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3-9. 忍び寄る影

宴の熱気が残る会場のバルコニー。

屋内から漏れるワルツの調べとは裏腹に、そこには冷たい夜風だけが吹き抜けていた。

手すりに背を預け、陸 ルー・カイは紫煙を燻らせていた。

そこへ、会場の中から、招待客たちの興奮した話し声が漏れ聞こえてくる。

「……いやはや、今夜の主役は間違いなく彼女だったな」

「ああ。息を呑む美しさだった。」


苛立ちを隠しきれない態度でバルコニーに現れたのは、宋 玉婷ソン・ユーティンだ。

彼女は近くにあったサイドテーブルを蹴り飛ばさんばかりの勢いで現れ、手にした空のグラスを強く握った。

「……黙りなさいよ、見る目のない三流どもが……!」

肩で息をする彼女の美しい顔は、屈辱と激しい苛立ちで能面のように歪んでいた。

「荒れてるな、女王様」

陸凱は面白そうに笑い、夜空へ煙を吐き出した。

「笑い事ではありませんわ! お聞きになりまして!? 会場のどこに行っても、あの小娘の話ばかり……! 『今夜の華だ』『女神のようだ』ですって?」

玉婷は自分の深紅のドレスを悔しげに握りしめ、ヒステリックに叫んだ。

「この私が! 社交界の華であるこの宋玉婷が、あんな馬の骨とも知れないみすぼらしい女の『引き立て役』にされるなんて……! 常に称賛されるべきは私なのよ。今夜の主役も、龍一様の隣も、すべて私が座るべき場所だったはずなのに!」

自分が常に世界の中心でなければ気が済まない女王にとって、美玲に向けられた称賛の嵐は、大変な苦痛だったのだ。

「……だからこそ、チャンスなんだろ」

陸凱は手すりから体を起こし、ニヤリと口角を上げた。

「以前の龍一は『氷の要塞』だった。攻め込む隙間なんて1ミリもなかった。……だが今のあいつには、剥き出しの『心臓』がある」

陸凱の目が、獲物を狙う猛禽類のように鋭く光る。

「心臓を潰せば、どんな怪物だって死ぬ。……単純な理屈だろ?」

玉婷はハッとして息を呑んだ。

その瞳に宿る色が、単なる癇癪から、昏い共犯の熱へと変わり始める。

「……貴方の狙いは、蒼龍グループの崩壊」

「ああ。そしてアンタの狙いは、奪われた『主役の座』と龍一自身だろ?」

陸凱は新しいグラスを掲げ、悪魔の契約を持ちかけるように言った。

「あの小娘を排除すれば、龍一は壊れる。……精神的に追い詰められ、判断力を失った龍一を支えられるのは、幼馴染であり名門の娘であるアンタだけだ。そうすれば、世間の目は再び『健気な宋家の令嬢』であるアンタに注がれる」

「……ええ。そうですわね。傷ついた龍一様を癒やし、再びスポットライトを浴びるのは、私しかおりませんわ」

玉婷は扇子で口元を隠し、落ち着いて冷ややかな笑みを浮かべた。

利害は一致した。

「手を組みましょう、陸凱。……あの小娘に、身の程というものを教えて差し上げなくては」

「交渉成立だな」

カチン、とグラスが軽く合わされる音が、夜闇に小さく響いた。

美しい月夜の下、招かれざる二つの影が重なり合う。

その不吉な旋律は、幸せな眠りについた美玲たちの元へ、静かに、確実に忍び寄ろうとしていた。

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