悪魔の棲むかまくら
冬のシカゴはとても寒い。
郊外の住宅地は雪に埋もれそうだった。
しかし子どもたちは元気がいい。
新年の朝はよく晴れて、みんなで雪遊びを楽しんでいる。
うちの息子と娘も彼らに混じって楽しそうに雪玉を作ってはメジャーリーガーの物まねをしながら放り投げていた。
隣に住む日本人のショーヘイが雪で家のようなものを作っているのを見つけた。
「ヘイ、ショーヘイ。それはイグルーを作っているのか?」
俺がそう聞きながら近寄ると、ショーヘイが人懐っこい笑顔を雪のむこうからひょこっと出した。
「おはよう、サムさん。これはかまくらというものだ。エスキモーのイグルーに確かに似ているけどね」
「へえ? どこが違うんだい?」
「イグルーは雪をレンガのようにして組み立てるだろ? かまくらは雪の山を作ってから、中を掘り出すんだ。日本の冬の伝統的な雪遊びなんだけどね」
「ふうん?」
俺は興味津々で中を覗き込んだ。
「中はあったかいのか?」
「うん。雪で作るのに中はあったかくなる。もう少しで完成だよ。完成したら子どもたちを呼んで、中で休憩してもらおう」
ショーヘイはいいやつだ。有名なベースボールプレイヤーと同じ名前で、顔も性格もなんとなく似ている。俺のワイフもファンだと言っている。それを考えるとファックだが、まぁいいやつなのは間違いないからな。
「出来たよ!」
ショーヘイがそう言って立ち上がり、ダウンジャケットにつきまくっている雪を手で払った。
「よーし、みんなを呼んでやろう。喜ぶかな?」
子どもたちを呼びに走るショーヘイの背中を見送りながら、ふふっと笑ってしまった。本当に、いいやつだ。ワイフにとどまらず俺まで惚れちまいそうだ。
振り返り、ショーヘイが作った『かまくら』とやらを、少し遠くから眺めた。いい腕してやがる。アイツ大工にもなれるんじゃないか?
かまくらの穴の中で、何かが動いた。
青黒い顔をした何かが穴から覗き、俺をじっと見ている。
「オイオイ……。ショーヘイのやつ、ドッキリでも仕込んでやがるのか?」
俺は近づき、中を覗き込んだ。
何もいない。そこにはただ白一色の空間があるだけだった。
「おかしいな……」
俺はかまくらから離れ、鼻の頭を掻いた。
「確かに……さっき……」
もう一度振り返ると、確かに何かが穴から覗いていた。
顔を半分出して、コウモリのような牛のような、そんな獣の顔がじっと俺を睨んでいる。
ダッシュで俺が駆け寄ると、サッと隠れた。
すぐに中を覗き込んだが、やはり何もいない。
「大変だ……」
俺は顔面が蒼白になった。
「悪魔が棲んでやがる! 子どもたちをここに入れちゃいけねえ!」
俺はスコップを取ると、かまくらをぶっ壊しはじめた。
なかなか手強かったが、マッチョなアメリカ人を舐めちゃいけねえ。
ショーヘイが子どもたちを連れて帰ってくるまでに、なんとか粉々に破壊できた。
「サム……」
ショーヘイの俺を見る目が冷たかった。
「どういうことだ、これは?」
俺は説明に窮した。
悪魔が……なんて言っても信じてもらえるわけがねぇ。
「もしかして……僕が日本人だから?」
ショーヘイの目が寂しそうに曇った。
「アメリカ人て、やっぱり差別感情、あるんだ?」
子どもたちも俺を非難する目で見ている。
みんなショーヘイが大好きなんだ。俺は言えなかった、そのショーヘイが作ったかまくらの中に悪魔がいたなんて。
「すまん!」
俺は日本人のように頭を下げ、謝った。
「俺、ショーヘイが憎かったんだ! 羨ましかったんだよ、おまえの人気が! それでつい、おまえの作ったかまくらまで憎くなって、ぶっ壊しちまった!」
「なんだよ、それ……」
「バカなやつだろ? 恥ずかしいよ、そんな真面目な顔で見られると、よ。笑ってくれ! 笑ってやってくれよ!」
「は……ハハ……」
「ウ……ウハハ!」
俺も笑ってみせると、ショーヘイは腹を抱えて笑いだした。
よかった。やっぱりショーヘイはナイスガイだ。子どもたちもつられて笑い、その場が丸く収まった。
俺が悪魔から子どもたちを守ったなんてことはどうでもいい。人気者はショーヘイだ。ショーヘイを人気者のままに保って、子どもたちを守れて、俺は腹の中をぶちまけることでショーヘイとさらに仲良くなれた気がする。
これでいい。すべては丸く収まった。