第196話 落とし穴の中で ★ライト SIDE
リオが吸い込まれた穴は、途中から滑り台の様になっていて、目を瞑っていると体をぶつけてしまう人間を何人か見て来た。穴の中は真っ暗で、魔法で灯りをつけないと何も見えないから仕方ないんだけどな。
そんな穴の中を、リオは自身に魔力をうっすらとまとって、柔らかくホワンと光る事で灯りの代わりとなり、ゆっくりと飛行魔法でおりて行った。リオの魔力は精霊の魔力に近いから、あの程度であれば人間だと気づかれないだろう。怪我する事は無さそうだし、穴の終わりに先回って待機しておこうか。
吾輩はカミルを護衛する様に言われていたが、カミルには体のデカいお爺さんがついていてくれると分かった。2人が一緒にいる時、魔力がとても穏やかで、仲が良い事が分かったから、地下牢の様な所へ入って行っても安心して見ていられた。
精霊は、人間の心の動きに敏感だからな。魔力の揺らぎが見えるのも関係しているのかも知れないが、これは嫌なんだなとか、こうされると嬉しいんだなってすぐに分かる。だから精霊達は小さないたずらをして揶揄いながらも、契約者や人間が喜ぶ事をしたがるのだ。
そんな純粋な精霊達が、人間に騙されたり、無理矢理従わされる事は、吾輩の作った魔道具もそうだったが、今ではあり得ると知っている。そして、リオが精霊達を守ろうとしているから、吾輩もそんな精霊達を守ってあげたいと思った。
リオが、『人間は、弱い者や大事な人を助けたり守る為に、強さや賢さという力を持つのよ。誰かを守りたいと思うなら、心も体も強くなりなさい。そして、その強さの中には必ず優しさが無ければ、本当の強さとは言えないのよ。覚えておいてね』と、ルトって子供に言っているのを聞いた。悪い事に力を使っちゃ駄目だから、きっと優しい強さじゃなきゃ駄目なんだな。
今なら、吾輩が何故悪い事をしたのか、何が足りなかったのかが分かる。そしてそれは、周りの人達に助けられ、教えて貰えたから知り得た知識なんだよな。精霊の王様も、リオも、カミルも、他の精霊達も、皆んな聞けば教えてくれるんだ。だから、もう1人じゃ無いって、寂しく無いって言える強さを得たから、吾輩は仲間の為に強くありたいと思うし、誰かの手伝いが出来たらと思う。
今回は、王様が行っておいでって許可してくれたから、リオやカミルを助けるチャンスが来たんだ。何が出来るか分からないけど、誰も怪我せずに帰れる様、吾輩も頑張ろうと思っている。それに、ここは何故か、母上の気配を感じる気がするんだ。正しくは、気配と言うより温もり?うーん、違うな……精霊達の苦しい感情が大き過ぎて、上手く感じ取れないんだ。
おっと、ここが穴の出口だ。ここは少し大きな部屋になっていて扉もあり、鍵がかかっている。部屋には男が5人。たった5人でリオに何が出来るんだろうな?お?変な魔道具を持ってる男がいるぞ。あいつだけは気を付けなければだ。吾輩はどんな魔道具か分からない時、下手に手を出せないんだ。王様に、人間が作った物に興味があるからと触れては大変な事になるかも知れないから気をつける様に言われているからな。
リオの気配が近付いて来ているな?ん?カミルの気配はこの下からするのか。精霊達の気配は少し遠いが、吾輩が感知出来る距離にいるな。王様が、人には出来ない事を意識して教えてあげる方が喜ぶと言っていたからな。カミルかリオと話す機会があったら教えてあげようと思うぞ。
ん?穴からリオが顔を出したな。灯りも消しているし隠密魔法を掛けているから、男達はリオに全く気づいて無いぞ。お、吾輩がリオに見つかったな。笑顔で手を振ってくれている。リオはどうする気なんだろうな?リオの近くまで行って、指示を仰ぐか。いや、念話で大丈夫か?
『リオ、どうするんだ?』
『ライ、精霊達は何処か分かる?』
『あぁ、少し遠いが感じられる場所にいるぞ』
『じゃあ、そこへ行きたいわ。転移は危険な可能性があるから、バレない様に隠れながら向かいましょう』
『そこまでする必要は無いと思うぞ?こいつら魔法はからきし使えない』
『ライ、この国には私達が知らない魔道具もあるの。だからね、例えば、彼らの魔力が弱いからこそ、強い魔力に反応する魔道具があるかも知れないでしょう?』
『あぁ、なるほどな。自分達の安全が確実な魔道具を作るのは賢いな。今後も魔力が弱いままってのが前提になるけどな』
『ふふっ、頑張ってお勉強して来たのね。自分で考えて行動出来て、カッコ良いわ。さて、ここから出るにはどうしたら良いかしらね?』
『この穴を上に少し戻ると、外からの風をわずかながら感じたぞ。大きさ的に扉がありそうだ。王が逃げる為に作ったのかも知れないな』
『凄いわね、ライ!ありがとう、助かるわ。そこを使って見ましょう』
吾輩とリオは、穴の中に戻って扉を見つけた。わかりづらいが、指を掛けられる場所があるな。
『開けるわよ?』
『リオ、待て。一度空気の流れを止めないと、恐らく音や風でバレるぞ?』
『あ、確かにね?防御膜と防音膜を同時に張れば大丈夫かしら?』
『恐らく大丈夫だが、出来るだけ魔力を弱めでな』
『それは大丈夫よ。防御膜と防音膜を同時に少ない魔力で長く張る為の練習もしてたのよ。ふふっ、こんな小さな事すら色んな所で役に立つのね』
『そうだな。王様が、経験には、しなくて良かった事など無いんだって言ってたぞ』
『あら、難しい事を教えるのね。そうね、無駄な経験なんて無いわね。これまでの経験は全て、私を作る一部になっているわ』
リオは優しく微笑むと、防御膜と防音膜を同時に薄く張った。確かに防御膜のみの時と同じ魔力量で維持しているな。人間でここまで精度の高い魔力制御を出来るのは、リオのお爺さんぐらいだと思っていたが……さすが、蛙の子は蛙なのだろうな。あ、血の繋がりは無いんだったか。それにしても、2人は考えや行動が似てるよな。賢者だからか?不思議だな。
リオが頷くのを見て、外に続くであろう扉をゆっくりと少しだけ開いた。外に人がいるな。こちらを見てはいないから、隠密魔法をかけてそーっと出るか。
『リオ、人がいる。隠密魔法を』
『了解』
リオは隠密魔法をかけると、人が通れるぐらい開いた扉の隙間をスルリと抜け出て扉を支えてくれた。吾輩も同じく外へ出る。静かに扉を閉めると、リオに手を引かれて屋根の上に向かった。
この城はアンタレス帝国やデュルギス王国に比べると、とても小さいな。1番高いと思われる建物の屋根の上に立っても、近場と言うか、この辺りを見渡すので精一杯だ。
『ねぇ、ライ。精霊達の居る方角はどっちかしら?』
『あぁ、あっちだ。恐らく、屋根が赤い建物だろう。近くまで行って確かめるか、吾輩が見て来よう』
『いえ、大丈夫よ。確かにあの建物から、苦しんでいる精霊達の声が聞こえるわ』
精霊の声?吾輩も聞こえるかも知れないと、一生懸命集中して耳をすましてみても、全く聞こえないな。リオにしか聞こえていないのか?
『リオには声が聞こえるのか?吾輩には全く聞こえないぞ?』
『そうなの?ライは精霊達が沢山集まっている場所を、精霊達の気配で探したのかしら?』
『そうだ。精霊の気配は人間とは違うからな。精霊がいない筈のこの国では、精霊が集まっている場所を探した方が早いと思ったからそうしたんだ』
『そうね、それが手っ取り早いわよね。じゃあ、あの場所の他には精霊の気配ってある?少ない数だけど、力の強い精霊かしら……』
『…………あるな。凄いな、リオは。吾輩、全く気が付かなかったぞ』
『恐らくそこが、魔道具を製造している場所ね。最初に見つけた場所は、精霊達の力を奪っている場所だと思うわ』
『ん?力の弱い者から力を奪っているのか?』
『ええ。精霊は恐らく人間よりは強くても、1匹1匹の力は弱いのでしょうね。弱い方が扱いやすい……数が多くても力を奪いやすいから、弱い子達から力を奪っているのだと思うわ。そして、その子達を盾にして……強い精霊達は脅されているのでは無いかしらね。言う事を聞かなければ、弱い精霊達を消滅させるぞ、とでも言って』
『酷いな……』
『本当にね。優しいからこそ、逃げる事も出来なかったのでしょうからね。そんな精霊達を早く助けましょう。焦らず、でも急いで助けるわよ!』
『あぁ、勿論だ。指示してくれたら、その通りに動く』
『それじゃあ、爺やとカミルに伝言をお願いしたいわ。転移魔法を使わずに、時間が掛かっても良いからバレない様に注意を払って行って来てもらえるかしら?』
『任せろ。間違いなく、伝言を届けるぞ』
リオは微笑んで、2人への伝言をメモに書いてから、手の平で隠れるぐらいの大きさに畳んでから渡してくれた。
『ライ、よろしくね。道中、気を付けて』
『リオもな。無茶しちゃ駄目だぞ?』
『ふふっ、分かったわ。今後は爺やに従ってくれる?恐らく何かしら考えているだろうから、力を貸してあげてね』
『分かった』
吾輩はしっかり頷くと、カミルの気配を探って、魔力を使い過ぎない様に気を付けながらカミルのもとに向かった。その時、確かに母上の気配を感じたが、今はリオの伝言を届けるのが先だ。きっと母上も、吾輩がちゃんと手伝いをしてる方が嬉しいだろうからな。吾輩も、『優先順位』を考えて行動出来る様になった所を母上に見てもらえるなら、それも悪くないと思うぞ。
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