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第十二話:父親の初陣と、三つの歯車

 俺たちの奇妙なパーティが結成されてから、一週間が経った。

 ギルドの裏にある訓練場では、新しい、そしてどこか微笑ましい日常が生まれていた。


「師匠! 今のはどうでしたか!? ちゃんと、足の親指で地面を掴むように意識したのですが…!」

「ああ、いいぞ、エリアナ! 安定してる! 魔法を撃った後、ほんの少しだけ体幹がブレる癖があるが、前とは比べ物にならない。だが、撃ち終えた後も油断するな。現場では、次の一撃がすぐに来るかもしれんのだからな!」


 俺のアドバイスに、エリアナが「はいっ!」と元気よく返事をする。その表情は、一週間前、ギルドの隅で俯いていた少女とは、まるで別人だった。自信という光が、彼女の瞳を輝かせている。

 その横では、ボルクさんが俺に木剣を打ち込みながら、呆れたように、だがどこか楽しそうに叫んでいた。


「貴弘! てめえは魔法使いの師匠か! 自分の訓練に集中しろ! 敵は、お前の説教が終わるのを待ってくれねえぞ!」

「すみません! でも、つい職業病で…! うおっ!?」


 俺は、ボルクさんの鋭い一撃を、訓練の末に使えるようになったスキル【絶対防御】で防ぐ。光の壁は火花を散らして木剣を弾いた。

「ほら見ろ! またその変な壁に頼りやがって! 自分の腕で受けきれんようになったら、お前は終わりだぞ!」

「わ、分かってますって!」


 俺はカウンターの一撃を狙うが、ボルクさんは軽々とそれをいなす。

 ボルクさんの圧倒的な剣技、エリアナの精密になっていく魔法、そして、俺の「診断」と、いざという時の「盾」。

 バラバラだった三つの歯車が、少しずつ、だが確かに噛み合い始めているのを、俺は肌で感じていた。


 そんなある日のこと。

 俺たちは、ギルドの依頼掲示板の前に立っていた。

 初めての、三人での依頼クエストを受けるためだ。


「……私、本当に、大丈夫でしょうか」


 エリアナが、不安そうに呟く。

 ギルドの他の冒険者たちからの、好奇の視線が痛い。「あの暴発娘が、本当に大丈夫なのか?」という声が、ひそひそと聞こえてくる。その度に、彼女の肩が小さく震えた。


「大丈夫だ」


 俺とボルクさんの声が、きれいに重なった。

 俺たちは顔を見合わせて、少し笑う。


「お前の魔法は、もう暴発しねえ。俺たちが保証する」とボルクさんが、ぶっきらぼうに、だが力強く言う。

「君の力が必要なんだ、エリアナ。俺とボルクさんだけじゃ、できない仕事がある」と俺が、彼女の目を見て、はっきりと告げる。


 その言葉に、エリアナはきゅっと唇を結び、顔を上げた。その瞳には、もう迷いはなかった。

 俺たちは、一枚の依頼書を剥がした。


『旧採石場の魔物調査および、周辺の安全確保』


 鉱山の調査をやり遂げた俺たちの実績を買われて、ギルドマスターが推薦してくれた仕事だった。「お前らの、そのふざけたやり方には、ちょうどいい仕事だろ」と、彼はニヤリと笑っていた。


 ◇


 旧採石場は、巨大な岩壁が、まるで巨人の歯形のように抉られた、不気味な場所だった。

 一歩足を踏み入れると、ボルクさんがすぐに剣を抜き、低い声で言った。


「……静かすぎる。風の音しかしねえ。何かいるな。それも、かなりの数が」


 俺は、剣よりも先に、この場所全体を「診断」していた。

 長年の経験が、この採石場の構造的な危険性を、肌で感じさせていた。


「ボルクさん、エリアナ! 大きな音は立てないでください! 特に、魔法は絶対ダメだ! この岩盤、見た目よりずっと脆い。あちこちに、見えない亀裂が走ってる」


 俺の言葉に、二人が緊張した面持ちで頷く。

 その時だった。


 カサカサ…カサカササ…


 岩壁のあちこちから、何かが硬い地面を這うような、無数の音が聞こえる。

 次の瞬間、岩と同じ保護色をした、巨大なトカゲのような魔物が、十数匹、いや、二十匹以上、壁のあちこちから姿を現した。


「ロックリザードか! 厄介だぞ、こいつらは! 壁や天井を自在に這い回る上に、群れで襲ってくる!」


 ボルクさんが叫ぶ。

 ロックリザードたちは、甲高い鳴き声を上げながら、壁や天井を自在に這い回り、こちらに襲いかかってくる。ボルクさんが剣で応戦するが、敵は素早く、三次元的に動き回るため、的を絞らせてくれない。時折、天井から飛びかかってくる個体もいて、それを避けるだけで精一杯のようだった。


「師匠! 私が!」


 エリアナが杖を構える。彼女の手のひらには、すでに安定した炎の矢が形成されていた。

 だが、俺はそれを手で制した。


「ダメだ! ここで爆発系の魔法を使えば、俺たちごと生き埋めになる! 君の精密な魔法でも、これだけの数を相手にするのは無理だ!」

「で、でも、このままじゃボルクさんが…!」


 エリアナの言う通りだった。このままでは、ボルクさんが消耗し、いずれ押し切られる。

 俺は、必死に頭を働かせた。

 剣じゃない。魔法じゃない。俺の武器は、この目と、頭脳だ。

 ビルの設計図、現場での経験、応力計算、素材の知識…。俺は、自分の41年間の人生のすべてを、この一瞬に叩き込む。仲間と、そして待っている娘の未来を守るために!


 その瞬間、世界の見え方が、変わった。

 目の前の岩壁や地面が、半透明のワイヤーフレームへと変わる。そこには、赤や黄色で示された、無数の応力集中点ストレスポイントが、まるで血管のように浮かび上がっていた。まるで、頭の中に直接、最新の構造解析ソフトがインストールされたかのように、この採石場の全ての「歪み」が、俺には見えていた。


 《条件コンディションを達成。ユニークスキル【構造解析】が解放されます》


 脳内に、直接、無機質な声が響き渡る。

 そして、その解析結果が、たった一つの「解」を、俺に示していた。


(……あった!)


 俺は、絶望の闇の中で、一つの活路を見つけ、叫んだ。


「ボルクさん! もっと奥へ! あの、一番大きく抉れてる窪地まで、敵を引きつけてください!」

「何企んでやがる! あそこは袋小路だぞ!」

「いいから! 俺を信じてください!」


 ボルクさんは一瞬ためらったが、すぐに俺の意図を察したのか、「死んだら化けて出てやるからな!」と悪態をつきながら、敵を挑発し、指示通りの場所へと後退していく。


「エリアナ!」


 俺は、エリアナの肩を掴んだ。


「君の、あの精密な魔法を使う時だ。だが、狙うのは魔物じゃない」


 俺は、ロックリザードたちが集まった窪地の、真上の岩壁を指さした。

 そこには、俺の新しいスキル【構造解析】だけが見抜いた、巨大な岩塊を、奇跡のようなバランスでかろうじて支えている、致命的な弱点クリティカル・ポイント。人頭大ほどの、小さな岩の突起があった。


「あの、指先ほどの大きさに見える『楔くさび岩』だ。あれだけを、正確に撃ち抜けるか? 少しでも逸れたら、ただの岩盤に傷がつくだけで、何も起きない。だが、完璧に中心を捉えれば…」

「……岩盤ごと、滑り落ちる、んですね」


 エリアナが、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 だが、その瞳に、もう迷いはなかった。


「……師匠の『診断』を、信じます!」


 彼女が、深く息を吸い、俺が教えた通りに、腰を落とし、地面を掴むように杖を構える。

 その杖先に、魔力が、爆発的な炎ではなく、一本の、鋭く、凝縮された槍のように、一点へと収束していく。


 窪地では、ボルクさんが、最後の咆哮を上げて、敵の注意を完全に引きつけていた。


「今だ、エリアナ!」


 俺の叫びと同時に、エリアナの杖先から、一本の、細く、鋭い魔力の槍が、音もなく放たれた。

 それは、美しい光の軌跡を描いて、巨大な岩壁の、たった一点へと吸い込まれていく。


 一瞬の静寂。


 そして、ゴゴゴゴゴ…という、地獄の底から響くような地響きと共に、俺たちが狙った岩塊が、巨大な蓋のように、窪地へと滑り落ちていった。


 ロックリザードたちの悲鳴は、その轟音にかき消された。

 後には、舞い上がる土埃と、静寂と、俺たちの荒い息遣いだけが残っていた。


 俺とエリアナは、顔を見合わせる。

 そして、土埃の中から、傷だらけのボルクさんが現れ、親指をぐっと立てて、ニヤリと笑った。


「……ったく。本当に、やりやがったな、お前ら」


 俺たちの、三つの歯車が、完璧に噛み合った、最初の勝利だった。

 それは、この街の誰も知らない、ただの父親が、初めて「パーティリーダー」になった、記念すべき瞬間でもあった。

もし、少しでも「この親子の行く末が気になる」「続きを読んでみたい」と思っていただけましたら、ぜひ物語のブックマークや、ページ下の【☆☆☆☆☆】での評価をいただけると、本当に、本当に執筆の大きな励みになります!

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