第151話 皇帝の罪 ★ギルバート国王 SIDE
話し合いの場を作り、今後の方針を両国で決めたいと言う事だったので、私が出る事になった。出なくてもカミルだけで何とか出来ただろうけどね。うるさい執事兼宰相がやれと言うからやるよ……
「失礼する。我々に何か用だろうか?」
「皇帝陛下、これから大事な話しがあるのだ。他の関係者……立ち会い人など複数呼びたいのだが、構わないだろうか?」
最初から帝国の人間とは言いにくいからな。皇帝の姉である婆さんも呼ぶから曖昧に言って許しを得ねばだ。
「国王陛下がどうしてもと仰るのであれば構わぬが」
すんなりと受け入れてくれて助かったな。これで予定通りに帝国側の人間も、聖女であるリオもこの場に立ち会う事が出来る。重要だからと頼まれたのはこれだけなので、あとはゆっくり観察しようか。
「お心遣いをありがとう。それでは入って貰おう。宰相、呼んで来てくれ」
「はっ、畏まりました」
いつもなら「はい、はい」と雑な返事を返して来るのになぁー。リオやカミルが居る場所でだけは、キチンとした行動を取るのだよこの男は。
「な、何故、姉さんやリアが?ジャンまで……」
皇帝は少し雰囲気が柔らかくなったか?前より言い方が優しいなぁ?知らなかったのは当たり前なのだがな。正気に戻るまでは何を言っても無駄だろうと皆が考え、黙っていたのだから。
「皇帝陛下。今回お呼びしたのは、アンタレス帝国で起こった事に関してだ。それを解決したのは我が国の王太子と王太子妃予定のリオ、そして精霊達なのでな」
「何か大きな事が起こっていたとでも?」
皇帝が顔色を変えてジャンへ視線を向けた。どうやら皇帝が最も信用しているのは、皇太子のジャンらしい。
「そうだ。ただ、話の前に……『人を魔物に変える魔道具』はリオが全て破壊したと聞いているが、念の為に皇帝も浄化して貰おうと思うが良いだろうか?」
「私が魔道具に操られている可能性があるとでも?」
浄化と言う言葉を聞いて、皇帝は顔を曇らせた。お前はおかしいと言われて腹を立てない人間はいないだろうから仕方ない。
「父上、操られていたのは父上だけではありません。私も操られておりました。帝国で正気だった皇族は、姉と叔母だけだったと思われます」
すかさずジャンがフォローしてくれたな。正気に戻れば賢いのは皇族だから当たり前か。それなりの教育は受けてるはずだからな。
「は?何だと?魔道具に操られていたとして、ジャン、お前はどうやって正気に戻ったと言うのだ」
皇帝がジャンに詰め寄る。ジャンは苦笑いしつつも皇帝の目を見てゆっくり説明し始めた。
「私は帝国から離れて王国へ来た事が1つ。2つ目は私の使い魔であるドリーがおかしいと気がついたからです」
「なるほど……お前はここ最近、皇太子としての自覚がしっかり芽生えたのだと感心していたが、ただ単に正気に戻っただけだったと?」
まだ皇帝は半信半疑なのだろうな。ジャンを注意深く観察しているようだ。
「私がおかしかったのは確かです。王国に来てから頭が良く働くと言いますか、思った様に頭も体も動くので。カミル殿下の仰る事も今では理解出来ますし、元々勉強は嫌いではありませんので、最近は学ぶのが楽しくなりました」
ジャンはとても良い笑顔を皇帝へ向けた。ここ最近ではジャンも笑顔が柔らかくなった様な気がするな。いつも笑顔のカミルとは正反対なイメージがあったが、今ではそう感じ無いからな。
「そうか……お前は浄化して貰ったのか?」
「私の周りで言動がおかしくなった者が出ましたので、念の為にと聖女様がその場に居た者達全てを浄化してくださいました。その場に私も居ましたので、その時に浄化していただきました」
「そうか。何か変化はあったか?」
皇帝は興味津々に聞いている。やはり、聖女の浄化も効果も気になるのだろう。
「いえ、私は特に。おかしくなった者は『黒いモヤ』が出て来て浄化されました。気がつかなくても魔道具に侵されていた者は、気分が良くなったと言っておりました」
「…………そうか。それでは申し訳ないが、王国の聖女様に浄化をお願いしても良いだろうか?」
ほぉ。我が国の者に頭を下げて浄化を願うとは思わなかったな。そこまで言うなら浄化して貰おうか、というスタンスで浄化させるのだと思っていたが……皇帝、良い人過ぎないか?隣国の国王としてはちょっと心配だぞ。
「あ、はい。それでは失礼致します」
皇帝の前に跪き、祈りを捧げる美しき聖女と、美しく舞う純白の光。幻想的で惚れ惚れしてしまうな。
「おぉ……確かに体が軽くなった気がするな?気持ち悪い、ねっとりした物が纏わりつく嫌な感じがあったのだと、今なら分かるな」
どうやら皇太子が言っていた様に、皇帝も少なからず魔道具の影響を受けていたらしい。
「ほんの少しでしたが、皇帝陛下のお体にも『黒いモヤ』が残っておりましたので浄化致しました」
「そうか。聖女様、ありがとう」
「いえ。当然の事をしたまでです、皇帝陛下。それと私に様付けはなさらなくて結構ですよ」
優しい笑顔を見せるリオに、皇帝もゆっくり首を振り微笑み返す。元はとても穏和な性格なのだろうな。
「そうはいかない。恐らく聖女様は我が帝国の恩人となる人物であろうからな」
「お父様……本当に正気に戻られたのですね……?」
皇女様が瞳をウルウルさせながら皇帝を見つめている。小さな頃から子供に興味を示さなかったらしいからな。あの穏やかな笑顔を見て、感極まったのだろう。
「ふむ。お前達から見て、私はおかしかったと思うか?」
ジャンが皇帝に向かって大きく頷いた。
「はい、私はそう思います。父上は皇族としての務めを果たされておられなかった。皇族は民の為に生きると……民を守る為に在ると、皇族の掟の本には書いてありました」
皇帝はジャンに向かって微笑み、大きく頷いた。
「リア、お前もそう思うか?」
「お父様、わたくしは10歳で叔母と出会い、叔母に憧れて魔法や勉強に力を入れて参りました。ですから、10歳の頃にはお父様が皇族の掟を守らない事を不思議に思って生きて参りました」
目を丸くした皇帝は、リアの方へ体ごと向き、話しを聞く姿勢になった。全く覚えが無い……のだろうな。
「何だと?そんなに前……40年以上前からなのか……」
「何度かお話しする機会もありましたが、その頃のお父様は人の話しに聞く耳を持たず……いえ、正しくは宰相の言う事しかお聞きになりませんでした。今思えば、宰相が魔道具を持っていたのでしょう」
「もっと前からよぉ。お互いの精霊が居なくなった時にはおかしかったのだから。今の貴方が正気であれば、もしかしたらお父様の時代か、それ以前からおかしかったのかも知れないわねぇ?」
あぁ、そうだった。その時の怪我で婆さんは歩けなかったんだ。リオのお陰で婆さんの足の怪我が完全に治って、普通に歩ける様になったんだよな。それに見慣れていたから、精霊が消滅した事も、怪我をして歩けなかった事も忘れていたな。それだけ婆さんも元気になったって事だろう。
「確かに前皇帝である父上の行動は、今思えばおかしかったのかも知れない。記憶に残っているだけでも皇族としてあるまじき言動も多々あったな」
皇帝は顎に手を添えて考えた後、今後の為に事実確認を始めた。
「私は魔道具の事を詳しくは知らないのだが、私が宰相に操られていたと言う事は確かなのか?」
「恐らくは…………」
「そうか…………その宰相はどうしている?」
「私が父上と帝国を出るタイミングで地下牢へ入れました。魔道具を持った宰相まで王国へ来て貰っては困るので。皇帝がいつまでも正気に戻れないでいては、我々も何も出来ない」
皇帝は笑みを深くした。皇族としての務めをしっかりと果たしている子供達を、誇りに思うと言わんばかりだ。
「そうか。ジャン達は私を断罪すべく動いていたのだな。皇族として正しい姿だ。ジャン、リア、良い働きをしてくれたな」
「お父様……実は、お父様だけが悪い訳では無いのです。1番悪いと現時点で思われているのは、半精霊を陥れて騙し従わせていた……恐らく皇族の一員だと思われる人物です」
諸悪の根源が皇族の一員であったと聞いて、皇帝の顔が険しくなった。
「何年前の皇族か分かるか?」
「精霊や死者の話しを聞く限りでは1000年前かと思われます」
「聖女様のお陰か…………」
「え?聖女様のスキルに関係あるのですか?」
ん?私も知らない事だろうか?聖女が居なければ、この問題は解決出来なかったと言う事か?
「あぁ、精霊と馴染みの深い帝国だからな。聖女様に関する情報も多くあるのだ。聖女様は、精霊に愛される性質を持っていてな。遠くに住む者と夢で話しをしたり、死者と会えたりするのだよ」
話しには聞いているが、実際にリオが夢に出た事は無いからなぁ。女神様の予言がそれに近いか?私も夢でなら王妃と一緒に居られるだろうか……
「なるほど、だから聖女様のお陰だと仰るのですね」
「詳細は後で教えて貰えるだろうか?細かく書き記して帝国にも保管せねばならん。同じ過ちは繰り返してはならない。私は即位して200年は経つからな。ジャンよ、そろそろ相手を見つけて皇帝になる準備を始めなさい」
「…………すんなり解決しそうね?」
可愛らしく首を傾げてジャンへ視線を向けたリオは、大変な事態になった時の為に待機していたから、すんなり決まりそうで拍子抜けだろうな。
「はい、聖女様。この後詳しく内容を把握してからとなりますが、私は皇帝として何もしないと言う罪を犯したのです。そして宰相の任命責任もあります」
「正直、帝国の事は帝国で決めたら良いと思います。私は王国の人間なので……ですので、皇帝にお伺いを立てたいのです。私は半精霊のライト=タイラを引き取りたいのですが……」
リオは強いな……皇帝に、帝国の事はどうでも良いから半精霊を寄越せと言ってる様にしか聞こえないよな?ははは!相変わらずリオは面白い。
「1000年前に皇族の誰かに騙されていた半精霊でしたな。これは皇族の罪。その半精霊は騙されていた訳でしょう?騙した皇族が絶対的に悪い。その者と少し話す事は出来るだろうか?」
「はい、可能です。今ここに呼んでもよろしいでしょうか?」
「あぁ……頼めるか?」
「かしこまりました」
ポンっ!と、ライトが現れた。ライトも念話が出来るらしい。そしてリオに懐いてると聞いている。さすがは女神様の愛し子だと思うが……この世界でリオが最強なのは間違い無いな。
「ライト、こちらが皇帝陛下よ。ご挨拶してね」
「はじめまして、皇帝陛下。吾輩はライト=タイラと申す。父が異世界人、母が精霊の王女だ」
「なるほど、半精霊だから転移魔法を使えるのか」
「そうだ。だが、吾輩は勉強不足だから、これからリオ達に色々習う約束をしたのだ。だから、吾輩が勉強する機会をくれないだろうか?」
ほぉ。半精霊は言葉は敬語だったりタメ語だったりで滅茶苦茶だが、はっきり話せるのだな。自分のやりたい事を言えるのは素晴らしい事だ。自ら勉強したいとは、リオが何かしらの刺激を与えたのだろうな。
「あぁ、勿論だとも。勉強に励んで、聖女様を助けてあげて欲しい」
「ありがとう、皇帝陛下。吾輩はリオの為に生きると決めたからな。安心すると良い」
半精霊も、自分が危険な存在だと分かっているのだろう。リオの為に生きると言った意味は、帝国を恨まず、自分の人生を生きると言う事か。
「ふふっ、ライトは素直で良い子なんですよ。ですからきっと、人間と精霊の架け橋となってくれるでしょう」
「そうか。それは将来が楽しみだな。私はこの世に居ないかも知れないが……民が過ごしやすい世界になっている事を祈っているよ」
皇帝はこの世を憂いているのか?まだ早いんだがなぁ。もう少し働いて貰えるなら、頑張って欲しい所。
「国王陛下。大変申し訳無いのだが、全てを把握してから話しを進めたい。私にも全てを知る為の時間をいただけないだろうか?我が儘だと分かっているが、我が帝国へ起こった事を知らずに話しをすべきでは無いと……」
「皇帝陛下、その気持ちは良く分かる。必要であれば、カミルや賢者にも話しを聞くが良い。今回、活躍したのは聖女であるリオだが、全てを見て来たのがこの2人だ。知りたい事には答えてくれるだろう」
「お心遣い感謝する。それではまた後ほどお時間を頂ければと」
「今日、この後のスケジュールは全て空けてあるから、気にせずに知りたい事を確認していらしたら良い」
「そこまでして貰って本当に申し訳無い。お心遣いありがたく存じます」
そうして彼らは、これまでに起こった事の話し合いをする事になった。滅多に交流を持たない親子関係だったと聞いているからな。この際、じっくりと話せたら良いのでは無いかと思っている。
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