第135話 入国審査 ★ジャン SIDE
御披露目式まで後10日となった。俺達は皇帝を連れて王国へ入国する事になっている。今はその審査待ちをしている所だ。
「アンタレス帝国の皇帝まで来ているだと?」
少し後ろ辺りだろう、ボソボソと話す声が聞こえて来る。今回の大規模な御披露目は、帝国の為に行われるとは知られていない……皇帝も知らないからな。
勿論、俺にどうこう出来るはずも無く、デュルギス王国の国王陛下やカミル殿下にお力添えいただいたのだ。まぁ、『聖女様』の『助けたい』という一言で全ては決まったらしいが。王国としては、帝国に貸しが作れるし、聖女様のお願いは聞けるから問題無いと言う事らしい。デュルギス王国は余裕があるから出来る事だろうけどな。
「おい、審査は時間が掛かるのか」
皇帝が入国審査をしている係員に声を掛けた。本来なら、宰相や執事などが先回ってやるべきなんだがな……
「いえ、皇帝陛下御一行は、直ぐにお通しする様に言われております。どうぞこちらへ」
「ほぉ?ジャン、何か知っておるか?」
皇帝は器用に片眉だけを上げ、俺に向かって話しかける。何となく雰囲気がいつもより柔らかいか?
「国王陛下とは、以前王国を訪れた際にお話しさせて貰った事があります。その時に気に入って頂けた様で、最近はカミル殿下とも懇意にさせていただいております」
「そうか、それは良くやったと褒めておこう」
「ありがたき幸せ」
アンタレス帝国の皇族は、デュルギス王国のカミル殿下達の様に仲が良い訳では無い。全く別の区域で過ごすから、父親が皇帝だと知ってはいたものの、幼少期には会った事すらならかったのだ。
そして、お互いに無関心。これが魔道具の所為だったのか、そう言う性格だったのかは分からないが。少なくとも姉上の事は尊敬しているし、今後も仲良くやって行きたいと思っている。
「こちらのお部屋になります。皇太子殿下はお隣の部屋をご利用ください。奥には従者用の部屋もございます。足りない物などございましたら、そちらのベルでお呼びくだされば直ぐに参上致します」
「うむ、ご苦労」
陛下は部屋をお気に召したらしい。普段よりご機嫌で従者に紅茶を淹れさせている。アンタレス帝国の宰相はあちら側の人間だった為、今回は色々理由をつけて牢屋に閉じ込めて来た。叩けば埃が出る人間だったので、帰ってから裁判となるだろう。
「ジャンよ、部屋に戻って荷解きして来るが良い。夕食まではまだ時間があるだろう」
「はっ、それではお言葉に甘えて荷解きして参ります。その後に、カミル殿下の元へ挨拶に行こうと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「あぁ、行って来るが良い。本来なら何時間と待たされる入国手続きを省いてくれたのだ。余が感謝しておったと伝えてくれ」
「はっ!かしこまりました」
あの皇帝が御礼を仰るなんて、槍でも降るのでは無いだろうか?帝国から離れて、本来の皇帝に戻りつつあるのだろうか?取り敢えず、カミル殿下の元へ挨拶に向かおう。
⭐︎⭐︎⭐︎
カミル殿下の執務室の扉をコンコンと叩く。先程、ドリーに前触れを出して貰ったから物事がすんなりと進んで助かる。精霊は仲間と上手く繋がれる様になってから一人前らしいからな。
「どうぞ」
中から補佐官が扉を開いてくれたのだが、困った顔をしていた。執務室には、聖女様や賢者様など、デュルギス王国の中枢と言える人物ばかりが集まっている。もう涼しい時期なのに、背中に汗が一筋流れた様に感じられた。
「お久しぶりです、カミル殿下、聖女様。先日は大変失礼致しました、賢者様」
賢者様は軽く首を振って気にするなという態度を取ってくださっていた。まだ少し魔道具のせいでおかしかった時に失礼な態度を取ってしまったんだよな。ドリーが聖女様に『イタズラ』して攫った直後だった。賢者様も器が大きくていらっしゃる。
「ジャン、堅苦しい挨拶は良いから座って。早く話しをしましょう。今回はリアはお留守番なのよね?」
「はい、聖女様。姉上には帝国に残って貰い、カミル殿下と聖女様が教会へ行けるタイミングで直ぐに動ける様に待機しております」
「ありがたいよ、ジャン。我々の我が儘で申し訳ない」
「いえいえ、滅相もないことでございます!その行為の殆どが我が国の為にもなりますから全力でお手伝いさせて頂こうと、姉上と話しておりました。何でもお申し付けください」
「ジャン、どうしたの?緊張してるの?」
「リオ〜。ドリーが言うには、皇帝と一緒に居ると気が抜けなくて大変らしいよ〜」
俺を心配する聖女様に、俺が言い難い事だと思ったのか、シルビーが代弁して伝えてくれた。
「あら、それは大変ね。ここに居る間ぐらいゆっくりしたら良いわ。ねぇ、カミル」
「そうだね。ジャン、僕に呼び出されたと言って、ちょくちょく逃げて来ると良いよ。僕の執務室は、外からは干渉出来ないから安心安全だしね」
「何から何まで申し訳ない……本当にありがとう」
カミル殿下や聖女様の優しさが嬉しくて、自然と口角が上がって笑顔になる。
「本当に変わったんじゃなぁ……?」
「爺やは立太子の儀で会ったっきりだったかしら?今のジャンなら国民の事をしっかり考えられる、良い皇帝になれると思うわ」
「いえいえ聖女様、そんなに褒めないでください。私はこれまでの長い時間、姉上1人に皇族の責任を押し付けてしまっていたのです。敵が誰かも分からない中、たった1人で戦っていた……ですから皇帝に相応しいのは姉上だと思っています」
何度も何度も考えて、それでも結論が出せない。姉上にお願いしたいが断られるし、だったら俺は何が出来るのかと自問自答してしまう。
「リアはそれで納得してるの?」
「いえ……皇帝には私になれと。ですが、これまでの功績を考えても、やはり姉上が相応しいと……」
「それはジャンが今後は頑張る気が無いって事?」
「いいえ!勿論、全力で姉上を支えて行けたらと思っています」
「なら、ジャンが皇帝になるべきよ」
「この前までは、ジャンがなると言ってただろう?どうしたんだい?」
「私には足りないんです。経験も何もかも……」
「当たり前じゃない。カミルは王子教育に20年、王太子教育はまだ受けてるわよ?それをここ数ヶ月でなんて無理だと思うけど?」
「ふふっ、リオは良く覚えているね。ジャン、勉強なんていくら頑張っても完璧にはなれないんだよ。周りに味方を沢山作って、その道の専門家に助けて貰えば良い。僕はリオに教えて貰ったよ。王様になっても、1人で政治する訳じゃ無いんだからもっと周りを頼れって」
2人は視線を合わせて微笑み合う。2人も悩み、何度も話し合って、お互いを理解して来たのだろう。カミル殿下は昔から天才だと言われていたし、最初から完璧なんだと思っていたな。
「あの……カミル殿下でもそう思われるのですか?」
「ふふっ、僕も人間だからね?同じ年代であれば、誰よりも勉強して来たと言える自信はあるよ。でも僕の倍以上生きてる師匠や宰相達に知識で勝てる訳が無いんだ」
確かに年上の賢者様や国王陛下の知識量には敵わないだろうな。こうやって人の意見を聞いて、ちょっと足を止めて、自分の事を客観的に見させてくれる人は俺の周りに居ない。帝国でそんな仲間も増やしたいな。
「私も魔法の事はデュークに勝てる気がしないわ。魔力なら私の方が強いかも知れないけど、何が出来て何が出来ないとか、組み合わせによっては無効化するとか?」
「リオは最近、色々と製作出来るかを確認しに魔導師団に通ってたもんね」
「どんどん知識を吸収なさるので、いつ用済みだと捨てられるか心配ですぞ……」
「ククッ、デューク殿の実力なら捨てられる事は無いでしょう?魔導師団の団長にそこまで言わせる聖女様はさすがですね」
「ふふっ、そうだね。デュークは僕の懐刀なんだから、リオが捨てても僕が拾うから大丈夫だよ、デューク」
「あ、ありがたき幸せ!その前に、リオ殿に捨てられない様、努力致しますぞ」
ふんすっ!と気合を入れたデューク殿は、先日作り上げた『練習装置・改』の使用具合を聖女様から詳しく聞き取っている様だ。
「え……あの装置の新バージョンが出来たのですか?」
「あぁ、ジャン達が到着するまで時間があったからね。リオ考案で、デュークが未だに改良してるから、とんでもない物が出来そうだよ……」
カミル殿下が、ふぅ、と溜め息を吐いて苦笑いして見せる。俺はその装置がどんな物なのか、とても気になってソワソワしていた様だ。
「ジャン、どうしたんだい?落ち着きが無くなったね?」
「カミル殿下、私も……もっと強くなりたいのです」
「初級から上級まで、前回購入して帰ったよね?」
「そうなのですが……魔導師達が危ないからとやらせてくれないのです。もっと防御膜の精度を上げてからじゃ無いと駄目だと……」
「ジャンの周りは過保護なのが多いんだね?うーん、そうだね……王国では、リオですら上級の『最』をクリア出来るって事と、気になる女性に弱い男は嫌いだと言われたからショックだとでも言えばやらせてくれるのでは?」
「さすがはカミル殿下!帰ったら早速、テオ達に抗議しに行こうと思うよ」
やっと帝国でも練習出来ると、つい笑顔になった俺は、やはり新しい装置も気になってしまう。
「それで、今回の装置は上級より難しいのですか?」
前のめりになって聞く俺に、カミル殿下は苦笑いしながらも教えてくれる。
「人間の視野は200度らしくてね。真横より更に後ろから飛んで来る障害物が本当に見えるか?に挑戦するらしいよ。ふふっ」
200度と言えば、左斜め後ろだけなら側近が立ってる辺りだから反応は出来そうだが、右斜め後ろは無理そうだ。
「誰か挑戦なさったのですか?」
「リオとデュークはチャレンジ済だよ。勿論、リオは余裕でクリアしてたけど、デュークは2発当たったね」
「その障害物は当たっても痛く無いのですか?」
「デュークが言うには、女の人に平手打ちされた時ぐらいの痛さらしい。要はビンタされた痛みって事なんだけど、僕はビンタされた事が無いからいまいち分からないんだよね。ふふっ」
「いや、俺もさすがに無いから分からないが?」
呆れた顔でデューク殿に視線を向ける俺に、カミル殿下が笑顔を向けて来た。
「やっといつもの口調に戻ったね」
「あ…………ははっ、カミル殿下には敵わないな。俺も強くなって、己の身をそれなりに守れる様になりたい。強い者は余裕があるから周りに優しくも出来るんだと言っていた。カミル殿下と聖女様は正にその通りだからな」
俺は自分に言い聞かせる様に話しながら、憧れているカミル殿下に視線を向けた。
「んー、じゃあリオに習ったら?王国内で1番強いからね。魔法だけじゃ無くて、剣もね。リオー!ちょっと良いかい?」
「えぇ、今こちらの話しは終わった所よ。どうかしたの?」
「ジャンが強くなりたいらしい。少しレクチャーしてあげてくれないかな?」
「良いわよ。これから練習場に行きましょうか?夕食まで2時間ぐらいしか無いけど……」
「リオ、普通の人は2時間連続は無理だからね……」
「あら、そうなのね。取り敢えずは今の実力を確認する為にも初級をやって貰おうかしらね」
「うん、それが良さそうだね。先ずは己を知らない事には始まらないからね」
「剣でならクリア出来ると思うが……魔法は苦手なんだよなぁ……」
体を動かす方が好きなんだよな。騎士団員が剣を振るうのを見て、カッコ良いと思ったから剣に興味を持って早朝の練習も欠かさずやって来た。魔法はこれから頑張る予定だ。使えるとやっぱり便利だからな。
「防御膜は使えますか?」
「はい。魔道具を借りた日から、外へ行く時には毎回張る様にしていたので、前よりは出来る様になりました」
「見せて貰えますか?」
「え?張るのは構いませんが、『見る』のですか?」
彼らには当たり前なのだろう。誰も驚いていないし、カミル殿下は忘れてた!って顔をしたよね、一瞬だけど。
「あー、リオは魔力を察知する能力が高いから見えるんだよ。これは天性の才能だと思う。出会ったその日に、僕が張った防音壁が見えてたらしいからね」
「マジですか……まぁ分かりました。それでは張りますね」
俺はふぅっと息を吐いて集中した。
「それで良いわ。均一に張れてるけど、出力が高過ぎるわね。もっと薄ーく張れるかしら」
「やってみます。うーん、不安定な気がします……あっ!消えた。はぁ……」
魔力の出力を絞って薄くしようと頑張るも直ぐに消えるんだよなぁ。ある程度、魔力量があるから薄くするのが難しいと思っているのだが。
「ジャン、恐らく安定させる為に魔力を多めに使ってるわね?同じ魔力量で、膜を膨らませる事は出来る?」
「膨らませる……やってみます」
まぁ、一朝一夕に出来る事ではないと分かっているのだが、今張った膜を膨らませるイメージなら薄く出来そうだな?
「もう少し大きく出来る?そう、そのくらい。その薄さを覚えて欲しいから、そのまま維持していてね」
「はい!俺もこんなに薄く防御膜を張れるんだ……」
「では一旦解除して、さっきの薄さで普段の大きさの防御膜を張ってみて?」
「はい。…………あっ!この薄さで出来ました!」
凄いな……聖女様は教えるのも上手いのか。防御膜も防音膜も、長く維持する時にはそれなりに魔力を使うから、最低限の魔力で薄く張る方が、魔力の消耗や疲れもそれなりに軽減出来るのだ。薄ければ、1日中張っていられるという理論は理解している。ただ、薄く出来なかっただけで。
「その薄さなら、1日中張れるはずよ。毎日繰り返していただろうから、魔力量も増えてるはず。これから練習場へ移動するけど、そのままで移動しましょう。先ずはその薄さに慣れて当たり前に張れる様になってね」
俺の顔が少し引き攣ったかな。聖女様の指導はスパルタ寄りだと今気が付いたぞ。まぁ、王国に居られる時間は限られているのだから必死に頑張るつもりだ。こんな機会を得られただけでも奇跡なのだからな。
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