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第十一話:父親の弟子と、最初の仲間

 訓練場に、燃え尽きた的がぱちぱちと音を立てる以外、何の音もなかった。

 エリアナは、自分の手のひらと、的の中心に穿たれた黒い穴を、信じられないというように何度も見比べている。やがて、その大きな瞳から、ぽろり、と涙が一粒こぼれ落ちた。


「……できた…」


 それは、昨日までの絶望の涙とは違う。希望と、驚愕と、そして何年もの間、心の奥底に押し殺してきた悔しさが、一度に溢れ出したような、熱い涙だった。

 嗚咽を漏らしながら、彼女はその場にへなへなと座り込む。その手は、まだ魔法の残滓で、ほんのりと温かい。


「できた…私の魔法が…誰かを傷つけずに…ちゃんと、まっすぐに…」


「ああ、できたじゃないか。見事な一撃だった」


 俺がそう言って肩を叩くと、エリアナは顔を上げて、潤んだ瞳で俺を見つめた。その視線は、まるで初めて見る奇跡を目撃したかのように、俺という、ただのおっさんに釘付けになっている。


「あ、ありがとうございます…! 技術顧問殿! あなたは、一体どうして…? どんな高名な魔法使いの先生も、王宮の魔導師様でさえ、教えてくれなかったのに…!」


「先生じゃないさ。俺はただの、ビル管理のおっさんだよ」


 俺は苦笑しながら、自分の頭を指さした。


「俺がやったのは、魔法を教えたんじゃなくて、君っていう『機械』の、簡単なメンテナンスをしただけだ。どんなに高性能なエンジンも、土台がガタガタじゃ、まともに動かない。どんなにすごいポンプも、配管が詰まってたら、水は届かない。それと同じことさ」


 俺の言葉に、エリアナはきょとんとしている。

 無理もない。彼女が人生を懸けてきた魔法の話をしているのに、出てくる単語が全部、工事現場みたいなんだから。


 その時だった。

 ずっと黙って壁に寄りかかっていたボルクさんが、腹を抱えて、突然、大きな声で笑い出した。


「ぶははははっ! こいつは傑作だ!」


 彼は涙を拭いながら、俺とエリアナを交互に指さす。


「なるほどな! お前ら、お似合いのコンビかもしれねえな! 一人は、魔法の才能は山ほどあるのに、土台がなってない落ちこぼれ! もう一人は、戦いの才能はゼロなのに、土台のことしか頭にねえド素人のおっさん! 最高じゃねえか!」


 ボルクさんの言葉は辛辣だが、なぜか、そこには温かい響きがあった。

 エリアナも、最初は戸惑っていたが、やがて、つられるように小さく笑い声を漏らした。その笑い声は、すぐにまた、しゃくり上げるような嗚咽に変わってしまったが。


 笑い声が落ち着いた頃、エリアナは、意を決したように、俺の前にまっすぐ立つと、その場で、深々と膝をついた。


「おい、エリアナ!?」


 俺が驚いて声をかけるよりも早く、彼女はローブの裾が汚れるのも構わずに、俺に頭を下げた。


「技術顧問殿! …いえ、貴弘先生! お願いがあります!」

「ちょ、ちょっと待て! 立つんだ! 先生なんて柄じゃないし、そんなことされる筋合いは…」

「お願いします! 私を、あなたのパーティに入れてください! いえ、弟子にしてください!」


 その言葉は、か細かったが、揺るぎない意志に満ちていた。


「私は、ずっと一人でした。この力は、誰かを傷つけるだけの、呪いだって思ってました。私のせいで、仲間が怪我をして、パーティを追い出されて…もう、誰とも組めないって、諦めてました。でも、先生は…あなたは、これが才能だって言ってくれた。正しい使い方を教えてくれた。私、もっと学びたいんです! あなたのそばで、この力を、誰かを守るために使えるようになりたいんです!」


 まっすぐな瞳。

 その瞳の奥に、俺はまた、れいかの姿を重ねていた。

 もし、れいかがこの世界で、一人ぼっちで、自分の力に苦しんでいたら。

 きっと、誰かにこうやって、手を差し伸べてほしかったはずだ。


 だが、俺にそんな資格があるのか?


「……エリアナさん、顔を上げてくれ。俺は、君に何も教えられない」

「そんなことはありません!」

「いや、本当なんだ。俺は、君に魔法は教えられない。教えられるのは、せいぜい、建物の基礎工事の話とか、水道管の圧力の話くらいだ。そんなもので、君のためになるのか?」


 俺の言葉に、エリアナは、涙で濡れた顔を上げて、それでも、はっきりと頷いた。


「それが、いいんです!」


 彼女は、力強く言った。


「今まで、誰も、そんな話をしてくれませんでした! みんな、もっと魔力を高めろとか、もっと集中しろとか、根性論ばかりでした! でも、あなたは、初めて、原因を教えてくれた! 私の『土台』が悪いんだって! それなら、直せます! あなたがいれば、私は、もっと、ちゃんと立てるようになります!」


 その言葉に、俺はぐっと詰まった。

 彼女が求めているのは、魔法の師匠じゃない。

 彼女という「建物」を、正しく診断し、修繕してくれる、「技術顧問」なのかもしれない。


「……パーティなんて、大げさなもんじゃない。俺とボルクさんの、ただの寄せ集めだぞ? 俺なんて、剣もまともに振れないし、ボルクさんはこの通り、口が悪いしな」

「おい、聞き捨てならねえな」


 ボルクさんが、軽口を叩く。


「それでも、いいんです! 私は、もう一人で戦いたくない…!」


 その悲痛な叫びに、俺の最後の躊躇が、消え去った。

 俺は、やれやれと首を振って、彼女に手を差し出した。


「……分かったよ。よろしくな、エリアナさん。ただし、弟子とか先生ってのは、なしだ。俺たちは、仲間だ。そうだろ?」


「……はいっ! 師匠!」


「だから、師匠はやめてくれって…」


 俺が差し出した手を、エリアナは両手で、力強く握り返した。

 その手の温かさは、俺がこの世界で手に入れた、二人目の「仲間」の証だった。


 その様子を、ボルクさんは、どこか満足げな、父親のような目で見守っていた。


「……フン。しょうがねえな。暴発娘が一人増えたところで、俺の仕事は変わらねえか」


 彼は、そう言いながら、俺たちの隣に並んで立った。


「だが、言っとくがな、エリアナ。こいつの訓練は、俺がやってる。つまり、お前は俺の孫弟子みたいなもんだ。覚悟しとけよ。基礎体力から、みっちり鍛え直してやる」

「は、はいっ! ボルク師匠!」

「だから、師匠は…もう、いいか…」


 俺は、天を仰いだ。

 こうして、俺たちの奇妙なパーティが、正式に結成された。

 不器用な剣しか振れない父親と、岩のように頑固なベテラン戦士と、そして、制御不能な才能を秘めた、落ちこぼれの魔法使い。


 これから、どんな未来が待っているのか。

 俺にはまだ、知る由もなかったが、不思議と、不安はなかった。

 一人じゃない。その事実が、何よりも、俺の心を強くしてくれていた。

もし、少しでも「この親子の行く末が気になる」「続きを読んでみたい」と思っていただけましたら、ぜひ物語のブックマークや、ページ下の【☆☆☆☆☆】での評価をいただけると、本当に、本当に執筆の大きな励みになります!

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