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なりたくて  作者: 神咲
6/15

疑惑払拭

【さあ、食事の時間だ】


あらすじ

Gerberaの出来事から数週間経ち、瀬川は久々に登校を決めた。その理由とは。

そして、瀬川と悠木両名は何かを画策するようで…?


 瀬川凪は、朝から空腹だった。

 おなかと背中がくっつくとはまさにこのこと。そのため、唯一の楽しみである食事をすべく登校中である。時間ギリギリだったが、寧ろその方が都合がいい。

 彩都の学生たちと共に向かえば、根も葉もない噂を囁かれ、白い目で見られることが予想できる。いつもなら、その時点で引き返すのだけど、今日は大好物を口にすることが出来るのに、それくらいで逃げるなんてあり得ない。

 もう春のかけらもない青々とした並木通りを進むと、彩都学院が見えてくる。

 門番のごとく立っていた教師のお小言を無視して昇降口までやってくる。シューズケースから上履きを取り出して、外履きを代わりにしまった。これには理由があるのだけれど、知っている者は極僅かだろう。

 だが、そんなこともどうだっていい。ここまで来れば絶対にフルコースを食べられる。そんな気持ちが足取りを少し軽くした。

 が、保健室の扉を開けた先にいた人物を見て、食欲が少し失せてしまった。

 彼の担任である日吉がにこにこして待ち構えていたからだ。

 極端に距離を取るわけでもなく、その逆でもない。今まで出会ってきた教師とは違う雰囲気で、食えない表情をする日吉を彼はとても警戒していた。

改めて云々と挨拶してきたが、無視をして用意されていた机に座る。

文房具類を取り出していると、全日程日吉が彼に付き添うという言葉を耳にして、つい視線をずらしてしまった。柔和な瞳がこちらを見ている。


「ということなので。二日間よろしくね」

「……最ッ悪……!」

「まあまあそう言わずに。最初は……英語からな」


 空腹で今にも死にそうなのに、ぐちゃぐちゃと説明してくる日吉を彼はぶん殴りたい気持ちでいっぱいだった。兎にも角にも早く食事にありつきたいのだ。

ちら、と腕時計を見るとそろそろ始まる頃合いだった。

 とうとう机に前菜が置かれて、瀬川の喉がゴクリと鳴る。

 召し上がれの合図と共に、彼はフォークを握った。無駄なく手早く、左手を動かしていく。貪るように刺しては口に含んで、刺しては口に──を繰り返す。

 彼の頭の中は幸せホルモンでいっぱいだった。


(あぁっ……たまんない……。楽しい楽しい楽しい、たのしい!)


──その様子を日吉はじっと観察する。

 瀬川がテストを解くスピードは異常だった。カンニングする暇なんてない。

さすが彩都だけあって、他の生徒たちも解答スピードは中の上だと思う。だが、彼は違う。悩む素振りもないし、筆に一切迷いがない。

 そして、どことなく楽しそうにしている、ような気がした。

 思った以上の実力に圧倒されているうちに、彼はそっと筆を置いた。


「終わった」

「……ん?」

「終わったっつってんの。次」

「え?ええと……」


 日吉が時計を見ると、まだ15分程度しか経っていない。見直しとか、ともごもごしていると必要ないと返ってくる。

 次は次はと求められて正直困った。ここまでのスピードを出してくると思わず、何も準備をしていなかったのだ。せいぜい残り15分持て余すくらいかな、などと思っていた過去の自分に見せてやりたい。レギュレーションを守ってほしいと頼んでも聞く耳を持たない。

 ああもう!と瀬川はイライラして貧乏揺すりを始めた。その瞳は飢えた獣のようにギラギラと光る。


「この時間もったいない。45分あれば三教科は解けるのに……!」

「じゃあ溜まってる小テスト持ってくるからそれで我慢して!」


 背中へ舌打ちが飛んできたが気にせず職員室へと走る。しこたま溜まった小テストを抱えて再び戻る。

 息を切らした日吉からそれを奪い取った瀬川は、またも物凄いスピードで解いていく。それなりの量をいとも簡単に胃袋へ収めた彼に、日吉の開いた口は塞がらない。

 終わらせたものを日吉へ押しつけてまた、次は、と言われて頭を抱えた。


「……無いです、スイマセン」

「ちっ……」


 瀬川は腕時計を見ながらぶつぶつと呟いている。文句かしらと耳をそばだてると、「時間かかりすぎた」「もっと早く出来る」などと聞こえてきた。自己反省しているようである。

 充分だよ、と言いかけたその時、ぽろっと本音らしき言葉が出た。


「もっとやりたぁい……」


 どきりとした。

その声はいつもの刺々しいものではなく、甘く蕩けたものだった。

 掠れ気味の声はどこか妖艶さまで感じさせて、一瞬、情事のそれが脳裏を過ってしまった。

 凝視する視線に気が付いたのか、日吉をキッと睨み付けてくる。どうやら無自覚に発された言葉のようだ。慌てて拝むようなポーズで謝罪した。いつかの春川のようで強い嫌悪感があったが、他に方法が思い付かなかった。

 料理が出てこないことに腹を立てたのか、瀬川は持ち物を全てバッグに入れて席を立った。


「帰る」

「いやいやいや!まだ三教科あるから!もうちょい待って!」

「待てない」

「……分かった分かった!残り持ってくるから全部やってって!」


 再び保健室職員室間でのマラソンをした。肩で息をする日吉を他所に、再び瀬川はフルコースを楽しんでいる。

 スープに魚料理、肉料理と次々食べ尽くしていく。結局、一時間程度で四教科を解き終えてしまった。

 だが、日吉にとってはここからが始まりである。今度こそ帰ろうとする瀬川を引き留める。心底嫌そうな顔をされたがめげずに気持ちをぶつけた。


「瀬川。君と話がしたい」

「はあ?」

「今後のこととかさ、色々あるでしょ」

「……」


 養護教諭に席を外してもらい、室内で二人、向かい合う。当たり前のように視線は交わらない。腕やら足やらを組み、そっぽを向いている。まるで反抗期真っ只中の振る舞いだ。

 ふう、と一息ついて、日吉から口を開いた。


「登校する気はない?」

「ない」

「それはどうしてかな?」

「面倒」

「面倒、かあ。そういう抽象的なものじゃなくてもっとこう……」

「うるせえ」


 Gerberaであれだけの語彙力を発揮したのに、今は箇条書きのような話し方をしている。

 改善すべきところは変える、言ったところで何になる。相談に乗るから何でも話して欲しい、何もない。

 このようにてんで会話にならない。しかし、疑問をどんどん挙げなければいつまで経っても絡まった糸は解けない。あれこれ気になっていたことを振っているうちに、また瀬川は苛立ち始める。強い口調で彼は言った。

 曰く、ちゃんと言うことを聞く“いい子ちゃん”たちの面倒を見る方が有意義ではないか。Gerberaにも二度と来て欲しくない。兼村ともグルなんだろうから、だそうだ。

 痛いところを突かれて日吉は思わず呻いた。その声に、瀬川は「へえ」と気持ち嬉しそうに言う。


「おれ、カマかけただけなのに」

「……!」


 面にこそ出ていないが、きっと「してやったり」と思っているに違いない。

 ここでようやくにこやか日吉モードから闘志モードへ変換される。そんなことなどつゆ知らず、瀬川は足を組み替えて机へ頬杖を付く。


「あの人も学校の話振ってくるようになった。クソ、どこ行っても学校学校って」

「じゃあ退学したら?」

「……っ」


 その言葉に、一瞬瀬川の顔が強張った。下唇を少し噛んでいる。一気に曇った顔を見て、日吉は追い打ちをかける。


「勉強が苦痛なら辞めたらいい。けど、違うよね?実際に解いてるの見たけどすごい楽しそうだった。考査には必ず来る、ってことはそういうことでしょ?」

「……!」

「……もしかしたら、君のレベルに彩都(ここ)が付いていけてなくて授業がつまらない、のかな。でも、新しい発見とかあるかもしれないし、クラスの子たちも待って」


 瀬川は、跳ねるように立ち上がった。ダンッと机を叩く音が響いて、椅子は床へ寝転がってしまった。

 燃える瞳で日吉を見ている。初めて会ったときのように、彼の中で何かが怒りのトリガーになったらしい。

 彼は体を震わせながら目一杯叫んだ。


「うるさい黙れよッ!誰も待ってなんか……っ!」


 そこまで口にしてから、ハッとした顔になった。かと思えばすぐいつもの無表情に切り替わって、そのままバッグを手にして部屋から出ていこうとする。

 まだ話が、と言いかけながら空いた右腕を掴んだが強く振り払われる。振り返りもせず、いつもの調子で「忠告」と口にした。


「生き残りたいなら、“そっち”と仲良くしといたほうがいいよ」

「え……どういう意味?」

「そのまんまの意味。もう近寄んじゃねーぞクソ馬鹿教師」


 中指を立てながら去っていく背中は、角を曲がって昇降口へと向かっていく。それを黙って見守る──。















「待て瀬川ァ!」

「!?」

「この野郎!お前絶対(ぜってぇ)逃がさねえからな!」


 訳がなく、諦めず全力で追いかけることに決めた。猫を被るのももう飽きた。

 ちょうど靴を履き替えていた瀬川にもその声が届くくらいの雄叫びだった。すぐさま逃げようとしていた彼に容易く追いついた日吉は、再び腕を掴もうとする。

 それは空を切ったが勝負はまだまだこれからだ。ピュン、と外へ出ていく彼をそのまま追いかけた。打ち履きだろうと関係ない。とにかくなにがなんでも捕まえたかった。


「うおおおおおおおおお!」

「な、なんなんだよアンタ!」

「待てっつってんだろうがあああああああ!」

「……!」


 先程、保健室と職員室を行き来していたとき、日吉の疲れようといったら酷い有様だった。だからこそ油断してしまった。

 通学路、住宅街、エトセトラ。そうやって撒こうとしたが、走れども走れども追いついてくる。

 こんなに持久力があるとは思わず、瀬川は驚いていた。


(くっそ!いつまで追いかけて……!ってか、もう限界……っ!)


 沢山の本をバッグに詰め込む癖が足を引っ張っていた。肩も背中も重たくて、どんどん体力が削られていく。そもインドアな彼には基礎体力があまり備わっていないのも要因の一つだ。

 走るスピードが落ちてきて、まずい!と後ろを振り返ってみる。


「っは、はぁっ、はっ……?」


 そこには人っ子一人いなかった。

 瀬川は呼吸を整えながら警戒して辺りを見渡すが、やはり誰もいない。

 ほう、と一息ついたが、落ち着いて見てみれば辺りは知らない場所だった。自分が今どこにいるのか分からない。あれだけ縦横無尽、適当に走っていれば自然とそうなるか、と納得した。

 スマートフォンを取り出してマップを出してみる。ちょうど近くに飲食店があったため、店名で検索していると、後ろから声がかかる。


「ねえ、君迷ってるの?おじさんが案内してあげよっか?」


 今日は変な人間に絡まれる運勢なのだろうか。またもイライラして振り返ったが、時すでに遅し。背中に冷や汗が垂れていくのを感じた。

 そこには撒いたはずの日吉が立っていた。


「な、んで……!」

「ここねえ、十字路になってるから上手いこと隠れながら回ってこられるんですわ」


 先程の決死の形相とは違い、普段のにこにこ日吉に戻っているものの、雰囲気が明らかに違う。

 急いで踵を返したが文字通り首根っこを掴まれて逃げられなくなった。とんでもない腕力に、瀬川の顔は青ざめる。

 藻掻いているうちに重たいバッグが滑り落ち、代わりに瀬川は地面からちょっと浮いた。身長差も相まって、吊るされている気分になる。

 日吉は瀬川へバッグを持たせると、容赦なく引きずり歩き始めた。どんなに暴れて大声を出しても全く気にも留めない。


「離せ馬鹿ーッ!」

「ダメでーす」

「うっ、ぐ、け、警察……っ!呼んで……!」

「はいどーぞやってみてくださーい。いやー、疲れたわ。明後日辺り絶対筋肉痛だよ……」


 瀬川はぎゃんぎゃん喚く。踏ん張っては引きずられ、踏ん張っては引きずられ、を繰り返している。

 実家の犬も散歩から帰りたくない時はこんな風に抵抗したっけ。今年の年末は帰省するか。などと考えながら日吉は学校へ歩みを進めるのだった。

 その後、質問を続ける日吉VS黙秘権を行使する瀬川で攻防が交わされたが、結局解決に至らなかった。アルバイト先へは出勤時間ギリギリに到着して、ヘトヘトのまま仕事をこなしたのだった。


──考査二日目の朝。

 瀬川は駅の救護室で休んでいた。強い目眩がする。目を閉じても眼振が起き、ぐるぐると世界が回った。

 彼が、いつも香吹町や詩武屋へ向かってしまうのには理由があった。

 単に面倒だから、サボりたいからという気持ちからではなく、最寄り駅である“彩都高校前”で下車することがかなわないからだ。

 下車しようとすると冷や汗と動悸が止まらなくなって、気付けばドアが閉まっている。せっかく毎日登校しようと準備をしているのに、全て水の泡になる。

 過ぎてしまったり、降りるという意思が無ければ問題ない。ただ、登校や考査のような必ず下車しなければならない時、それは起きる。

 昨日もその症状が出たけれど、無理やり下車をして学校へ向かっていた。だが今日は症状が強く、構内でうずくまってしまい救護室送りとなったのである。


(……早めに出て良かった。全然間に合う)


 腕時計を見た瀬川は少しホッとする。最寄り駅から彩都へは徒歩数分圏内だ。10分前でも間に合う距離である。

 大好きなテストのために決死の思いで下車したのに、間に合わなかったからという理由で引き返すのは嫌だった。

 刻一刻と登校時間が迫り、いい頃合いで駅を出た。

嘔吐きながら昇降口まで来ると、要らない出迎えがあった。朗らかに笑う日吉である。

 その笑顔が気に食わないんだ、と視線をそらした。


「おはようさん。……おっ、今日大人しいな」


 本当に鬱陶しいと思いながら、内履きに履き替えていたその時、ぐらりと視界が揺れる。遠くから「危ない!」と声が聞こえた時には日吉の腕に抱えられていた。なんだか呼吸もしにくい。


「大丈夫か!?おいおい……顔色悪すぎ……」


 何か言いたかったが言葉が出てこない。頭が回らない。口にしようとすると嘔吐きそうになる。

 目をぎゅっと閉じて目眩とそれらを堪えた。


「……とりあえず、保健室行こうか」


 嫌いな人間にひょい、と抱え上げられて正直不快だったが暴れる元気もなかった。仕方なく体を預けてそのまま連れられていく。

 養護教諭に診てもらう頃には少し症状が改善されていたが、とりあえず一時間寝てみて悪化するようなら、帰宅をと促された。その場合、再び考査の機会を設けて貰えるよう上に頼む、と日吉も言っていた。

 正直悔しかったが、即帰宅よりはマシだった。1.5時間程度あれば残りの教科は終わらせられる。手の甲を額に当てて小さくため息をついた。


(くそ、なんでこんな大事なときに……)


 症状が出ることは分かっていたけれど、なにも最後の日にこんな強く出なくたっていいだろう。ぎり、と下唇を噛む。


「寝てるとこごめん」


 不意に日吉が話しかけてきた。いつもより気持ち静かだ。無視をした、というか、悪心が酷く話せないため黙るしかなかった。

 彼は、昨日瀬川を追いかけ回した挙げ句、遅くまで拘束してしまったことを謝罪してきた。

 平日はアルバイトしているのを失念するほど熱心になってしまった。自分が具合を悪くさせたかも、と彼は落ち込んでいる様子だった。

 本当にごめんね、と括ってベッドから離れていった。もう何度も見慣れた天井を見つめながら瀬川はこぼした。


「……忠告したのに」

「うん?なんか言った?」

「……一時間経ったら起こせっつった」

「おー、分かった。無理はするなよ」

(……こんなのに心配なんかして、馬鹿じゃねえの)


 心の中で悪態をつきながら目を閉じる。自分を疎む他の奴らのようにもっと下に見ればいい。扱いにくい、側に置きたくないと、人生から爪弾きにすればいいのに。昨日全力で追いかけてきたのだって、未だ理解に苦んでいる。

 ぼうっとしながらあの日を思い出す。


『これ、俺の名前と電話番号。俺直通だから安心して。困ったことあったら連絡してよ』


 あんなことを言っていたが、どうせ一ヶ月後くらいには自分に構わなくなるだろう。そうすればきっと負担も減って、楽しい教師生活を謳歌できるはず。

 お人好しの日吉とか呼ばれてそう、なんて思った。スマートフォンと手帳をしまってからうとうとし始めた瀬川はすぐ夢の世界へ旅立っていった。

 その後、無事回復した彼はやはり尋常じゃないスピードで食事を楽しんだ。

 満腹になっていよいよ帰宅しようとした時、日吉に引き留められる。

 また刑事ごっこかと思って、何か言ってやろうと振り返れば、日吉のしょげた姿が映った。あのさ、と元気のない声音で瀬川に言う。


「本当に、何かあれば言ってよ。いつでも聞くから。あ、俺Liteやってるから、電話嫌ならそっちでもいいし」

「しつこい」

「……分かった。気をつけて帰りな」


 なんだか今日は元気がない。前にどこかで見た、散歩ができなくてしょぼくれている犬みたいだった。

 わざわざ昇降口まで付いてきたし、見送りまでしてくれる。礼も言わずに背を向けるのが少し、ほんの少しだけ申し訳なく感じた。いや、気にする必要はない。忘れようと決心して駅へ向かう。

 アルバイトの時間まで、行きつけの図書館で時間を潰そうと訪れたはいいものの、どうにも調子が出なかった。脳みそはあの男の真意について考察を始めているらしい。読もうとしても解こうとしてもずっと頭を過る。


(ああ、腹立つ。邪魔すんな、馬鹿)


 柔和で朗らか、気が利いて、誰にでも好かれるタイプの人間と自分では一生マッチングするわけがない。

 瀬川はもう一度連絡先のメモを見て、何か書き加えた。それから、なんとか忘れるように目の前の文字列へ没頭することに努めた。


――――――――――――


「DNA鑑定?」

「そう。やってみない?」


 この日、偶然シフトのお休みが重なっていたあたしと凪は、街へ遊びに来ていた。

 バイトの休憩中とかLiteで話している時に、お互い洋服やアクセサリーに興味があるのを知ったからだ。試しに「遊び行こ!」と誘ってみたら意外にもOKされた。

 それからのあたしは、この日が来るのをとーっても楽しみにしていた!

 今日のコーデは、ビッグシャツにスカパン。もう足を出しても寒くない季節だし、やっと出番が来てよかったと思う。

 二つの三つ編みはゆるくほぐして、結び目を隠すようにくまのヘアフックを付けてある。

 駅前の広場で待っていると、凪が来る気配がした。説明が難しいんだけど……ピンとくるの。

 その方向を見てみると、やっぱりそこにいたのは凪だった。

 とろみのあるスラックスに可愛い柄のシャツ。近くで見ると髪の毛が紫色に変わっているし、パーマも違う型だったから、まじまじと見てしまった。

 「変?」と聞いてくる凪に、あたしは「かっこいい!」と素直に答える。顔には出なかったけど、ちょっと照れていたみたい。

 その後は、309でウインドウショピングをしたり、ゲーセンでプリクラを撮ったりした。あたしが思いっきりデコったそれを、お互いスマホケースの内側に挟んだ。

 凪はしばらくそれを眺めて言った。


「なんか……目、でかくね?」

「今はどれだけ盛れるかが勝負なの!いいな〜凪かわいいしスタイルいい〜!」

「それって加工……?のおかげなんじゃねえの?別に顔だって一緒じゃん」

「それって褒めてる!?よね!」

「っせーな……」


 凪はゲーセンに来たことがないみたいで、興味津々にしていた。そんな凪を見て、何かをあげたくなった。

 実はあたし、クレーンゲームが得意なのだ!だから、ぬいぐるみを取ってプレゼントしたの。小さい物だったけど、少し嬉しそうにしていてやっぱり可愛いなーと思った。

 それからいっぱい歩いて疲れたし、お腹も減ったからファミレスに入った。そしてさっきの会話に繋がるわけ。

 凪が考える素振りをしているうちに、あたしはこっそりタッチパネルでチョコレートパフェを二つ頼んだ。

運んできてくれたロボットに手を振っているのを見て、凪は目を丸くしていた。

 届いたチョコレートパフェを同じタイミングでつついて食べ始める。ぱっと目が合ってあたしは笑った。


「ちっ、勝手に頼むなよ」

「食べたかったでしょ?」

「……まあ」

「んもうっ。ちゃんと昨日調べて、コーンフレーク入ってるお店選んだんだよー?もっと美味しそうに食べてくださあい」

「そりゃどうも。ふうん……バナナなかったら選ばなかったのか」

「うっ」


 あたしはパフェを頼んだとき、九条先輩曰くの、“交信”をしなかった。でも、凪がパフェを食べたがっているのが何となく分かった。

 凪とあたしは、出会ってから今日まで色んな時間を過ごすうちに、もしかして自分たちは一卵性の双子かも?なんて考え始めていた。

 面接でのことだったり、今のパフェのことだったりこういうことがたくさんある。ありすぎるの。きっとそうなんだと思う。だからこそ、ハッキリしておきたかった。

 鑑定なんて必要ないって凪もあたしも分かってる。それでもちゃんとした証が欲しかった。

 違うよ、って結果が出ればそっくりさんでーす!とかネタに出来たりするけど、そうじゃなかったら……あたしたちには真実を知る権利が出来る。

 凪は、頬杖を付いて窓の外を見ながら諦めたように言った。


「分かったよ。確か……キット取り寄せて、粘膜やら髪の毛やら送るんだっけ」

「へー!そうなんだ!」


 知らなかったからすごい!と言うと凪からはますます大きなため息が出る。


「あのさあ、知らないで提案してきたわけ?」

「うんっ。病院とか行くのかなあと思ってたー。ま、凪に聞けばなんとかなるかなって!」

「ったく、七海は昔っからそういうとこ……」


 昔から、という言葉にとってもびっくりした。ついこの間、初めて出会ったのに。

 あたしだけじゃなく言った本人もびっくりした顔をしている。

 凪は少し慌てて否定する。


「いや、そんなことあり得ない。おれは七海を今まで知らなかった。施設の近くに行ったこともない。もしどこかですれ違ってたら覚えてるはず。記憶力には自信ある」

「そ……そうだよね!あはは、なんでだろ……」

「否定の方法だってちゃんとある。どっちかが上手いこと誘導してたか、内通者がいて事前に情報を手に入れてたか。例えば、おれが七海の質問に答える。それに対して必ず七海は正解と言う。次にその反対をやって肯定する。ここまで顔が似てるんだ。それを続けていけば何も知らない奴らからすれば“そう”見える」

「……」

「名前の響きだってそう。お互い隠してるだけで本当はななみかもしれないし、なぎさかもしれない」

「……」


 あたしは凪と目を合わせられなくなっていた。

 凪もそうだった。上か下を見て、次々否定の方法を思い付いてはあたしに話す。

 凪にそんな否定されたくないな。もしあたしと双子だったら嫌なのかな。と思っていたとき、でも、と凪が呟いた。


「……おれは七海を否定したくないし、されたくもない」

「……!」

「やろう、鑑定」

「……うん!あのね、凪、あたしね」

「ん?」


 あたしはまだ手を付けてないそれを、凪のそれにくっつけた。


「このさ、さくらんぼみたいにさ、双子だったらいいなって思うよ」

「……おれも」


 さくらんぼを最後まで取っておくクセも、一緒だった。


 その後は、どこへ行くのにでも手を繋いで歩いた。珍しい目で見られることもあったけど、そんなの気にならなかった。なんだか懐かしい感じがして、楽しくて、嬉しくて、心がぽかぽかしたの。

 とうとう帰る時間になってしまったけど、どうしてかあたしは駄々をこねてしまった。鼻の奥がツンとして、涙まで出てきてしまう。

 それを見た凪は相変わらず無表情だった。少ししてから、誰もいない路地裏にあたしを引っ張って行った。

 あたしを隠すように、人混みに背を向けて凪は立っている。紫色の髪が後ろの光に透けて、綺麗だなと思った。

 凪は、いつもとは違うやさしい声で言った。


「……今日、絶対七海に言おうと思ってたことがある。タイミング逃してなかなか言えなかった」

「うん……」

「……多分七海も“あの時”聞いたと思う」

「うん……っ」


 次に来る言葉が分かってしまって、ますます涙が溢れてきて止まらない。

 凪はあたしの指と自分の指とを絡め合う。おでこをこつんとくっつけてから、小さく囁いた。


「ずっといっしょだよ。双子じゃなくたって」

「うっ、うぅ……!」

「んだよ、そんなに泣くなって」

「凪の代わりに、泣いてるの……っ!」

「……そりゃどーも」

「うう……なんだろ……すごくあんしんする……」

「……そうだね」


 二人でしばらくそうやって過ごした。

 今までで一番、いっちばん、しあわせな時間だったと思う。



子猫ちゃんが親に首根っこかみかみされてドナドナされていくの可愛いですよね。

ちなみにチョコバナナパフェが好きです。


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