第134話 リオのお願い ★シルビー SIDE
コンコンと軽いノックの音にリリアンヌが扉を開けると、デュークが笑顔で立っていた。カミルがデュークを座るように促し、マリーが紅茶を注いであげていた。侍女達は外で待機する様で、応接室から退出していった。
「リオ殿、何かお願いがある様ですね。内容をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
デュークが笑顔で話しを促す。強面な人間の笑顔って怖いよね。前にも同じ様な事が……ソラ様から聞いた話しだったかなぁ?ソラ様からしたら、きっとデジャヴってヤツだね……
「えっと、ひとつ目は『魔封じ』を砕いてペンキに混ぜてマーカーを作ったら、『隠密魔法』を使ってる刺客が見える様にならないかなって。確かにペンキをつけてるからそこに居るのは分かるんだけど、それが誰かを知る為には『魔封じ』を付けるまでは分からないでしょう?見えない人からしたら、大人か子供かすら分からないのは面倒よね?」
面倒だから見えた方が良いと言う考え方は面白いよね。ボクなら見えない側が見えるメガネとかを作って欲しいな。まぁ、ボクは見えるから要らないけどね。
「なるほど、確かにそうですね。『魔封じ』は魔力を使えなくする道具でもありますが、魔力を調整する機能もあるのです。一時的に投げつけられた相手の魔力をかなりの量奪う機能を付けておけば、逃げられる事も無いのでは?」
「そうじゃのぉ。不可能では無いが、投げ付けた後に当たった場所や量によるのぉ。直接皮膚に当たれば、服の上からよりは魔力を奪えるからのぉ」
「ただ強過ぎると、魔力を完全に失ってしまうので……気を失った上に、起きるまでに時間を要しますね」
「相手が悪人で、確実に捕まえる事が前提なら問題無かろう。材料費も高い物では無いし、いくつか試作品として作ってみるかのぉ」
「そうですね。強さ毎に色を変えても良さそうですよね。子供のイタズラ対策にも使える弱い物も作りましょうか」
この2人に掛かると、あっという間にアイディアが形になって行くよね。素晴らしい能力だと感心するよ。精霊は『物』を作るって事をあまりしないから余計に興味が湧くんだよね。
「リオ殿、2つ目は何でしょうか?」
相変わらず興味津々で笑顔が怖いデュークが、ワクワクしながらリオが話し始めるのを待っている。
「えっと、ふたつ目……は、その、物体が目の前から『だけ』飛んで来るだけじゃツマラナクて、ね?ふふっ」
イタズラでもしようとしている時の、悪そうな笑みを見せたリオは、器用に片方だけ口角を上げている。それを見たデュークとじーちゃんがニヤリと笑った。怖い……
「リオ、危険なヤツは駄目だよ?その言い方じゃあ、かなりハードな物を作らせるつもりなのでは?」
過保護なカミルが、リオも使うであろう『練習装置』の安全性を気にしている様だ。作っちゃ駄目だと否定しない所が結局は甘いんだけどね。
「ちゃんと、ガッツリ当たってもそこまで痛く無くて、怪我をしにくい作りで考えたから大丈夫だと思うわ。皆んなが心配するだろうと思って、恐らく許して貰えるであろうギリギリを攻めてみたわよ?」
「わざわざギリギリを攻めなくても……確実に通る案を出そうとは思わないんだね?」
遠い目で脱力してるカミルが困った顔でリオに問い掛けている。まぁ、この中にリオの行動を止める事が出来るニンゲンなんて居ないんだけどね?
「人間の能力の限界を鍛えるのであれば、ギリギリかちょっと行き過ぎぐらいじゃ無いと意味無いわよ」
確かに、リオのレベルで限界を突破するのであれば、怪我なんて全くしません!みたいな安全装置では突破するどころか、成長する事は難しいだろうね。
「うっ!確かにそうだろうけど……」
「ホッホッホ。そうじゃのぉ、その通りじゃ。今回はリオの勝ちじゃな」
「勝ち負けでは無いのですが……」
「取り敢えず、案を聞いてからでも良いのでは?」
早く続きを聞きたいデュークが話を進めようとしている。ボクも早く続きが聞きたいな。
「そうね、先ずは現状を説明するわね。上級の『最速』で説明すると、物が飛んで来る範囲の角度が目の前90度以内からなのよね」
リオが手を前に出し、右手を右斜め前、左手を左斜め前、丁度90度の直角になる様に出して見せた。わざわざ確認して来たのかなぁ?さすがはリオだね。
「この範囲からしか飛んで来ないなんて簡単じゃない?出来ればこれぐらい……160度から170度まで広げたいのよね」
腕を横に広げて見せる。リオ的には真横より少し内側までは許容範囲らしい……90度でも充分にニンゲンの視野の反射神経を鍛えられると思うんだけどね。300度を超える視野を持つ、馬とかカメレオンなら別なんだろうけど?
「リオ、それは流石に危ないのでは?」
「カミル、最初はドームみたいな球体の中で、全方向からって思ってたのよ。それを皆が使える様にと考え直したのよ?かなり譲歩してるわよ」
あぁ、馬やカメレオン並みの装置を作るつもりだったらしい……もしかして、リオの頭の後ろ辺りに、もう1つ目があるのかなぁ?
「ぶふっ!し、失礼。スタートが360度からなら、かなり譲歩していらっしゃると思われます……ぶふふっ!」
デュークが吹き出しながらリオをフォローしていた。じーちゃんは腹を抱えながら転げ回っている。リオの周りは愉快なニンゲンが多いよね。
「ふっ、くっ、し、仕方ないなぁ。これも試しに作って貰うんだろう?デューク、身を以て体験してよね」
あー、カミルも我慢出来ずに笑っちゃってるね……そしてデュークに八つ当たりしたね。
「は、はひぃ、わ、私めが、安全を確認します!あはは、ひぃ、ひぃ」
デュークもじーちゃんも、とても苦しそうだね。あれぇ?楽しそうにそれを見学してる影がいるよ。リオは影に気がついて、そちらをフッと見て笑顔で手を振った。じーちゃんもそんなリオを見て気がついたみたいだ。
「影の長よ、お主はどう思う?」
カミルとデュークも2人が向いてる方向を見るが、やはり見えない様だ。この部屋には『賢者』が2人も居るって事が既に凄いんだって、誰も気がついて無いのがきっと平和な証拠なんだろうね。
「はっ、我々も使ってみたい装置であります」
声がして、そこに居る事実だけは分かる。見えないニンゲンからしたら、それって怖いんじゃ無いかなぁ?ボク達精霊には見えるけど、主に危険が無いと分かれば干渉しないからね。
「購入先が決まっておるなら作りやすいのぉ?リオ、200度ぐらいまで作っておくか?人間が両眼で見た場合の視野は200度と言われているからのぉ」
「えっ!そうなの?それは是非とも200度を体験して見たいわよね!」
「師匠!煽らないでください!リオ、怪我しちゃ嫌だからね?」
カミルはリオに限ってだけど過保護で面倒臭いね。どうせ最後はやらせてあげるんだから、黙って見ていればカッコ良いのにね。
「大丈夫よ、カミル。これまで通りに1番多い角度の90度までは丸太を使って、それより広い場所からは大きくて重めの木の実に枯れ草を巻きつけたボール……球状にした物を使うからね。大きさも当たって痛く無いぐらい面がある大きさにする予定よ」
「どれぐらいの大きさを考えておられますか?」
「これくらいね。ドッジボールの球……えっと、魔力測定で使った水晶より少し大きいぐらいかしらね?」
「軽過ぎると飛びませんから、中に重めの木の実を?」
「えぇ、そうよ。重さのために使うのが石だと、大事な剣の刃が欠けてしまうかも知れないでしょう?」
「なるほど。石では切れないが、上手い人間なら木の実までも真っ二つに出来るでしょうな」
「それなら騎士団の人間も安心して練習出来るね」
騎士団も使う事を念頭において考えたのかなって思ったけど、恐らくカミルと一緒に使いたくて剣の事を思い付いたんだろうね。リオもカミルが大好きでボクも嬉しいな。
「楽しみね。デューク、お願い出来る?」
「お任せください!明日までには必ず!」
水を得た魚の如く、生き生きとしているデュークは少し怖い……
「デューク、徹夜は絶対に駄目よ?急いで無いんだから、ちゃんと勤務時間内に作ってちょうだい。デュークだけじゃ無いわよ?魔導士団の方達は、放っておいたら寝食も忘れて没頭してしまうんだから」
デューク達の行動を良く分かっているリオは、無理しない様に先手を打ったね。こう言う時に、リオは上に立つべきニンゲンだなって思うよ。ソラ様と同じで、仲間の事を良く見てるから気がつくんだよね。
「うっ!は、はい……善処します……」
リオは呆れた顔で直ぐ横に立っていたカミルを見上げると、カミルも肩を上げて苦笑いして見せた。本当に仲の良いカップルだよね。ソラ様も心地良さそうにリオの膝の上で丸まって撫でられている。何となく、理想の老後だよね。このまま幸せな日々が続くと良いなって思うよ。
「『魔封じ』入りのマーカーはワシが中心となって試作品を作ろうかのぉ。リオ、面倒じゃから商品名を考えてくれんかのぉ?」
「そうねぇ……出現球とか?うーん、呼びづらいわね。魔力を奪う球なのだから、魔奪マーカーでいっか」
「そこは魔奪球ではないんだ?」
「マーカーって分かった方が良いでしょう?確かに球だから、なんの為の球か分からないじゃない」
「あぁ、なるほど。『商品名』だからこそ、分かりやすくですな!」
「まぁ、そんな感じね?」
あぁ、きっと適当なんだなって分かる所が、リオの嘘を付けない性格が現れていて好きだな。じーちゃんも影のおっちゃんも口を押さえて肩を揺らしながら笑いを我慢しているね。
「他国の王族や皇族が入国を始めるのが、御披露目の10日前となりますので、後15日は余裕がありますからね」
「それまでに出来上がったら使ってみたいわね!御披露目までは婆やの屋敷で過ごす事になると思っていたから、リズ達が遊びに来る日を忘れない様にしなきゃね」
「あぁ、リオの執事と補佐官を決めるって言ってたね。リオ1人でスケジュールを把握するのは大変だからね」
「デュークの妹であるニーナが補佐官をやる予定だと聞いたがな。考えている事が全て顔に出るタイプだから心配だのぉ」
ん?この前の新しい子かなぁ?賢くて、物事の本質を見極めるのが得意な子だったよね。顔に出るってのは、良くない事なのかなぁ?うーん、ニンゲンは難しいね。
「ニーナは自力で試験を受けて女官にまでなりましたし、勉強も得意で記憶力も良く、とても賢いのですが、少し性格に難があると実の兄である私でも思いますから……身内故に信用出来るとは言え、私も心配なのですよ」
思いっ切り上げてから落としたってヤツだね。とっても褒められてたはずだよね?それと比べても実兄に心配される性格って、どんな難があるんだろうね?
「そうなの?先日からいらしてるけど、リズと楽しそうに働いてるわよ?今の所、特に困る様な事は無いけど」
「ほぉ?あのニーナが文句も言わず働いていると?」
文句どころか、仕事が無いかと探してまでやろうとしてたよね。仕事が好きなんだろうけど、これまで人に恵まれなかったのかもね。
「えぇ、全く問題無いと言い切れるわよ?」
「デューク、ニーナに会ったらどんな心境の変化か聞いておいてくれ。アレがまともに働いてるなんて奇跡じゃろう?」
じーちゃんまでが言うのだから凄いよね。王様が言ってた偏屈ってやつかなぁ?
「私の妹に対してそんな辛辣な意見をしなくても……まぁ、確かに気になりますので聞いてみますが」
「皆んな酷いわよ?ニーナは賢いし、仕事も出来るからとても重宝してるんだからね?」
男どもは皆んな、首を傾げて疑問符が浮かんでる様だ。ボクとソラ様は理由を知ってるけど、わざわざ教えてはあげないよ。それが精霊だからね?ふふっ。
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