第190話 その頃のカミル ★カミル SIDE
ザラカン王国の王城へ転移したのだろうか?無言のまま腕を掴まれ転移された僕は、複雑な柄のカーペットの敷かれている、それなりに広い応接室の様な場所に立っていた。
「コノヘヤスキニツカエ。メシクウカ?」
「いいえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。ザラカン王国の国王に謁見させて頂きましたら、直ぐにでも帰ろうと思っていますので、どうぞお気遣いなく」
ザラカン王国に滞在している間はこの部屋を使えと言っているのだろうね。恐らく奥の扉から先がプライベートルームかベッドルームになっているのだろう。感謝の気持ちを込めて僕が丁寧に答えると、『ボス』と呼ばれていた男は「〝ハッ〟」と鼻で笑った。
「〝そんなに簡単に帰すわけがねぇだろ。大丈夫か?王太子がコレでよぉ?〟」
「〝デュルギスは大国だからな。周りに優秀なのが多いんだろう。コイツもひょろっとしてるし、戦の最前線へ出た経験すら無いんじゃないか?〟」
確かに戦に出た事は無いなぁ。デュルギス王国は他国と争う事は無く平和だったからね。魔物とは沢山戦ったけど、スタンピードが起こった事は知られて無いのだろうか?まぁ、知っていたらあんなセリフは出て来ないだろう。大半はリオが倒したから、僕が偉そうには言えないのだけどね?ふふっ。
「〝まぁ、純粋な力でなら勝てそうだよな。ただ、デュルギス王国の王族だろう?精霊の様に転移は出来ないにしろ、魔法が使えるらしいからな。誰か1人残って監視しろよ〟」
「〝俺が残ろう。公用語を話せないヤツが残ってもおかしいだろう?〟」
「〝そうだな。任せたぞ、デク〟」
デクと呼ばれた片言で公用語を話す大男以外は全員、ぞろぞろと部屋から出て行った。そんな事より、気になったのは名前だよね。僕の幼馴染が師匠に呼ばれていた愛称だ。
「デク?」
デクと呼ばれていた大男は、人差し指を立て「シー」と小声で言った。僕は防音膜を無詠唱で張ると、男をじっくり観察する。敵か味方か?
「坊ちゃん、防音膜がこんなに綺麗に張れる様になられたのですな!爺は感無量ですぞ〜」
ん?爺?僕に爺と呼ばれていた人間と言えば……主治医のトリス爺と母上の父親ぐらいしか……あれ?
「ん?ええ?爺?ええ――――!?本当にあの爺?僕の母方の祖父の?」
「そうですぞ〜!久々に会えて嬉しゅうございます。まさか、王太子になられていて、婚約者が聖女様とは思いませんでしたがなぁ〜」
先程砂漠でしていた会話で察したのだろうね。説明しなくて済むのは助かるけど、目はどうしたのだろうね?
「あぁ、そうだね。爺が旅に出たのは僕が20歳ぐらいの時だったかな?それにしても、『目』以外は見た目が変わってないのに分からなかったよ……」
「ほほっ、この格好ですからなぁ〜」
盗賊の様な衣装をヒラヒラとさせ、戯けて見せる爺は、目の事を言いたく無いのかな?話しを逸らされた気がするから、触れずにいた方が良いだろう。それより、何故爺がザラカン王国に居るのだろうね?
「あ――――!もしかして、知らせが行ってないのか!」
「ん?どうなさいました?」
「あのね、爺。落ち着いて聞いてね?王妃である僕の母……爺の娘オリビアは、リオ……僕の婚約者が治療してくれたから、今はすっかり元気になったんだよ」
爺が国を出て旅をする事になった理由は、国内では手を尽くしても母上の病を治すことが出来なかったせいなんだよね。医者に任せていても埒が明かないからと、息子に家を継がせ、その翌日には家を飛び出していたらしいんだ。要は、母上の病を治す為だったんだよね。
「え?ええっ?な、治った……?オリビアの病が?どんな事をしても治らなかったのですぞ?えぇ?本当に、治ったと仰るのですか?」
「うん、本当だよ、爺。それもつい先月だったかな?痣も綺麗に消え、今では隔離も解除されたから、父上と同じ部屋でお過ごしになっていて、毎日幸せそうにしていらっしゃるよ。リオの王妃教育も任せているんだけど、毎日が楽しそうになさっていて、僕も安心しているんだよ」
爺は驚いた後、少ししてからホッとした顔をしていた。あれから40年だからね。理解するのに少し時間がかかるよね。そんな爺は体の力が抜けたのか、ソファの前までフラフラと歩いて行くと、ドサッとソファに体を預けた。少し目尻が光っていたね。僕も気が利かなかったね。もっと早くに……あぁ、爺がザラカン王国に居た事を、僕も今の今まで知らなかったのだから、どちらにしろ伝えるのは難しかったかもね?
「そ、そうでしたか……そうなのですな。ありがたい事です。まだ信じ切れていませんが……そうだとしたら、聖女様に御礼を伝えに戻らねばなりませんな。殿下、教えていただき、ありがとうございます。それでは今はオリビアに会えるのでしょうか?自分自身が信じられる様、会って確認したいと思いますが……」
「うん、もう会える筈だよ。爺なら当日でも会えるんじゃ無い?僕が後で伝えておくね」
「それはありがたい!ん?後で?」
あぁ、普通であれば今直ぐにデュルギス王国に帰れない事は分かっているから『後日』と言うだろうね。僕にはシルビーが居るから……念話が通じれば、だけどね。試して見なきゃ。
「あぁ、僕は精霊と念話が出来るんだ。だから、この距離でも念話が出来るか試して見て、大丈夫そうだったら伝えておくからね」
「精霊と念話、ですか?」
非現実的過ぎて分かりづらいかなぁ?あぁ、精霊と念話が出来る事すら知られて無いかも知れないね?デュルギス王国にはつい最近まで精霊が居なかったのだから。
「話すと長くなるんだけどね。聖女であるリオが『女神の愛し子』で、精霊と契約したんだ。それで、僕も契約出来たら良いのにと話していたら、精霊王に僕ならと言っていただいて、今は僕も精霊と契約しているんだよ」
爺は固まったまま動かないね。僕が精霊と契約している事を、とても驚いているのだろう。まぁ、当たり前だよね。爺がデュルギス王国にいた頃、精霊と契約出来るのは、アンタレス帝国の皇族のみだったのだから。
コンコンとノックの音がする。慌てて防音膜を解除すると、爺は扉に向かって声を上げる。
「〝誰だ?〟」
「〝あぁ、やはりこちらにいらしたのですね〟」
「〝ん?あー、お前か。中に入って良いぞ〟」
「〝え?私なんぞが王太子殿下の前には……〟」
ん?これまでの男達とは違って、とても控え目な人の様だね?それも爺の知り合いらしい。それなら大丈夫かな。
「〝構わないよ〟」
「〝あぁ、やはり言葉も理解していらしたのですな〟」
爺は嬉しそうに優しい目つきで僕を見ている。まるで孫を見る祖父……まぁ、その通りなんだけどね?ふふっ。成長した事を喜んで貰えるのって、なんだか嬉しいね。
「〝それでは失礼致します。カミル王太子殿下、初めてお目にかかります。私はアイザック=バンダーウッドと申します。数年前までこの国の使者をしておりましたが、今は小間使いの真似事をやっております〟」
僕が西の言葉を理解していると他の者に知られない様、この部屋全体に防音膜を張った。爺は直ぐに気がついたが、アイザック殿は気づいていない様だ。爺は昔から魔力の揺らぎに敏感だったんだよね。まるでリオの様だね。
「〝初めまして、アイザック殿。貴殿は爺とお知り合いなのですか?〟」
「〝爺?あぁ、そちらの彼は『デク』という愛称で旅をし、娘さんの薬を探し求めている優しきお方ですので、私の方からお友達になって欲しいとお願いしたのですよ。ふふふっ〟」
アイザック殿はお茶目な人らしい。嫌味は無く、話しやすい印象で、可愛らしいお爺ちゃんって感じかな。
「〝アイザックはザラカンの人間なのに、虐められている精霊や動物達を守ろうと体を張って助けては怪我をするのですよ。だから黙って見ていられなくなってしまって〟」
「〝ん?使者で精霊や動物を守る……?もしかして、アンタレス帝国で王子だった現皇帝に『精霊を助けてくれ』と強行突破した使者殿では?〟」
「〝えぇっ!?何故そんな昔の事をご存知でいらっしゃるのですか!?〟」
あぁ、友好国となった事を知らなければ、確かに驚くかな?アンタレス帝国の皇太子とデュルギス王国の王太子である僕が仲が良い事を知っている国も、まだ無い筈だからね。
「〝今のデュルギス王国は、アンタレス帝国と友好国になったのですよ。まぁ、全てはリオのお陰なのですけどね〟」
「〝ま、まさか、噂の聖女様が?〟」
ん?僕の婚約者はザラカン王国でも人気者なのかな?また牽制すべき人間が増えると嫌だなぁ……今の所、リオを他の男から守ってくれるのは、師匠とジャンと幼馴染達ぐらいなんだよなぁ……早く結婚したい……
「〝ザラカン王国にまでリオの噂が?今回、拐われそうになったのは、リオだと思われるのですが……2度とリオを狙わない様にお灸を据えてから帰らねばと思っているんですよね〟」
「〝聖女様は殿下の婚約者様とお聞きしております。転移した時に御一緒だったのでしょうか?その時の状況を詳しく教えて頂けますか?〟」
「〝詳しくと言っても、リオと庭園を散歩していたら猫の親子に出会って、子猫に手の甲……ほら、ここね。噛まれたら視界がグニャリと歪んで転移していたんだよ〟」
僕は噛まれた左手の甲を2人に見える様に前に出した。すると、アイザック殿がバタバタと慌て出した。
「〝な、なんと!まだ傷が塞がっておられないではありませんか!す、すぐに消毒液をお持ちしましょう!〟」
「〝あ、それなら大丈夫ですよ。爺、お願い出来る?〟」
「〝お任せください〟」
爺は光属性の魔法が使えるからね。伯爵家の人間ではとても珍しいらしい。だから爺の実家は伯爵家の中では1番偉いんだよね。その娘である母上も多少使えるみたいなんだけど……母上の場合は光属性の適性があるだけで、扱うのは苦手らしい。元々、光と闇の魔法は扱いが難しいものが多いんだよね。
「〝す、素晴らしい……〟」
「〝聖女様には全く敵わないと思いますが、今は我慢してくださいね、坊ちゃん〟」
感激するアイザック殿の言葉に、わざと戯けてみせる爺。昔から褒められるのが苦手だったよね。そう言えばそうだったと、今、思い出したよ。
「〝ねぇ、爺?いい加減、坊ちゃんはやめよう?〟」
他所で言われるのがちょっと恥ずかしくて、ジトっとした目で爺を見るが、爺はニヤッと笑っただけだった。
「〝ふふっ、お2人は仲がよろしいのですね。カミル殿下、その噛みついた子猫は精霊です〟」
急に本題に戻ったね。それにしても、精霊が……もしかして、精霊を無理矢理従わせているのか?アイザック殿は詳しく知っている様だね?
「〝どうしてご存知なのです?アイザック殿はこの国の精霊達についてなど、どれくらいご存知なのでしょうか。お聞きしても?〟」
アイザック殿は苦い顔をしながら説明してくれた。これまで助ける事の出来なかった精霊や動物達に心を痛めている様だった。
「〝我が国の者がアンタレス帝国へ不法侵入し、精霊を乱獲……その精霊達から力を奪う事で『転移魔法が使える魔道具』を作ったり、精霊達を操って物を奪ったりと盗賊の真似事をさせている事は把握しております〟」
「〝『精霊を繋ぐ魔道具』は知っているかい?〟」
「〝存在している事は存じ上げております。ですが、実物を見た事はありません〟」
ふぅん?アイザック殿は、この国のお偉いさんには信用されていないのかな?それともアンタレス帝国の元皇帝や現皇帝に精霊を助けて欲しいと助けを乞うた事が知れているのか……それでも王宮で働いていると言う事は、仕事は出来てこの国には必要な人材なんだろうね?
ん?この国のお偉いさんが悪い事をしていると決めつけて良いのだろうか?さっきの盗賊みたいな人達はただの駒なのかなぁ?最悪を想定するならば、僕の前で絶対に精霊の話なんてしないよね……やはり悪いのは上流階級の者達だろう。盗賊達がずっと犯罪を続けていられるだけ賢く、力のある上の人間がいる筈だよね。正しく言うならば、賢い人間がいなければ、ここまでの大掛かりな犯罪は無理だろう。
「〝自分は見た事がありますが……首輪の様な物の首の後ろ側に針がついており、精霊の首根っこに刺さっている様でした。助けようと近づいた事はありますが、逃げてしまうので外す行為を試した事はありません〟」
爺もその魔道具を把握しているのであれば、存在する事は間違い無いだろうね。
「〝なるほど……アンタレス帝国の皇帝が仰っていた通りの様だね。まだ擬態化出来ていない精霊も捕まえられると聞いたが、知っているかい?〟」
「〝申し訳ございません。私は精霊を捕獲しに行った事は無いので、使っているのを見た事は無いのです〟」
「〝あぁ、そうか。アンタレス帝国にしか精霊は居ない筈なんだものね。今ではデュルギス王国にも居るけど、あくまでイレギュラーだしね〟」
「〝坊ちゃん、そう言えば、精霊と念話なさる予定なのでは?〟」
ん?早く精霊と念話しろと言っているのかな?分からないけど、ここは爺の言う通りに進めようかな。
「〝そうだね。出来るか試してみようかな。リオが作ったアクセサリーがあるから、恐らく大丈夫だとは思うのだけど〟」
僕は出来るだけ強く、ハッキリとした言葉でシルビーに念を送った。
『シルビー、聞こえるかい?僕だよ、カミルだよ』
『…………カミル?聞こえるよ〜!何でそんなに楽しそうなの〜?』
あぁ、シルビーには僕の気持ちが分かるんだっけ。何故楽しそうなのかまでは分からないみたいだから、本当に『契約者の感情』だけが分かるんだね。
『僕のお祖父ちゃんがザラカン王国に居たんだよ。僕は大丈夫だからと、リオに伝えてくれる?』
『うん、分かった〜。でも、リオ達はそっちにカミルを迎えに行く予定だって〜』
『デュルギス王国で待っていてくれても大丈夫だよ?シルビーと念話出来た時点でいつでも戻れるでしょ?』
父上達に何か考えでもあるのかな?シルビーとの会話では、どうしたいのかイマイチ分からないね。
『ん〜……じーちゃんが、多分、すっごく怒ってる〜。リオが泣いたからだと思う〜。ザラカン王国を潰すつもりみたいだよ〜』
『ええ!?魔道具は無くすべきだと思うけど……あぁ、うん、そうだね。この国の頭だけ潰して、魔道具を根絶して、アイザック殿に国民を任せたら良いのかな』
『やっぱりカミルも考える事は同じなんだね〜。王様が、頼める人がいるのなら、思いっ切り暴れて来れば良いって、リオに伝えてって言ってたの〜』
『え?どっちの王様が言ってたのかな?』
『えっとね〜、カミルの父親の王様と、ジャンの父親の王様と、精霊王の王様だよ〜』
『えぇ…………』
アンタレス帝国の皇帝は、精霊達を守りたいと前に言っていたから理由は分かるね。父上は……師匠と理由は同じでリオを泣かせたからだったりするのかもね。母上もリオを気に入ってるから、父上と同調してそうだね。精霊王は……恐らく全てをリオに終わらせて欲しいんだろうね。リオはこの世界の救世主である事は確かだからね。
それにしても、リオは僕が拐われて泣いていたの?何か……未来予知でも見たのかなぁ?リオにしては珍しい動揺の仕方の様な気がするね。内容を知りたいけど、シルビーを通してでは無くて、リオに直接聞きたいなぁ。ザラカン王国に迎えに来てくれるみたいだし、その時に聞いてみようと思うよ。
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