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異端審問 ー炎に包まれた聖女ー  作者: 北海 犬丸


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「彼女の魂は、責任をもって私が貰っていく」

「そうですか、ご自由に」

 突然現れたミカエルに、ルシフェルは驚かなかった。

 そんなことに構うほど、彼女の魂への興味が無くなっていたのだ。

「ルシフェル、人は時に間違えるが、正していける動物だ。不完全だからこそ、そうして己の正解を見つけ出せる」

「説教しに来たんですか、兄上。今はそんな気分じゃないので」

「ルシフェル、お前は我らが主に選ばれた魂がいる天を知らないだろう? 彼らはとても良い働きをして、楽園はもっと豊かになっているよ。お前にも見て欲しい」

「あいにく、僕は堕天した身ですから無理ですね」

「罪を償い、天に戻ってくるんだ」

 大天使は、どこまでいっても兄であり敬虔な使徒だった。真面目で、穢れを知らぬ存在。

 一度穢れた身は、その罪のすべてを雪ぐことはできないのだと知らないのだ。

 ミカエルの知らない、我が主と交わした会話がある。

 主はルシフェルの行いを大層悲しまれ、その心根を憐れまれ、どれほどの時が経とうとも決して許されぬと告げた。

 それと同時に、堕落した人々の管理を任せると言ってきたのだ。

 ルシフェルたち堕天使や悪魔が囁かなくても、人は勝手に堕ちていく。そのとき、地獄を管理する者がいないのは問題だ。

 そこでルシフェルに地獄の管理を任せることにしたのである。誰より人間を憎むルシフェルに、だ。

 これは永久に赦されぬ、拷問のような罰だった。

 しかし、その真実をミカエルに告げることはしない。

 ルシフェルは兄を敬愛していたし、こうしていつか再び天で手を取り合えると思ってくれているからこそ声を掛けているだろうから。

 もし真実を知れば、彼はこうして会いに来なくなってしまうかもしれない。彼が姿を見せなければ、ルシフェルには兄と言葉を交わす事もできないのだ。

 ミカエルの存在はとても煩わしく、それでいて、愛おしかった。

 ルシフェルはミカエルに向かって首を振った。

「いいえ、兄上。たとえ彼女のような稀有な存在が居るとしても、多くは愚かで穢れた、御前にはふさわしくない者ばかりです。僕は彼らを断罪する務めがあります」

「主はそれを望んでいない」

「たとえそうでも、僕はこれを務めとしています。現に、何があっても揺らがぬ、本当に光しか持たぬ者のみが天へ向かっているでしょう?」

「だが」

「兄上。今日はもう、終わりにしましょう。聖女は地獄へ堕ちると脅したようですが、実際は天へ昇るのでしょう」

 ルシフェルがそう告げると、ミカエルは眉間に皺を寄せた。

「その件だが、聖女はそのようなことは言っていないらしい」

「え?」

「彼女の言を否定しようと声を掛けようとしたが、彼女の心は閉ざされてしまっていたようだ」

「でも、僕も、他の悪魔たちも何もしていませんよ」

 聖女を偽って悪魔が声を掛けたならば、そしてそれを受け入れたならば、いくら聖女と言えど彼女の心には闇が生まれる。しかし、彼女の心に隙は無かった。

 可能性があるとすれば。

 ひとつの可能性に気づいたルシフェルは、じわじわと込み上げてくる笑いを耐えることが出来なくなった。

 それは彼女への憐れみから来るものだった。

「はは、そうか。なるほど」

「どうした?」

「兄上。どうか彼女を憐れんでやってください。彼女はね、最後の最後で、幻覚を見たんですよ! 彼女は罪の意識が深かった。だからきっと、自分自身で思い込んでしまった。神にすら愛される資格のない、地獄へ堕ちるべき人間だと!」

「では、自己暗示で幻覚を見たと?」

「ええ、おそらく。彼女はそれを聖女からの言葉だと信じたから、心は澱みも穢れもなかったのです!」

 自分をそこまで追い詰め、幻覚まで見てしまうほど、彼女の心はすり減っていたのだろう。

 何がきっかけだったのかは分からない。改悛か、あるいはもっと前からそうだったのか。

 いずれにせよ、たった二十年と少ししか生きていない少女にとって、冷たい牢獄の日々は辛く苦しいものだったのだ。

 何にせよ、このままでは彼女は天へはいけない。天は確かに穢れが無い者を連れて行くが、自ら死を選ぶ者は除外されてしまうから。

 今回のような事例とて結局は自殺行為なので、このままでは天へ行くことは難しいだろう。

 しかしそれはどうにも不憫だと、さすがのルシフェルも思わざるを得なかった。

 この街に来て以降、彼女の真の信仰を目の当たりにし続けたのは、他でもないルシフェルだ。そしてそのルシフェルが、せっかく天へ行く未来を見届けようと思っていたのに、このようにして天へ行くのが阻まれるのは歓迎できない。

 堕ちたといえども。ルシフェルもまた天使なのである。

「兄上、彼女を助けたいのなら、彼女に死ぬように命じてください」

「私の言葉は主の言葉である。主は彼女に死ぬようには命じていない」

「では僕が、彼女に命じましょう。僕の手を取って生きろと。彼女が拒めば、それは信仰に従って殉教したことにできるでしょう」

「……お前は、それでいいのか?」

「ええ、まあ。僕としては最後のチャンスですからね。その代わり、彼女が拒んだ暁にはせいぜい天にでも御前にでも連れて行ってください」

「分かった」

 ミカエルは強く頷いて、その場を去った。

 彼女がやってきてからおよそ一年。ようやく、彼女はこの呪縛と否定の日々から解放されることになる。



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