第144話 色々な想いを抱いて ★『吾輩』 SIDE
吾輩が案内したのは、人が2人寝れる程度のベッドと1人用の椅子が3脚と、藁で作ったソファのある部屋だ。母上が休んでいる部屋はまだ内緒だ。
「ベッドはリオが使ってくれ。吾輩はそこの藁のソファで良い」
「ありがとう。使わせて貰うわね」
リオの優しい笑顔は、吾輩の心配を減らしてくれる。
「直ぐで良いの〜?カミル、あの人もう居るよね〜?」
「うん、もう居るからいつでも大丈夫だよ」
居る?誰が居るのか聞きたかったが、なんだか眠くなって来たな。普段は中々寝付けないのに…………不思議…………だ……な…………
「じゃあ招待するね〜。おやすみなさ〜い」
⭐︎⭐︎⭐︎
目を開けると何となくだが、そこに人が居るのは分かる。ボヤッと輪郭が何となく分かる感じだから、リオが言ってた通りにこの世の者で無いとちゃんとは見えないのだろう。そして恐らく、この人間が吾輩の父親……
『リオ、久しぶりだね。…………君が某の倅か。1000年前は知らなかったが、やっと話しが出来る。リオ、ありがとうな』
『コテツさんに会うと決めたのは『吾輩』くんの意思です。私は大事な友達が御両親と再会する事を偶々知ったので、『吾輩』くんが困らない様にお手伝いしたくて立ち会うだけですから』
リオが吾輩を『大事な友達』だと言ったな……未だに信じられないが、吾輩にも奇跡が起こったのだと受け入れなければリオに失礼だろうな。
『ほぉ、倅と友達になってくれたのか。それは良かった。リオが友達なら某も安心出来る』
ん?この人は吾輩を『倅』と呼んでるか?確か、息子の事を『倅』と呼ぶのだと母上が言ってた様な……この人は吾輩を息子だと認めてくれてるのか?
『私には友達でいる事しか出来ませんけどね。『吾輩』くん、お母様を呼ぶけど大丈夫?』
『…………本当に呼ぶのか?この人には封印された時に会ったから、雰囲気や魔力で本物だって分かった。だから母上も本当に来るって事なんだろう?…………母上は今でも……この人に会いたいのだろうか?』
吾輩はまだ良い。リオに聞いた話しだと、母上はこの人を好いてるから吾輩を産んだと聞こえたからな。会わせて良いのか、吾輩には分かりかねるが…………
『あのね、多分なんだけど……貴方の御両親こそ、先ずは話し合いが必要だと思うのよ。色々すれ違ってる様に感じてるのよね』
『そうなのか?リオがそう言うなら必要な事だと思えるな。うん、分かった。母上を呼んでくれるか?』
リオはちゃんと吾輩の話しを聞いて、質問にも全て答えてくれたからな。リオになら、また裏切られたとしても諦めがつくと言うか……リオの事は信じたいと思えた。
『ソラ、良いかしら?』
『オッケ〜!ホイっ!』
白猫の精霊と同時に、ポンっ!と吾輩の母上が現れた。昔と変わらず人型の、天女の姿をしてフワフワ浮いている。
『母上…………』
何年も、息をしているだけで横たわって動かない母上と共に暮らした。そんな母上がフワフワと浮いて…………動いているなんて、嘘の様だ。吾輩をちゃんと見てくれてる。もう、動いてる所を見れるとは思って無かったし、吾輩をもう一度見てくれるなんて…………
『坊や!ごめんなさいね、本当にごめんなさい。貴方は何も悪く無いわ。悪いのは母様なのよ』
母上がさめざめと泣いている。吾輩にはどうして良いのか分からない。リオに視線を向けると、リオは頷いてくれた。
『何故、お母様が悪いと仰るのですか?理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?』
『え?あら、貴女は?』
『私はリオ=カミキと申します。コテツさんの子孫で、私も召喚された人間です。ついさっき、ご子息とお友達にもなりました』
リオが視線を吾輩に向けて微笑んだ。吾輩はまだ上手に笑えないが、リオの真似をして笑いながら頷く。何故か母上も嬉しそうだ。
『あらまあ!そうなのね。貴女が召喚されたのは、この世界を守るため?』
『その様に女神様からは伺っております』
女神?本では読んだ事があるが、本当に存在するのか。リオが会ったと言うなら居るのだろう。
『あの女の言う事は信じちゃ駄目よ!私は酷い目に遭ったわ。こちらに来てから『テツ様』の名前も呼べなくされてしまったし、誰も気付けない様にされてたわ!あら?今は呼べるわね?』
『ま、待ってくれ!『テツ様』と言ったか?』
『は、はい。その気配はテツ様であらせられますか?わ、私は……私は、チヨにございます!』
母上の名前は『チヨ』なのか。父親は『コテツ』だとリオが言っていたから知ってる。コテツだからテツ様と呼んでいたのか。ん?2人とも知り合いだったのか?母上だけが一方的に惚れてたんだと思っていたが。
『ち、チヨ?本当にチヨなのか?!』
『はい、テツ様!あぁ、やっとお名前をお呼びする事が出来ました。チヨは幸せ者にございます』
『な、なんて事だ……それではこの子は某とチヨの末の子になるのか?』
『はい、テツ様。私は転生したのが精霊で、長い生を与えられてしまったと知ってから、またテツ様の子を産み、共に生きたいと願ったのです。夜這いする様な真似をしてしまい、申し訳ありませんでした……テツ様の名もお呼びする事が出来ず、チヨはここに居るのに他人の様に振る舞うしかなかったので寂しかったのです。そして、その現実に耐えられなくなって……』
母上は吾輩に生まれて来て欲しかったのか……それにしても、何百年も気付いて貰えなかったら辛いよな。絶望する気持ちも分かる気がする……ん?吾輩の父親と母上は夫婦だったのか?前世?生まれる前の人格が残っているのか?
『チヨさん、女神様にはお話しされたのですか?』
『聞いて貰えなかったと言うよりは、話す事が出来なかったのです。テツ様の名も、私の前世や名前も、何一つ言葉にする事が出来ませんでした。愛しい旦那様の名を呼べない妻など必要ありませんでしょう……』
良く分からないが、話しは進んで行く。女神?前世?分からない事だらけだが、夫婦だったのかは聞いておきたいな。他は後でリオに聞けば分かるだろう。
『ちょっと待ってくれ、母上。この人……父上とは夫婦なのか?言ってる事が良く分からない』
『そうね。ちょっとおかしいわね?チヨさんは誤って転生して来たのかしら?コテツさんは辻斬りに遭ったと言ってたわよね?その時にチヨさんも?』
『はい。前世でテツ様に逃げる様言われて走ったのですが、転んでしまって斬られてしまいました』
ふむ、前世で両親とも斬られてしまったのか。それでこの世界に来たんだな。
『なるほど、その時に強く願ったのでしょうね。一緒に逝きたいと』
『はい、勿論願いました。次の世でも共に生きたいと』
『んー……ちょっと待ってくださいね?』
リオは突然跪き、祈りのポーズを取った。すると目の前に、ふわーっとヒラヒラした服を着た女の人が降りて来た。
『はぁーい♪リオ、久しぶりねー♪』
『お久しぶりです、女神様。お話しを聞かせて頂いても?』
『ええ。面白そうだと覗いていたから、これまでの流れは理解しているわ。そうね、何処から説明しようかしらね』
軽いノリで現れたこの人が女神?リオがそう呼んでいるから信じるしか無いんだけどな。
『チヨさんは誤って、こちらに来てしまったのでしょうか?コテツさんを愛する強い想いが引き寄せたのでは?と素人ながらに思ったのですが』
『ええ、そうだと思うわ。そして、コテツもチヨを心から愛しているのは、この世界で女性を近付けなかった事からも分かるものね』
母上と父上が愛し合っていたから、2人ともこの世界に来たと言う事は分かったな。
『何故、チヨさんは自分の事を言葉に出来なかったの?今は大丈夫みたいだけど』
『リオも、この世界にとって都合の悪い事は話せないと思うわよ?前にあったでしょう?』
え?母上の意思では無く、この世界基準で都合の悪い事は話せない?母上からすれば、理不尽じゃ無いか?
『あぁ、そう言えばそうだったわね。要は、彼女の存在をこの世界が隠そうとしていたと?』
『恐らくね。人間に生まれていれば私も気が付いたんだろうけど、精霊に生まれ変わっていた上に、100年以上ズレて転生してしまっているのよね。時空はズレが起こりやすいから仕方ないんだけど』
『時空のズレ?』
『ええ。何故チヨの存在に気が付かなかったのかと思って少し調べたの。チヨの方が100年以上、早くこちらに転生しているのよ。本来なら、転移のコテツの方が早く来るだろうと思うでしょう?』
『あぁ、確かに。そうなると、チヨさんが先に転生して来てる可能性すら思い付かなそうですね』
『ええ。だから私も気が付かなかったのよ。ごめんなさいね、チヨ。近くに居たのに意思の疎通が取れなかったなんて、チヨは辛かったでしょう』
『あぁ、あぁ……やっと分かって貰えるのですね?どうか、どうか私をテツ様の腕の中で逝かせてください。もう二度と、テツ様と離れるなんて嫌だわ』
皆が吾輩を振り向いた。母上の願いを叶えて良いのか聞きたいのだろう。吾輩は……少し寂しいけど……
『母上の境遇と、これまでの辛さは分かった。吾輩の両親は愛し合う夫婦であった事も、吾輩は母上に愛されていたらしい事も……』
『私の可愛い坊や、ごめんなさいね。坊やには何も説明してあげられなかったわね。愛している事を伝えたくても所々言葉にならないから上手く話しも出来なくて……やっと言えるわ。坊やは私とテツ様の大事な子よ。愛してるわ』
母上は吾輩を優しく抱きしめてくれた。吾輩は喉の奥がグワっと熱くなった様に感じた。この感覚は何だろうか?後でリオに教えて貰おう……今は、言葉が出ない。
『あの、コテツさんとチヨさんにお願いがあるのですが』
リオが吾輩をチラッと見てから2人に視線を戻した。
『ん?リオ、なんだい?言ってごらん?』
『彼は、自分の名前が『吾輩』だと思っているのです。お2人で、彼の名前をつけてあげては?コテツさんは彼の存在を知らなかった訳ですし、今からでも遅く無いかと』
『そうだったのね。私が坊やと呼んでいたから……』
吾輩に名前を付けてくれるのか?吾輩はリオに『吾輩くん』と呼ばれるのも嫌いでは無かったけどな。
『ふむ、チヨと2人で良い名をつけてあげなければ。責任重大だな』
ち、父上も考えてくれるのか?吾輩は本当に要らない子では無かった…………?
『本当に……良いのか?』
『当たり前だろう。親は子の為に出来る事は、何でもしてやりたいと思うものだぞ?』
『吾輩は、あんたの息子…………認めてくれるのか?』
『あぁ、勿論だ。お前は某の倅、大事な息子だ。愛しているよ。これまで寂しい思いをさせてしまって悪かったね。まぁ、もう既にこの世には居ないから会えないんだけどね……』
悲しそうな声で、愛おしそうに吾輩の頭を撫でてくれている感覚が何となくある。今日、初めてまともに話したが、吾輩を受け入れて愛してくれると言ってくれた。
『最後でも良い。会えて良かった。吾輩は要らない子じゃ無かったのだな?』
『『違う!!』』
凄い勢いで2人とも否定してくれた…………
『坊やは私がどうしても欲しくて産んだ子なのよ。要らない子なんかじゃ無いわ』
『そうだぞ。前の世界では、もう1人子が欲しいと夫婦で話していたからな。お前には兄貴が2人居るんだぞ。恐らくもう生きては居ないが、本来なら3人兄弟だ』
吾輩も必要な存在だと、はっきり言って貰えた……なんだかちょっとこそばゆいけど、とても嬉しいな。
『えぇ……急に家族が増えるのかよ。3人で会うのは今日が初めてで、きっとこれが最後なのにな』
『本当にごめんなさいね、坊や』
母上は謝ってばかりだな。何故、怒らないのだ?
『母上は怒って無いのか?吾輩は悪い事をしていたと、リオが教えてくれたのだ』
『それに関しては、仕方ない所もあったわよ。お金を奪った悪い貴族の人間に騙されていたのだし、教育を受けられなかったのは貴方だけのせいでは無いわ』
『そうよ、坊や。言葉に出来ないからと坊やの存在を隠してしまった母様が悪いのよ。坊やが困らない様に、教育を受けられる様にすべきだったんだわ』
母親は両手で顔を隠し、静かに泣いていた。父上が母上の肩を抱き、優しく背中を撫でてあげている様だ。
『それは私にも非があるわね。この世界の神である私が気が付かなかった事で、沢山のすれ違いを生んでしまったから……』
それも仕方ないとは思う。ただ、まだ謎はあるよな?
『でも何故母上は、これまで発する事が出来なかった言葉を今更言えたのだろうな?』
『それは、恐らくだけど……リオの存在でしょうね。この場にリオが居てくれたから話せたのだと思うわ。今のリオは『大聖女』であり『大賢者』でもあるからね』
『ははっ、凄いな。この世界を滅ぼす事すら出来そうな称号じゃないか』
『まぁね。これが最後のつもりだったし。今回、解決出来なかったら……この世界ごと、リオに壊して貰おうかと思ってたりもしたのよ?ふふっ』
この女神、ぶっ飛んでないか?こんなんが神で大丈夫なのか心配だな。まぁ、リオが居る限り大丈夫だって思えるけどな。
『私は世界を壊す気は無いわよ!そんな物騒な話しは置いといて。やっとお2人が一緒に居られるのですから、一緒に天に帰すとか、コテツさんがチヨさんの背後霊になるとか出来ないのかしら?』
『この世で背後霊は厳しいわね。チヨの体は既に限界なのよ。息子の事があったから、何とかこれまで耐えていたの』
『そうなのですね……では、彼はもう御両親とは……』
リオが悲しそうな、今にも泣きそうな顔をしている。リオはさっきも吾輩の為に泣いてくれた、優しい人間だと知っている。でも、何故だろう?吾輩はリオに泣いて欲しくない。
『リオ、吾輩は問題無いぞ。これからはリオが友達だし、もっと増えると言っていただろう?寂しく無いぞ』
『坊や……!』
また母上が抱きしめてくれた。リオも笑顔を吾輩に向けてくれている。あぁ、吾輩はとても嬉しい。こんな気持ちになるのはいつ振りだろう。
『彼はちゃんと自分で考えて行動する事が出来ます。これまで教えてくれる人が居なかっただけで、教育を受ければ人としても生きて行けるでしょうし、精霊としてのんびり過ごす事も出来ます。私達が見守りますので、どうぞご安心くださいね』
『あぁ、ありがとうリオ。某の子孫に賢い子が居てくれて良かったよ。リオになら安心して任せられる』
父上と母上が寄り添って、幸せそうに笑っているみたいだ。父上の姿はハッキリ見えないけど、2人の雰囲気がとても暖かい。吾輩は母上が幸せなら嬉しいと思う。
『うーん、そうねぇ。じゃあ、チヨとコテツを『魔道具の件』が終わったら、2人一緒に天に帰すって事で良いかしら?』
『私はそうしていただけるなら幸せです』
『某は既に儚くなっている身だからな。チヨと共に居られるなら何でも良い』
皆が吾輩へ視線を寄越した。吾輩の意見も聞いてくれるのだな。これまでと違うからか、やっぱりなんだかこそばゆいな。でも、とても嬉しいと感じる。
『両親がそうしたいならそれで良い。吾輩は1000年以上、人とも精霊とも話しを出来なかったから母上にずっと話し掛けて来たけど。これからはリオが居るし、精霊達も逃げないでいてくれるみたいだし、他にも友達が出来るからな!もう大丈夫だ』
『立派になったわね、坊や……』
抱きしめてくれる母上を抱きしめ返した。その後ろから、恐らく父上が吾輩と母上を抱きしめてくれているのだろう。吾輩は生まれて初めて、とても暖かい気持ちになった。吾輩は母上が望んで産んだ子。今日は沢山知らない事を知れた日だ。これも全てリオのお陰だ。次は吾輩が、リオの為に何か出来たら良いな。
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