覗けるぐらいの隙間ができる。

ホッとしてその隙間に顔を覗かせれば、小さな子供がじっとこちらを見ていた。


「えっと、お母さんとかいるかな?」


優しく声をかけたつもりだが、子供は小さく首を振る。


「それじゃ、お家にいるのはあなただけなのかな」


今度はコクンと頷く。

この雨の中子供を一人置いてけぼりにするとはなんとも変な話だったが、

所詮は知らない家だ。

家庭事情に詮索するわけにもいかない。


「実はね、お姉さん傘がなくて困ってるの。それで、申し訳ないけれど傘を貸してほしいんだ。

 あ、ちゃんと明日には返しに来るから!」


目線を合わそうと前かがみになれば、その子供はちょっと考えた後ドアのチェーンを外した。

そして、小さく笑い早苗を中に入れたのだった。


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