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異端審問 ー炎に包まれた聖女ー  作者: 北海 犬丸


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 何度目かになる審問が、今日も開催された。

 彼女を即刻処刑台へと送らないのは、おそらく彼女が真にお告げを受けた聖女であるという声が根強いことと、彼女が異端であると分からせることで、彼女が戴冠させた王を貶めるためだろう。

 長引けば長引くほど、ルーファスにとっては好機だった。

 彼女は未だ光輝いていて、一点の曇りもない。何度か声を掛けたが、それでも闇が生まれることは無かった。

 このまま死んでしまっては、サリエルが魂を天へと運んで行ってしまうに違いない。

 堕天使ルシフェルとしての力を持つルーファスがサリエルと戦うことは不可能ではないが、サリエルは罪を犯した天使を堕とす裁きの天使の側面も持っているから、堕天した身としては少々相性が悪かった。

 なによりサリエルは死と裁きを司る関係で片足を地の底に突っ込んでいて、地獄の底へ逃げたところで追って来れるので、喧嘩は避けたい。

 そのためには少女自身が闇を生み出さなければ難しい。

 ルーファスは隙を伺うように少女を見た。

 目に見えて衰弱しているのに、それでも彼女の瞳は希望を失わず、しっかりと副司教を捉えている。

 副司教が問うた。

「申命記第二十二章には『女は男の服を着てはならない。男は女の服を着てはならない。あなたの神、主はそのようなことをする者を忌み嫌われるからだ』とある。お前は牢にいるときでも男の服を着ている。牢の中では必要が無いはずだ。これについては?」

「私は神から遣わされ使命を果たした時、女の服を着るでしょう」

「では、男の服を着ることが善い行いだと思っているのか?」

「我が主に従います」

 男の恰好は彼女にとって、自身の正当性を示す一つの道なのだろう、と思った。

 しかしミカエルが服装について言及しているとは思えず、おそらく彼女が自らを守るために着用しているか、あるいは周りにそう望まれたかのどちらかだろう。

 それを指摘するのは簡単だったが、ルーファスは愚かな人間に手を貸すのも嫌だったので、そのようなことはしなかった。

 ルーファスは今回の件で、一度も神官たちや神学者たち、あるいは一般の人間に至るまで、一切力を使っていない。

 なぜならルーファスにとっては、彼らもまた地獄へと堕とすべき人間だからだ。

 風向きがあの聖女を守りそうならば力を使うことも厭わないが、それはないだろう。

 ならば、放っておいても地獄へ落ちるだろう愚かな人間に干渉するなどしたくもなかった。

 さて、少女は一貫して、神の御心に従っていて、神も聖女達も冒涜していないと答えている。

 それはたしかに事実なのに、彼女を信じる者はこの部屋にはいない。

 憐れだ。天使たちが関わりさえしなければ、彼女はこうして同じ質問を何度もされ、否定され続けるようなことはなかったのに。

 不幸を天使のせいにしても良いのに、彼女はそれをしない。強い心を持っているのだろうが、ルーファスはそこが気に食わない。

 ああ、本当に。早く闇を見せてしまえば、楽になれるのに。

「もしお前が『我唯一の聖なる公教会を信ず』という心情を信じないというならば、お前は異端者として判決を受け、火刑となるだろう。それでも良いのか?」

「たとえ火刑台を前にしても私の答えは変わりませんし、異なったことはいたしません」

 少女は凛とした声で、はっきりとそう告げた。

 神官たちはくすくすと笑い声を立てる。虚勢を張っていると思っているのだろう。

 だが、彼女の言葉は本物だろう。彼女は天使により天を約束されているはずだし、何より火刑台に上るのもまた神の御心なのだと思っているらしいから。

 彼女はどうやら、どこまでも敬虔な信者のようだった。

 それはまるでかつて天に居た頃の穢れを知らぬ自分のようで、ルーファスは苦虫を噛み潰したような表情をする。

「人間は愚かで穢れた存在でなきゃいけないってのに」

「? 何か言ったか?」

「ああいや、独り言です。すみません」

 隣に座るパトリックが眼鏡を神経質そうに上げてきたので、慌てて首を横に振る。

 彼はあの日以来、何故か隣に陣取っている。神学者の立場であるルーファスとは座るべき場所が違うというのに。

 しかし彼の空気は不思議と居心地が悪くないので、別段文句がある訳でもない。

 ルーファスは堕ちたと言えど天使なので、清浄な気を放つ人物は悪くなかった。

 彼と親しくなればゆっくりと堕落させていくことも可能だろうと考え、隣に座ることを許している。

 パトリックは確かに内に光を持ち清浄な気を放つ存在だが、やはり人間で、あの少女とは全く異なる光を持つ。

 天使に守られた聖女の放つ光は、使徒の印により天の国に近くなっているのだ。

 そのうえ、あの揺らぐことの無い信仰心。彼女ならば神のもとへ行っても良いのではと思わせるほど、気高い魂だった。

 だからこそ、引き摺り堕とし甲斐があるとも言える。彼女ほどの存在も穢れるのだと分かれば、主も兄も天使たちも分かってくれるかもしれない。

「被告よ」

 進行を副司教にさせていた司教が、少女に向かって口を開いた。

「我らの忠告や慈愛に満ちた勧告を十分に考慮し、そなたの考えを放棄するのだ」

「……反省するために、いったいどのくらいの時間をくださるというのですか?」

「即刻反省し、我らが望むことを答えるように」

 司教の言葉に、少女は応えなかった。そしてそれは、今日の審問の終わりの合図でもあった。

 司教は退席し、少女が部屋から牢獄へと連れ戻されていく。

 ルーファスがその後を追っていこうとすると、パトリックがルーファスに呼び掛けて制止した。

「どうかされましたか、神官様」

「ルーファス。君はあの少女をどう思う?」

「僕の意見なんて何の参考にもならないでしょ。どうしたんですか? 突然」

「参考になるかは私が決める。ともかく、教えてくれ」

「そうですねぇ。僕が思うに、あの女は嘘を吐いていますよ。もしその女が聞いた声を神だと信じていたとしても、それは悪魔の囁きでしょう。そして神の威光を使い、みだりに民衆を惑わしたんです」

「だが、実際に彼女がいたことで戦況は大きく変わった。本当に声を聴いたんじゃないか?」

 パトリックは公平だ。それは、彼の心が光を湛えていることからも分かる。

 つまり客観的に見れば、彼女はやはり聖女にふさわしく見えるということか。

 もっとも、そもそもこの異端審問自体が歪なので、彼女が聖女であるかどうかより教会への不信感を募らせているのかもしれないが。

 しかし残念ながら、彼に同調してやる義理は無い。

 むしろ彼にあの少女を疑わせることで、神の光を疑ったという罪で闇を生み出すことが出来るから、その方が都合がよかった。

「偶然でしょう。あるいは彼女が本当に神からの遣いだと信じたことで士気が上がり、結果的に勝利へと導かれたんです。ああ、悪魔と契約して勝利へ導かせたのかもしれませんね」

「……君はどうしても彼女を魔女にしたいんだな」

「僕にはあの女が魔女にしか見えませんから。でもね、もしあの子が本当に聖女なら、きっと神は彼女を救ってくださると思いますよ。もし救われないのなら、やっぱり魔女だったのでしょう」

「……そうか」

 納得していないままパトリックは頷いて、そのままルーファスの前を立ち去った。

 彼の光に澱みは無いから、あの少女を疑っているということは無さそうだ。

 あの光が歪む瞬間を想像して、ルーファスはひっそりと笑みを浮かべた。


「こんにちは」

 窓からの光がほとんど射さない牢獄の塔で、ルーファスは人好きのする笑みを浮かべて少女を見た。

 少女は面倒臭いとでも言うように、視線だけで彼を見る。

 今しがたまで祈っていたのだろう。彼女は床に座り、手を組んでいた。

「また来たんですね。お暇なようで」

「そんなかしこまらなくていいよ。僕と君との仲じゃない」

「貴方とは囚人と神学者以外の関係はありません。何を言われても、すでに答えていること以上の答えはありませんよ」

「ああ、あんな質問どうでもいいよ。僕は君に交渉しに来たんだ」

「交渉?」

 少女は、体の向きを扉へと向けた。ルーファスは勝手に扉を開けて中へ入っていたので、少女とそのまま向き合う形になる。

 男物の服を着た彼女には、審問会で見せた凛とした姿は無く、年相応の表情をしていた。

 疲れと牢獄の環境は彼女をやつれさせ、捕まった当初の若々しさと溌溂さは感じられない。

「あのね、神に祈っても無駄だよ。神はお前を見放した。せっかく導きに従って尽くしたのに、あっさり捨てられちゃったね」

「見捨てられてはいません。先程も声が私を励ましてくれました」

「励ますだけなら簡単だからね。天使は嘘を吐かないから、君を天には届けてくれるだろう。でもね、処刑の火から逃してはくれないよ」

「私は処刑を恐れてはいません。それが神のご意志なら、それで構いませんから」

「可哀想な子。天使たちがお前を助けないのは、それが神のご意思だからではなく、お前を助けるメリットがないからさ。逃がすにしても人々の意識を変えるにしても労力がいるからね。それなら、新しく使徒を見出すほうがずっと簡単だ」

「……あなたは、一体?」

 少女は怪訝な顔で、ルーファスにそう尋ねた。

 今までも彼女と何度か話をしたことはある。それは大抵、異端審問の後。

 わずかでも彼女の心に神への不信感を与えようと、神の声を疑わせるような言葉を掛けてきた。

 しかしルーファスはその時でも、今回のように直接的に天使を貶めるようなことはしなかった。

 理由は単純で、彼女の心が頑なに神と天使を信じていたからだ。

 けれど、今日の少女はいつもと様子が違っている。それが身に病を持っているからか、疲れているからかは分からない。

 ルーファスの力によって、天使たちがこの塔へ赴くことが出来ないようにしているので、以前よりも天使の声を聴くことが出来なくなっているはずだから、そのせいかもしれない。

 なんにせよ、ルーファスはその彼女の心のわずかな揺らぎを待っていた。

 だが客観的見れば、天使を直接否定するような言動は敬虔な信徒たる神学者がやるようなことではない。それゆえ、少女はルーファスを疑っているだった。

 疑われることはわかっていたけれど、ルーファスにとってそれは大きな問題ではない。

 ルーファスは口の端をスッと上げ、意地悪そうな表情になる。

「さてね。憐れな戦乙女。お前がもし僕と手を結ぶなら、ここから逃がしてあげるよ。僕は教会の者たちをどうとでもできるからさ。さ、どうする?」

 ルーファスの問いに、彼女は答えない。

 それは肯定ではないが、同時に否定でもなかった。

 以前の彼女ならばすぐに断っていただろうに、それほどまでに心が揺らいでいるらしい。

 もう一押し。しかし押しすぎてはダメだ。かえって彼女の心を神に近づけさせてしまいかねない。

「まだまだ時間はある。考えておいて」

 ルーファスは黙り込んだ少女を置いて、牢を出た。

 門番の男はそれを当たり前のように受け入れ、ルーファスを見送る。

 ルーファスが何をやっても、何を言っても、この街の人間は疑問に思わない。

 それはルーファス、もといルシフェルが人知を超えた存在であり、闇を抱えた人間にとっては『従うべき王』だからである。

 パトリックのように闇を持たない者には効かないが、彼のように心に闇を持たない人間などそういるはずもないので、基本的には操ろうとせずとも意のままにすることが出来る。

 そしてそのパトリックも、牢の中の聖女も、いつかは自らに従うようになるのだろう。

 自分を聖人だと信じている人間が堕落した時の絶望、そして神に仕えるべき者が己に跪く様は、ルシフェルにとって何よりの娯楽である。



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