1-3. 視界が染まる瞬間(美玲視点)
母が再婚すると聞いたとき、美玲の心に真っ先に浮かんだのは、喜びよりも母への心配だった。
女手一つで自分を育ててくれた母が、ようやく手にした幸せ。
相手が国内有数の財閥・蒼龍グループの会長だと知ったとき、美玲は戸惑いながらも、ある覚悟を決めた。
(――お母さんの幸せを、一番近くにいる私が願わずに誰が願うの)
美玲はまだ17歳。新しい環境や、初めて出会う「兄弟」とうまくやっていける自信は正直ない。
けれど、どんなに冷たくあしらわれても、金目当てだと蔑まれても、絶対に波風を立てるのだけはやめよう。
そう自分に言い聞かせた。
美玲には、不安なときに必ず触れるものがある。
それは、母の家系に代々伝わる家宝の「古琴」だった。
不思議なことに、美玲は誰に習わずとも、その弦に触れるだけでいくつもの美しい旋律を奏でることができた。母はいつもそれを不思議がっていたが、新しい父(会長)は以前その演奏を聴いた際、「本格的に稽古をすれば、すぐにでも賞を取れるだろう」と手放しで褒めてくれた。それが美玲には、何よりも嬉しかった。
車が豪華な蒼家の本邸に滑り込んだとき、窓の外には三人の男たちが並んでいた。
全員が息を呑むほどの美男子だが、放たれるオーラは氷のように冷淡だ。
特に、中央に立つ長男・龍一の存在感は圧倒的だった。彫刻のように整った横顔、感情を一切排した鋭い瞳。
その姿を見た瞬間、美玲の胸は、激しい既視感に襲われた。
(……なぜだろう、この人を知っている気がする)
理由のない懐かしさが、胸の奥をぎゅっと締め付ける。
母に続いて車を降り、震える足を叱咤してお辞儀をした。
母の教え通り、勇気を出してまっすぐに顔を上げる。
その瞬間だった。
龍一と視線がぶつかった。
(え……? なぜ、そんな顔をしているの?)
彼は雷に打たれたかのように硬直していた。
見開かれた黒い瞳には、怒り、悲しみ、そして狂おしいほどの情熱が混ざり合った激しい色が渦巻いている。
美玲の心臓が、耳障りなほど跳ねた。
まるで、千年の時を超えてこの瞬間を待っていたかのような、不思議な衝撃。
しかし、彼がその薄い唇を開いて放ったのは、逃げ出したくなるほど鋭い拒絶だった。
「……私の視界に入るな。不愉快だ」
凍りつくような冷たい声。
美玲は思わず息を呑んだ。
胸の奥に、過去から続くような鋭い痛みが走る。
(私、この人に……嫌われているんだ)
龍一に続くようにあからさまな不満を漏らす弟たち。
戸惑う母と新しい父。
美玲は深く頭を下げ、視線を床に落とした。
潤みそうになる瞳を必死で堪える。
「……失礼いたしました」
蚊の鳴くような声で答えるのが精一杯だった。
歓迎されないことは分かっていた。
けれど、なぜか彼にだけは、そんな風に言われたくなかった――。




