2-1. 針のむしろの朝食(美玲視点)
一睡もできないまま朝を迎えた。鏡の中の私は、目の下が少し腫れている。
(……龍一さんに、あんなにひどく怒られるなんて)
「二度と弾くな」と言われたあの冷たい声。
私の存在そのものが彼の逆鱗に触れているのだと思うと、ダイニングへ向かう足取りは鉛のように重かった。
ダイニングの重厚な扉を開けると、そこには対照的な二つの世界があった。
「蘭瑤、昨夜はよく眠れたかい? このスープは君の口に合うと思うよ」
「まあ、ありがとうございます。あなた……」
テーブルの端では、新しい父と母が仲睦まじく見つめ合い、穏やかな空気を纏っている。
母が心から幸せそうに笑っているのを見て、私は自分の不安を飲み込んだ。
けれど、反対側に座る瑞さんと麒さんは、そんな二人を冷ややかな、あるいは心底うんざりしたような顔で見ている。
私が席に着こうとすると、案の定、刺すような視線が飛んできた。
「……おはようございます」
蚊の鳴くような声で挨拶をすると、麒さんが鼻で笑う。
「ふん、家族の朝食に顔を出すな。昨日、龍一兄に言われたことを忘れたのか?」
「……すみません」
居場所がなくて立ち尽くしていると、背後から冷徹な気配が迫った。
龍一さんだ。
昨夜の激情などなかったかのように、彼は隙のない完璧なスーツ姿で現れた。
彼は一瞥もくれずに私の横を通り過ぎると、給仕に短く告げた。
「……今日から、美玲の食事は私の隣に用意しろ」
その言葉に、私は心臓が止まるかと思った。
「え……?」
瑞さんも驚いたように手を止める。
「兄さん、なぜ? 彼女をあからさまに嫌っていたはずでは」
「監視が必要だからだ」
龍一さんは私の方を見ようともせず、淡々とコーヒーを口にする。
「この家の一員にする以上、お前の不審な行動を野放しにはできない。私の目の届く場所で、徹底的に管理する」
「……っ」
「管理」という言葉が胸に突き刺さる。
やっぱり、昨夜の琴の音がそれほどまでに不快だったんだ。
「さすが兄さん。それなら安心だ、徹底的に絞り上げてください」
瑞さんが意地悪く笑い、父と母は戸惑ったように顔を見合わせた。
「龍一、あまり美玲さんを怖がらせないでくれ。彼女はまだ学生なんだ」
父がたしなめるが、龍一さんは無機質な声で切り捨てた。
「父さんは黙っていてください。これは蒼家の秩序の問題です。……座れ」
逃げ出したい。けれど、逆らうことなど許されない。 震える足で、無理やり彼の隣の席に座る。 すぐ隣から漂う、冷たくも気高い白檀の香り。そして、肌が粟立つほどの圧倒的な威圧感。 私は指先一つ動かすことができなかった。
震える手で持ったスプーンが、お皿に当たってカチャン、と小さな音を立てる。 そのたびに、隣に座る「氷の皇帝」の視線が私の手元を射抜くような気がして、呼吸さえままならない。 結局、私は豪華な朝食の味を、何一つ感じることができなかった。




