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カエルの王女様  作者: 水月 灯花


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  第二話:魔法のことば


「で、私に何の用なの?」


 陶器で出来たティーポットを小さな木のテーブルの上に置くと、少女は改めてそう尋ねた。

 目の前で良い香りと湯気を漂わせる香茶を見、テーブルに備え付けられた椅子に座っていると、自分はどうしてここにいるのだろうと本気で考えてしまう。

 何の用事であったかと一瞬忘れかけたが、流石にそれは出来なかった。

 だが今更、茶まで出されてもてなされているこの状況で、どうやったら本来の任務を遂行出来ようか。

 なんだかとても気が抜けてしまって、戸惑うばかりだ。

 先刻、彼は、目の前で茶菓子――彼女の手作りらしく、美味しそうな色とりどりの果実のタルトである――を頬張る少女によって強制的に小屋の中へ引きずり込まれ、反応に困っている間に、身繕いをした彼女に茶を振る舞われた。

 そうして今、昔からの知己のようにもてなされているわけだった。


「………」


 殺しにきたなどと普通、堂々と言える訳がない。

 暗殺の対象と触れあうことなど当然ながら普段は無く、それでなくとも人とまともな会話を交わしたのは久しいことである為に、何を言えばいいのか、ごまかしの言葉すら出てこなかった。彼は無口かつ、口下手なのだ。

 無言で表情も変えずに、しかし悩んでいる気配を漂わせている彼をじっと見ていた少女は、ふいに、くすりと微笑んだ。


「――貴方、不器用ね」

「……?」

「私を殺しに来たんでしょ? 大方、あの義理の母の差し金かしら」


 悠々と茶を口にしながら、動じた様子も無くそんな言葉を紡がれては、魔法使いの方が言葉が出ない。

 姫君は、顔色ひとつ変えないまま、やれやれと言いたげに肩を竦めた。


「昔からしょっちゅうあったことよ。でも、さすがに魔法使いが来たのは初めて。貴方、この国の人よね?」


 私の国には魔法使いなんて稀有な存在いないもの、と少女の声は続ける。


「………」


 ひとつ、ため息を吐いて。

 目の前の相手に困惑ばかり抱かせられている魔法使いは、取り繕うことすら億劫で、自分が何をしにここへ来たのか、全て話すことにした。

 どうせ、相手はほぼ全部事の次第をわかっているのだ。

 少女のペースに巻き込まれていることを自覚しつつも、端的に、ぽつぽつと言葉を紡いだ。




「うーん……」


 彼は知りうる限りの情報を少女に伝えたのだが、少女は何かに悩んでいる。

 自分が殺されそうになっている状況を、何とかして打破しようとしているのだろうか。

 だが、それにしては反応がのんびりしすぎている。


「一つ、わからないことがあるんだけど……」


 少女はひたと、魔法使いの瞳を見つめた。

 彼女があまりに気にしないものだから、今はフードを被っていない。

 これほど長い間、外で顔を覆っていないことは初めてだから、違和感が否めないが、フードを被るのはこれまた今更に思えた。


「どうして貴方程の力の持ち主が、こんな仕事をしているの?」


 こんな仕事、とは王家の――王の専属であり、汚れ仕事の多い魔法使い、ということだろう。

 国一番の魔法使いという立場は、表向きのものでしかなく、彼は王族の体のいい駒に過ぎない。

 無言で、黒いローブの右袖を捲った。

 現れた、満足に栄養を摂っているのか疑わしいほどに細い右腕には、上腕から手首にかけて、赤黒い痣のようなものがあった。

 円や蛇行した線が複雑に組み合わされた図形のようなそれは禍々しく、よく見れば少女には解読出来ない言語が小さくびっしりと書き連ねられて出来ている。

 文字が、線を――図形を描いているのだ。


「呪い……」


 息を呑み、眉を顰めながら彼女は呟く。

それが一目で呪術であると見抜いた少女に、魔法使いは表情にこそ出さないが、深く感嘆した。

普通の人間は呪いのことなどわからない。

それが聖眼の恩恵だとしても、彼女はかなりの博識のようだ。


「俺はこの呪いに縛られている。……命令には逆らえない」


 彼は生まれ落ちたその時に、実の親に捨てられた。

 真冬の凍えるような寒さの中、昼間でも日の光の届かぬような路地に、塵芥でも捨てるかのようにあっさりと放り投げられたのだ。

 一枚だけの、薄汚れたぼろぼろの毛布に包まれて。

 流石に、生まれてすぐの記憶は遠い。

 だが、温かいはずなのに冷たい腕が、無慈悲に、赤子の自分を躊躇いもなく地面へ放った感覚だけは、どうしてか覚えている。

 その時、本能的に魔力を使ったらしく、生き延びる為、自分の身を守る為に、辺境の孤児院に転移したらしい。

 物心ついた頃には、疎まれ蔑まれながらも、その孤児院で暮らしていた。

邪眼の子どもは嫌悪の対象だ。土地によっては間引きされる可能性もある。すぐに殺されなかっただけ、幸運だった。

 人の仲間など一人もおらず、好意を示してくるのは精霊達だけ。人には忌み嫌われても、人の言葉の通じぬ、無垢な精霊達は何故か彼を好いてくれた。

 ろくな食料を与えられなかった赤目の少年の為に、お腹が空いているらしいと察したら、精霊達は果物や木の実をどこからか運んできてくれたりして、彼の命を繋いでくれたのだ。

 そうしてひっそりと生きてきたのに――ある日、彼はその存在を聞きつけた王家の人間に売られることとなる。

邪眼の持ち主は総じて魔力が高く、生まれながらにして魔法を使う術を心得て生まれてくる。

その類稀な力を求められ、いつでも金の工面に困っている孤児院の大人は、容易に彼を売り払ったのだった。

 魔力の一切を封じられ、精霊達の助けさえ得られぬ外部と隔絶された場所に閉じ込められて、彼は選択を迫られた。

 このまま飢えて死ぬか、それとも絶対の服従を誓って生きるか――。

 幼い少年はこの時、自分の中の生への欲求を自覚する。

死にたいと思ったことはなかったけれど、生きていたいと思ったこともなかった。

けれども、今まで育ってきた中で世話になった精霊達が、彼を探していることだけが、心残りで。

彼らに会いたい、まだ死にたくはないと感じたのだ。

 故に、彼はこの呪いを施されて生きることとなる。

 魔術と呪術を組み合わせて作られた呪いは、それを掛けられた少年に多大な苦痛を強いた。

 三日三晩、激痛に苛まれた。

何度、死んでいた方がましだったと思ったことか。自害すら許されぬ中、救いは何一つない。

 漸く痛みが治まった時には、精霊との触れ合いでかろうじて形成されていた感情と言うものの殆どが、消え失せていた。


 ――そして、彼は飼殺しにされる。


 人を殺める能力を身につけさせられ、無理やり魔法を使うことを要求された。王の命令に逆らえば、呪いが身を蝕む。

誰かを傷つけることすら知らなかったのに、突然放り出されたのは、見知らぬ人間の血の海の中だった。

そうやってまた、心は閉ざされていく。

 精霊達は、自分達の愛し子を取り上げられて怒り狂い、数年の間、この国は大凶作に見舞われた。

 精霊の怒りが鎮まったのは、紅い瞳の少年が、魔法使いとして世間に姿を現した為。

 大切な子どもが戻ってきたと精霊達が喜んだために、彼らと共に在る自然もまた、落ち着きを取り戻したのだ。

無邪気な精霊達には、彼自身が何かを感じていなければ、どのような状況に置かれているのかわからない。

何かが違うことに戸惑いつつ、傍にいられることだけで精霊達は荒れなかった。

 自然界の物は精霊が穏やかでなければまともに育たない。

その為、国王は邪眼の少年を精霊の目に触れるようにしたのだった。

 そうやってずっと、国に仕えてきた。

長い間、どれだけ蔑まれても、心はもうほとんど何も感じずに。

強制された任務を黙々とこなし、気付けばもう、その手は赤く染まりきっていたのだ。


 人生の経緯を言葉少なに語り終えて、彼は今更ながらに何故こんな初対面の少女に自分のことを話しているのだろうと再度自問した。

彼が彼女に伝えたのは、過去のほんの一握りのこと。

孤児であった為に売られ、呪いを掛けられて服従しているということだ。

 けれども、誰かと言葉を交わすことも滅多にない上、こんなに長く人と話したことは初めて。

 自分の生い立ちを人に話したことも、勿論はじめてのことだった。


「……なにそれ」

「――?」

「冗談じゃないわよ、人を何だと思ってるの!?」


 憤りを露にして急に少女が立ち上がったので、椅子ががたんと音を立て、ティーカップと共に机が揺れた。

 その拍子に、香茶が少し机上にこぼれる。


「こぼれ…」

「お茶なんてどうでもいいの!それより、どうして貴方はそんなに何もかも諦めてるのよ!?」

「………」

「せめてもっと憎むとか、恨むとか、反抗するとかないの!?」

「――俺は、そういった感情がどういうものか、もうあまりわからない」

「え…」

「元々、人間の感情には疎かった。今はもう、煩わしいという程度の気持ち位しか、よくわからない」

「………わからない?」


 問い掛けに、魔法使いはただ頷く。

 自分を落ち着かせるように深呼吸し、息を整えてから、少女は尋ねた。


「……ねえ、貴方の名前は何? 私の名前はルース。ルシオラ・フィーネよ。王家の名前は捨てたから、それだけ」

「…名前…」

「……もしかして、無いの?」

「………」

「じゃあ、私が付けるわ。無いと不便だし――名前って大切なものよ。そうね……」


 暫し悩んだ後、少女は一つの名前を提示する。


「貴方の名前はユーリス。かつての偉大な正義の魔法使い、ユーリスディカスからとって、ユーリスよ」


 にっこりと笑って、蛍火を冠する名の少女は、魔法使いに正義の名を与えた。

 そうして、びしりと指先を魔法使いに突きつけると、宣言した。


「決めた。ユーリス、感情がどんなものか、貴方が思い出せるように手伝うわ。ううん、少しでも、思い出させてみせるからっ!」


 覚悟してね、などと言われても、どうすれば良いのか。

 魔法使いはとりあえず、


「はあ……」


 という、間の抜けた返事しか返せなかったのだった。




 ――その出会いを、奇跡と呼ぶならば。魔法を使えぬはずの少女にこの時、感情を忘れた魔法使いは、言葉の魔法を掛けられたのだと、後に思う。


色々とごめんなさい。書きなおすのって難しい…そしてこの話が元々あまりに薄っぺらかったことに絶望した!

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