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なりたくて  作者: 神咲
9/15

失踪、疾走

【頼るということには勇気も伴う】


あらすじ

DNA鑑定の結果、ふたりは一卵性双生児ということが判明。日吉が瀬川の行動に疑問を抱いている最中、瀬川は一人、七海の逃げ道を作り始めていた。

 

 Gerberaでの大騒動から、半月程経とうとしていた。

 自分はこれから、何をどうすればいいのだろうか。と、色んなところを巡りながら考えていた。

 そんなの、実に簡単な話だ。Gerberaへの謝罪だって復学だって、少し脱線した車輪をレールへ戻すだけ。たったそれだけでいい。

 けれど、出来ない。相談したからといって何か解決するんだろうか、好転していくんだろうかと疑ってしまう。こうなってしまった理由を話すこと自体、意味がないと感じる。

 だからこそ、あの日はトラブルを起こした。話したくないというのに無理強いしたから。けれど、後悔はしていた。そのまま流せばよかっただけの話だ。そうして、ありとあらゆる人たちからの連絡を無視したまま、今日に至る。

 だが、そんな状況でも頭は情報を欲している。何があってもこればかりは止められなかった。もう中毒か何かの一種だと思った。この(かん)は家か図書館で勉強に一日費やすか、なんとなく街を散策するなどして過ごしていた。

 現在、池福路をぼうっと歩いている。ここなら人も路地裏も多いし顔見知りには見つかりにくいだろうと選んだ。

 そろそろ帰って勉強し直そう、と駅に向かっているところだった。すれ違いざまに学生四人が歩いていく。


(……ん?)


 一人だけ様子がおかしい気がして、彼は振り返る。

 端から見れば、肩を組んで仲良さげだが、真ん中に挟まれた一人は縮こまり、怖がっているように見えた。

 無視しようと思ったが、なんだか少し気になる。間違いならばそれでいい、と学生らの追跡を始めた。

 案の定暗い路地裏へと入っていく。たぶん8割、否、10割クロだ。足音を立てず入り込み、角からそっと覗いてみる。

 三人が一人を壁側へ追い込んでいた。話を聞くに、震える一人がカツアゲに遭っているようだ。

 加害者側はそれぞれ財布をよこせとまくし立てている。被害者は小さな声で何かを言い返したようだが、凄まれて体をますます縮こまらせた。加害者側があーだこーだと喚いている。

 とうとうバッグごと奪われそうになった所で、瀬川は出ていくことにした。


「あー、お取り込み中すんません」

「? なんだお前」

「いや、ちょっと疑問に思いましてね」

「……は?」

「さっき、その子連れてここ入ってくの見えたんだけどさー。そんときになーんか仲良くなさそうだな、って思って」

「だ、だからなんだよ」

「悔しいけど、鼻が利いちゃうんだよね。これから悪い事するなーってのがわかんの。もしかして……あんたらさ、人の財布奪うくらい金ねーの?」


 言っている間に彼は相手を観察していた。制服の型を見るに、鐘森(かねもり)学園の物だ。主に金持ちが通う学校で、彩都とは同じくらい有名である。

 彼がそこをつつくと、加害者側が呻く。


「そんな箱入り息子たちが一人に対して三人がかり?だっせぇなあ。金なら親にねだるなりバイトとかすれば?あ、アルバイトって言葉知らねえか。お坊ちゃまですものねー」

「お前……!なんなんだよ!」

「何なんだ、ってところはおれも知りたいところなんだけど」

「はあ……?」


 つい呟いてしまった。

 いざ自分はなんなのかと問われると答えに困る。今まで何年も、毎日考えてきたことだ。今のところ、社会不適合者、という言葉が一番無難だろうか。勉学と違って感情的なことは明確な答えが出せないので嫌いだ。

 まあそれは置いておいて、と言いながら近付くと、唐突に拳が飛んでくる。へなへなのそれをひょいと避けて、横っ腹へ蹴りを入れた。

 這いつくばる様を見下ろしながら、彼はべらべらと喋りだす。


「刑法第36条第1項、正当防衛って知ってる?急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は罰しない。頭の悪いお坊ちゃまにわざわざ説明して差し上げますと、要するに相手から突然攻撃された場合こっちが手を出しても自分を守る行為だったと証言出来るわけ。ということでおれもこうやって手を出す」


 構わず突っ込んできた二人目に対し、「こわーい」なんて思ってもないことを口にした。今度は頬目掛けて拳をお見舞いする。三人目はただ呆けて突っ立っている。 次はお前だとばかりにじっと見つめれば、何もしていないのに膝から崩れ落ちる。

 加害者たちは途端におろおろし始めた。


「ハッ、つまんな。遊びにもなりゃしねえ。バッグ置いてさっさと失せろ馬鹿共が」

「お、お前!名前っ!」

「先生トイレ、と一緒だな。おれは名前って名前じゃないけど」

「〜〜〜っ!言えよ!お前の!名前!」

「パパとママに言いつけてやる〜ってか?」

「……!」

「どーぞどーぞご勝手に。おれは瀬川凪、高校二年でそこら辺の不良でーす」

「……っ!覚えたからな!」

「ハイハイ、ばいばーい」


 完全に姿が見えなくなったのを確認してから、被害者へと近付いた。

 ヒッ、と小さく声を上げたのを見て、両手を上に上げる。まだ震えていて呼吸も荒い。

 瀬川はそのまま適切な距離を取り黙る。自身は相手に何もしないことを示した。

 しばらくすると、相手も信用したのか少し落ち着いたようだ。

 そっと近付いて穏やかに話しかける。


「ごめんね、怖がらせて。あれくらいやんねえと逃げなさそうだったから。大丈夫?怪我とか無い?」

「えっ……あ、うん……」

「一応、色々見てみ?中身無事そ?」


 相手は、思い出したかのように慌ててバッグを漁りはじめる。ほっとした顔で頷いた。

 財布には参考書を買うための小遣いが入っていて、その財布自体も、大学受験祈願にとプレゼントされた高価なものだそうだ。だから必死に守ろうとしていたらしい。

 瀬川は口元に人差し指を添えてこそりと言う。


「今のさ、黙っときなよ。変な不良が勝手に来て勝手に殴って帰ってったってことにするから」


 もし、これから先何を聞かれようが、自身は関わりないと主張するべきだと言った。現時点で、奴らの標的は瀬川へとすり替わったはずだからと。

 相手は首を傾げている。どうして出会ったばかりの、しかも自分を助けてくれた瀬川を悪者にするのか?と聞いてきた。

 当たり前の反応だ。ここに証人がいるのだから、ハッキリ弁明すればいい。だけれど、それだけでは突破できないと瀬川は判断した。

 不安がる相手へ心配するなと伝える。慣れてるから、とも言われた被害者の頭はハテナでいっぱいだろう。


「……おれさあ、彩都の生徒なんだ」

「え?……えぇ!?」


 被害者の彼は、瀬川の爪先から頭のてっぺんまで見た。私服はともかく、今の髪色は(だいだい)に近い。彩都の規律の厳しさはこの県民全域に知れ渡っている。

 相当驚いたのか凝視している彼に、瀬川は続けた。


「変だよな。あそここんなんじゃ怒られるから」

「え……いや……その……」

「見た目通り相当問題児だから、確実におれが狙われるから気にしなくていいよ。じゃ、君はこれからお口チャックね。分かった?」


 立ち去りそうになる瀬川を被害者の彼は呼び止めた。急いでスマートフォンを取り出した。


「えっと……瀬川くん、だったよね?お礼だけでもしたいからさ!あの、電話番号とか……!」

「こんな不良のことなんて覚えんでよろしい」

「でも……!」

「その代わり、忘れず参考書買いな。それ使って勉強してくれたらお礼になるよ。じゃーねー」

「ちょ、ちょっと……!あっ、ありがとーっ!」


 その言葉に瀬川は背を向けたままひらひらと手を振った。

 この時、瀬川は尻ポケットに入れていた生徒手帳を落としていた。それに気が付かないまま去っていく。

 被害者の彼は、路地裏から出ようとした時それを見つけ、拾って走った。追いかけたが、もう人混みの中に紛れてしまって、瀬川の姿は見当たらなかった。


「あの子みたいに強くなりたいなあ……」


 彼はぽつり呟いて、ぎゅ、と財布を握りしめた。

 瀬川の生徒手帳をバッグに入れると、彼は目的の本屋へと向かうのだった。


――――――――――――


 車内に響き渡る校長の説教に、瀬川はうんざりしていた。車に乗ってからずっと同じ言葉を繰り返している。頭が痛い。

 先方が云々、立場が云々。そして日々の行いの非難。

試しに慣れない相槌を打ってみたが、一言目から飽きた。

 これ以上無駄なエネルギーを使いたくない。窓の外から景色を見る。

 天気は良好で、雲一つない。こんな日は、日だまりの中でゆっくり小説でも読みたい──と、思い立った朝。

 外出する準備をし玄関へ立った時、呼び鈴が鳴った。居留守を決め込むと連打された。不審者かとドアスコープを覗いてみれば、普段椅子にふんぞり返っている男、彩都の校長が怒りの形相で立っている。思わぬ訪問者にハテナが浮かんだが、そういえば思い当たる節があった。

 出てこいとうるさいので、お望み通り出てやった。顔を見るなり、文句のオンパレードを聞かされたが、警察呼ぶぞと言うとすぐに黙った。

車に乗れ!と顎で指示される。車内に入るなりまたすぐやいのやいのと始まり、冒頭へと繋がる。

 見慣れない景色が続く。彩都方面よりかは、高級そうな建物が多くなってきた。静謐な街並みに見える。

 しばらくすると、とある場所へ到着した。鐘森学園である。

 聞いていたよりも規模の大きな学校で、連行場所まで結構歩いた。朝から大声を聞かされるわ、歩かされるわでヘトヘトだった。

 正直もう帰りたいが、自分で撒いた種だ。しっかり育てねば。

 通された室内には三人の生徒と、その親らしき大人たちが待ち構えていた。勝ち誇ったような顔をする生徒たちを横目に用意されていた椅子に腰掛ける。

 長机二台を壁に、彩都側、鐘森側と隔たれている。

 校長は何度も頭を下げた。座ってから数分も経っていないが、20回は下げたのではないか。垂れる汗を拭いながら「この度は本当に申し訳ございませんでした!」とかいう常套句ばかり連ねて謝り続けている。


(……作戦開始)


 突然、瀬川は組んだ足を机に叩きつけた。椅子をゆらゆらさせる姿を見て、校長の汗はますます止まらなくなる。鐘森側は全員唖然としていた。

 ハッとしたように、校長は変わらずの文言を口にする。それに対して相手側も文句を次々にぶつけてくる。

 うちの子は今から大学受験に必死で、とか、万が一のことがあったら責任が取れるのか、打ち所が悪かったらだとか。

 それらを無視するような態度を取りながら、彼の頭はフル回転していた。問題を重ねに重ねた不良がこれからどうするのか。そんなシナリオを考えていた。

 簡単に謝ってしまえば相手の思う壺だ。

 すぐに謝罪すれば、大人は満足するかもしれないが、ラッキーを手に入れた生徒側は、標的を財布のあの子へ変えるかもしれない。そのリスクを回避したい。

 過去の経験から、弱きを助け強きを挫くをモットーにしている瀬川は、あの子のような人を巻き込みたくなかった。だから、全ての罪を自分へ向けることにした。

 そのためには、手に余る不良を抱える彩都、突然攻撃されたと発言する鐘森。この両方から出来るだけたくさんのヘイトを買えばいい。自分は好きでレールを外れているから今更どうなっても構わない。

 次々非難され、口淀む校長は瀬川にも謝罪を要求する。拒否すると面白いくらいに動揺した。

 瀬川はとにかく相手を挑発するような発言ばかりを選択する。


「謝る?おれが?やーだね。だってさあ、金持ちってムカつくじゃん。だから連れ込んでボコってやっただけ。大人しく金くれりゃさっさと退散したのに」


 不貞腐れたように言うと大人たちはますます激昂する。

 その中の一人が、瀬川の親が同席していないことを指摘した。連絡がつかないことを説明すると、わざとらしいため息をついて、「だからこんな人間に育つんだ」「そんな態度の人間見たことがない」と瀬川を見下した。

 ポケットに突っ込んだ手をこっそり握りしめる。手のひらに強く爪が食い込む。

 それでも、何を言われても耐える。そう決めてここにやってきたのだから。

 いつも通りポーカーフェイスを決め込んで、思ってもない台詞を吐き続けた。校長が瀬川に頭を下げさせようと頭を掴んでこようとしたが大声で拒否をする。


「触んな!ぶっ飛ばされてえのか!」


 金持ちが普段聞かないであろう汚い言葉、乱暴な振る舞いを延々と披露する。ヒッ、と悲鳴が上がったり少し後ずさりされると手応えを感じた。

 何度もそれを繰り返したあと、とうとう“訴訟”という言葉を持ち出してきた。

 勝った、と瀬川は思った。

 校長は「それだけは……!」と土下座をしそうだったが、相手は学校同士ではなく、瀬川個人とのやりとりを望んだ。校長は矛先が自分ではないと分かって、なんだかホッとしている。

 瀬川はツン、と明後日の方向を見ながら考える。


(コイツ、やっぱり保身に走った。というわけで、現時点で全員のヘイトがこっちに向けられたわけですが……。ううん、なんて言ってフィニッシュかますかな。もっとなんかこう……すげえ悪役の……)


 漫画を嗜んでおけばよかったと瀬川は思う。彼は本なら何でもいいわけではなく、子供向けの漫画や青年誌には興味がなかった。読んだこともない。読者が言うポジティブな感想にも惹かれないし、あり得ない事象を楽しんで何になるのか分からなかった。だが、嗜んでいたらこういうときに役立つ言葉を覚えられたかもしれない。

──安い手だが、思い付いた。


「いいよ、かかってこいよ。訴訟でも何でもご勝手にどーぞ。こちとら守るものもなんにもねえし、豚箱は入って前科付こうが構わねえよ。あんたら金持ちと違って、どうせそういう人生なんだから。あ、これを機に街中に金ばら撒いてみたら?知名度とか上がりそうじゃない?不良とかの信者増えそう」


 結局、参考にしたのは主に母親のツレたちだったのであまり語彙の無い仕上がりになってしまった。なんだか少しもったいない気がした。

 とはいえ、相手はこんなものでも怒り心頭で、訴えてやる!と意気込んでいる。どうやら見事地雷を踏み抜いたらしい。

 結果、訴訟問題に発展したが、訴える側には諸々の準備がある。後日、再び話し合いの場を設け、そこで再決定とする手はずになった。

 彩都は瀬川へ停学処分を下した。家まで送り届けられる。校長の車が護送車に思えた。まるで犯罪者にでもなった気分だ。いや、これからなる可能性が9割9分9厘なのだけれど。

 玄関へ入るなり、ドアを背にしてずるずると座り込んだ。


(……ちょっと、日和ったな)


 少しだけ体が震えている。でも、ふっかけてしまったからにはもう手遅れだ。

 立地のこともあり、鐘森学園のほとんどの生徒は富裕層だが、一般家庭の生徒もいる。そのため、一部でカーストが出来ていると耳にしたことがあった。親の身なりからしてあの加害者三人は前者で、もしかしたら財布のあの子は後者?

 そこまで考えてから、彼は苦々しい顔をする。金の有り無しだとか身分の得方で上下を決めるだなんて馬鹿みたいな話だと思う。じゃあ自分は下の下の下だが?なんていつもの卑下が始まった。

 ああいう我儘坊主にも、つるむ相手や親がいて、金まである。自身にない物すべてを持っている彼らは、瀬川にとって社会的強者だ。とはいえ、現状に至るまで自身が原因の軸のため、世の中不公平だとまでは言えない。

 瀬川はこれから起こることへ思考を巡らせる。訴訟に発展しつつあるが、この場合民事か刑事か?それとも半々ずつ?と考えていく。少年院送りも視野に入れたがそこはさして問題ではない。

 けれど、後々、様々な金を払うことは必至。家賃、光熱費、通信代、学費の差額の支払いで毎度首が回らないのに、そこへプラスされたらと思うとお先真っ暗だ。

 正直、Gerberaの給料だけでは苦しい月もある。昇給させてもらえたり、土日は給与UPなどだいぶ条件はいい。けれど、あんな別れ方をしたのだからもう通えない。そうなるとますます生活が厳しい。貯金を崩そうにも雀の涙だ。

 今から就職したとて、返済に何百年かかるのか。だとすると次に浮かぶのは一気に稼ぐ方法だ。


(……体売るのが手っ取り早いかな。売るっても、具体的に何をするかわかんないけど)


 彼は、相当昔から自分のことなんてどうでもいいと考えている。散々おもちゃにされてきたこの命に、これ以上何かあっても大した問題じゃない。

 ただ、勉強が出来なくなることに対して後ろ髪引かれる思いはある。

──児童養護施設へ行ったとき、七海が失神するかと思って言わなかったことがある。

 七海を預ける英断はできたくせに、なぜ自分を殺さなかったのか。今までずっとそうやって考えてきた、と。

 そうしたら、この世界を知る前に去ることができたのに。

 生かしたとて、学校へ行かせなければ勉強にも出会わなかったのに。知識さえ得なければ。

もう少しだけこの世界で生きてみたいな。

誰かに褒められるかもしれない。

大人になったらカゾクとか出来るかな。

 とか、そういう身の丈に合わない夢を持ったりしなかったのに。

 膝を抱えぎゅっと目を閉じた。朧気な母親の顔を思い浮かべる。

 ぼんやりする視界の中、唯一笑いかけてくれたのは、自分が暴力に苦しんでいる時だけだった。


(今でもどっかで嘲笑(わら)ってんだろ。……みんなそうだ。みんな、みんなみんなみんな……っ)


 どうしたって、いつだって胸が痛む、こころはずっと砕けたままだ。

 けれど、これをどう治したらいいのか、今の彼には分からない。


――――――――――――


(ちくしょうっ、全然捕まらない……!)


──件の話し合いまであと五日だ。


 瀬川が暴力沙汰を起こしたと聞いた時、耳を疑った。処理が追いつかず呆ける日吉に、そのことを伝えてきた教師は続けた。

 曰く、瀬川が鐘森学園の生徒に手を出して、謝罪を求められた。朝早くに校長が瀬川を連れて相手方と話し合いをした結果、停学処分になった。訴訟問題にまで発展しまったらしい。最終的な動きが決定する話し合いはその時点で二週間後。

 全員に止められたが、校長室へ走った。ノックもそこそこに飛び込む。普段温厚な日吉が鋭い目つきで登場し、校長は大層驚いていたが、件の流れを途切れ途切れに説明してきた。

 騒動の顛末を聞いた日吉は言った。

 何か理由がなければそんなことはしないと。確かに素行は悪いが、自分が見てきた限り、誰彼構わず攻撃するような子供ではない。

 また、どうして謝罪の場に自分が呼ばれなかったのか。普通、担任も介入するものではないのか。自分へ一任させたのなら余計にだ。納得がいかない。とまくし立てる。

 校長は言い淀んだ。瀬川に謝罪の意は無く、一度たりとも頭を下げることはしなかったようで、代わりにやりすぎて首が痛むと漏らす。

 そんなのどうでもいいわハゲ!と叫びそうになったが、ほんの少しだけ残っていた理性が制止した。まあまあ、と宥めるその姿が大変腹立たしい。 

 天才が柳緑に入れれば彩都の評判が上がるなどと言っておきながら、いざその天才が問題を起こすと庇いもしない。本当に私利私欲だけで動いている。

 なら、自分も自由に動かせてもらおう。元々、瀬川を連れ戻すために好きに動いていいと判断したのは校長だ。その旨を伝え、返事も聞かずに校長室を出た。

とにかく時間がない。

 そうして日吉の奔走は再び始まった──。


 とある休日。日吉はGerberaへ来ていた。店は一日臨時休業にして、皆で作戦を練っていた。

 ああでもないこうでもないと議論しているうちに七海が言った。


「ねえ、凪ってどこに住んでるの?」


 そういえば、と七海と一緒にGerberaメンバーを見た。兼村と九条も顔を見合わせる。ここで、今まで誰も彼の家へ訪れていないことが判明した。

 アルバイト先へは皆勤賞で、無断欠勤がないことから様子を見に行くこともなかったし、送迎もしたことがない。しっかり者だから、と勝手に安心している部分があった。もっと見てやるべきだった。兼村と九条はそれぞれそう口にして、悔しそうに肩を落とした。

 とりあえず、まずは彼の家へ行ってみることにした。

履歴書に書かれた住所を元に皆で進む。

 賑やかな商店街を抜けると、一気に人気のない道に出る。少し歩くとアパートメントが見えた。

 お世辞にも綺麗とは言い難い古い建物だった。二階建てで、柱には蔦が回り、近付いて見てみれば所々苔むしている。管理人の手が入っているとは思えない状態だ。

 階段はギシギシと音を立てる。もう何度か上り下りすれば壊れてしまいそうである。

 203号室が瀬川の部屋だ。インターホンを押してみる。反応はなかった。


「凪ー?いるー?」

「大丈夫か?色々持ってきたぞ」

「瀬川、具合悪いなら言ってよ」


 色々声をかけてみるがやはり返答がない。

 ここで視線が七海に集まった。もし居留守を使っていたとしても、この距離なら分かるはずだ。彼らが声をかけている最中も七海はずっとうんうん唸っていたが、しょんぼりと答えた。


「……いないよお」


 そんな七海を慰めながら、一行はアパートメントを後にする。


「にしてもさ」


 来た道を戻りながら九条が言う。


「オレたちって、凪のこと勝手に知った気でいたんだなって、痛感したよ」


 日吉の前を歩く彼は、肩をすくめてみせる。兼村も同意した。父親面するなと言われたらしいがそれを後悔しているようだ。


「凪からしてみれば、中学の頃から一緒に働いているバイト先の店長、なだけだ」


 呟くその背中は、少し寂しそうに見える。でも、と七海が続けた。


「凪は、Gerberaの人たちのこと好きですよ。帰りよく話すけど、店長さんとか、九条先輩のお話多いから」

「ちなみになんて言ってんの?」

「えっ?うーん……」


 七海は言葉選びに困っていたようだが、やがて正直に口にした。


「ウザい、とか……」

「……それは、その、普通にショック」


 九条は項垂れ、兼村は心なしか萎んでいる気がする。

 自分はそれ以上なんだろうなあと日吉も多少ショックを受ける。七海は慌ててフォローした。


「でもっ、それは上辺だけで本心は違うから……」

「その、本心の方を知りたいもんだが」

「……九条先輩には前いいましたけど、やっぱり、いていいのかな、って言うことが多いんです」

「……」

「そこから先は見せてくれない、教えてくれない……。だから、その言葉の本当の意味はあたしにも分かりません」


 七海ちゃんは項垂れる。双子故に、分からないことへの不安が日吉たちより強いだろう。皆「大丈夫だよ」と声をかけつつ、捜索を再開した。

 商店街に戻り商品を見つつ、それとなく探し人がいることを話したりした。

 ここは、TVで特集された店舗がある影響で、遊びに来る人々が多々いるそうだ。今日は休日なこともあり、賑わいを増している。また、最寄り駅は特急電車があったり、様々な路線が交わる所のため、物件も多いらしい。

 だから若い子はいっぱいいるよ、と辺りを見ながらコロッケ屋の店主は言った。言われた通りの環境に皆は頭を悩ませた。

 とりあえず軽食を取ろう、ということで購入したコロッケを食べながら話し合う。


「髪の色で絞れたらと思っていたんだが……改めて考えると浅はかすぎたな」

「それ、あたしもちょっと考えました!」

「言われてみれば……俺が初めて会ったとき赤だったもんな」

「あたしがひよしんと初めて会った時はもうミント……チョコミントみたいだったんだよ。帽子で見えなかったと思うけど」

「はえっ!?」

「で、そのあとあたしと遊んだ時は紫だった。最新はそれじゃないかなあ」

「えぇ……?傷まないのかな、髪の毛」  

「いや傷むでしょー。オレもずーっと金パだけど、一回ブリーチしちゃうともう終わりだよ」


 九条は自分の髪を摘んで日吉に見せる。


「あいつすぐ髪染めるんだよなー。髪型だけはこだわりあって変更せず、だけどね」

「……髪型は、昔見かけたやつが相当格好良く見えて、真似してるとか言ってたな」

「へえ……」


 でも、と食べ終わったコロッケの包み紙を畳みながら、九条は空を見上げる。

 つられて日吉も空を見た。雲一つない晴天だ。


「そういうのは知ってんのに、生活スタイルとか、住んでる場所とかは知らんかったんだなー」

「九条さん……」

「ま、かくれんぼ上手ってことで。食べたら捜索開始しよう。てっちゃん引き続き運転よろしくね☆」

「お前な……そろそろ代われ」

「俺やりましょうか?」

「いや、先生疲れてるだろ。休んどけ」

「そうだよお。ひよしん顔色悪いよ?」

「え……そうかなあ、はは」


 確かに、日に日に鏡に映る自分に元気がないのは分かっていた。

 平日は教師として働いて、夕方から捜索をする。祝日もろくに休まず探し回っていた。授業にも身が入らず、先生そこさっきやったよ、と毎回指摘が来るようになってしまった。

 Gerberaメンバーもそれぞれ空いた時間に探していたし、こうして短時間でも集まって捜索してみたがとにかく捕まらない。

 言われてみて脳が反応したのか、少しうとうとしてきた。何度もあくびが出る。

 七海の心配そうな顔に大丈夫、とジェスチャーで伝える。でも眠いやーなんて言いながら目頭を押さえて日吉は頭を垂れた。


(もっと頼れよ、瀬川。お前、何隠してる……?)



教え子や何処。

賑わいのある商店街を歩いてみたいですね。実家がある街の商店街はシャッター商店街と化してしまったので……。

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