第153話 実は何気にシスコン ★ジェームズ皇帝 SIDE
本来なら、王国に借りを作るなんて簡単な話ではない。我が帝国の民全員の命を救って貰ったと言っても過言では無い。それくらい大きな事を成し遂げていただいたのだ。特に交流や取引の無い、何も関係の無い帝国の為に……
いや、姉上が居たからだろうか?姉上を慕う聖女様が、姉上の母国を憂いて……?
「リオは何も考えて無いよ〜。目の前に困ってる人が居たから助けただけ〜」
用意された席に移動しながら考え込んでいた私に向かって、ジャンの使い魔であるドリーが話し掛けて来た。国王陛下や王太子殿下も、精霊であるドリー達の自由奔放な言動に怒る素振りもない。元々寛大なのだろうが、精霊に向かって暴言を吐く他国の人間を見た事があるからか、精霊を受け入れて貰えた事が、自分の事の様に嬉しい。
はっ!しっかりしなければ。悠然たる態度を見せてはいるが、頭の中では何と発言するかグルグルと回っている状態だったりするからな。現実逃避するのを辞めた私はドリーを軽く撫で、頷いてから国王に視線を向けた。
「国王陛下、お時間と場所を提供いただき、ありがとうございました。お陰で、これまで帝国で起こった事実も知る事が出来ました。帝国を代表して、聖女様とカミル王太子殿下、そして国王陛下に御礼を申し上げます」
皇帝が故、軽い会釈しか出来ないのが心苦しいな。王国には大恩があるのだから、もっとしっかり礼をしたい。国王と2人切りで話せる事があれば、しっかり礼をさせて貰おう。
「ん?礼など要らんよ。私の可愛い義娘が帝国の精霊達を助けたいと言ったのが始まりであったからな。確か、皇女の精霊が消滅してしまったとか?」
国王陛下が聖女様の方へ視線を向けると、コクンと頷いた聖女様が私としっかり目線を合わせて話し始めた。
「はい、その通りです。偶々教会の噴水で話し掛けた精霊が目の前で消滅してしまって……その子が皇女様の使い魔と知ったのはもっと後でしたが」
聖女様は悲しそうなお顔で、消滅してしまった精霊の事を嘆いてくださっている。なんて慈悲深いお人なのだろうか。さすがは女神様の愛し子であらせられる。
「そうやって聖女様と精霊のソラ殿が教会を調べている時、私の使い魔であるドリーも魔道具に繋がれ、今にも儚くなりそうな所に遭遇なさったそうです。運良く見つけてくださった聖女様が精霊界で介抱してくださり、ドリーの命は助かりました。聖女様には心から感謝しております」
ジャンがしっかりと頭を下げる。我々帝国民にとって精霊は大事な家族だからな。幼い頃からの教育で、まだ擬態出来ない精霊達も愛おしい存在だと教えられるのもあるのだろうが。
「力を吸い取る魔道具を作ったのは半精霊なのだろう?そのドリー達を捕まえて力を奪っていたのは人間なのかい?」
国王陛下は半精霊と人間の罪の境界線を見定めたい様だな。確かに、半精霊が精霊達を繋いで消滅するまで力を吸い取っていたとなると、少し話しが変わって来るか……
「ライに聞いた方が早いかしらね」
「そのようですね。聖女様、呼んでいただいてもよろしいでしょうか?」
王国の宰相が発言した。最初から居たのか……国王のほぼ真後ろに居たから気が付かなかったのか。彼は影にもなれそうだな。あぁ、我が国の宰相も尋問せねばならんし、当分休みは無いんだろうなぁ……つい現実逃避したくなるが、責任は持たないとな。
「はい、直ぐに呼びますね」
聖女様が少し俯いた瞬間に、黒髪に赤い瞳で青白い顔の男が現れた。聖女様と同じ黒髪なんだな。この大陸では珍しい色だから、彼女が居なければ忌み嫌われていた可能性が高いな。
「ライ、話しを聞きたいんだけど……」
「あぁ、全て話しは聞こえていたから答えるぞ。魔道具は売る必要が無かったし、新たに作ったのはそこまで個数が多くなかったから、教会の建物周辺や噴水に隠して力だけ奪おうと思っていたのだ」
「あぁ、だから噴水にも魔道具が分かりにくい場所に隠してあったのね」
そう言えば、聖女様は不審に思った教会を最初に調べたと報告書にあったな。既に把握なさっていたとは素晴らしい観察眼だな。
「そうだ。リオが気付いた様に、他の貴族も魔道具の存在に気が付いたのだ。そしてその魔道具が精神的な気持ち良さを与える事もな」
改めて聞くと恐ろしい魔道具だな。気持ち良いからと手に入れたくなり、手に入れたなら魔物になるまで手離せないって事だろう?大半の人間は欲に溺れても仕方ないだろうに。それが人間なのだからな。
「見つけた貴族達が魔道具を売ってくれと?」
「吾輩は金なんて持っていたってどうせ使えないから要らないと断ったんだ。そしたら、成し遂げたい事があるなら手伝ってやるって言われて、魔道具で力を集めたいと言った」
あぁ、確か母親を……誰か話しを聴いてくれるまともな人間が1人でも居れば、彼も違う生き方があったのだろうにな。魔道具を作らせた人間が憎い。それが我々の先祖とはな……
「何故、精霊から力を集める事になったの?」
「人からも集められると言ったら、人を攻撃したくは無いと言われて。それならやらなくて良いと言ったのだが、魔道具はどうしても欲しいと言うのだ」
「勝手な言い分ね……同胞は攻撃したく無いなんて」
本当にな。半精霊は2度も断っていたのだから、これは欲した人間達が悪いよな。そして精霊達を魔道具に繋いで力を奪っていたのは人間だったと分かったな。
「吾輩は両方の血が入っているが、力を奪うのはどちらでも良かった。母上が息をしていてくれるだけで……」
報告書にあったが、力を奪う事は悪い事だと理解していなかったらしいな。1人の為に沢山の人や精霊を犠牲にしていると説明したら理解してくれたと……思うに、本当に幼児の様だな?やはり教育は大事だと、改めて確認する事になったな。
「ドリーが繋がれていた魔道具……あれを作ったのが誰か分かる?」
「あれは他国で手に入れたらしいぞ。制作者までは分からんが、精霊を『あくま』だと言ってたな」
精霊をそう呼ぶ国は絞られるな。精霊の可愛いイタズラをムキになって怒る国があるのだが……まぁ、あの国だろうな。
「精霊を『悪魔』か……まぁ、大体は分かった」
「皇帝陛下は思い当たるところがおありで?」
文献によると、随分昔から精霊を嫌ってるようだったからな。あの文献の内容…………誰も何も発言しないと言う事は、皇族なのにこの中で読んだ事のあるのは私だけと言う事か?宰相の他にも何かあるのだろうか。心配ではあるが、今は質問に答えなければだな。
「あぁ、精霊が我が国にしか来なくなってしまった元凶だと言われている国でな。小型の動物でも、精霊の様に見えたと言う理由だけで攻撃が許される国だ」
「「「えっ!!」」」
皆んな驚いているな。今まで慈しむ存在だと思っていた精霊が、他所では嫌われ者だと知った訳だから驚くのは当然か。聖女様なんて今にも泣き出してしまいそうなお顔をなさっている。
「聞いた事はありますが、本当に存在するのですか?」
悲しむ聖女様の肩を軽く抱いたカミル殿下はご存知だった様だな。精霊については王国と手を取り合えたら何とかなりそうか?聖女様もカミル殿下も精霊と契約してる様だし、頼んでみる価値はあるな。
「存在するのです。悲しい事に……聖女様とカミル殿下はご存知かも知れないが、精霊の数が減っているのは聞いているだろうか?」
「あ、はい。昔はもっと沢山の精霊が居たと、精霊王も嘆いていらっしゃいました」
聖女様は先程からずっと胸を痛めていらっしゃる。彼女にとって精霊は、慈しんで当たり前の存在になっているのだろう。とても嬉しい事だ。そして既に精霊王と面識があると……さすがは愛し子か。
「精霊王とお会いに……そうか、それなら聖女様にお願いした方が良いだろう。精霊達の減った理由は、その国で乱獲された事が原因である可能性が高いのだ。精霊を使って何か作っているのか……そこら辺の細かな事は分からないのだが、擬態できない精霊さえも捕まえては無理矢理魔道具で小動物に擬態させて繋いでいるらしい」
「「「えっ!」」」
「皇帝陛下、それは……その事は、どうしてご存知でいらっしゃるのですか?」
本当に情け無い話しではあるのだが、今更思い出したのだ。精霊達には本当に申し訳無く思う。
「私がまだ公務に携わる前の話しだ。姉上も一緒に聞いていたのでは無いか?」
姉上に視線を向けると、コテンと首を倒して考え始めた。年齢的には婆さんなのだが、品があり元々美しい姉上は考える姿も様になる。
「えぇ?…………あぁ、もしかして、ザラカン王国の大使がいらした時の話しかしら?」
やはり姉上も覚えていたか。私は大きく頷き、話しを続ける。
「あぁ、そうだ。ザラカン王国の大使が前皇帝である我々の父に助けを求めたのに聞いて貰えず、強行突破して私に会いにいらした時の話しだ」
「そう言えば、青い顔をして「精霊達を助けて欲しい」と懇願していたわねぇ。直ぐに近衛騎士が「この男は気が触れている」と言って捕らえて連れて行ってしまったから忘れていたわぁ」
「幼い皇子にまで縋る必要があるなんて、それは大変なのだろうと私は気になってしまって、父上に話しを聞きに行ったが門前払いでな。会う事すら叶わなかった。それから5年後には公務を手伝う事になり、そこからの記憶が定かでは無いから魔道具の影響があったのだろう」
こっそり父の補佐官に聞いた時に「内緒ですよ?」と事情を教えてくれたのを思い出したのだ。幼い私では何も出来ないから教えても問題無いと思ったのだろうな。結果はその通りで、その時の私は精霊を想い、悲しむ事しか出来なかったのだ。
「でも、女神様も精霊王も、ザラカン王国の事は……あぁ、過干渉になるから触れられないのね、きっと」
「これで全てが解決すると思っていたんだけどね?精霊を繋いでおける魔道具も根絶すべきだろうか?ねぇ、リオ?」
「ええ、私は許せないわ。でも、他国だし王太子とその婚約者が公に動く訳には……ねぇ?」
「そうなんだけどね……精霊を虐める理由が、その犯罪を隠す為のカモフラージュなのかと思うと、そんな理由で精霊達を蔑めるなんて許せなくて」
「そうね、そう考えると許せないわね」
カミル殿下と聖女様が真剣に意見を交わしている。ジャンやリアも話しに入りたそうにしているな。これは次世代の彼らに任せて良さそうだ。いつの日か、その魔道具も根絶やしにしてくれるだろう。
「カミル、リオ〜。精霊達を慈しんでくれるのは嬉しいけど、先ずはライトの事と今回の件を解決するのが先だよ〜。それに、半年もせずに結婚式があるんでしょ〜?先ずは2人の地位を安定させてからだよ〜」
「ソラに諭されてしまったわ…………」
さすがは精霊の王子だけあって、ソラ殿は賢いな。聖女様の為に一生懸命なのが見て取れるから微笑ましい。
「ククッ、し、失礼。国王陛下、この度の帝国の不祥事は全て皇帝である私の責任。その責任を取って、皇帝の座をジャンに譲り、隠居する事で許しては貰えないだろうか。皇帝を降りてからなら、処刑してくれても構わない。ただ、民達が動揺せぬ様、内密に取り計らって頂けるとありがたいが」
私はとっくに覚悟が出来ているからな。ちゃっちゃとこの話しを終わらせて、次から次にと起こる互いの国の問題にも取り組まなければならないだろう。
「駄目だ。それだけは許さぬよ、皇帝陛下」
「私の……私だけの命では足りぬと?」
そうか、私の命でも足りなかったか……他に差し出せる物なんて、王国には不要な物ばかりだろうから難しいなと悩んでいると……
「いや、そなたの命など要らぬよ。人は生きていなければ何の役にも立たないだろう?我々より若く、皇帝として人の上に立つに相応しい能力も持っている様だしな。のぉ、カミル。使えるうちは何でも使わねばと思わんか?勿体無いだろう?」
「はい。私もその様に思います。馬車馬の様に働かせてから引退してもらうべきでしょうね、ふふっ」
本当に王国の方々は器が大きいと言うか、心が広いと言うか……私に生きる意味を与えてくださった。ありがたい事だ。私の出来る事であれば、必ず王国の力になると誓おう。
「私からもお願いします、皇帝陛下。ジャンにはもう少し勉強と言う建前……コホン。共に国を率いる者としての勉強をすべきと思いますし、友好国として次世代を担うカミルと友好を深めて欲しいです。それに皇帝陛下は精霊の事に関しては誰よりもお詳しいと感じました。ですので、これからも何かありましたらお手伝い頂けませんか?」
あはは!建前って言ったよな?顔がニヤけるのを必死で抑えなければ、少しでも吹き出したら腹を抱えて笑ってしまうところだ。そして聖女様から「友好国として」と仰っていただけた。感無量だ。
「せ、聖女様にそう仰って頂けるとは恐悦至極……帝国は、王国の属国として存在させていただければと思っておりましたので、私を聖女様の僕としてお使い頂いても結構です」
「そこまで謙らなくても良いと思いますが……」
皇帝としての責任をこの様な処罰で終わらせてくださるとは思って居なかった。ジャンも属国になると思っていた様だし、これでは本当にただの友好国だからな。今後はこの恩を返すべく、仰る通りに馬車馬の如く働こうと思う。
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