57:実験
ユーリが残した黒い粒の正体は一体なんなのか。
ルシアンくんに案内してもらった図書館ではこれといった情報を掴むことができず、帰りが遅くなって同室のセシリーに心配をかけるのも心苦しいので、早々に調査を切り上げて部屋へと戻った。
調べ出してまだ一日目だ。今日それらしい情報が得られなかったからといって気落ちするような段階ではない。それに劣化する魔石について知ることもできたし――
(実験してみるべきかな……)
ユーリが持っていた魔石と全く同じ状態を作り出すことは至難の業だろう。しかし文献を読み漁ってあれでもないこれでもないと頭を悩ませるより、実際に魔石を作って実験した方が真実に近づける気がする。
ルシアンくんが劣化しそうな魔石の候補として挙げていたのはとりあえず三つ。強化石、途次石、そして媒介石。これらを実際に作って、耐えきれないほどの魔力を注いで反応を見るのだ。
――しかし、この実験を行うには一つ大きな難点がある。私では魔石を作ることも、作った魔石に魔力を注ぎ込むこともできない。つまりは協力者が必要なのだ。
誰に協力を求めるべきかと考えて、一番に浮かんだのは同室のセシリーの顔だった。彼女は私が魔力を持っていないことを知っているし、優しい性格故、頭を下げれば二つ返事で頷いてくれそうだ。
しかしアバドの被害者を身内に持つセシリーに、詳しい事情は話せないにしろ頼み込むのはなんだか気が引けるし、唯一の友人と言っていい彼女を利用するのは心苦しくて――そこまで考えて、そんなことを言っている場合ではないのだと己の心を叱咤する。そして夕食の際、会話が途切れたタイミングを見計らっておずおずと切り出した。
「あの、セシリー。お願いしたいことがあるんだけど……」
セシリーは小さく首を傾げて、視線だけで続きを促す。こちらを見つめる優しい瞳に良心がじくじくと痛み、私は思わず俯いてしまった。
「魔石をいくつか作って欲しいの」
「いいよ。どの魔石?」
思っていた通りセシリーは二つ返事で頷いてくれた。
「えっと、強化石と、途次石と、媒介石の三つなんだけど……」
ちらりとセシリーの顔色を窺う。彼女は不審がる素振りは一切見せず、更には何に使うのかなどと用途を尋ねてくることもなく、再び頷いてくれた。
「分かった。明日の朝までには用意しておくね」
更には朗らかな笑顔を浮かべてそう続けたものだから、かえって私の方が焦ってしまい、「急ぎじゃなくていいよ」とお尻を椅子から浮かせて前のめりの体勢で口を挟んだ。しかしセシリーは「すぐできるから」なんて私の言葉を軽くかわし、それきり話を切り上げてしまう。
申し訳なさを覚えつつも、気づけば私は安堵のため息をついていた。とにかくこれで一歩前進。実際の魔石を使ってどう劣化するのかを確認しよう。
――と、魔石に魔力を注ぎ込んでもらうお願いをし損ねたことに気が付いた。一度に二つのお願いをするのが心苦しくて、ついつい言い出し損ねてしまった。
改めて切り出すべきかと考えて、実験自体はルシアンくんに手伝ってもらおうと思い直す。今日図書館で一緒に調べてくれた彼なら話も早いはずだ。
***
それから二日後。再びルシアンくんが送り迎え当番の日を狙って、セシリーに作ってもらった魔石を持参した。
「あの、ルシアンくん、お願いがあるんですが……」
第五生徒の教室を出て、人気のない廊下を二人で歩いている最中に足を止めて声をかける。そしてこちらを振り返ったルシアンくんに、セシリー作の魔石を四つ――媒介石は二つでセットの魔石とのことで、三つではなく四つになった――差し出した。
「この前図書館で一緒に調べてくれた魔石について、ちょっと実験してみたいことがあって……ルシアンくんの強い魔力をお借りできないでしょうか」
ルシアンくんは私が魔力を持っていないことを正確には知らない。けれど記憶を失っていることは知っているし、何より実技授業を欠席している姿を何度も見られている。おそらく記憶喪失の影響で魔法を使うことを避けている、程度には事情を察してくれているだろうから、今回のお願いを不審に思われることはないと思うのだが――
「もちろん。俺はどうすればいい?」
先日のセシリーと同じように二つ返事で頷いてくれて、私は周りの人たちに恵まれているとつくづく実感した。頭を下げれば「大袈裟だって」と笑ってくれるルシアンくんが眩しい。好青年すぎる。
「魔石に魔力を注いでほしいの。それでどう劣化するのか見てみたくて……」
劣化具合を確かめたい、なんてよくよく考えなくても不思議なお願いだろう。けれどルシアンくんは相変わらず理由も聞かず、それなら普段実技授業で使っている森へ移動した方がいい、と提案してくれた。
彼の提案に頷いてすぐさま移動する。そしてすっかり見慣れた広いフィールドのど真ん中に三つの石を置いた。最後の一つ――二つでセットだという媒介石の、もう片方――は三つの石とは少し離れた場所に置く。媒介石の使用方法としてはAに魔力を注ぎ込んで離れた場所にあるBの許へ届ける、といった形になるため、実際の使用方法と同じように片方にのみ魔力を与えるようだ。
少し離れた場所に立っている私に向かって、ルシアンくんがこちらに合図するように右手を大きく振った。それに手を振り返す。遠目でもルシアンくんの爽やか笑顔ははっきりと見えたのだが、不意に大きく上がっていた口元が下がる。そして真剣な表情で地面に置かれた魔石を見つめたかと思うと――大きな火柱が上がった。
離れた私の許までやってくる熱風に、思わず目を閉じる。その間にもルシアンくんは魔法を連続して発動させているようで、空気が一瞬のうちにヒヤッとしたり、飛ばされそうなほどの強風に襲われたりと、自分の身を守るだけで精いっぱいだった。
やがてあたりに静寂が戻る。恐る恐る瞼を開ければ、
「マリアー!」
ルシアンくんが先ほどと同じようにこちらに向かって手を振っていた。
私は慌てて彼の許に駆け寄る。そして魔石が置いてあった場所を覗き込んだのだが。
「…どっかに吹っ飛んだ?」
その場所には劣化した石どころか、何も残っていなかった。
ルシアンくんの強力な魔法に吹っ飛ばされてしまったのだろうか。それとも塵すら残らないレベルで劣化し、消えてしまった?
ルシアンくんの指が地面のある部分をこするようになぞった。その箇所を凝視すれば、若干周りの土より黒く濃くなっているような、気がする。
「マリア、これ見て」
地面をじっと見つめる私の視界に、ルシアンくんの指先がにゅっと入りこんできた。驚いて思わず身を引くが、かえってそのおかげで目の前のルシアンの指先に付着していた黒い粉が見えやすくなる。
「多分、魔石が耐えきれなくなって消し炭みたいになったんだと思う」
つまりルシアンくんの指先に残っている黒い粉は、消えた魔石の残骸ということになる。どれもこれも同じように消し炭になってしまったとすると、ユーリの体に埋め込まれていた魔石の特定は難しいかもしれない。
もう一回魔石を作ってもらって、今度は一つずつ、劣化する工程を確かめながら少しずつ魔力を注ぎ込んでもらおうか。またセシリーやルシアンくんには手間と迷惑をかけてしまうけれど、試せることは全て試したい。
不意に隣のルシアンくんが立ち上がった。かと思うと彼の気配が離れていく。しゃがみ込んだままその背中を追って――離れた場所に置いておいた、もう一つの媒介石の存在を思い出した。
慌ててルシアンくんの後を追う。そして彼が膝をついた隣に同じようにしゃがみ込み――真っ黒になりつつも、辛うじて形を保っている媒介石を見つけた。
「……触ってみていい?」
問いかける。そうすればルシアンくんは私を制するようにずり、と地面についていた膝を引きずって少しだけ前に出て、黒い媒介石に手を伸ばした。どうやら私のかわりに触ってくれるようだ。
ルシアンくんの長い指先がそっと触れる。瞬間、形を保っていられなくなったのか、媒介石は表面からサラサラと砂のように崩れ落ちた。
――その光景に、私は見覚えがあった。
ユーリの体が崩れ落ちたとき、そしてユーリの体から出てきた石が崩れ落ちたときに似ている。しかしこれはユーリの中にあった石が媒介石であったことの証明というより、魔力の負荷にぎりぎりで耐えていた物体がとうとう耐えきれなくなったとき、人の体も石も同じように崩れていくのだということの証明にしかならない。
全て同じように劣化し、消えていくのなら、やはりあの石の正体を見つけ出すのは困難か――
そう思ったとき、ルシアンくんの指先が何かをつまんだ。かと思うと彼は手のひらに“それ”をのせてこちらへ見せてくれる。
「こっちの媒介石は少しだけ残ったみたいだな」
ルシアンくんの手のひらに残っていたのは、小さな黒い粒だった。
私が小瓶に入れて保管している、ユーリの体から出てきた石の残骸に色もサイズもよく似ていた。




