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72:繭



「イルマ……」



 美しく微笑む少女の亡骸を前に、私は胸の内に燃える怒りを持て余していた。

 彼女をこんな身体にしたのはレジスタンスだ。しかしレジスタンスが、彼女の両親がここまでする原因を作ったのはこの世界だ。私は一体誰に怒りを向けていいのか分からなくなっていた。

 しかしただ一つ、レジスタンスのやり方が間違っていることは確かで、このまま放っておいては大変なことになる。この世界は滅びるのではなく、変わらなければいけない。だからレジスタンスは止めなければ――



「すべてが終わったら、きちんと葬ってやろう」



 背後から声がかかった。

 振り仰げば、ギルバートがこちらに手を差し伸べていた。



「立てるか」


「……うん」



 ギルバートの手を取って立ち上がる。よろけた私の体を、彼の力強い腕が支えてくれた。



「イルマが城の周りに張っていた結界魔法が綻び始めている。ルシアンたちも程なくして乗り込んでくるはずだ」



 そう呟いてギルバートはきょろきょろとあたりを見渡した。私には感じ取れることなんて一つもなかったけれど、彼の真似をするようにあたりに視線を巡らせる。

 ギルバートは今何を思っているのだろう。幼馴染であるイルマをこのような形で亡くして、悲しんでいるのか怒りを覚えているのか。こっそり彼の様子を窺ったけれど、精悍な横顔からはそのどちらの感情も覗けなかった。

 ただギルバートは前を向いていた。強い光を湛えた瞳で、背筋をピンと伸ばして、



「だからその前に決着をつけなくてはな」



 ――不意に第三者の声が“降って”きた。

 慌てて声の方を見る。するとエントランスホールの吹き抜けになっている二階部分から、レジスタンスのリーダーであるフォイセがこちらを見下ろしていた。

 私の肩を支えてくれていたギルバートの手にぐっと力がこもる。



「イルマを殺した最後の魔法、あんたのだろう」



 頭上でギルバートが低く唸るように言った。しかしフォイセは答えない。

 ギルバートの言葉から察するに、シャンデリアを落としたのがフォイセの魔法だったということだろうか。しかしイルマが命を落とした結果、結界魔法が綻んでルシアンくんたちが乗り込んで来られるようになったのだから、自分で自分の首を絞めているだけでは――

 そんな私の疑問なんて露知らず、フォイセはこちらに向かって微笑んだ。



「お待ちしておりました、救世主様。さぁ、こちらへ」



 フォイセの右手が差し出される。慈愛に満ちた笑顔に恐怖を覚えて、私はギルバートの胸元で身を縮こまらせた。

 なぜこの場で、この状況で、私を救世主と呼び、微笑みかけることができるのだろう。



「大人しく投降しろ。あんたにできることはもう何もない!」



 ギルバートが私を守るように数歩前に出て咆えた。瞬間、細められていたフォイセの青い瞳が妖しく光る。何かを感じ取ったのか、ギルバートの体がぎくりと強張り、



「この老いぼれをなめてもらっては困る」



 ――あ、と思ったときには既に私の体は拘束されていた。

 そのまま後ろにぐいと力強く引っ張られる。足が地面から浮いて、必死に体をばたつかせたものの逃れることはできない。

 体を拘束する蔓のような“それ”がフォイセの魔法だと気が付いたときには、彼の隣に連れ攫われていた。



「マリア!」



 ギルバートの魔法が隣のフォイセに迫る。しかしフォイセは魔法を使わず、右手を軽く払うだけで打ち消してしまった。

 それでもギルバートは怯みも諦めもしない。次から次へと連続で魔法を発動させて、いなしきれなくなったフォイセの指先を凍らせた。

 やった、と思ったのも束の間、凍った己の指を見てフォイセは「ほう」と余裕たっぷり笑う。



「死にかけの体でよくぞそこまで対抗できるものだ。イルマではなくお前を手元に残しておくべきだったな」



 イルマの名前を聞いて、ギルバートがカッとなったのが手に取るように分かった。凄まじい勢いでフォイセに向かって大きな火の玉が突っ込んできて――しかしその火の玉を包み込むように、フォイセの足元から濁流が生まれる。その濁流は大波となってギルバートどころかエントランスホールの一階部分を飲み込んだ。



「ギルバート!」



 名前を叫んでその姿を探した。

 必死に目を凝らす私の横で、フォイセの右指先が宙に何かを描く。すると濁流の流れが穏やかになり、明らかに不自然な形に水が“割れた”。

 ――そこに、ギルバートは倒れていた。



「マリ、ア……」


「大丈夫、殺しはしませんよ」



 冷たく吐き捨てるように呟くと、フォイセはギルバートに背を向けて歩き出した。彼の魔法で拘束されている私も引きずられてその後をついていく。ギルバートが気がかりで踏ん張ってみたのだが、ふわっと体が宙に浮いてなんの抵抗もできなくなってしまった。

 いくつかの扉をくぐり、細長い廊下を行く。フォイセは何も言わない。ただ私はうるさい心臓を必死に落ち着かせようと自分に言い聞かせていた。



(大丈夫。ギルバートは生きてる。ルシアンくんたちももうすぐ来てくれる。だから、大丈夫)



 ――この先に何が待ち受けているのか、私は薄々勘付いていた。

 大きな両開きの扉が現れた。今までくぐってきたどの扉よりも頑丈な作りをしている。

 ゆっくりと扉が開く。その先に広がっていたのは闇だった。室内に明かりが一つもないのだ。

 ひゅう、と吹き抜けた風が高い音を奏でる。妙な臭いがした。初めて嗅ぐ香りだ。強いて言えば、消毒液の香りに似ていた。

 フォイセが一歩踏み出す。その後に続くように私の体も前進する。――そのとき、ぼぅ、と暗闇の中で淡く光る大きな“何か”を見つけた。



(……繭?)



 それは大きな“繭”だった。部屋の中央に、人が何十人も入れそうな大きさの繭が鎮座しているのだ。

 ――その中に何があるのか。何が“いる”のか。私には予感があった。それは確信にも近かった。おそらく、繭の中にいるのは。



(……ポルタリア王)



 バタン、と背後で扉が閉まる音がした。

 完全な暗闇の中で、繭がただ不気味に光っていた。



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