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2-5. 氷の城への侵入(美玲視点)

夕食の席での、あの凍り付くような沈黙が頭から離れない。

龍一さんは食事を終えるなり、一言も発さずに自室へ戻ってしまった。麒さんは「龍一兄、また機嫌悪ぃな。気にすんなよ」なんて言っていたけれど、私はどうしても放っておけなかった。


(……このままじゃ、明日からの予習も気まずくて集中できない)


私は意を決して、三階にある龍一さんの部屋の前までやってきた。

重厚な黒い扉を前に、心臓がバクバクと鳴っている。深呼吸をして、そっとノックをした。


「……龍一さん。美玲です。お話があるんですけど」


数秒の沈黙のあと、中から「入れ」と低く短い声がした。

扉を開けると、そこは龍一さんらしい、無機質で洗練された広々とした部屋だった。

彼はデスクで何かの資料に目を通していたけれど、私が入ると手を止めてこちらを向いた。


「こんな遅くに、どうした」


スーツを脱ぎ、初めて見るラフな格好の彼。

いつもより少しだけ若く見える姿に、なんだかドキドキしてしまう。けれど、速くなる鼓動を隠すように目線を外し、私は単刀直入に尋ねた。


「今日の夕食の席でのこと……龍一さん、怒ってますよね?」

私の問いに、龍一さんの眉がわずかに動いた。

「怒ってなどいない」

「嘘です。食事の時、麒兄さんと私が話していると、すごく怖い顔をしていました。私、麒兄さんと本当の兄弟みたいに仲良くなれて嬉しかったのに。龍一さんは、それが嫌なんですか?」

「……麒、にいさん……?」

龍一さんが、信じられないものを見るような目で私を見た。

私が扉を背に半歩踏み出して訴えると、龍一さんはゆらりと立ち上がった。

彼が近づいてくるたびに、部屋に漂う白檀の香りが濃くなる。彼は私の目の前で足を止めると、逃げ道を塞ぐように背後の扉へドン、と手をついた。

「――っ!」

「……嫌か、だと?」

見下ろす瞳には、冷たい炎が燃えているようで息が止まりそうになる。

「お前は私の『管理下』にあると言ったはずだ。私が許可していない男と親しくすることは、この家の規律を乱す行為でしかない」

「でも、麒兄さんは弟さんで……本当の『家族』になろうとしてるだけなのに!」

「家族……」

龍一さんはその言葉を、忌々しそうに噛み締めた。

「そんな言葉で、私を納得させられると思っているのか。お前が誰彼構わず愛想を振りまくのは不快だ。ましてや私の目の前で、他の男に懐くなど……」

彼は言葉を切り、私を見つめる瞳をいっそう暗く沈ませた。

そして、私の耳元に顔を近づけると、低く囁いた。


「お前はまだ分かっていないようだな。私がどれほどの労力を割いて、お前をここに置いているか。お前が笑いかける相手も、頼る相手も、私一人でいい。……いいや、私一人でなければならないんだ」


その声は、命令というよりは、何かに追い詰められた者の悲鳴のように聞こえた。

ふと見ると、私を囲う彼の腕が微かに震えている。


「龍一、さん……?」


私は思わず彼の瞳を見つめ返し、シャツの袖をぎゅっと掴んだ。

龍一さんはハッとしたように目を見開くと、突き放すように私から距離を取った。

そのまま窓の外の夜景に目を向け、背中で語るように冷たく言い放つ。


「……これ以上、私を逆撫でするな。お前は私の目の届く範囲で、私だけを頼っていればいいんだ。もう戻れ」


冷たい言葉とは裏腹に、私に向けられた背中は、今にも折れてしまいそうなほど硬く強張っていた。

月明かりに照らされた彼の指先が、隠しきれない焦燥で微かに震えている。


(……どうして?)


私を支配しようとする、傲慢な言葉。

それなのに、なぜか私の目には、彼の方が何かに追い詰められ、必死に耐えているように見えてしまう。

「不愉快だ」と突き放す冷たい氷の奥で、彼の本当の心が、触れてはいけない熱を持って脈打っているような気がした。

理由のわからない苦しさが、指先の震えから伝わってくる。

それを見た瞬間、怖いはずの彼が、私にはどうしようもなく脆い存在に思えて――。

気づけば、私の胸の奥が、熱を帯びたようにチリリと痛んでいた。

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