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結論から言えば、少女はやはり共に行くことを拒んだ。
今回の誘いは地獄へ連れて行くためだけではなく、彼女があまりに憐れだったので助けてやりたいという気持ちが少なからずあったように思う。だが、あっさりと断られてしまった。
最も、拒むことこそ彼女らしさだと思い、悪い気はしなかった。
火刑台の周りでは群衆がその様子を伺っている。しかし人々の表情は、異端者を見るものとは違っているように思える。
聖女であると信じての悲しみ、若い少女が処刑されることへの憐れみ、どう判断したら良いか分からない戸惑い。
さまざまな思惑が絡み合う処刑が今、行われようとしている。
ルーファスはただぼうっと、何を想うでもなく、その様子を見ていた。
罪状と判決が読み上げられ、少女は火刑台の上に縛り付けられる。
「どうか十字架を」
少女の鈴のような声は、近くにいた修道士に向けられた。
彼らはすぐに十字架を用意し、彼女の前へと掲げる。一人の敵国の兵士もまた、彼女のために十字架を立てた。
やがて火が放たれると、少女の姿は煙に包まれ見えなくなっていく。
そしてその煙の中から、敬虔なる信徒として天に召された者の名が聞こえてきた。
何度か叫ばれたその声は次第に小さくなり、やがて消えた。
「ああ、なんてことだ。聖女を燃やしてしまったんだ!」
一人の死刑執行人が泣き崩れた。それを皮切りに、見ていた人々からも嗚咽が聞こえ始める。
彼女は、たしかに聖女だった。その事実を知っているのは天使たちを除けばルーファスただ一人だったが、それでも、民衆は彼女が聖女だったのだと認めたのである。
立ち会った神官たちですら悲し気な表情をする中、気に食わなそうにしている男が一人。今回の一連の裁判を担当した司教である。
彼が何故あのような表情をしているのか、ルーファスには見当がついている。
少女は聖女として、母国の王の戴冠を行った。つまり王は、彼女によってその信頼を得ていたのだ。
少女が実は異端だったことで王の信用を失墜させ、さらには泣き叫ぶ少女を前に少女一人救わないような王なのだと知らしめたかったに違いない。
しかし、死せる少女は泣き叫ぶどころか最後まで敬虔な信者であり続け、誰もが思わず涙を零してしまうほどの聖なる乙女であった。
それで予定が狂ったのだろう。
ルーファスは内心で、ざまあみろ、と思った。
愚かな人間がその愚かさゆえに、救われる道を自ら潰したのだ。
彼は死後、ルーファスもしくは他の堕天使や悪魔の手によって地獄の底へ連れ去られ、永遠の責め苦を受けることになるだろう。身から出た錆だ。
「せめて天で安らかに眠らんことを」
パトリックが横で祈りを捧げながら、そう呟く。彼の心はすっかり光一色である。
そこでふと、先日のミカエルの言葉を思い出した。
――人は時に間違えるが、正していける動物だ。
ミカエルは人間に期待をしているようだったが、ルーファスには人間への期待など一切ない。
けれど確かに、正していける動物なのだろう。パトリックが自らの信仰の力で澱みを払拭したように。
何百万、何千万、あるいは何十億という人間の中で、そういった稀有な存在は確かにいるのだ。
ルーファスは今日も明日も、人間を堕とし続ける。何を言われても、人間は神の御前に赴くに相応しくない存在であると信じているからだ。
天で暮らすなどもってのほかで、最も忌むべきことである。
だが。例えばその限りなく低い可能性に当たった時は、天での祝福を祈ってやるくらいは良いかもしれないと思った。
「貴方は堕ちないでくださいね」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、別に」
パトリックは少し純粋なだけの、普通の人間だ。彼はきっとどこかのタイミングで堕ちてしまうだろう。
そうすればルーファスにとってはまた一つ天地から穢れを排除できたことになるから、喜ばしいことだけれど。
すべてに裏切られ散った聖女のために祈る彼のその未来が、少しでも先になるようにと思わなくもなかった。
「さ、帰りましょ」
ルーファスはパトリックに声を掛け、未だ煙の昇る広場を後にする。
その顔には、微笑みが浮かんでいた。
~Fin~
※異端審問のやりとりは複数のサイトや本を参考とし、一部抜粋及び創作が含まれます。




