67:作戦
どうやらギルバートが捕らえられていた牢屋は地下にあったらしく、ルシアンくんの案内で長い階段を上り地上へと出たのだが――そこで目にしたのは、屋根も壁もボロボロに崩れ落ちたポルタリア魔法学院だった。
あたりを見渡す。学院の周りに広がっていた王都・ポルティカも見るも無残な姿に様変わりしており、曇天も相まって、まるで廃墟のようだった。
唯一無事なのが空中に浮かぶポルタリア城だ。あそこにレジスタンスが、ポルタリア王を人質にして立てこもっていたと聞いたが――
案内されたのは比較的破損が小さい、ポルタリア魔法学院のある一室だった。立派な机に立派なソファ。赤い絨毯。その上に散らばったガラスの破片の正体は、天井に辛うじてぶら下がっているシャンデリア“だったもの”だろう。
そこで私たちを出迎えてくれたのは、セオドリク先生とカルヴァン学院長だった。
私の顔を見るなり気まずそうに顔を伏せた学院長とは対照的に、セオドリク先生は顔をぱっと明るくさせて私の手を取る。
「無事でよかった。ありがとう、カーガさん」
いえ、と小さく首を振る。再会を喜ぶ気にはなれなかった。
「これからどうするんですか?」
問いかければ、セオドリク先生は答える前に私とギルバートをソファに座らせた。そしてポルタリア城――壁が一部崩れているせいでソファに座った位置からちょうど見えた――を指さす。
「カーガさんを連れてくれば、レジスタンスは城を下ろすと言っている。隙をついて城を奪還したいが、フォイセ老師相手では簡単にいかない」
レジスタンス側はポルタリア王を殺すために、王に唯一触れることのできる人間――異世界人を欲しており、交渉の材料にしているのだろう。魔法も使えないただの小娘がたかだか触れられたところで、絶大な力を持った王を殺すことなどできそうにもないが、レジスタンス側の考えをあれこれ推測したところで答えが出るはずもない。
「城の奪還については我々でなんとかするとして、とにかくカーガさんには護衛付きで城に向かってもらいたい」
「その役目は俺が適任だろう」
私がセオドリク先生の言葉を飲み込むよりも早く、ギルバートが名乗り出た。
まだ現状を理解しきれていない私を置いてけぼりにして、彼はセオドリク先生を真正面から見上げて進言する。
「レジスタンスは裏切った俺を罰したいはずだ。魔力を失っていると油断するかもしれない。それに……俺が死んでも、アンタらにはなんの痛手もない」
ギルバートの鋭い声に、束の間沈黙が落ちた。
彼は現時点で死を覚悟している。――いいや、違う。彼だけではない。きっとここにいる人全員が、死を覚悟しているのだ。
息苦しさを感じ始めていた。どうしよう。もし護衛としてついてきてくれたギルバートが、命を落とすなんてことになってしまったら――。
だって彼はもう、魔法が使えないのだから。どうやってレジスタンス側に抵抗するというのだろう。
「私が行きます」
不意に第三者の声が沈黙を破った。
鈴を鳴らすような涼やかでかわいらしい声でいて、決意を感じさせる力強い口調。この声には聞き覚えがあった。
私は慌てて声の方を振り返る。そこに立っていたのは、
「セシリー!?」
思い詰めた表情を浮かべたセシリーだった。
私は思わずソファから立っち上がって彼女に駆け寄る。綺麗な顔も身に着けている制服も薄汚れており、式典の後セシリーの身に何が起こったのか心配せずにはいられなかった。
駆け寄った私に彼女は微笑みかけようとしてくれたのだと思う。しかし疲労のせいか顔の筋肉が固くなっているようで、口元も目元も引きつり、笑顔を浮かべることに失敗していた。
どう声をかけようか悩んでいると、不意に背後に気配を感じた。
「媒介石、持ってるか」
頭上から落ちてきたのはギルバートの声。彼は私ではなくセシリー、そしてその先にいるルシアンくんに声をかけたようだった。
「え? あぁ、適当なものならいくつか……」
素早く答えてくれたのはルシアンくんだった。彼は部屋の隅にまとめられた荷物に駆け寄ると、その中から目当てのものを見つけて戻ってくる。
ルシアンくんの両の手のひらの上に、形も大きさもまちまちな媒介石が十個ほどのせられていた。ギルバートはその内の半分を奪うようにして受け取ったかと思うと、がばっと大口を開け――吞み込んだ。
媒介石を、そのまま、丸呑みしたのだ。
「ギルバート!?」
私は驚きのあまりギルバートに詰め寄ったが、当の本人はケロッとした表情で、ルシアンくんの手のひらの上に残されたもう半分の媒介石を指さした。
「魔力のタンクになってくれ。それぐらいなら力を貸してくれてもいいだろう」
その言葉に、何となくだが先ほどのギルバートの奇行の訳を理解した。体内に呑み込んだ媒介石を介して、ルシアンくんたちから魔力の供給を得ようとしているのだろう。わざわざ呑み込まなければならなかったのかなど疑問は湧いてくるが、魔法に関しては全く知識がないため口を挟まず大人しくしていた。
「わかった」
「ま、任せてください」
ルシアンくんは力強く、セシリーは戸惑いを隠せないまま、それでも頷いてくれた。
不意にギルバートがセオドリク先生とカルヴァン学院長を振り返った。彼らもまた、ギルバートに頷きを返す。どうやら話はまとまったらしい。
私は交渉材料としてポルタリア城まで出向く。護衛はギルバート。それからは――もう、ルシアンくんたちを信じるしかない。
作戦の全容すらあやふやなまま。これでは良いように利用されているだけだと頭の片隅では分かっていた。けれどもう、時間も余力も学院側には残されていないのだ。汚れた身なりも疲れた顔色も取り繕おうとしないルシアンくんたちを見れば分かる。
脳裏に浮かぶのはこの世界でよくしてくれた人たちの顔。ルシアンくん、ノアくん、セシリー、セオドリク先生、リオノーラさん、ウィルフレッド先輩、カルヴァン学院長――
言葉の通じない世界でレジスタンスから差し向けられた魔物に食い殺されるくらいなら、彼らのために利用された方がずっとマシだ。
そう自分に言い聞かせるように改めて決意を固めたとき、誰かの手が肩に触れた。驚きに顔を上げると、真剣な表情をしたセオドリク先生と目が合う。
「カーガさん。ポルタリア王は元々もう長くは持たない。我々が何より望むのは、レジスタンスリーダーの捕縛だ」
――ポルタリア王は、もう長く持たない。
予想外の言葉に動揺しつつ、私は黙って次の言葉を待った。するとセオドリク先生だけでなく、その隣のルシアンくん、そして後ろのカルヴァン学院長も揃って頭を下げる。
「どのような結果に終わろうと、君の決断に心から感謝する」
彼らは最悪の結果を想定した上で、その結果を受け入れる覚悟を決めているように見えた。
いつだったか、レジスタンスのリーダであるフォイセから聞いたことを思い出す。ポルタリア王は強力な魔法で老いていく体をどうにかもたせているのだ、と。もしかすると“限界”がきているのかもしれない。もしくは私に余計なプレッシャーをかけないようにと、セオドリク先生が優しい嘘を吐いてくれただけなのか。
十秒以上頭を下げていた三人が顔を上げた後も、私は何も答えられなかった。
「……ま、何かあれば、それは全部セオドリクの責任だから」
ルシアンくんが軽口を叩くように明るい声で言う。そしてセオドリク先生の肩に肘を乗せ、戯れるように体重をかけた。
「カーガさんが責任を負うようなことには絶対にしないと約束するよ」
セオドリク先生は体重をかけてきたルシアンくんの体を押し戻しつつ、穏やかな笑みを浮かべてそう約束してくれた。
私が知るセオドリク先生らしい表情にほっとしたが、一つ気にかかることがあった。それは目の前で繰り広げられた先生とルシアンくんの随分と気安いやり取りについてだ。聞き間違いでなければルシアンくんはセオドリク先生のことを呼び捨てにしていたし、今回の騒動をきっかけにより親しくなったのだろうか。
「ところで、ルシアンくんとセオドリク先生って親しいんですか?」
穏やかになった空気を持続させるためにも、雑談交じりに尋ねてみたのだが、
「実はオレたち、同い年で同僚なんだ」
軽い気持ちで突いたらとんでもない事実が顔を覗かせて、私は驚きに大声を上げてしまった。
***
どうやらルシアンくんはレジスタンス側であるギルバートと私の動向を探るために国が差し向けた捜査員で、セオドリク先生も同様の目的をもって学院に潜入していたらしい。
薄々レジスタンスの目論見がばれていたことには気づいていたが、それにしても入学時から怪しまれていたとは露知らず、まさかクラスメイトと担任の先生に見張られていたなんて――
驚く私に更に追撃をかけてきたのは、ルームメイトであるセシリーだった。
「マリアちゃん、ごめんね。私、全部知ってたの」
涙で言葉を詰まらせながら、彼女は私に懺悔するように言った。
「全部?」
「マリアちゃんが異世界から来たことも、レジスタンスの手先として学院に入学してきたことも。私、見張ってるように言われて……本当にごめんなさい」
どうやら私の学院生活は四六時中見張られていたらしい。ここまでくると怒りや悲しみを通り越して笑いが出てきてしまいそうになったが、目の前のセシリーが今にも倒れそうなほど青い顔をしているのを見て、ぐっと堪える。
潜入していたルシアンくんたちとは違い、セシリーは正真正銘同級生のはず。ただ主席と言うだけでとんでもない問題児と同じ部屋に振り分けられてしまい、更には見張りを頼まれるとは、とても大きな負担になっていたはずだ。
見張りの対象だと割り切れれば良かっただろうに、優しいセシリーは私に情を向けてくれて。その上彼女は紛れもない被害者なのに、まるで私を傷つけた加害者のような面持ちをしているものだから、私は思わずその華奢な体を抱きしめた。
「セシリーに謝ってもらうようなこと、一度だってされてない!」
抱きしめた瞬間大きく強張ったセシリーの体は、強く抱きしめれば抱きしめるほどゆっくりと解けていく。
「いつだってセシリーは優しくて、体調を崩した私の面倒も見てくれて……こっちこそ、私のせいで辛い役目を負うことになっちゃって、ごめんね」
セシリーがいてくれたから理不尽な学校生活にもどうにか耐えることができた。すべてを知った今、彼女が私をどのように思ってくれているか自信はないけれど、私にとってはこの世界で初めてできた友人だ。とても大切で、こちらに戻ってくる私の背中を押してくれた一人。
抱きしめていた腕の力を緩める。そして真正面から覗き込めば、セシリーは大粒の涙を浮かべていた。
「ありがとう、セシリー」
微笑みかける。そうすればセシリーも笑ってくれた。
涙で顔はぐしゃぐしゃになっていたけれど、先ほどの笑おうとして失敗した引きつった表情とは比べ物にならないくらい、綺麗でかわいらしい笑顔だった。




