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66:帰ってきた



「俺はあんたを利用した」



 私の涙が落ち着いた頃、頭上でギルバートがぽつりと呟いた。

 顔を上げて下から彼の顔を覗き込む。



「魔力を失えば、全てのしがらみから逃れられるんじゃないかと思った。だから……謝ってもらう必要はない」



 まるで自身の罪を懺悔するようにギルバートは続けた。

 もしかするとそれは彼の本音だったのかもしれない。しかしこちらを見つめる淡い紫色の瞳からは確かに気遣いの色が伺えて、私が罪悪感を抱えないように言葉を選んでくれているのだろうと思った。

 ギルバートの言葉を信じるとしても、彼が魔力を失った原因が私にあることは変わりない。それに対しどうしても後ろめたさは生まれてしまって、どう返答すべきが頭を悩ませていると、



「でもどうしてここに……転移魔法は失敗したのか?」



 投げかけられた問いに、私は慌てて首を振る。



「ううん、ギルバートはちゃんと私を元の世界に戻してくれたよ。ただ……闇魔法でこの世界に奪われた私は、みんなの記憶からもいなくなっちゃったみたい」



 詳細を省いた雑な説明になってしまったが、ギルバートは闇魔法について元々知識があったのか、すぐに全てを理解したらしい。ハッと何かに気づいたような表情をしたかと思うと、次の言葉を探すように視線を泳がせて、それからそっと目を伏せた。



「悪かった。余計に辛い思いをさせた」



 その声がとても辛そうで、咄嗟に「ううん!」と首を振った。ギルバートは良かれと思ってやってくれたことだ。彼が責任を感じる必要はどこにもない。



「お母さんの声が聞けたから、それだけでよかったの」



 半分は本心で、もう半分は自分に言い聞かせるように言った。

 言葉は聞き取れなかったし、あのときのお母さんは正確に言えばもう私のお母さんではなかったけれど、でも、声を聞くことができた。あの声は薄れていた記憶を繋ぎ止めてくれた。元の世界に帰れないかもしれないと絶望していた頃に比べれば、それだけでもう十分だった。

 それに――



「覚悟を決めて、自分の意志で、私は戻ってきたんだから」



 “帰省”というにはとても短い時間だったけれど、あの数時間があったからこそ、私は覚悟を決めることができた。自分の意志で、自分の決断で、この世界で生きていくと決めたのだ。

 迷子の子どものような表情を浮かべるギルバートの頬に手を伸ばした。乾いた頬を指先でそっとなぞると、ちらりと目線を寄こしてくる。

 どう言葉をかけようか、迷った。様々な言葉が脳裏に浮かんでは消えていく。そうして最後に残った言葉はとてもシンプルなものだった。



「本当にありがとう、ギルバート」



 ――この世界に召喚されてから、いつだってギルバートは傍にいてくれた。それはレジスタンスに命じられてのことだったけれど、それでも彼のおかげで今の私があるのは間違いない。

 いつだって守ってくれた。どれだけ無茶を言っても、振り回しても、見捨てることなく隣にいてくれた。彼の言葉に救われたことだってある。そして何より、魔力を失ったのに、ボロボロの姿で繋がれているのに、のこのこと帰ってきた私に寄り添ってくれた。

そんなギルバートに私がかけられる言葉はもう、感謝の言葉しかなかった。

 ギルバートは瞳を見開く。数秒見つめ合って、不意にその顔がぐしゃっと崩れた。その後すぐに俯いてしまったため彼が涙を流している様は見られなかったけれど、私はそっとギルバートの頭を抱きしめた。彼は私の腕を振り払うことはせず、声も上げず、ただしばらくその体勢のまま、じっとしていた。



(これからどうなるのか、分からないけど……)



 ルシアンくんたちの話を聞いた限りでは、この世界はかなりピンチの状態だ。なんたってレジスタンスが王様を人質に取っているのだから。

 戻ってきた私がどこまでルシアンくんたちの役に立てるのか分からない。最悪野垂れ死ぬ可能性だってあるだろう。――けれどギルバートと寄り添っている最中は、不安も恐れも感じなかった。きっと大丈夫だと、何の根拠もなく心は安心しきっていた。

 腕の中でゆっくりとギルバートが顔を上げる。このままでは息苦しいだろうと彼の頭を抱きしめる腕の力を緩めた瞬間、



「――マリア!」



 息を切らしたルシアンくんが鉄格子越しに現れた。――この時初めて私は、自分とギルバートが牢屋にいることに気が付いたのだ。



「ギルバートのところに来てたのか! よかった!」



 ルシアンくんが鉄格子に手をかけると、ひとりでに扉が開いた。鍵を開けたようには見えなかったけれど、きっと魔法だろう。そう思った瞬間、“帰って”きたのだと実感が湧いた。

 ――そう、帰ってきたのだ。魔法溢れる、理不尽極まりないこの世界に。

 ルシアンくんはギルバートの手首を拘束していた手錠も何のためらいもなく取り捨ててしまう。そして私たち二人に向かって「一緒に来てくれ」と手を差し伸べた。



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