彼たちと
聖女認定の儀が終わったあと、わたしは神官たちに囲まれながら控えの間へ戻された。
祝福の言葉。
形式的な笑顔。
決まりきった称賛。
(……息が詰まる)
誰もが「聖女」としてのわたしを見ている。
シエル・エヴァリスという個人ではなく、光の象徴として。
「少し、お一人になりたいのですが」
そう告げると、神官は一瞬だけ戸惑った顔をしたが、最終的には頷いた。
「中庭まででしたら」
――上出来。
わたしは静かに回廊を抜け、中庭へと続く扉を押し開けた。
外の空気は、ひんやりとしていて心地いい。
神殿特有の香りが薄れ、肺いっぱいに空気を吸い込める。
「……生き返る」
思わず口から本音がこぼれた。
白い石畳、低く刈り揃えられた草、控えめに咲く花々。
どれもが整然としているのに、神殿の中よりずっと自由に感じる。
「聖女が、ずいぶんと気楽な顔をしているな」
低い声が背後から聞こえ、肩が跳ねた。
振り向くと、そこにいたのは――黒髪の青年。
センター分けの短髪。
赤い瞳。
軍服姿。
(……大公)
カイエル・フォン・ルーヴェン。
儀式の場で、真っ向から「見極める」と言い放った人物。
「……お見苦しいところを」
「いや」
彼は短く答え、視線を中庭へ向けた。
「神殿の中より、ここにいる方が自然だ」
その言葉に、思わず彼を見る。
「神殿、お嫌いなんですか?」
「信用していない」
即答だった。
わたしは少しだけ笑ってしまう。
「正直ですね」
「取り繕う理由がない」
沈黙が落ちる。
でも、不思議と気まずくはなかった。
「……聖女って、自由じゃないんですね」
ぽつりと零すと、カイエルは一瞬だけこちらを見た。
「最初から、自由な存在ではない」
その言葉は、重かった。
わたしは腰まである金髪を指で弄びながら、空を見上げる。
「じゃあ、せめて心くらいは自由でいたいです」
「それは、難しい」
否定されると思った。
でも。
「……だが、悪くない」
そう付け加えられて、胸が少しだけ軽くなる。
その時、神官の呼ぶ声が遠くから聞こえた。
「……戻らないと」
「そうだな」
中庭を後にし、回廊へ戻る。
来た道のはずなのに、景色が似すぎていて、すぐに分からなくなった。
(……あれ?)
右に曲がって、左に曲がって。
しばらく歩いてから、気づく。
(迷った)
さすがに情けなくなって立ち止まっていると――
「聖女様?」
柔らかな声が響いた。
振り向くと、金髪碧眼の青年が立っていた。
穏やかな微笑み、気品ある立ち姿。
(……王族)
「第一王子、エリアス・ルミエールです」
やっぱり。
思わず背筋が伸びる。
「道に迷われましたか?」
「……はい」
正直に答えると、彼はくすりと笑った。
「神殿は複雑ですから。ご案内します」
歩きながら、王子は何気ない調子で言う。
「儀式、見事でした。
光が、とても澄んでいた」
「ありがとうございます」
褒め言葉が、やけに真っ直ぐだ。
「無理はなさらないでください。
聖女は、思っている以上に孤独な立場です」
その言葉に、胸がちくりとした。
ちょうど部屋の前に辿り着く。
「ここです」
「……ありがとうございました」
扉が閉まったあと、わたしは深く息を吐いた。
(第一王子、優しすぎる)
でも――。
中庭で向けられた、赤い瞳が脳裏をよぎる。
(カイエル様とは、全然違う)
誰が味方で、誰が敵か。
まだ分からない。
ただ一つ言えるのは。
この物語は、
わたしが知っている“悪役聖女”の話とは、
すでにズレ始めている。




