親しい子と一緒に寄り道しちゃう話。
時は転じて、色鮮やかだった春の街は緑一色の夏の街になってしまった。歩く度に、木々や草むらの匂いが鼻をくすぐって、とても健康になっていく錯覚がする。木々の間を歩くと健康にいいという話を聞いた事があるが、本当の事はわからない。健康になるかも。ならないかも。
大きな岩の上に座って、木陰の下でぼんやり。
夏日は熱いが風は涼しい。
だから、木陰の下にいると程よく体が温まって、心地よい。
眠くもなる。
「ただいまー。何してた?」
微睡みに負けて、うとうと。知らぬ間にちょくちょく眠ってしまっていた私を呼び出すのはいつもあの子の声で、ここ一か月でもう何十回は起こされた記憶がある。
「…ちょっと眠ってた」
「あはは、やっぱりそうなんだ。」
待つ時間が終わってからなのか、それともいつも起こしてくれる人が現れたからなのか、眠気が消えた。気怠さはちょっとだけ残ってる。
「昨日も夜更かしした?」
「うぅん、ぐっすり寝た。いや、寝過ぎた」
「それ寝過ぎたせいで眠くなったんじゃない?」
「ぅひゃっ?!」
気怠さを振り払うようにぶんぶんと頭を回していたら、うなじに冷たい缶の感覚がした。めちゃくちゃ冷たい。つい叫んじゃうくらい冷たい。
「わはぁ、いい声。」
「性格悪すぎるよそれ…」
「小泉さんがいい反応見せてくれるからついやっちゃうんだよね。」
最初の頃はただただ優しくて、面倒見がいい子だと思っていたけど、親しくなるにつれてそれだけじゃないって知った。
「意地悪でごめんね。はいこれ、頼んだやつ。」
優しいのはあまり変わってないけど、意地悪な一面がかなり大きい。こういうのをあざといって言うのだろう。
小悪魔系とも言うみたいだ。多分。
「くふぅー…涼しいな。やっぱ夏には木陰の下で頭がきーんってするくらい冷たいのを食べるべきたよ。」
「うんうん」
よくからかったりするけど、その分笑顔も多くなった。私はこの子の笑顔がかなり好きみたいで、こうして笑う横顔を見るだけでついにやけてしまう。
傍から見たら不審者に見えるだろう。
「ぅふふ、やっぱりいいねぇ。」
「たまたまやるでしょう」
「私真面目っ子だからさ、授業をサボるのって小泉さんとやったのが初めてだったんだもん。」
自分で真面目っ子だって言っても、そうなんだねって受け入れてしまうがこの子の魅力だ。本当にそう見える。
私が単にめろめろになったせいなのかも知れない。
最近はほぼ恋でも落ちたかのようにこの子だけ思ってる時がある。まぁ、一緒にいる時間がめちゃくちゃ増えたから、この子だけ考えるのもおかしくはないか。
「今日はなにしようかな?違うクラスの体育の授業に混ざってみる?それとも二人で部室とかに隠れてお昼寝?」
「寝るにはちょっと遅い時間かな。体育は無理」
「またまた。少しは体力を作った方がいいよ?」
「体力はなくても、座っているのは得意だから」
「私は今よりもっと小泉さんといろんなところをうろすろしたいのー。私の為って思って運動しよ?せめて一日くらいは寝なくても体に問題ないくらい。」
「流石に無理」
なんて事を言うのだろう。
「私小泉さんとパジャマパーティーやってみたいもん。」
「パジャマパーティーでは寝ちゃいけないの?」
「うん、駄目だよ。先に眠ったらどんな悪戯をされるかわからないのよ?朝起きたら服がいなくなったり、顔に落書きされたり、大変なんだから。」
本当なのかな。パジャマパーティーどころか、普通のパーティーもやった事がないからわからない。
「とにかく、今日は運動って事で。」
「いやいや」
「断らないの。ほら行くよ?」
「やだぁ」
強引に腕を引っ張られて、無理矢理体育館に連れ去られる。
体を動かすのは嫌いだけど…この子によって無理矢理体を動かすのは嫌いじゃない。ちょっと好き。
やっぱりめろめろなんだろうね私。
「誰もいないな…そうだ、ねね小泉さん。」
「なにぃ」
「卓球やる?ここの休憩室みたいな、先生達が休むところに卓球台があるんだって。前に体育の先生が教えてくれた。」
「それ駄目なんじゃない?」
「大丈夫大丈夫。バレなきゃいいの。」
ほんと、なんて事を言うのだろう。
「ちょうど昨日、卓球の動画を見たんだ。ダイエットにいいんだって。体力作りにもいいし。あと健康になるみたい。運動ってだいたいそうだけど。」
気のせいかもしれないが最近、こういう我儘も増えた。
最初の頃と比べると大違いだ。
「ほら開いてるじゃん。これは入ってもいいって意味なんだよきっと。さあ入るよー。こら、立ち止まらないの。」
危うい感じもちょっとする。このままだといつか、後片付けが難しいくらいやらかすんじゃないだろうか。その時が来たら、それは私のせいなのだろうか。
私のせいだったらいいな。
「いやだな…」
それはそれで、今は強引に卓球台の前に立たされてしまった。嫌でも体を動かして、汗を流さなきゃいけないのだ。
「じゃあやるよー?」
嫌だな本当。でも、目の前であんなににこにこしてたら断れない。
今日も後ろ髪は高いところから束ねられていて、体が動く度にぴょんぴょんとまるで尻尾のように揺れる。前髪はいつも通り、左目を隠して右目を現している。
授業をサボる割には制服で整えられていて、一見真面目っ子に見える。自分で真面目っ子だと言うほどの身だしなみは出来ている。
制服のまま、髪の毛を揺らしながら、卓球ボールを打って返す姿は案外、体育系の子にも見える。健康的と言えるだろう。
「いたっ」
「体で受け止めるんじゃないの。」
ボールではなく、人に集中した罰なのだろう。体の、おへそのところでボールを受けてしまった。ちょっと痛い。
「もっかい行くよー?」
「ちょっと休憩…」
痛いし、息も足りなくなってきた。
「もう?仕方ないなぁ。じゃあ私ちょっと服着替えて来るね。」
「ん?…うん」
はぁはぁと荒い息を吐く私を置いて、どっかに消えてしまった。服を着替えるとか言っていたが、着替える服があるのだろうか。
もしかして……先生達の服を勝手に着たりするつもりじゃないだろう。流石にそこまでやるわけないか。あの子なら服くらい、鞄の中に持って歩くだろう。
チョコも、ポテチも、アイスも持ち歩くもん。
「ふぅ……」
誰もいないところで一人、椅子に座って息を整える。
「…………」
突然一人になった私を襲うのは当然、孤独で。寂しい。
同時に、少しだけ生き返る気がした。
一緒にいるのがどれだけ楽しくてもやっぱり私は一人の時間が必要なみたいだ。まだ人との触れ合いは体力を消費してしまう。
お父さんも学生の頃はこうだったけど、いつの間にか逆なってたって言った。いつか私も触れ合いで回復する人になる時が来るのだろうか。そんな日が来たら、誰と一番近い仲なのかな。
今親しくしている人なのかな。その頃に出会った新しい人なのかな。今も、その頃もずっと親しい相手なのかも知れない。
「待ってたー?」
長くても三分くらいしか経ってないのに、遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。着替えるの速いねやっぱり。
「……うぅん」
声の方に視線を向くと、下の方だけ動きやすい服に着替えた姿が見える。体育服ではない。
「ふふん、どうかな私の服は。こう見えても足には自信あるのよ。綺麗でしょう?」
足が長く見えるように立って、ラケットを片手にゆらゆらとしながら、得意げに微笑む。なんか強そう。
「どう?私最近、スポーツやってるのとかよく言われるのー。小泉さんもそう見える?私の体って健康的に見えるかな。」
「健康的に見えるよ」
「そうなんだ。ふふ。」