第152話 真実と愛 ★ジェームズ皇帝 SIDE
我々は王国側の配慮により、これまでに起こった事を把握した後、その事について話し合いをする機会を設けてもらった為、姉上を含む4人の皇族で話しをする事になった。
「聖女様とカミル殿下の報告書は読んだが……本当にそんな事が起こったのか?」
正気では無かったとは言え、帝国の異変に全く気が付かなかったと言うのか……この責任は重い。
「父上、スタンピードでは聖女様が全て倒してくださったから我々だけでは無く民も無傷でした。そしてテオの命も助けていただきました」
「帝国民の命まで助けていただいたのか…………」
聖女様のお力が凄いと言う事だけ、理解出来たが。報告書を読み進めると、本当に起こった事なのか?と聞きたくなるくらい聖女様のなさった事が人間離れしているのだから仕方ない。
「父上が信じられない気持ちも分かります。私も帝国で起こったスタンピードを見て、やっと納得したと言いますか…………聖女様の力が本物だと理解しました。王国でのスタンピードは動画で記録されているらしいので、お借り出来るそうです」
ん?動画で記録?それは王国の技術なのか?そうであれば、王国はこの大陸で1番裕福な国になるだろうな。
「動画?動く絵……を、記録出来る機械があるのか?」
「はい。聖女様が発案なさり、魔導士団団長のデューク殿が完成させたと聞いております」
また聖女様か。異世界が進んでいるのか、この世界が遅れているのか……どちらにせよ、聖女様の存在は、この世界には良い刺激になるのだろう。
「はぁ……王国は随分先を進んでいるのだな…………」
「お父様、それだけでは無いのです。わたくしの消滅したフェレット……精霊ルゥーにも会わせてくださいました。ルゥーは魔道具に力を吸われて消滅したので、その時の話しも詳しく聞く事が出来ました。また、ルゥーは1000年以上生きておりましたので、当時の話しも聞かせて貰いました」
嬉しそうに語る皇女アメリア……我が娘なのに報告以外ではこうやって会話した事も無かったな。姉上に憧れていると聞いたが、確かに凛とした美しさは姉上に似ている。
「…………そうか。その魔道具なのだが、私は存在を知っていた。禁書庫の地下、隠し扉の奥にある金庫に作り方を記した本が入っているのだ。その魔道具の作り方の部分だけでも切り取り、燃やしてしまわねばなるまい。聖女様がこの世界から消滅させると仰ったのだろう?」
私の発言に、姉弟揃って目を丸くして驚いている。そんなにおかしな事を言ったか?聖女様の仰る通り、作る事が出来なければ、将来に不安を残さずに済むのだからな。消滅させると言う案には賛成だ。
「ち、父上、よろしいのですか?その本は帝国で1番価値のある本だと聞いております」
あぁ、そんな事か。本に価値がある理由は、自分の知らない歴史的な過去を知れたり、役に立つ知識が詰まっているからだ。毒にしかならない記述……魔道具の部分は危険だからと1000年前に排除するべきだったのだ。そうすれば、今回魔道具の件で1000年に渡り犠牲になった人間や精霊達は被害に遭わず生きる事が出来たというのに。それに…………
「ジャン、お前は分かっているのだろう?今後の帝国は王国の属国として存在する事を」
「は、はい。帝国が表向きだけでも存在を許されるとしたら、そうなるだろうと思っております」
ジャンは皇太子として問題無さそうだ。私が不甲斐ない間に色々な経験をする機会もあったのだろう、とても立派に育ったな。つい微笑んで大きく頷いてしまった。やはり子の成長は嬉しいものだな。これまでこの子達に全く興味を持たなかった事の方が、やはりおかしかったのだろう。
「それで良い。皇族は民を守る為の盾だからな。民の為なら属国へ成り下がろうとも構わぬ。王国であれば、帝国の民が飢えても助けるだけの力はあるだろうからな」
「はい。現にカミル殿下は約束してくださいました。父上の時代は分からないけど、僕の時代では帝国も家族だと思うと…………」
カミル殿下とそんなにも深い話をしていたとは驚きだ。彼は幼い頃から神童と謳われた人物で、聖人君子だと聞いている。彼と対等に話しが出来るまで成長したのか……私がもっとしっかりしていれば、ジャンが国を大きく出来たかも知れないのにな。まぁ、申し訳ないとは思うが、過去を憂いても仕方ない。
「なんと……!それはありがたい事だ。ジャン、お前は正気に戻ってから、しっかりと皇族の務めを果たして来たのだな。嬉しく思うぞ」
「いえ、父上…………私は姉上や叔母が奔走している時には何も知らず、のうのうと暮らしておりました。確かにカミル殿下にお力添えいただけた事は大きかったと思いますが、解決してくださったのは聖女様ですし……」
正直な答えで人としては正解だが、皇族の……それも皇太子としての答えならばそれでは駄目だな。もっと自信を持って発言しなければ。いや、違うな……私達家族が、この子を褒めて育てられなかったから自信が持てないのだろう。
「ジャン、それはお前が試行錯誤した結果である事は間違い無い。人は歩み寄らなければ、お互いを知る事も叶わないのだ。お前は良くやっている。誇りに思うぞ」
ジャンは目を丸くした後、少し照れた様な仕草をして俯いてしまった。可愛い我が子達を眺めていると、不意に姉上に声を掛けられた。
「…………ねぇ、貴方、本当に私の弟なの?ジェームズで間違いないのよね?それとも婆が夢を見てるのかしら?」
姉上が、激しく困惑している。人はそんなに直ぐに変わる事は無いからなのだろう。そんなに酷い人間だと思われていたのかと思うと、ちょっとショックだな。それに先日までは姉上の事が嫌いだったと思っていたのだが、今はそうでも無いぞ?ん?あぁ、嫌いだと言う思いが態度に出ていたのだろうな。
「姉上、そんなに私は今と違っていましたか…………」
「ええ、今のジェームズであれば、精霊達は今でも平和に暮らしている事でしょう。そう言えば、あの子達もグッタリしてたのは『魔道具』で力を吸われてたから?」
「グッタリしてた気がします。ただ、姉上……私は記憶が曖昧なのです。自分が言った事、行動すらも覚えて無い事が多過ぎる。私は何故、今回王国へ来ようと思ったのかすら思い出せない」
正直に言えば、宰相を任命した記憶すら無いのだ。考えられる事は、父上の時代より前から皇族が操られていた事。そして、操っていたのは歴代の宰相一家だと言う事だろうな。
「そうか!姉上、宰相の家は公爵家だったか?」
「ええ、5代ほど前の王弟の…………えぇ?まさか?」
「あぁ、恐らく1000年前の裏切り皇族は5代前の王弟。そして、その一族が代々その代の皇帝を操っていたならば、今回の話しは辻褄が合うからな」
「5代前ですか?平均寿命が300歳とすれば、1500年前になりませんか?」
「宰相一家は短命でな。平均寿命が200歳前後なのだ。皆がそうだからおかしいと思っていたのだが、魔道具の所為だったのか…………」
今更ではあるが、よく考えれば分かる事だったのだ。皇族なら知っている事ばかりだからな。
「それにしても……確かに魔道具で人を操れるとは聞いていましたが、宰相はどうやって正気を保っていたのでしょうか?」
リアが首を捻っている。確かにそうではあるが、そこはあまり重要ではない。皇族を操っていた事実があるから、その理由の方が私としては気になっているのだ。
「あ、それはライトから話しを聞いてます。彼を騙した貴族の男も少しずつ言動がおかしくなっていたそうですよ。ですから彼らにも影響はあったと言う事です。寿命が縮むだけでは代償は足りなかった」
サクッと答えが出る内容で良かった。そんなリスクまで取って、宰相一家は何がしたかったのだろうな。
「周りもおかしくなっていたから、彼らがおかしい事にも気が付け無かったのでしょうねぇ。それに気が付けたジャンとリアは凄いわぁ。皇族として、良く頑張って来たわねぇ」
「あぁ、本当にな。我々の代では…………いや、これまで1000年間に渡って帝国で解決出来なかった事を、良く解決してくれたな。確かに聖女様やカミル殿下のお力添えがあったからこそかも知れないが、彼らが動いてくださったのは、お前達の行動があったからだ。本当に良くやってくれた」
ジャンとリアは目を丸くしたまま顔を見合わせ、クスクスと笑いながら優しい微笑みを交わしていた。私に褒められた事に驚いたのか?まぁ、会話も必要なのだと今更ながら思う。今後、この子達に帝国の未来を託す為にも、私も最後にもうひと頑張りしなければだな。
「それよりも、宰相一家は皇族を操って何がしたかったんだろうな?私は悪い事をしたり国の為にならない決断した記憶が無いからそう言えるのだろうか?」
「そう言われるとそうねぇ?帝国を手中に収めたかったのだろうけど……王弟がおかしくなった時点で、自我すら保てなくなったのかしらぁ?」
宰相一家が勝手に自滅しただけなのであれば、まだ救われるのだがな。他に何か陰謀があったりするなら、それもどうしかしなければならない。
「もっと大きな組織や国が、帝国を潰したかったとか?」
「王国が関与していない時点で、他国に帝国を堕とす必要性は無いだろう。帝国は昔なら兎も角、今ではこそまで大きな国では無いし、特産物など目立つ物も少ないから、大して旨みもないからな」
帝国は裕福な暮らしが出来ると言うよりは、作物が育ちやすい気候のお陰で、何があっても飢えずに済むから安心して暮らせる事が出来る国である。昔何度か近隣の国々で飢饉などが起こったが、帝国は被害が無かったと記録されているのだ。
「そうねぇ。後は恨みがあるなら……かしら?」
「1000年も前ですからね。宰相にも皇帝に恨みがあるのでしょうか?まぁ、それは帰ってから尋問すれば済む話しです。カミル殿下によりますと、国王が『自白剤』を貸しても良いと仰っているそうですよ」
「な、なんと……!国王が仰るのであれば、アレだと思うが……姉上、よろしいのか?」
「婆はもう王国の人間だから帝国には関係無いと思っているわ。それでも、可愛い姪や甥の為、生まれ育った帝国の為に出来る事があるのなら、愛しの旦那様にお手伝いを頼む事ぐらいあるわよぉ」
ふふっと微笑む姉上には、母上の面影がある。
「姉上、今更なのだが……これまで悪かった。大変申し訳ない事をしたと思っている。許してくれなくても良いから、良かったらたまには話しを聞かせてくれないか」
「はぁ――――、ジェームズ。婆は……わたくしは1度たりとも貴方を恨んだ事は無いわ。可愛い精霊達が居なくなってしまった時には少し殺意が湧いたけどね?ふふっ」
とぼけた様子で話しをしているが、本当に私を恨んでいないと言うのか?姉上に酷い失言をした事はしっかり覚えているのに。
「あ、姉上、何故?」
聞かずにはいられなかった。姉上は微笑んで、体ごと私の方を向き、ジャンとリアにも目を合わせた。
「ジェームズ、皇族は人を恨んだり、嫌ったりしてはならないのですよ。誰にでも平等に接し、自身の伴侶にのみ甘える事が許されるのです。まぁ、少なくとも表向きはそうすべきって事ですけどね。ジャン、リア、貴方達も覚えておきなさいね」
2人はしっかり頷く。言ってる事は、私も勿論分かるのだが……
「そ、それは分かるのですが……」
「ジェームズ。貴方は覚えていないのかも知れないけれど、貴方の幼少期、わたくしは貴方をとても可愛がっていたのよ?両親が近くに居ない環境だったでしょう?年が10歳離れていたからねぇ。幼い貴方を抱っこしてあやしたり、絵本を読んであげていたのよ?」
「ええ!?あれ……?確かにそんな記憶が…………」
「ふふっ。とっても素直で可愛い子だったわぁ。そんな貴方を恨む事なんて有り得ないもの。だから、貴方が真っ当に生きられないのはわたくしの教育の所為だと思っていたのよ」
姉上は私を愛してくれていたから恨まないと?それどころか、自分の所為で私が悪い人間に成長したと思っていたのか。あぁ、昔から変わらず姉上は優しかったんだな。ん?と、言う事は……
「姉上は、私がおかしくなった時期を覚えていらっしゃいますか?」
「ええ。さっきから考えていたわぁ。わたくしは反抗期なのだと思っていたのだけど……お父様の仕事を手伝い初めた時期からだったわねぇ」
タイミングが良過ぎるな。父上の執務室に出入りする様になったのは、学園を卒業して直ぐだった。確かにそれまでは、姉上にお土産のお菓子を差し入れしたりと仲が良かった事を思い出した。姉上の事を含め、色々と忘れさせられていたのか?
「前宰相と話しをする様になった辺りか…………」
「何となくですが、結論は見えた気がしますね。父上、そろそろ国王陛下をお待たせするには時間が……」
「あぁ、確かにな。そろそろ結論を出さねばなるまい」
しっかりと前を向き、頷く我が子達を誇りに思いつつ、ドリーに頼んで国王に謁見を願ったのだった。