表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/134

第十四話:父親の作戦会議と、三つの欠陥

 パーティ・タカヒロ。

 俺が、ほとんど勢いで名乗ってしまった、俺たちのチーム名。その響きは、まだどこか気恥ずかしく、そして同時に、背筋が伸びるような責任感を俺に与えていた。


 その夜、俺たちはギルドから与えられた自室で、初めての本格的な作戦会議を開いていた。

 机の上に広げられているのは、ギルドマスターから借りた、ゴブリンの砦の粗末なスケッチと、討伐に失敗したパーティからの聞き取り調査をまとめた羊皮紙の報告書だ。れいかは、受付のお姉さんにもらった新しい画用紙に、夢中で花の絵を描いている。この部屋にいる限り、彼女は安全だ。だが、その安全を未来永劫のものにするためには、俺たちがこの任務を成功させなければならない。


「……なるほど。これは、ひどいな」


 報告書を読み終えたボルクさんが、唸るような声を上げた。


「落とし穴に、吊り下げた丸太。壁の上からの弓矢と投石。完全に、人間の城攻めの手口だ。ゴブリンが、独力でこれを考え付くとは到底思えん。やはり、背後で糸を引いている奴がいると見るべきだ」

「はい。問題は、その『誰か』が、どこまで奴らに知識を授けているか、です」


 エリアナが、真剣な表情でスケッチを指さす。


「この砦、魔法への対策も的確です。討伐隊の魔法使いが炎の魔法を使えば、すぐに水で消される。土の魔法で壁を崩そうとすれば、的を絞らせないように、こちらも魔法で攪乱してくる、とあります。相手にも、魔法を操る個体がいる。それも、かなり手慣れた…」


 二人の分析は、戦士と魔法使いとしての、正攻法のアプローチだ。だが、俺が見ていたのは、そこではなかった。

 俺の目は、砦の壁の積み方、やぐらの柱の角度、そして、それが建てられている地面そのものに向けられていた。

 俺の脳内で、ユニークスキル【構造解析】が、静かに、しかし確実に起動する。目の前の粗末なスケッチが、半透明のワイヤーフレームと、応力計算のデータに変換されていく。


(……ダメだ。情報が、足りなすぎる)


 スケッチだけでは、精密な「診断」はできない。だが、それでも、いくつかの致命的な「欠陥」が、赤い警告となって俺の頭の中に浮かび上がっていた。


「二人とも、少し見方を変えましょう」


 俺は、ペンを手に取ると、スケッチの上に、直接、三つの大きなバツ印を書き込んだ。


「俺たちは、ゴブリンの軍隊と戦うのではありません。俺たちの本当の敵は、この『砦』そのものです。そして、この砦は、素人が見様見真似で建てた、違法建築だ。つまり、見た目は頑丈そうでも、構造的には、三つの致命的な弱点を抱えています」


「弱点、だと…?」


 ボルクさんが、眉をひそめる。


「一つ目は、見張り台です」


 俺は、一番高いやぐらを指さした。


「敵の司令塔であり、警戒の要。だが、見てください。この柱の組み方。負荷が、一点に集中しすぎている。おそらく、地面にまともな基礎工事もしていない。エリアナさんの精密な魔法で、この柱の根元、一点だけを破壊すれば、このやぐらは、自重に耐えきれずに、内側に向かって崩壊するはずです」

「……! 狙撃、ですね!」


 エリアナの目に、強い光が宿る。


「二つ目は、壁そのもの。石と丸太を泥で固めただけの、粗末な壁だ。だが、やみくもに攻撃しても、上の連中からの反撃を食らうだけ。ですが…」


 俺は、報告書の一文を指さした。「砦の近くには、小さな川が流れている」。


「この砦、おそらく、地盤が緩い。そして、この壁には、水を抜くための『排水口』がない。もし、川の水を、砦の壁の根元に、集中的に流し込むことができたら…?」

「……なるほど。壁の泥が、水を含んで脆くなる。そこを、俺の全力の一撃で叩けば…」


 ボルクさんの口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。


「そして、三つ目。これが、一番重要です」


 俺は、砦の唯一の出入り口である、巨大な木の門を指さした。


「ゴブリンの知性では、まともな『かんぬき』は作れない。この門は、おそらく、内側から、巨大な丸太か何かを、つっかえ棒にして塞いでいるだけのはずです。つまり、外側からの力には強いが、内側からの力には、極端に脆い」


 俺は、三つのバツ印を、一本の線で繋いだ。


「作戦は、三段階。

 まず、俺とボルクさんで、川の流れを変え、壁を弱らせる。

 次に、エリアナが、遠距離から見張り台を破壊。敵の目と指揮系統を潰す。

 敵が混乱した隙に、ボルクさんが弱った壁を破壊し、内部へ突入。俺がその援護をする。

 そして、最後に、砦の中から、俺が、あの門のつっかえ棒を、外す」


 俺の計画に、二人は息をのんだ。


「……貴弘。それはつまり、俺たちが砦の中で孤立している間に、お前が一人で、門を開けに行く、ということか?」

「ええ。そのための『準備』も、してありますから」


 俺は、ギルドの工房から借りてきた、小さな道具袋を見せた。中には、金槌、鉄のてこ、そして、滑車と丈夫な麻縄が入っている。

 門をこじ開けるんじゃない。てこの原理と、滑車の知識を使って、最小限の力で、内側のつっかえ棒を「ずらす」のだ。


「……ぶはっ。本当に、お前の頭の中は、どうなってやがるんだ」


 ボルクさんは、呆れきったように、だが、その目には絶対的な信頼を浮かべて笑った。


 ◇


 翌日。俺たちは、出発の準備を整えていた。

 俺は、部屋で待つれいかの前に、しゃがみこんだ。


「パパ、今から、ちょっと遠くまでお仕事に行ってくる。二日、いや、三日くらい、帰れないかもしれない」

「……さみしい」


 れいかが、目に涙をためて、俺の服の袖を掴む。その小さな手を、俺は優しく握りしめた。


「ああ、パパも寂しいよ。だから、れいかに、宿題だ」


 俺は、新しい画用紙と、街で買ったばかりの色鉛筆を、彼女に手渡した。


「パパが帰ってくるまでに、この街で、れいかが一番好きだなって思ったものの絵を描いて、パパに見せてくれないか? 受付のお姉さんの絵でもいいし、食堂のシチューの絵でもいい」

「……うん、わかった」

「よし、約束だぞ。いい子で待ってるんだ。必ず、帰ってくるからな」


 俺は、娘の小さな頭を一度だけ撫でると、意を決して立ち上がった。

 扉の向こうでは、ボルクさんとエリアナが、静かに俺を待っている。


 俺は、振り返らずに、部屋を出た。

 俺たちの、本当の意味での「初陣」が、今、始まろうとしていた。

 それは、ただの父親が、仲間と、そして守るべき日常のために、自ら戦場へと歩き出す、決意の物語だった。

もし、少しでも「この親子の行く末が気になる」「続きを読んでみたい」と思っていただけましたら、ぜひ物語のブックマークや、ページ下の【☆☆☆☆☆】での評価をいただけると、本当に、本当に執筆の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ